閑話Ⅱ~鍛冶職人~
以前感想で主人公達の剣を作る職人も化け物ですねという意見があったので、書いてみました。戦いの描写が今回、まったくないので、期待はずれの内容になってるかも知れませんが、ご了承ください。
アレンはなじみの鍛冶屋への道を歩いている。
王都フェルネルの職人街の一角にあるその鍛冶屋とはアインベルク家との付き合いは長い。
ローエンシア王国では、職人の社会的地位が総じて高い。いや、高いと言うよりも尊敬されていると言った方が近い。
ローエンシア王国の代々の王は職人を保護するため、積極的に注文を出すのだ。それに倣って貴族達も積極的に職人に注文を出した。そのため、職人達の技術は自然と上がり、尊敬を集めることで、一定数の弟子が常に工房には集まることになっている。
アレンがなじみの鍛冶屋の前に到着する。
「馬鹿野郎!!!!」
「あんだと!!兄貴の指示が悪いんだろうが!!」
「ちょ…親父も叔父さんも止めてくれよ!!仕事たまってんだから!!喧嘩は後にしろ!!」
「お父さんも伯父さんも落ち着いてよ!!近所迷惑よ!!」
扉の向こうから男の怒鳴り声が聞こえる。いつもの事だが、怒鳴り声の飛び交う中に入り込むのはアレンであっても二の足をふむのだ。
ふぅ~と一息吐き出し、意を決したように扉を開ける。
扉をあけたアレンの下に飛び込んできたのは、怒鳴り合う二人の男とそれを止める二人の男女である。
一人は50代を超えた初老の男だ。髪に白いものが混ざっているが、肩周り、腕の筋肉は衰えをまったく感じさせない。
もう一人も同様に筋骨逞しい50になるかならないかの初老の男だ。
「あ…アレン坊ちゃん、いらっしゃい」
「アレン坊ちゃん、ちょうど良かった、お父さんと伯父さんを止めてもらえます?」
扉を開けたアレンに気付いた二人を止めていた男女がアレンに挨拶と喧嘩を止めるように頼み込む。アレンは頷き、ダメ元で声をかける。
「ザノスさん、ケティスさん、仕事を頼みたいんです!!喧嘩は後回しにして話を聞いてください!!」
アレンの言葉にある仕事というフレーズに二人の初老の鍛冶屋は喧嘩を止め、アレンに視線を移す。
「おお、坊主か、どんな仕事だ?」
「坊主、俺を満足させるとような仕事を持ってきたんだろうな?」
「親父…叔父さん…」
初老の筋骨逞しい鍛冶屋の兄はザノス=ルリアス、頑固な職人堅気な男で、非常に腕の良い鍛冶屋だ。
弟のケティス=ルリアスも兄同様に頑固な職人気質の男で、これまた非常に腕が立つ。
この二人はそれぞれ一流の腕を持っており、その腕を振るえば名剣を量産することも可能な男達だ。そして、二人が協力し剣を打ち、呼吸が合えば、その剣はもはや名剣の枠にとどまらず神剣とまで呼ばれる。
今のところ、その神剣と呼ばれる程の二人の呼吸が合うことは1回だけであり、その剣は今代のローエンシア国王のジュラスの愛剣となっている。
そして、ザノスとケティスの喧嘩を止めていたのが、ザノスの息子ルドラ、ケティスの娘アシリアである。ちなみにルドラとアシリアは夫婦であり、息子と娘が一人ずついる。
ルドラもアシリアもそれぞれの父親から鍛冶の技を仕込まれており、20代半ばでありながら、職人達の間で名工の呼び名が高かった。
「ええ、仕事の内容は剣を一本です。材質は魔鉄、黒鉛、ミスリルの合金です」
アレンの出した注文に四人は、顔を輝かせる。といってもザノスとケティスはニヤリと獰猛な肉食獣を思わせる笑み、ルドラ、アシリアもほぉ~と言う顔をしている。
アレンがあげた材料はかつて魔剣士を斃したときの鎧の材質を使って剣を打ってもらおうと思ったのだ。
だが、この魔鉄、黒鉛、ミスリルの合金は扱いが難しく、わずかの温度の違いにより、硬度が大きく異なってしまう。綺麗に三つの金属が混ざり合った時に急速に冷やすことで、凄まじい硬度を持つ合金となる。
それを熱し、剣の形に作り替えることで、凄まじい剣が出来上がるのだが、一流の腕を持つものであっても、それは容易ではない。
このアレンの注文に四人の職人としての魂が動き出す。
これほどの注文、職人冥利に尽きるというものだ。
「それで、材料なんですが、明日、届くことになっていますので、それから運び込ませてもらいます」
アレンの言葉に四人はニヤッと嗤う。完全に職人モードに入っており、早く取りかかりたいという気持がありありとわかる。
「もちろん、出来に相応しい値段を払います」
アレンの言葉はある意味、職人に対する挑戦である。俺が振るうに相応しい剣を打って見せろという事だ。
その事を察した四人はまたもニヤリと嗤う。アレンに限らずアインベルク家は常に職人の仕事に敬意を払う。満足のいくものを納めれば、相場以上の報酬を支払う。
「どうです? 引き受けていただけますか?」
アレンは四人に言う。まぁ答えは分かりきっているが様式美という奴だ。
「もちろんだ。坊主、お前の挑戦受けてやる」
「坊主、お前も俺を試すようになったか。くくく」
「アレン坊ちゃんがね~。ユーノス様の注文も厳しかったけど、アレン坊ちゃんも厳しい目をされそうだな」
「もう、アレン坊ちゃんなんて言えないわね」
四人は嬉しそうにアレンの注文を受けてくれることになった。それを確認するとアレンは細かい所をつめる。
「それでは、受けてもらえると言うことで、剣の種類は長剣、片刃でお願いします」
「わかった。それで仕上げとく」
ザノスはあっさりと引き受ける。すでに頭の中には完成図を描いているのかも知れない。
「それでは注文は以上です。出来上がったら連絡ください」
アレンはペコリと頭を下げる。帰ろうとしたアレンにケティスが止める。
「待った坊主、今のお前の腕を見たい。前回からもう半年だからな」
ケティスの言葉にアレンが返答する。
「見せるのは構いませんが、たった半年ですよ? みなさんなら十分に予測出来ると思うんですが…」
「いや、坊主お前まだ18になるかならんかだろ。お前ぐらいの年齢は突然、伸びるから厄介なんだよ」
「そうですかね、まぁ、良い剣を作ってもらう以上、見せた方がいいのも事実ですね」
アレンが了承すると、ルドラが剣を一本持ってくる。次いでアシリアが、一本の薪を持ってきて立てかける。
アレンが渡された剣を見る。かなりの業物だという事がアレンにもわかる。購入するとすれば相当な高価な買い物になるだろう。
「これはなかなかの剣ですね」
「ああ、俺が打ったんだ」
「なるほど…」
「ははは、みなまで言わないでくれ、親父や叔父さんに比べられちゃ困るよ」
「すみません」
ルドラの打ったという剣は、確かに業物であるが、ザノス、ケティスの打った剣に比べるとやはり見劣りするのは事実だ。
アレンは立てられた薪に向かって剣を振り下ろす。
キィン…
アレンの振るった剣が薪を斜めに切り裂き、上部が床に落ちる。まるで草を刈るように薪をアレンは切り落としたのだ。薪は固定されていないために、切り落とすのは容易でない事は確かだ。それをアレンは何の気負いもなく成し遂げたのだ。これだけでアレンの技量の高さが常人離れしている事は確かだ。
「見事だな。ユーノスには及ばんが、少しは差が縮まったな」
ザノスはニヤリと笑いアレンに言う。
アレンにとって亡き父に近づいているという客観的な評価は嬉しいものである。ザノス、ケティス達のように祖父、父、アレンの三代に渡って技を見守ってくれている職人は、何者にも代えがたい人達だ。
「それでは、俺はこれで、仕上がり楽しみにしてます」
アレンはペコリと頭を下げると、工房をあとにする。
墓守と鍛冶職人、立場と世代を超えたつながりがある。そして、今代はつながりは途絶えることはないだろう。
アレンはその事を何よりも嬉しく思う。
アインベルク邸に戻るアレンの足取りは軽かった。
本編に直接関係のない内容ですが、職人さんの生き方というか打ち込む姿は大好きなので、つい書いてしまいました。