魔将①
レミアの活躍する『魔将』編となります。
ローエンシア王国の王都フェルネルに『魔将』の噂が流れたのは、新年を迎えてすぐだった。何も新年明けてすぐに『魔将』の噂など聞きたくなかったであろうが、不吉な噂ほど人々の話題に上りやすい。まして、命に関わるような不吉さならなおさらだ。
『魔将』の魔は、魔族だけを意味するのではない。魔物もその魔の中に含まれている。『魔将』の定義は、国や地方によって規模の違いはあれど、『魔物を率いるリーダー』という共通点がある。ローエンシアでは魔将の定義は『1000以上の魔物を率いる者』となっている。
つまり、ローエンシア王国で魔将の噂が流れると言うことは『1000以上の魔物の群れ』がいることと同義なわけである。
ただ、今回噂に上っている『魔将』は隣国のリヒトーラ公国で元々発生した。リヒトーラ軍は当然、討伐に乗り出し、その結果、多くの魔物達を討ち取ったが、魔将を取り逃がした。取り逃がした魔将は国境を越え、ローエンシア王国に逃げ込んだというものだった。
ローエンシア王国に逃げ込んだ魔将の配下はすでに200弱ということなので、ローエンシア王国の基準で言えば『元』魔将という存在だったが、それでも脅威である事は間違いない。
実際に辺境の村が襲われたという類の噂が王都フェルネルにまで届けば、民達が不安になるのも当然だった。
当然、国も魔将を討ち取るため軍を動員したが、小規模になっているためになかなか、索敵に引っかからず、見つける事が出来ないというのが現状だ。捕捉すれば問題なく斃しているのだが、今回の魔将は知能がそれなりにあるらしく、目的の魔将を討ち取ることは未だ出来ていなかった。
魔将はローエンシア国内の魔将未満の者を配下にして、数を回復させると街を襲い、出動した軍に敗れるという事を繰り返している。だが、数を回復させては軍に敗れるを繰り返していた魔将が、ある魔将未満の者を。配下に加えたあたりで変わった。
簡単に言えば、戦術を行使し始めたのだ。今までただ単に突撃しかしてこなかったのに、伏兵を置き、背後に回り込みという戦術をとるようになったのだ。かといって、軍が敗れることはなかったが、今までのような圧倒的な勝利を手に入れる事は出来なくなったのだ。
圧倒的な勝利を得ることが出来ないと言うことは魔将の配下の数が劇的に減らない事を意味し、ローエンシア国内のみならずエジンベート王国、ドルゴート王国、リヒトーラ公国の国境を越え、それらの国を放浪し勢力を拡大し続けていた。
そして、ローエンシアの基準では魔将未満となったものが、再び魔将に返り咲いたのだ。
3000を超える規模となった魔将だが、軍が来るとちりぢりになって逃げだし、またどこかで集結する。この繰り返しのため、軍では対処がしづらかった。かといって小規模な部隊では敗北する可能性が高い。
かつてリヒトーラ公国が取り逃がした魔将は、見事生き延び非常にやっかいな魔将に成長してしまったのだ。
国は魔将に懸賞金をかけたが、これは相場とすればかなり高額なものだったが、約3000の魔物を相手にしないといけない可能性があったため、冒険者達も二の足をふんでしまい大きな成果が上がっていなかった。
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「私、魔将討伐に参加しようと思うの」
レミアがアレンにそう告げる。
「レミア、魔将って最近、噂になってるあの魔将?」
「そうよ、あの逃げ足の速い魔将よ」
「でも、あの魔将って軍が行方を追ってるけど見つかってないんだろ? 当てはあるのか?」
「一応ね、冒険者ギルドの情報でこのあたりに向かってるって話なの」
「王都に?」
「というよりも軍に追われた魔将のグループが次に現れるのが王都周辺の可能性があるのよ。そこで騎士団が挟み撃ちにするらしいんだけど、冒険者が打ち漏らした魔物を駆除するって話なの」
「それに参加するつもりってわけか」
「そう、いくらなんでも一人でやらないわ」
「レミアなら普通に全滅させることもできそうだけどな」
「全部が向かってくれればやれると思うけど、旗色悪くなったら逃げ出すんでしょ? と言うことは、途中で逃げちゃうからせいぜい2~300ぐらいしか斃せないと思うわ」
レミアの戦闘力ならまったく根拠のない言葉ではない。本当にそれだけの実力を持っているのだ。
「ねぇ…アレン、参加しちゃ駄目?」
賛同した様子のないアレンの態度にレミアが不安気に尋ねる。アレンが賛同しないのはレミアが心配だからだ。もちろん、魔将のグループに遅れを取るような事を心配しているわけではない。アレンが心配しているのはレミアがアレンの婚約者と言うことでいわれのない悪意にさらされる事が嫌だったのだ。
レミアは強い女性である事は事実だ。だが、それは傷つかないというわけではない。悪意にさらされれば傷つくし、腹を立てることもある。もし、一人でそんな悪意の中に放り込まれる可能性があるのなら、止めて欲しいというのがアレンの本心だ。だが、レミアは自分から魔将討伐に参加したいと言ったのだ。それを否定する事はレミアの実力を否定する事に繋がる。それはそれでアレンは嫌だった。
「なぁ…レミア、なんで魔将討伐に参加したいんだ?」
アレンの問いにレミアはあっさりと答える。
「一言で言ったら金よ」
「金?」
「そう、もうすぐジャスベイン家からあいつらが来るでしょ」
レミアの言う、あいつらとは例の吸血鬼の野盗達だ。野盗達は現在、ジャスベイン家の取り調べを受けており、その後、裁判が行われ、刑罰としてアインベルク家に引き渡されることになっているのだ。
「ああ、たしかあと1ヶ月ぐらいだったな」
「あいつらを置いとく建物を用意しないといけないでしょ」
「それは確かにそうだが、いるのは材料費だけだろ、後はあいつらに自分で作らせるつもりだし、それぐらいの蓄えはあるから問題ないぞ」
「確かに、アインベルク家の財政事情はまったく贅沢してないから問題ないけど、私だって役に立ちたいのよ」
「レミアは十分役に立ってるんだがな」
アレンの言葉に嬉しそうな表情をレミアは浮かべるが、すぐに引き締める。
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。でも私はもっとアレンの役に立ちたいのよ」
レミアは断言する。ここまで気持が固まっている以上、レミアの心を変えるのは難しい。しかも、レミアのアレンのために動こうという気持を有り難いと思う。だが、婚約者ばかりに働かせるというのは、アレンにとって『ヒモ』と呼ばれる存在になったようで、容易には受け入れがたい。
「レミア、俺も参加する」
アレンはレミアにそう告げる。アレンの申出にレミアはちょっと困った顔をする。
「アレン、嬉しいけど、それは駄目よ。墓地管理はどうするの? ロムさん達にまた負担をかけることになるわ」
「だが…」
反論しかけたアレンの口にレミアは人差し指を当てて、言葉を封じる。
「アレン、あなたが心配しているのは、私があなたの婚約者という理由で、周りの者から心ない扱いを受ける事でしょう?」
「…」
「確かに、そういう連中がいるのは想定しているわ。でも、私は決して一人じゃないわ。私にはアレン達がいるのよ、心ない事を言われたからと言ってつぶれたりしないわ」
「…わかった」
アレンは、レミアの言葉に首肯する。もちろん、心配である事は変わらないのだが、レミアへの信頼がそれを上回る。
「でも、レミア一つだけ…」
「何?」
「もし、周りの奴がレミアを侮辱したりしたら、俺のために耐えるなんてバカな事は止めてくれ。むしろ、レミアがそいつをやってくれれば、俺も遠慮なくそいつをつぶすきっかけに出来る。どうせ、レミアに難癖つけるような奴とは俺は絶対に仲良く出来ない。つぶすのが早いか遅いかの違いだ。遠慮することはない」
アレンの提案にレミアは苦笑する。アレンの少々歪んだ愛情表現と受け取ったからだ。
「わかったわ。その時は旦那様を頼らせてもらうわ」
レミアの返答にアレンも照れたように笑う。
こうして、レミアは魔将討伐に参加することになった。
今回の主人公はレミアとなります。よろしくおつきあいください。




