王子Ⅲ①
今回はローエンシア王国王太子アルフィスの話です
ローエンシア王国の王太子アルフィス=ユーノ=ローエンは馬車に揺られている。
ローエンシア王国の隣国であるドルゴート王国からの帰国途中であった。
両国の関係はドルゴート王国の先代の勇者一行が、こともあろうにアインベルク家への噂を鵜呑みにし、アレンを害しようとし、完膚なく叩きのめされたことで少々、ギクシャクしてしまっていた。
だが、ローエンシア側への謝罪をドルゴート王国は行い、ローエンシア側もそれを受け入れたことで、両国の溝は自然とおさまっていった。
今回、アルフィスがドルゴート王国へと出向いたのは、ドルゴート王国の第一王子であるカーマイン=ジェド=ドルギアムの王太子の立位式のためである。アルフィスは国王の名代として参加したのだ。
学生の身分であるアルフィスが参加することにアルフィスが難色を示したのだが、ローエンシアの王太子として参加せざるを得なかったのだ。
アルフィスは立位式での自分の役割を大過なく成し遂げ、帰国するにいたったのだ。
「はぁ~疲れたな」
馬車の中でアルフィスは独りごちる。馬車の中にはアルフィスの他に3人が乗っている。
一人は文官のエド=ケリング、31歳とのことだ。年齢よりも落ち着いて見える。彼はジュラス王の信任厚い青年官僚だ。今回のアルフィスの隣国への訪問を取り仕切った人物だ。
もう一人は、近衛騎士のアルド=コクロス、年齢24歳、鍛え抜かれた体躯、鋭い眼光と非常に優秀な護衛といえる。
最後の一人は、ロアン=ケースン、子爵家の次男で19歳、アルフィスの従者だ。貴公子然とした風貌をしており、線が細いため侮られがちだが、剣の実力は並の剣士ではまったく相手にならない。
アルフィスが14歳の頃より仕えており、アルフィスの信頼も厚かった。
「お疲れ様でした。王太子殿下、もう少し余裕を持たせるべきでした」
エドがアルフィスのぼやきに反応して声をかける。かなりのハードスケジュールが今回の隣国訪問で組まれていたため、実際に組んだエドとしては少し申し訳ない気分になったのだ。
「いや、ケリングの組んだスケジュールは的確なものだった。式典は気苦労が多くて気疲れしただけだ」
アルフィスがエドの言葉に苦笑しながら返す。エドは優秀だが、真面目すぎるのがちょっと心配になってくる。もう少し大らかになっても彼の能力なら何の問題もない。
「そういえば殿下、学園に戻ればアディラ王女とお会いできますね」
ロアンがアルフィスに告げる。
「そうだな、今回の立位式の出席のため、アディラの入学式に参加できなかったのは残念だ」
アルフィスの不満の声が聞こえる。ドルゴート王国もわざわざこの時期に立位式を行わないでもという思いがアルフィスにはあったのだ。
「そうそう、アディラ王女殿下は確かアインベルク男爵と婚約されたのでしたな」
護衛のアルドがアディラの婚約に話題を移す。アルフィスはアディラの長年の恋が実ったことを喜ばずにはいられない。
「ああ、アディラはずっとアレンとの結婚を夢見ていたからな。妹が幸せになるのは嬉しいよ」
この場にいる者はアレンとアルフィスが親友の間柄だということを知っているため、アレンの事を誹謗する者はいない。
「まぁアディラ王女のアインベルク卿への好意は明らかすぎましたからね」
ロアンが苦笑して言う。
「アディラの行動原理の大部分は『アレンを振り向かせる』だからな、最近では方向性が大分間違っているのではと思わないこともない…」
アルフィスは最近のアディラが近衛騎士の修練場で戦闘訓練を行っている事を聞き、かなり不安を覚えているのだ。
アルフィスの言葉に、車内にはなんとも妙な空気が流れてしまう。
そんな微妙な空気を変えたのが、馬車を警護している護衛の騎士の報告である。
「失礼いたします」
アルフィスは馬車を停止させ、護衛の騎士の報告をきくことにする。
「どうした?」
「はっ!!実はこの先に死体が6体転がっております」
「死体だと?」
「はい…、物見の報告ではどうやら冒険者との事です。ランクは全員がプラチナです」
「プラチナの冒険者がこの先で死んでいる…。死因は?」
「なにかしらの戦闘行為があったのは間違いないようですが、遺体の損傷がひどく何と戦ったかは不明です。つきましては危険を避けるためにルート変更の許可をいただきたいと思いまして」
「ああ、そういう事なら何も問題ない。ルート変更は任せてもいいか?」
「はっ!!お任せください」
「それと、犠牲者の遺品を回収しギルドに届けてやれ、家族がいるならせめてもの慰めになるかもしれんからな」
「はっ!!すでに回収しております」
「そうか、それでは出発せよ」
アルフィスは護衛の騎士達にルート変更を任せると、再び馬車は走り出す。
何と戦ったかわからない。だが、プラチナの冒険者が6人殺されているのだ。アルフィスとして警戒しないわけにはいかない。
すでにここはローエンシアの領内だ。しかもここは王家の直轄地、ここに住む者達をまもる義務がアルフィスにはあるのだ。
「王太子殿下…」
エドがアルフィスに不安気な表情で尋ねる。
「なんだ?」
「何故です?」
「仕方がないだろう、対応が遅れれば遅れるだけこの地に住まう者の危険が増すからな」
「しかし、何も王太子殿下が…」
アルフィスとエドの会話に割り込んだのはアルドだ。
「ケリング殿、王太子殿下がそう判断された以上、我々としてはそれに従うまで」
「それはそうだが…何も王太子殿下を危険にさらす事は…」
「そのお気持ちはよくわかるが、王太子殿下に限って言えば何も心配ない」
「守り切れるのですか?」
エドの最後の問いにアルドはニヤリと笑う。エドはアルドの笑みを守り切る自信があると捕らえたようだが、実際はそうではない。
「ロアン、外にいる護衛の騎士は4人で間違いないな?」
「はい、御者を入れれば5人となります」
ローエンシアほどの大国の王太子の随行員とすれば少ない事、甚だしいのだが、アルフィスはまったく気にしない。面子の面から考えれば随行員は多い方が良いのだが、アルフィスが最小限度の数にしたのだ。
理由は、それで侮るというのなら侮ってもらおう、大した事がないと思ってくれるのなら、願ったり叶ったりという考えからである。それで、敵対するというのなら容赦せず滅ぼすつもりなのだ。
個人レベルだろうが、国レベルだろうが戦いである以上、油断させて本来の力を出させずに斃すというのがアルフィスの考え方なのだ。
「そうか、現段階で五人がすでに敵の手に落ちているとはな…」
「お恥ずかしい事でございます」
「まぁ、それはしょうがない、何かしらの術だからな。彼らに咎はないからそう責めないでやってくれ」
「御意」
アルフィスとアルドは、そう言葉を交わす。アルフィスと先程の騎士との会話で、報告に来た騎士が何者から操られていることを察したのだ。そして、他の者達も既に操られている事も車内にいる者はわかっていたのだ。
理由は、簡単でアルフィスに話しかけるときはまず、合い言葉と合図をいうことになっているのに、先程の騎士は合い言葉も合図も言わなかったのだ。アルフィスの護衛の騎士に選ばれるほどの者達がそんなことを忘れることはあり得ない。ということは何者が外の五人を操っていると考えたのだ。
ちなみに合図は相手が『山』といい、続いてアルフィスが『川』と答える単純なもので、あるが、相手はその際に右手を胸の所にあて、人差し指と小指を伸ばすといういうものだ。
単純であるが、この二段構えの合図と合い言葉により、かなりの確率で操られているかどうかの判断がつくのだ。
「さて…黒幕の目的は何かな?」
「普通に考えれば王太子の命ですね」
ロアンがあっさりと答える。確かにそれが筆頭だろう。
「ですが、王太子である事を知らない可能性もございます。要は誰でも良かったという線も捨てきれません」
「この間の魔族の実験のような事をしている可能性もあると言うことか」
「はい、それならば余計にここで始末しておかなければなりません」
「確かにそうだな…」
アルフィスとロアンの話に残りの二人は沈黙している。
「お前達も操られる可能性がある」
「はい…」
「一応、お前達は操られないための護符を持っているな?」
「「「はい」」」
「よし、なら大丈夫だ。外の五人のは持たせておくべきだったな」
「はい」
「外の五人が操られて襲ってきた場合、お前達では殺してしまう可能性があるから、俺が対処する。そのついでに解呪をしておくから、お前達は解呪した五人を保護しろ」
「はっ!!」
アルフィス達は、自分達が取るべき方策を話し合う。
そして、しばらくして馬車が停まった。




