閑話Ⅰ~花嫁修業~
アディラの話を何か書きたくなったので、書いてみたのですが、いつの間にかこうなってしまいました。
アディラの手綱はすでに切れてしまったようです
ローエンシア王国の王女アディラ=フィン=ローエンは幸せだった。
幼い頃から慕っていたアレンティス=アインベルクと恋人どころか一気に婚約者へとなれたからだ。
しかも、アディラが学園を卒業する3年後に結婚が確定している。将来の自分は、憧れ続けていたアインベルク夫人となるのだ。
「ぐへへ」
幸せをかみしめるアディラの口から、『本当に王女?』と疑われるような声がもれる。常に王女として、王族として振る舞ってきたアディラ、だが、アレンに関する事に限り、どうしても変態親父モードが顔を覗かせるのだ。
敬愛する王女のそんな姿は、護衛兼侍女のメリッサとエレナを困惑させる。メリッサもエレナも非常に優秀な女性達であり、他の侍女達よりも能力は頭一つ抜けているし、護衛としても並の騎士と立ち会っても負けることはない。
そんな彼女たちであるが、アディラの変態親父モードだけはどうしてもなれることはない。見た目、お姫様 (実際、そうだが)の美少女が変態親父のような態度をとるのは見た目とのギャップもあり、落差がとにかく酷いのだ。
「アディラ様、そのような声を出すのは控えるよう申し上げていたはずです」
メリッサがアディラに苦言を呈する。アレンからの告白から、気がつけばこの笑い声をあげているのだ。学園の入学まで1週間を切ったというのに、未だにアレンとの婚約の幸せから覚めていないのだ。
「だって~ぐへへ~」
メリッサの苦言はアディラの幸せの前にまったく効果がなかった。元々のアディラは苦言をきちんと受け入れていたのだが、最近ではまったく受け入れない。悪意があって受け入れないというのではなく、自分の中から際限なく溢れてきてしまいどうしようもないのだ。
その事がわかるため、メリッサもエレナもため息をつくしかなかった。
「アディラ様、今日は愛しい婚約者様に会いに行かれるんでしょう? アインベルク卿に呆れられますよ」
エレナが呆れた声でアディラに告げる。アレンに呆れられるというフレーズはアディラに今、最も有効なのだ。
「はっ!!そうだった。アレンお兄ちゃん…違うわ、アレン様にふさわしい淑女になるんだったわ」
アディラは婚約が決まってからは『アレンお兄ちゃん』から『アレン様』と呼ぶようになった。だが、長年の習慣は中々抜けずに、アレンお兄ちゃんとつい呼んでしまうのだ。
アディラがようやく変態親父モードから帰ってきたことに、二人の侍女はほっと胸をなで下ろす。
「よし!!メリッサ、エレナ、今日は午後からアレン様に会いに行くから、午前中にすべて終わらせるわよ!!」
アディラが終わらせるというのは、習い事である。ただ普通令嬢の習い事とくれば、礼儀作法、ダンスなどが主流なのだが、アディラの習い事は『剣術』『格闘術』『弓術』『ナイフ術』『杖術』『神聖魔術』『治癒術』というものである。どう考えても一般的な令嬢の習い事との乖離は甚だしかった。
アディラはアレンに嫁ぐにあたり、自分の身は自分で守る事が出来なければならないと思い、それらを学び始めたのだ。
アディラは真剣にそれらを学び、いつのまにか戦闘力は並の兵士を遥かに上回り、完全武装すれば、一個小隊を相手取ることも可能になっていた。
特にアディラがその才能を発揮したのは『弓術』である。動かない的ならまず外す事はなくなり、メリッサ、エレナが空に投げた的を10本中8本は射貫くという腕前になっていた。
王女として確実に間違った方向に進んでいたのだが、アレンの妻としてはむしろ相応しいといえるだろう。
「「はい」」
メリッサとエレナは簡潔に返事を返した。
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アディラは、習い事 (内容が的確かどうかは疑問)用の服装に着替え、いつものように王城内の修練場へ移動する。
王城の敷地には、近衛騎士達の本部があり、修練場も併設されている。アディラはいつものように近衛騎士達の修練場で習い事を行うのだ。
修練場には近衛騎士達が日課の訓練を行っている。激しい訓練に汗を流し、私達を守ってくれている近衛騎士達に対して、アディラは自然と頭が下がる思いである。
アディラが修練場で習い事を行うようになった当初は、近衛騎士達もかしこまっていたのだが、今では当たり前のように思っているのか、気にしていないように見える。
もっとも、気にしないように見えるだけで、近衛騎士達はアディラの護衛をしていない訳ではなかった。
この習い事でのアディラの先生はメリッサとエレナだ。近衛騎士達は当初、侍女が行う剣術、格闘術などはオママゴトと思っていたのだが、侍女達の技量と指導内容は近衛騎士達でさえ舌をまくほどであった。
そのため近衛騎士達の間で、メリッサとエレナはアイドル的な存在となっているぐらいだ。その二人に指導を受けているアディラの技量が上がるのは当然の成り行きだった。
「それではアディラ様、本日は時間がいつもより少ないですが、その分、内容を濃くしていきましょう」
メリッサの言葉に、アディラは大きく頷く。
「わかったわ、では剣術からね」
アディラは練習用の剣を抜き、基本動作を行う。いつもより速く動く、時間がない以上、ここで時間を稼がないといけないのだ。アディラはこの基本動作を一切手を抜かない。アレンが、『基本を怠けるぐらいなら最初からその道を志すな』と言ったことがあったからだ。
アディラの動きは術理にしたがったものだ。足の運び、姿勢、一つ一つ確認しながら無心で剣を振るう。剣の基本動作を繰り返し、繰り返し行い、体に染み込ませる。
「そこまで!!」
メリッサが声をかけると、アディラは基本動作を止める。
「いかがでしたか?」
エレナの問いに、アディラは難しい顔を浮かべる。
「前半はかなり理想に近づいたけど、後半になると、足運びと剣の動きに微妙なズレを感じたわ。気付いてから修正したつもりだけど、前半ほどの理想に近づいたわけじゃないの、まだまだね」
アディラの反省点は、かなり厳しい。一流の剣士ですらアディラの剣の使い方を見れば、称賛をおくらずにはいられないだろう。だが、アディラは不満らしい。掲げている目標が高すぎてまったく喜べないのだ。
「それでは、次は格闘術とナイフ術を組み合わせていきましょう」
エレナが次のメニューを提示する。ここでいう組み合わせはナイフを持ったメリッサとの模擬戦である。もちろんナイフは訓練用のもので、どんなに研いでも刃が突かない構造になっている。
「わかったわ。メリッサお願いね」
「はい」
アディラはメリッサに声をかける。ちなみにアディラとメリッサの模擬戦は、アディラは10本に1~2本取ることが出来るという感じだった。
「それではアディラ様、参りますよ」
メリッサはそう言うと、一気にアディラの間合いに飛び込む、アディラはそれに慌てることなく、拳を突き出す。アディラは決して大ぶりしない。最小の動きで急所を的確に狙うのだ。拳の形は人差し指を突き出し握り込み、第二関節が突き出る形となっている。
アディラの拳をメリッサは右手で払う。と言っても、はじき飛ばすような事をせず、そっと触れ軌道をそらすのだ。メリッサの左手にはナイフが握られている。メリッサは右手でアディラの拳を払うと同時に左手のナイフをアディラの腹部にさし込もうとする。
だが、メリッサがアディラの拳をはらうと同時にナイフでの攻撃をおこなったように、アディラもまた、拳を突き出すと同時にもう片方の手に握ったナイフでメリッサの左腕を切りつけようとしていたのだ。
メリッサはアディラのその動きを読んでおり、左手を止める。アディラのナイフは空を薙ぐ。だが、アディラの攻撃はそこで止まらない。自分の拳を払ったメリッサの右手をアディラはそのまま狙ったのだ。
メリッサは右手を引き、アディラの攻撃を躱す。しかし、アディラは振るったナイフを引き戻し、メリッサの肩口にナイフを振り下ろす。
「くっ…」
メリッサはかろうじてアディラのナイフを躱した。わずかの時間の攻防だったが、その攻防の中には濃すぎるやり取りが交わされている。
「やりますね。アディラ様、まさか四手も盛り込んでくるとは思いませんでいたよ」
メリッサの声に称賛がこもる。メリッサはアディラの戦い方を知っているために対処できたが、余程の強者であっても初見では躱せるかどうか怪しかった。まして、アディラは正真正銘の王女であり、紛れもない可憐な美少女だ。いざ戦うとなれば相手は油断することになるだろう。さらに、効果が上がる事は間違いない。
「う~ん、本当はメリッサが私の拳を払ったときにその手を捕まえるべきだっったんだけど、私の技量ではそこまで出来なかったの」
アディラは、メリッサに先程の攻防の反省点を述べる。アディラが短期間で実力を上げることが出来た要因は、アディラが真剣に物事に取り組んだのは勿論だが、『とにかく考える』という姿勢が大きいかも知れない。
「では、これで格闘術とナイフ術は終わりましょう。次は杖術ですね。エレナ」
模擬戦はあっさりと終わる。本来はさらに続けるのだが、今日は予定が詰まっている。それにアディラ自身もこのまま続けても、あとはやられるだけと言うことを理解していた。アディラは初手で、メリッサを上回る事が出来なかった以上、この結果は変わらない。
「はい、それではアディラ様、次は杖術となります」
アディラは今度は長さ1メートル20ほどの長さ杖を取り出す。アディラは杖を構え、基本動作を繰り返す。
突き、払い、打ち込み、杖はそれ一本で、様々な武器を兼ねる万能の武器だ。アディラは剣術と同じように基本動作を繰り返す。
突き…
払い…
打ち込み…
それぞれの動作を個別にまず行い、それらを繋げていく。よどみなく動くアディラを見て、杖術の教師役であるエレナは的確な指導を行っていく。
それらを終えると、今度はエレナと模擬戦を行う。
「どうぞ…」
エレナが杖を構える。アディラの目にはまったく隙を発見することが出来ない。アディラは試しに腹を突く。勢いよく放たれたアディラの杖はエレナの杖により軌道を変えられる。エレナが突き出されたアディラの杖を最小の動きで払ったのだ。
エレナはそのまま杖を振り下ろす、狙った箇所はアディラの右手だ。アディラは右手に打ち下ろされたエレナの杖を躱し、杖を回転させエレナの足を狙う。
エレナはアディラの攻撃をバックステップで躱す。アディラはエレナが下がったことを好機と思い、間を詰める。下段から上段へ間断なく放たれる攻撃であったが、エレナの杖はそれらをすべて受け流し、払いのける。
だが、それはアディラにとって想定内である。アディラの目的は杖での攻撃を印象づけることだった。激しい杖での攻撃を繰り返すことでエレナの意識は自然とそちらに向く。意識が外れたところで、アディラは拳を使うつもりだったのだ。
ガキィ!!
杖同士がぶつかり、アディラの杖が軌道を外される。そしてエレナの杖がアディラの杖を押さえ込む。
(ここだ!!)
アディラは押さえ込まれた杖を手放す。力の均衡が崩れたことで、エレナが一瞬だが体勢を崩す。そこにアディラが懐に入り込み裏拳をエレナに放つ。速さ、虚を突いたタイミングと申し分ない一撃だが、エレナはそれに見事に対応した。
ガキィ!!
とっさにエレナが右手を離しアディラの裏拳を防いだのだ。エレナはそのまま腰を回転させ、アディラに杖の一撃を加える。アディラはその一撃を腕で防ぐが、エレナはそのままアディラを押し出す。
距離をとられたアディラは敗北を悟る。
「ここまでですね。アディラ様」
エレナは和やかにアディラに告げる。実際、エレナの背中には冷たい汗が流れているのだが、表面上はそう言う。
「そうね、いい手だと思ったんだけどな」
アディラはくやしそうに負けを認める。
「ふふ、アディラ様の発想は素晴らしいですが、残念ながらここで決めるという緊張がわかりましたので、何かしら仕掛けてくると思ってたんです」
「そうか~、その辺のところは早いところ、対応を考えないといけないわね」
エレナの指導にアディラはしっかり反省する。
「それでは最後にアディラ様、弓術ですね」
メリッサが最後のメニューを告げる。
「うん、二人とも頼むわね」
メリッサの言葉にアディラが答える。アディラは愛用の弓を取り出し準備に入る。そして、メリッサもエレナも同じように投石器をもち、アディラから距離をとる。
「アディラ様、それではいきますよ」
「うん!!」
メリッサがそういうと投石器から石を放つ。放たれた石はアディラの斜め上を飛ぶ。アディラは矢をつがえ、メリッサが放った石に放つ。
アディラの放った矢は石を打ち落とす。続けてエレナが石を放つ。アディラは再び矢を放ちまたしても石を打ち落とす。
アディラの弓術はもはや神業とよんでも大げさではないだろう。動いている物に矢を当てるという芸当は凄まじく難易度が高い。しかも、投擲された石を打ち落とすなどと言う芸当は余程の熟練者でも至難の業だ。
アディラはその至難の業を10本中8本も成功させる。
「駄目だわ…」
あれほどの神業を身につけておきながらアディラの声は沈んでいる。今日は10本中7本だったのだ。
アディラは小さくため息をつく。
こんな腕ではと忸怩たる思いである。
その意識の高さに、正直メリッサとエレナは苦笑する。投擲された石を矢で打ち落とせることがどれほどの偉業かを認識していないアディラへの苦笑である。
おそらくアディラの弓術はこのローエンシアでも現時点で五指に入る腕前だろう。しかもアディラは15を超えたばかり、しかも意識を高く持ち修練を欠かさない。そう遠くない未来において、国一番の弓術の腕前になるのは、ほぼ間違いないだろう。
本当は神聖魔術、治癒術の修練をしたいのだが、時間と条件が揃っていない(けが人がいない)ため、今日は断念する。
とりあえず、これで本日の習い事を終えることになった。
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午後となりアディラはアインベルク邸へと赴く。
その顔は緩みきっており、アレンに会えることが楽しみという事がありありとわかる。
そしてアインベルク邸についたアディラは出迎えるアレンに向かって馬車から飛び降りる。そして一目散にアレンに飛びつく。
「ぐへへ~アレン様~ぐへへ」
変態親父モードをまたしても発揮しながら、幸せそうにアディラは微笑む。周囲の他の婚約者はわずかに嫉妬のこもった生暖かい目で、ロムは苦笑し、メリッサとエレナは黙って天を仰いでいる。
「いらっしゃい、アディラ」
アレンが照れた顔でアディラを出迎える。
「えへへ、ごめんねアレン様、つい…」
そう言って照れるアディラの顔は真っ赤になっている。その顔を愛しそうに眺めたアレンはアディラに尋ねる。
「アディラ、午前中はなにしてたんだ?」
アレンの問いにアディラは、ニコッと笑い、そして自信たっぷりに答えた。
「私、アレン様に相応しい女性になるために、午前中は『花嫁修業』をしてたんです」
おかしいなアディラは可愛いお姫様のつもりだったのに、いつの間にか戦闘力過剰なキャラになりつつある…。
本当に『どうしてこうなった…』という感じです。
読んでくれてありがとうございます。




