聖女⑤
ちょっと戦闘が長すぎましたかね。
アンデット達が乱入し、エルゴアが一体のスケルトンを切り捨てた瞬間、アレン達はエルゴアに向け突入する。アレンは一瞬でエルゴアとの間合いを詰め、剣を横薙ぎに振るった。
アレンが狙ったのは足である。理想とすれば首を狙いたかったのだが、いきなりエルゴアの首を狙っても躱される。まずは削るために足を狙ったのだ。
エルゴアはアレンの斬撃を剣で受ける。それも真正面から受けるような事はせずにスルリと受け流した。
剣を受け流されたアレンはバランスを崩すことなく、次の斬撃を見舞う。それをエルゴアはまたも綺麗に受け流す。
アレンは小さく舌打ちする。先手を取ったつもりだったが、その先手をうまく活かせなかった自分に対する苛立たしさが形となった舌打ちだ。
乱戦となったこの場に、油断する状況は決して訪れない。実際に、二撃目を躱されたアレンにデスナイトが襲いかかる。
アレンはデスナイトの剣閃をかいくぐり、一度も斬り結ぶことなく、デスナイトの胸に位置する核を切り裂く。核を切り裂かれたデスナイトは瘴気を撒き散らしながら形を保つことが出来ずに消滅する。
アレンがデスナイトを消滅させた隙を今度は、エルゴアがつく。上段から振り下ろされる一撃をアレンは剣を頭上に斜めに掲げ、剣先から体を避ける。アレンの剣により受け流されたエルゴアの剣だったが、すぐさま手を返しアレンに第二撃を放つ。アレンはその斬撃をまたも受け流すと、反対に胴を薙いだ。エルゴアはその斬撃をバックステップで躱す。
目まぐるしく変わる攻防、アレンもエルゴアも互いに有効な攻撃を入れる事は出来ない。だが、アレンとエルゴアには決定的な違いがある。それはフィアーネ達の存在だ。アレンが背中を預けるに足る婚約者達がこの場にいることは、アレンにとって限りない有利さだった。
アレンとエルゴアが何度目かの攻防を終えたその刹那、フィアーネ、レミア、フィリシアがエルゴアに攻撃する。
フィアーネがエルゴアの間合いに飛び込み、連撃を見舞う。まず右拳を顔面につくエルゴアはそれを難なく躱す、エルゴアはフィアーネを斬りつけようと右手を振り上げる。そのため、肝臓が空いたため、そこに肝臓打ちを放つがエルゴアは肘で受け止める。そして間髪入れずに右脇腹に右拳を叩き込む。
右脇腹に入ったフィアーネの右拳にエルゴアは苦悶の表情を一種浮かべる。たとえ人造兵士といえども痛覚はあるのだ。フィアーネは肩甲骨を動かし、ほとんどゼロ距離でエルゴアの顔面に肘を叩き込む。ほぼゼロ距離といえどもフィアーネの技量ならば有効打を放つことも可能だ。
フィアーネの連撃を躱し損ねたエルゴアはよろけるが数瞬後には体勢を立て直すことが可能だった。
だが、その数瞬という隙はアレン達にとって十分すぎるものだった。レミアが今度は間合いに飛び込み、胴への一閃を放つ。それを何とかエルゴアは躱すが先程までの余裕のある躱し方ではなく大きくバランスを崩す。間髪入れずに次の斬撃がレミアから放たれ右足を切り裂いた。
「浅い!!」
レミアの声がアレン達の耳に入る。レミアはエルゴアの右足を完全に両断するつもりだったのだが、エルゴアが右足を引いたため、浅く入ってしまったのだ。
追撃をいれようとしたが、そこにスケルトンソードマンがレミアに斬撃を放ってきたため、エルゴアへの攻撃を後回しにする。
エルゴアにもデスナイトが迫っている。エルゴアはそのデスナイトを剣を一振りし両断する。両断されたデスナイトの核と繋がってない方は霧散する。そして核と繋がっている方にエルゴアは剣を突き立てる。
エルゴアの突き立てた剣は核を貫きデスナイトは消滅する。
デスナイトが消滅するとレミアが切り裂いた右足の傷がかなり塞がった。
核を破壊し、その瘴気を吸収することで、エルゴアの肉体は強化される。その際にレミアのつけた傷も再生したのだ。
さすがに完治まではいかなかったようだが、動きにそれほどの支障はなさそうだ。
その時、聖女達の方向から光が放たれる。アレンが視線をわずかにずらすと、聖女達の周囲に光の柱が立ち上っている。光の中にいるアンデット達が塵となって消え去る姿が視線の端にうつる。
聖女達への攻撃ではないと判断したアレンは、再びエルゴアに斬りかかる。フィリシアもほぼ同時にエルゴアに斬りかかる。
フィリシアは二段突きを放つ。一段目は腹、二段目は顔である。あまりにも速度が速いため、平凡な剣士には何も見えないだろう。いや、ひとかどの剣士であっても目にとめることは難しい、ましては躱すことなど出来ない。そんな必殺の突きだ。
そんな必殺の突きをエルゴアは躱す。さすがに余裕にとは言えないが、躱したことには称賛に値するだろう。
だが、フィリシアの攻撃は突きにとどまらない。フィリシアは顔に向けてはなった突きを躱されたあと、そのまま、剣を横に薙ぎ、首を狙う。エルゴアはなんとかそれも躱すが体勢を大きく乱した。
フィリシアは手を返し胴を薙ぐ。フィリシアの攻撃は、上下交互に放たれることで、相手は対処しづらい。エルゴアの意識はフィリシアの剣を避けることに傾く。そこにアレンの剣が加わった。フィリシアが上下に揺さぶるのならアレンは左右に揺さぶりをかける。
アレンへ上段から振り下ろした剣が躱されると、間髪いれずに下からの切り上げを行う。顎をかすかに掠め、その感触がアレンの手にわずかに感じられた。
そこにフィアーネが背後に回り込み、腎臓の位置に肘を叩き込んだ。同時にエルゴアの耳を掴み、腎臓を打ち付けた肘を支点にエルゴアを担ぎ上げ、地面にたたき落とす。
受け身を取ることも出来ずに、エルゴアは頭から地面に激突した。フィアーネは間髪いれずに倒れ込むエルゴアの顔面に肘を叩き込む。
ゴガァ!!!
エルゴアは二、三度ピクピクと痙攣する。フィアーネは肘を叩き込むと同時に横に跳んだ。とどめを任せるためである。
フィアーネが肘を叩き込むと同時に、レミアはすで跳んでいる。着地点はエルゴアの真上だ。レミアが着地と同時に双剣を喉と心臓に突き立てる。
ドシュ…。ドシュ…。
肉に剣が突き刺さる音が辺りに響き、レミアは喉に刺した剣を振るい、エルゴアの首を落とした。
激闘を制したアレン達だが、そこに安堵の色はない。まだ周辺にアンデットが残っているからだ。
アレンはフィアーネ達にエルゴアの首が落ちたことを視認すると、すかさず三人に指示を出す。
「フィアーネ、フィリシア!!聖女達の援護に回ってくれ!!レミアはこのまま俺とこの周辺のアンデットを駆除だ!!」
「「「了解」」」
アレンの指示に三人が簡潔に答え動き出す。
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先程の聖女の浄化により一息つくことができたのだが、再びアンデット達が聖女一行に襲いかかっていたのだ。
アレン達とエルゴアの戦いに言葉を失い、魅入っていた聖騎士達だったが、再び襲ってくるアンデット達を迎え撃っていたのだ。
聖騎士達は必死にアンデットから聖女を守るために獅子奮迅の戦いを見せてはいたが、このアンデット達は彼らの常識を遥かに超えていたのだ。
デスナイトに対峙したエンリケ、ジェイク、ギリアムがデスナイトにまとめてなぎ倒されると聖女を守る陣形が崩れた。デスナイトが聖女に向かって走り出す。そこに割り込んだのはシドであった。
シドの実力は天才とよばれるぐらいに強いのは事実だ。だが、まとめて聖騎士達を薙ぎ払ったデスナイトにはとても抗しきれない事は明らかだ。その事はシド自身が知っている。デスナイトの前に立ちふさがれば死ぬと言うこともだ。
だが、シドはファリアが死ぬのを見たくなかったのだ。いつも一生懸命で、みんなのために働くファリアが、泣き虫だったくせに、決して困難に屈しないファリアの事がシドは好きだったのだ。
そのファリアを死なせるわけにはいかないと、自然に体が動き、デスナイトの前に立ちふさがったのだ。
デスナイトは歩を緩めない。シドを切り捨てようと剣を振り上げる。シドは恐れず一歩踏み出す。デスナイトから放たれる必殺の斬撃をシドは受け止める。シドは受け流そうと思っていたのだが、デスナイトの斬撃のすさまじさに受け流すことが出来なかったのだ。
シドはデスナイトの剣を受け止めきれずに吹っ飛ぶ、シドの剣には半分くらいデスナイトの剣が食い込み、もはや使い物にはならない。だが、シドは痛む体を酷使し、デスナイトに斬りつける。
デスナイトは煩わしげにシドの剣を弾く。それほど激しく弾かれたわけでもないのに、シドの剣がポキリと折れた。
「くそ…」
シドの口から悔しさを滲ませる声がもれる。その声は小さなものであったが、ファリアの耳には確かに聞こえた。
「いや…」
ファリアの口から、シドを失うという現実への拒絶の声がもれる。
シドはいつも私を守っててくれていた。私が近所の男の子にいじめられ泣いていると守ってくれていたのはシドだった。
聖女となり、重圧につぶれそうになった自分を支えてくれていたのはシドだった。感謝しても仕切れない、いや、恋い慕うシドがいなくなるなんて考えたくもない。
「させない!!」
ファリアは動き出した。『シドを守るんだ!!死なせない!!』という思いがファリアを突き動かしている。
ファリアの立場からすれば確実に悪手だ。いや、護衛の今までの苦労を踏みにじる行為と言ってもいいだろう。だが、ファリアはそんなことはどうでも良かった。やってはいけないことだという理性は今のファリアには存在しない。
シドを突き飛ばそうと手を伸ばしかけた時に、デスナイトが突然視界から消えた。
「「え?」」
ファリアとシドは声を揃えて呟いた。
デスナイトのいた位置には、フィアーネが拳を突き出した姿で佇んでいる。フィアーネは振り返りファリアとシドにニコリと笑いかける。
「あんまり、見せつけないでね、お二人さん♪」
フィアーネはからかうようにそれだけ言うと、吹き飛ばしたデスナイトに向け間合いを詰めて攻撃を開始する。
立ち上がったデスナイトはフィアーネに為す術なく蹂躙される。フィアーネの拳が顔面を吹き飛ばした後、すかさず胸のあたりに正拳突きを叩き込み、核を破壊する。あまりにもあっさりとデスナイトを斃したフィアーネに、ファリアとシドは呆然と立ちすくむ。
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ドゴォォォォ!!
「くっ!!」
リッチと激しい魔法戦を展開していた、シュザンナともう一人の魔術師リーファ=エイケスは徐々に押され始めており、防戦一方となっていた。
「シュザンナ!!俺が障壁を作るから、神聖魔術で奴を攻撃してくれ!!」
「でも、あのリッチの魔術を一人の障壁で防ぐなんて無理よ!!」
「やってみなくちゃわからん!!
「でも…」
「このままじゃ、二人ともやられる!!やるしかない!!」
リーファのいうことは正論だ。このまま二人で障壁を張り続けていても確実にやられてしまう。だが、シュザンナは理解していた、リーファが自分の詠唱のため時間を稼ぎ、その結果、リーファが自分の盾になるつもりだということを…。
「えい!!」
その時、やけにこの場に似つかわしくないあっさりとした声がして、リッチが背後から切り裂かれる。核を切り裂かれたリッチは骸骨なので表情はないのだが、シュザンナとリーファの二人には呆気にとられた表情を浮かべた事が理解できた。核を切り裂かれたリッチは塵となって消え去っていく。
リッチを切り裂いたのはフィリシアだ。フィリシアはリッチを斃したらすぐに次のアンデットと斬り結んでいる。
シュザンナとリーファはフィリシアが次のアンデットを淡々と斃していく姿を呆然と眺めている。
フィリシアは、リッチを斃した後、スケルトンソードマン、スケルトンウォリアーを立て続けに切り伏せる。
そして、デスバーサーカーを対峙する。フィリシアはいつものように、デスバーサーカーの右腕を切り落とし、再生するまでの短い時間に両足を切断、倒れ込んだデスバーサーカーの腰の辺りの鎧の隙間に斬撃を見舞い腰を両断する。
右腕と下半身を切り離されたデスバーサーカーは下半身と右腕を再生させるとフィリシアに向かい剣を振り上げる。フィリシアは慌てることなくデスバーサーカーの胸に突きを放ち核を刺し貫いた。
デスバーサーカーは塵となって消え去る。作業工程に一部の誤りがない熟練の職人のようにフィリシアはデスバーサーカーを斃す。何度かデスバーサーカーを斃したときに、これが一番無駄がないため、フィリシアは毎回このパターンでデスバーサーカーを仕留めている。
フィアーネとフィリシアが援護に来たことで、聖女一行とアンデット達の戦いの優劣は決まった。
聖騎士達は命の危機が去った事で、アレン達の戦いを見る余裕ができ、アレン達の戦いを呆然と眺めている。
あまりにも常識はずれの戦闘が展開されていた。
ほどなくして、アンデット達はすべて駆逐される。
なんとか生き残る事ができたのだ。
読んでくれてありがとうございます。
一応、エルゴアは、アレンと一対一なら互角という設定なんですが、四人相手だとフルボッコになってしまいました。
強い敵を作るのが難しいです。




