聖女⑥
今回は戦闘はなしです。
エルゴアとアンデット達を駆逐した、アレン達は聖女一行に声をかける。
「とりあえず死者が出てないようで良かったです」
アレンは本心から聖女一行に言った。ところが一方の聖女一行は恥じ入っている。
アレンが国営墓地の現状をきちんと説明してくれていたのに、それを本当の意味で真剣に捉えていなかったからだ。もし、アレン達がいなかったら、聖女一行は間違いなく皆殺しになっていたことだろう。
ファリアが代表してアレン達に礼をいう。
「アインベルク卿、婚約者の皆様方、本当にありがとうございました」
ファリアの礼に対して、フィアーネ達はニコニコとした笑顔を浮かべる。
「いいのよ、聖女様、あなた達を助けたのはこちらのためでもあるんだから」
「フィアーネの言うとおりよ。私達はあなた方を助けたのは私達の都合でもあるのよ」
「二人ともそんなにあからさまに言ってしまえば、アレンさんが困りますよ」
三人の返答にファリア達は首をかしげる。迷惑ばかりかけた自分達、足手まといの自分達を助けることに一体どんな利益があるというのだろうか。
「あの…失礼ながら私はラゴル教団において何の権限ももっておりません。その…何も便宜を図ることは…」
ファリアが申し訳なさそうにアレンに告げる。
ファリアは自分を助けることでアレンがラゴル教団に何かしら要求するつもりと思ったのだ。もちろん、助けてもらった恩があるため、できる限りのことはするつもりだが、自身の権限では本当に大した事は出来ないのだ。
もともと、聖女はラゴル教団において実務についての権限はほとんどない。これは聖女を政治利用するのを防ぐための措置である。エゴルはファリアを政治利用としたのではなく、その功績を政治利用しようとしたのである。
「誤解しないでください。私達は、別にラゴル教団に何かしてもらおうなんて思っていませんよ」
アレンは事も無げに答える。
「私が望んでいるのは、聖女が浄化をどのように行うかを直にこの目で見ることです」
「私の浄化を…?」
ファリアの戸惑う声が紡ぎ出される。
「そう、一応私も浄化は使えます。ですが、それはアインベルク家が生み出したものでしてね、ラゴル教団が生み出した浄化の方法とどこが異なるのか、若しくは一緒なのかを知りたいだけです」
アレンのいう、聖女を助ける見返りとは聖女の浄化の技術を見ることであった。アレンはというよりもアインベルク家は常に死と隣り合わせの生活をしている。少しでも進歩の努力を怠れば死はあっという間にアレンを捕まえてしまう。そのために、日頃の研鑽だけでなく新しい技術の開発に余念はないのだ。
他の者達にとって、大した事に思えないものでも、アインベルク家の者は貪欲に吸収する。無駄と思われる知識同士を組み合わせて有用なものを生み出す事があることを知っているのだ。
「わかりました。ご期待に添えるかわかりませんが、私の浄化をお見せいたします」
ファリアはアレンに微笑みながら言う。
「ところで…」
話がまとまったところで、護衛隊長のエンリケがアレン、いや全員に問いかける。
「枢機卿はご無事だろうか?」
エンリケがさっさと逃げ出したエゴルの安否を問う。
「死んでますよ」
アレンははっきりと断言する。あまりにもはっきり言うので、周囲の聖騎士達はつい聞き返した。
「逃げ切ったとは思えませんか?」
「絶対ないです。ついでに言えば逃げ出した傭兵も死んでいますね」
アレンの言葉は残酷だが、聖騎士達もその可能性は高いと思っている。アレンの言葉には推測するに足る根拠があった。
枢機卿が逃げ出したのはエルゴアがアンデットを呼んでからだ。エルゴアがあの叫びを上げてから墓地内のアンデットはエルゴアに向け殺到してきたのだ。その道すがらに生者がいれば確実に殺される。枢機卿が逃げていった方角からデスナイトを始め多くのアンデットが現れたのだ。枢機卿がアンデットに出会ったと考えるのが自然だ。アレンはその事を聖騎士達に伝える。
「そっか…」
聖騎士のギリアムがつぶやく。それほど死を悼んでいるように見えないのはエゴルの今までの人生の歩みの結果だろう。
「さて…そんなことよりも、聖女の浄化を見せていただきますか?」
アレンにとって、自分の判断によって生き残ろうとした結果なので、どのような結末であっても本人がその責任を負うべきであり、気に病む事ではなかったのだ。
ファリアは頷く。すぐに浄化を行ってくれるらしい。
「それでは、みなさん、これから浄化を行います。私から離れてください。」
ファリアの言葉を受けて、アレン達、護衛の騎士達はファリアから離れる。十分に離れたことを確認し、ファリアは詠唱を開始した。ファリアの詠唱と同時に魔法陣が展開される。
その魔法陣は半径20メートル程の巨大なものだ。魔法陣は儚げな光を放っている。そしてファリアの掲げた両手の掌の間に拳大の瘴気の塊が浮かんでいる。その瘴気の塊は少しずつ大きくなっていく。それと同時に少しずつ浮かんでいく。最初は胸の高さから、顔の高さまで、そしてファリアの身長を超え頭上へ、周囲から瘴気を吸収しながら塊は大きくなっていき空に浮かんでいく。
国営墓地のあらゆる所から発生した瘴気がファリアの展開する魔法陣に集まってくる。黒い奔流ともゆうべき瘴気の流れは、不吉なもののはずなのに、なにかしら人を引きつけるものがあった。
時間にして3分もかかっていないだろう、強大な塊がファリアの魔法陣の上に浮いている。
「やはり…すべてを集めることは不可能ですね」
ファリアが自嘲気味に言う。
今回ファリアが集めた瘴気は、人口5万人ほどの都市の瘴気量に匹敵する膨大な瘴気の量なのだが、この国営墓地の瘴気量の全体の量から見れば1~2割ほどでしかない。しかも、ファリアが集めたのにすぐに瘴気が補充されているようで、まったく減っていない事がファリアにはわかったのだ。
それでも、せめてこれぐらいの瘴気は浄化しなければならない。散々迷惑をかけてこの程度しか役に立てないことを恥ずかしく思う。だからこそ、やり遂げなくてはならない。
地面に描かれた魔法陣から十二本の光が立ち上る。立ち上った光は浮いている瘴気の塊に突き刺さる。
瘴気の塊の光に貫かれた箇所がキラキラと光の粒を生み出している。どうやらあの光にが瘴気を中和しているようだ。
そして、魔法陣全体がまばゆい光を放つ。直径40メートル程の巨大な光の柱が立ち上り、瘴気の塊を討つ。
光の柱が消えたときに、瘴気の塊は跡形もなく消えていた。
「やるな…流石は聖女と言ったところか…」
アレンが感心したように呟く。次いでフィアーネ達も感嘆の声を発する。
「すごい複雑な術式ね。瘴気を集め、凝縮し、神聖魔術の浄化を同一の魔法陣で展開するなんてすごいわ」
「確かに、相反する二つの術を一つの陣で展開できるのはすごいわね」
「さすがは聖女様に選ばれるだけのことはありますね」
アレン達の称賛の声に聖騎士達も満足気だ。ファリアの一生懸命さは聖騎士達の心をとらえており、その熱心さは義務以上のものがあるのも事実である。そのファリアを称賛されて悪い気がするはずもない。
親戚の叔父、叔母が姪の成長を見守り、喜んでいるといった感じが近いだろう。
アレン達は、ファリアの元に行き浄化を労う。
ファリアは労いの言葉を受け礼を言ったが、やはり自分の力が及ばなかった事をきにしているようだった。
そんなファリアにアレンは気にしないように伝える。
「聖女様が気に病む必要はないよ。この墓地の浄化は現時点では不可能だ。理由はわかったろ?」
「はい、浄化した瘴気はあっという間に元に戻りました。大本を叩かないと駄目というわけですね」
「ああ、漏れ出る瘴気をいくら浄化しても、大本を何とかしないとね」
「この国営墓地は私達の考える以上にやっかいなんですね」
「まぁね…、正直この国の連中が気に食わんかったから、国を出奔しようと思っていたんだが、婚約者達のためにも、国営墓地を何とかしないといけないな」
アレンの言葉にファリア達は何とも言えない表情を浮かべる。出奔とは穏やかでない単語が出たためだ。
あと聖騎士達の何人かが、妬ましい表情をしている。婚約者の一人一人の美しさ、強さを目の当たりにしたためであろう。
「それでは、最後の仕事をして今夜は終わるとしましょうか」
アレンが真面目な顔で全員に告げる。
「最後の仕事?」
フィアーネがアレンに不思議そうに尋ねる。
「死んだ枢機卿と傭兵達の死体の回収だ。いくらなんでもそのまま野ざらしというわけにはいかんだろ」
アレンの言葉に全員が頷く。
「そうだな、せめてきちんと弔わんとな」
エンリケがそう言うと、枢機卿と傭兵の死体をさがす。
程なく見つかり、すべての死体を回収すると、聖女一行は王城へと戻っていく。
こうして、聖女一行の墓地浄化は失敗に終わった。だが、アレン達が聖女一行と友好関係を築いたことは間違いない。
そして、聖女との再会は割と早く訪れる事になることをまだ彼らは知らなかった。
とりあえずこれで『聖女』編は終了です。
明日から新章です。
読んでくれてありがとうございます




