王子Ⅲ②
所々でアルフィスは口が悪くなります。王太子の仮面をかぶらない素の面だと思ってください
馬車が停まった。
先程の騎士が馬車の外から声をかける。
「降りていただきます」
アルフィスは、特に気にもとめない風に馬車から降りる。
「ここは?」
アルフィスが降りた先には、切り開かれた森に屋敷が見える。かなりの大きさだ。こんな所に屋敷を構えているものはいないはずだが…とアルフィスは訝しがる。
アルフィスに続いて、三人も馬車から降りる。みな周囲を警戒しているようだ。反対に馬車の外にいた護衛の騎士達の表情に戸惑いはない。操られている事に気付いてなければ裏切ったとしか思えない。
「我が主のテルフィア=コスタークの屋敷でございます」
別の護衛騎士がアルフィス達に向け答える。よどみなく答える様から操る術は、意識を奪うタイプらしい。
アルフィスは、『アレンの使うものとどちらが質が悪いかな?』と思っている。アレンの使うものは意識のある状態で体を無理矢理操る。それゆえに何をしているか認識するため、操られる者の恐怖は倍増する。
(うん、アレンの方に比べればまだマシだな。あいつのは半分拷問用だからな)
アルフィスは結論づける。考えていたことはそんな事だったのだが、表面上は欺されてここに連れてこられたため、怒りに震える演技をする。
「主だと?お前達の主は私ではないか!!」
ここで、自分が王太子であると暴露するのは拙いと思い、自分の名前、王族であることの情報を隠す。
「いえ、私達の主はテルフィア様のみでございます」
護衛の騎士は慇懃無礼を体現したかのような返答を行う。
「ふざけるな!!貴様達はこのアスター=ケヌマ=エルマインに忠誠を誓ったではないか!!」
アルフィスは激高し叫ぶ。よどみなく偽名を出せるあたり、アルフィスの根性も大したものである。
「ふふ、そうお怒りになられますな。我が主に会っていただければそのような怒りもおさまりましょう」
騎士はアルフィスの偽名を訂正しない。訝しがりもしない。これだけでもかなりの情報を与えているのだが、テルフィアとやらはその事に気付いているのだろうか?もちろん、わかっていて見せない可能性もあるため、油断はできない。
「主に会うだと?なぜ私が会わねばならぬ!!」
アルフィスは思い切り不機嫌な声で言う。
「嫌だというのなら力尽くですな。こちらは完全武装した騎士が4人、そちらと数は変わりませんが、勝てると思えますか?」
騎士はニヤリと嫌な笑い方をする。
(当たり前だろうが、俺を殺したければアレンクラスを連れてこい!!)
心の中で、アルフィスは呟く。ここにアレンクラスの敵がいるのなら、警戒もするが、それほどの相手の気配はしない。アルフィスの護衛についている騎士達は近衛騎士ではあるが、アルフィスなら寝込みを襲われても完勝することが出来る。
だが、口に出したのは別の言葉だ。
「くっ…、わかった抵抗はしない」
アルフィスは悔しそうに言う。もちろん演技であるが、せっかくテルフィアに会わせてくれるというのだ。それに乗らない手はないだろう。
「アスター様は物わかりが良くて助かります。では、剣をお渡し願いましょう」
騎士の申出にアルフィスは黙って従う。アルドとロアンにも剣を渡すように指示し、二人も素直に従った。
「それでは、ご案内いたします」
アルフィス達は騎士達に先導され屋敷の中に入っていく。
屋敷の中は多少、古ぼけているが調度品などはかなり趣味の良いものだった。手入れも行き届いているようである。
アルフィス達を先導する騎士達は屋敷の地下に向かっている。どうやら、テルフィアは地下にいるらしい。
コツ…コツ…
足跡が地下室のかび臭い壁に反響する。
地下室の廊下の左右には扉がいくつかあるが部屋の中からは音がまったくしない。
やがて、正面に扉が見えた。左右の扉に比べ一段階豪華なことから、どうやらここにテルフィアがいるらしい。
騎士はいきなり扉を開ける。大変不作法だが、この騎士達はテルフィアが操っているのだから自分で自分にノックするようなものと考えたのだろう。また、ここまで連れてきた以上、もはや取り繕う必要もなくなったと言うことだろうか。ということは、この地下室、もしくは屋敷に入ったことでテルフィアは勝利を確信しているという事になる。
部屋はかなりの広さだ。一辺10メートルぐらいの正方形で、奥に執務用の机があり、そこに一人の男と両隣に男の計三人がいる。
部屋に入るとテルフィアが座席から嫌な笑顔をこちらに向けているのがわかった。テルフィアは40代半ばの容貌をしている男だった。青白い顔に眼窩がくぼんでおり、『病気ですか?』と素で聞いてしまいそうな男である。
室内には、テルフィア、両隣に護衛と思われる男、アルフィス、エド、アルド、ロアンに近衛騎士4人、御者が揃う。
「アスター殿、突然呼び出して済まないね」
全然、悪いと思っていない嘲りを含んだ声をかける。おそらく、ここで名前を呼んだことで、『いつ名前を知ったのだ?』と疑念を与え『俺は何でも知ってるぞ』という正体不明さを演出しようとしたのだろう。
ただ、騎士達を操っている事をとっくに察しているアルフィスとしては驚くような事ではなかったし、偽名をこちらに告げた時点で、別にアルフィスとわかってて連れてきたわけではない事がわかった。
だが、アルフィスは、一応驚いてあげる。
「なぜ…私の名を…」
「ふ、私の力ならその程度のこと造作もないこと…」
テルフィアはさらに嘲りの度合いを強める。アルフィスは笑いを堪えるのに必死だった。『お前今、欺されてんだよ』と教えてあげたいぐらいだ。
「私の要求は非常に単純でね。あなたがエルマイン公の一族である事はわかっている」
「…」
「あなたに国王を操るための手助けをしてほしいのだよ」
「陛下を?」
「そう、国王を操り、この国を手に入れようと思ってね」
「そんなことに私が荷担するとでも思っているのか?」
「いや、あなたの意思は関係ない。私の能力ならあなたを中継地点として、国王を操ることも出来るのだよ」
「中継…地点?」
「そう、あなたはエルマイン公の一族、王に会うことも可能であろうし、王にあうことの出来る者にあうことも可能だ」
「最終的に、陛下にお前の力が届くというわけか…」
「その通りわかっていただけたかな?」
テルフィアの口はよく回る。どうやら自分の思い通りに行くと思って饒舌になっているらしい。
アルフィスは正直、テルフィアをアホだと思ったが、その力を過小評価はしない。この力はテルフィアのようなアホが使わなければ結構、厄介な代物だ。
「一つ聞きたい事がある」
「なんだね?」
「おまえの人を操るという術だが、お前のオリジナルか? 」
「…私のオリジナルだよ」
テルフィアは答える。アルフィスはそれを聞いて、さらに続ける。
「ああ、済まない。一つと言ったがもう一つある」
「なんだ?」
アルフィスはニヤリと嗤い。テルフィアに聞く。
「お前、家族はいるか?」
テルフィアはアルフィスの意図が読めなかったようだ。
「なぜ家族の有無なんか聞く?」
アルフィスは嘲るようにテルフィアに言う。
「頭の悪い奴だな…。お前を殺した後に葬式出してくれる奴がいるかどうかの確認だろ」
まるで、出来の悪い生徒をたしなめる教師のようにアルフィスは言った。




