聖女④
グダグダした展開で済みません。
「エルゴアだ!!聖女を守れ!!」
アレンの厳しい声が墓地に響く。アレンの声を受け聖女一行に緊張が走る。さきほどのアレン達の戦闘を見て、アレン達の戦闘力の異常さがわかっている。だが、そのアレン達をしてここまで厳しい声が飛ぶということは『エルゴア』の戦闘力の高さを示したものだ。
聖女一行は聖女を背後に匿うように陣をひいた。その陣計を見て、アレンの声が走る。
「違う!!聖女を中心に円陣を組め!!アンデットが…」
「グォォォォォォォォォオォォ!!!!!!」
アレンの言葉を遮り、エルゴアが叫び声を上げる。その声は恐怖を象徴するかのような恐ろしい叫び声だ。
その叫び声を聞いたエゴル=コーサス枢機卿が突然走り出す。音程の外れた声を上げながらの逃亡だ。仮にも責任者のはずだが、いきなりの逃亡に聖女一行は呆然となる。
エゴルの逃亡を受けて、ラゴル教団より雇われていた傭兵達も逃亡を開始する。旗色が悪くなると逃げる傭兵は珍しくない。だが、この場合、この場から逃げ出すことは悪手である。
アレンは逃げ出した男達を呼び止めるような事はしない。自らヘマをした者達に構う余裕がないのだ。
アレンは踏みとどまっている者達に指示を出す。
「これからアンデットが四方からやってくる。聖女を中心に円陣を組め!!」
アレンの指示に聖女の護衛部隊は聖女を中心に円陣を組む。その様子を見て、アレンはエルゴアに視線を移す。
一人の時は、絶対に目をそらすような事はしないのだが、今のアレンには頼りになる婚約者達がいる。エルゴアに一対一であっても遅れを取るつもりは一切無い。だが、今回の落ち着きようは過去に経験した事はない。婚約者達に無様な姿を見せれないという男の矜持と頼りになる婚約者とともに戦うという心強さがアレンに負けるという恐れをまったく感じさせなかった。
それはフィアーネ、レミア、フィリシアも同様のようだ。四人は視線を交わすと小さく頷き、エルゴアに向かって歩き出す。
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「ふざけるな!!こんなところで死んでたまるか!!」
エゴル=コーサス枢機卿は闇雲に走り出していた。だが、そんな事は関係ない。ただ、ひたすら先程の化け物から逃げ出したかったのだ。
エゴルはエルゴアを見た瞬間にこの化け物には勝てないと感じた。その事を理解したとき、わけもわからぬまま走り出していた。
「アインベルクめ!!あの若造め!!あいつのせいでこんな目に!!」
エゴルの心の中には、エルゴアへの恐怖もあったが同じぐらいアレンへの怒りがあった。自分が今、惨めに逃げ回っているのはあの小賢しい若造のせいだとしてアレンへの復讐を夢想している。
そんな事を考えていると足を取られてエゴルはつまずき転んでしまう。体を打ち付けた事で痛みがエゴルを襲った。
「ぐぅぅぅぅ…クソ!!」
痛む体をさすりながらエゴルは立ち上がる、立ち上がったエゴルの視線の先にはデスナイトが写り、こちらに向かってきている事に気付いた。
「ひっ!!」
デスナイトがずんずんと近づいてくる。その様子を見てエゴルは動けない。頭のどこかでは逃げなければという思いもあるのだが、体が動かないのだ。
デスナイトが剣を構える。
その様子をエゴルは呆然と見つめている。迫り来るデスナイトの錆びた剣を見て、エゴルは『痛そうだ』という考えが頭を占めていた。
エゴルが痛そうだと思った剣はエゴルの頭頂部から振り落とされエゴルの頭を両断した。
エゴルの命を奪ったデスナイトは、エゴルの死体に興味を失い、自分を呼ぶ方向へ走り出した。
エゴル=コーサス枢機卿は本人がまったく考えていなかった最後を国営墓地で迎えたのだ。
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アレン達四人はゆっくりとエルゴアに向かい歩き出す。まるで散歩のように自然な歩みだ。
一方エルゴアも自分の元に歩いてくる四人を睨みつけ、剣を構える。どうやら敵と認識したらしい。
お互いに歩き間合いを詰める。
エルゴアはアレンの間合いギリギリで止まる。どうやら、このエルゴアはアレンの間合いを見切っているらしい。ここでいきなり入り込むような真似をすれば一拍遅れることになる。
フィアーネ、レミアの間合いは武器、戦い方のため、わずかにアレンよりも間合いが短い、フィリシアはアレンと変わらない。
四人があと一歩、いや半歩未満の距離を詰められない。
アレン達とエルゴアがにらみ合っていると、周囲からアンデットが現れる。四方八方から現れたアンデット達に対してアレン達に動揺はない。
だが、聖女一行はそうではない。アンデットの数が、そしてアンデットの種類が凄まじいものだったからだ。
デスナイト、スケルトン、スケルトンソードマン、スケルトンウォリアー、デスバーサーカー、リッチ、グール、ゾンビ、レイスなどのアンデット達が現れたのだ。
「始まった」
アレンが呟くとフィアーネ達は頷く。
エルゴアは誕生してすぐにアンデットとの戦闘を行う。目的はアンデットを斃し、その瘴気を奪うためである。瘴気はエルゴアにとって大事な栄養源であり、アンデットはエルゴアの餌なのだ。
一方でアンデットにとってエルゴアは人造兵士とは言え命あるものなので、アンデット達はエルゴアを殺すために次々と向かっていくのだ。
アレン達はエルゴアと戦うときに、アンデットを呼ぶ前に斃す方法と、乱戦に持ち込み、討ち取るという方法を多く使用する。
今回のエルゴアは、アレン達を見たときに、雄叫びを上げた。そしてあの雄叫びこそがアンデットを呼び寄せるのだ。アレン達はアンデットが来る前にエルゴアを倒そうとしたのだが、今回のエルゴアは前回斃した者よりも強いことがわかり、乱戦の中で斃すことを選んだのだ。
周囲に現れたおびただしい数のアンデットと種類に聖女一行は緊張を強める。アンデット達にとって、アレン達、聖女一行、エルゴアも関係ない。みな生あるもの、自分達が失った命の輝きを持つ者達なのだ。
アンデット達は行動を開始する。
そこに軍隊の突撃のように統制されたものは感じられない。ただただ、生あるものをむさぼろうと勝手に向かってくるのだ。
聖女一行は聖女を中心に円陣を組む。
魔術師のシュザンナが詠唱を開始する。放つ魔術は【魔矢】だ。放った数は14本。同時に14本もの魔矢を放てるのはそうはいない。聖女の護衛に選ばれるほどの腕前は伊達ではないのだ。
シュザンナから放たれた魔矢は自分達にむかってくるアンデットへ向け凄まじい速度で飛来する。
スケルトンの頭にあたった魔矢の一本がスケルトンの頭を打ち砕く。続いて魔矢が胸にある核を打ち抜き、スケルトンの体はガラガラと音を立てて崩れ去る。
他の魔矢も他のアンデットのゾンビ、グール等にあたるが核を打ち抜くことが出来たのは、スケルトン1体だけだったが、ダメージを与え、体の一部を欠損させたことは、意義のある事であった。
聖女一行に殺到するアンデット達を聖騎士達が迎え撃つ。
迎え撃つ聖騎士は5人…
カハラ=ラグレン、ギリアム=フォーリー、ジェイク=レオス、アルバート=ゲルトス、シド=ガルトールの5人が迎え撃つ。
シドは剣術に非凡な才能を発揮し、最年少で聖騎士になった天才だった。だが、天才にありがちな独断専行のところはなく、常に謙虚で先輩の聖騎士達のいうことを聞くため、先輩達に可愛がられていた。
また、聖女であるファリアとは幼馴染みであり、お互いに憎からず思っている事は聖騎士達の間で周知のことであった。
そのシドは、スケルトンに対峙し剣を振り下ろす。シドはスケルトンの胸骨を断ったつもりだったが、シドの剣はスケルトンの骨を断つことは出来なかった。そのことにシドは驚愕する。
「くっ…」
スケルトンの拳がシドに向け放たれるが、シドはそれを躱し、再び斬撃を見舞うがまたも骨を断つことは出来ず、はね飛ばされる。骨を断つことをシドは諦め、スケルトンの見える核に突きを放つ。シドの剣はスケルトンの核を貫き、ようやくアンデットを一体、仕留める。
シドはこのアンデット達の異常な強さに戦慄する。スケルトンでこれなのだ。他のアンデット達なら一体どうなるかという恐怖がシドの心に芽生える。
カハラ、ギリアム、ジェイク、アルバートの状況も芳しくない。当初はスケルトンなどの下級アンデットに対してさほど警戒していなかったが、その耐久力、膂力に中々、斃すことが出来ず、徐々に押され始める。
戦線が崩壊しなかったのは、守るべき聖女や、魔術師達の援護があったからにすぎない。
戦闘開始からわずかの時間で、聖騎士達の息が乱れ始める。
その時、ファリアの浄化の魔法陣が展開される。ファリアを中心に半径約10メートルほどの魔法陣が地面に顕現する。一種の幻想的な光景の後に、魔法陣から光が空中に放たれ光の柱が現れる。
魔法陣の中にいたアンデット達は瘴気を浄化され、自然の摂理に従い土に還っていく。
聖女の浄化によって、迫っていたアンデット達は消滅し、聖騎士達は一息つくことが出きる。ほんの一息つく間であったが、聖騎士達にとってはそれだけで助かったのは事実である。
そして、その一息つく間が彼らにとって、何よりも有難かったのである。
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