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聖女②

 今回は会話文が多く長くなりました。


 ご了承ください。

 聖女がローエンシア王国王都フェルネルにやってきたとき、沿道は聖女を一目見ようという民衆で溢れていた。


 このボルメア大陸でも信者数一、二位を争う大教団を象徴する聖女が来るというのだから、信者のみならず、それ以外の神を信仰している者も興味があったのだ。


 聖女のローエンシア国王ジュラスへの謁見は、特筆することなく終わった。その日は、疲れもあるという事で、何事もなく終了した。


 聖女がジュラス王に謁見した翌日に、アインベルク邸に聖女の使者を名乗る男が訪れる。

もちろん、要件は聖女の国営墓地の浄化についてだ。


 使者の男はおそらくアレンと年齢はそう変わらないだろう。少年という表現がふさわしいだろう。


「初めまして、ラドル教団に所属する聖騎士のシド=ガルトールと申します。アインベルク卿におかれましては今夜の聖女様の浄化にご同行していただくとのことで、打ち合わせをしたいとのことですので、王城へご足労いただきたい」


 シド=ガルトールと名乗った少年は最年少の聖騎士との事だった。黒髪、黒目で身長はアレンよりわずかに高い。目鼻立ちが整っている少年だった。実直そうな性格であることがその言葉遣いから推測できる。


 だが、呼びつけるとはどういうことだろうか? 本来、国営墓地の管理はアレンの仕事である、聖女は国から依頼されたわけでもないのだから、国営墓地の仕事に参加『させて』もらう立場のはずだ。にも関わらず、この使者は『同行していただく』という言葉を使った。逆だろうとアレンは思う。聖女達がアレン達の墓地見回りに同行するのだ。これは

思っている以上に面倒くさい事になるなとアレンはため息をつく。


 てっきりすぐに了承されると思っていたのに、アレンが考え込んだため、シドは戸惑った。


「あの…アインベルク卿?」


 恐る恐るシドはアレンに問いかける。


「なんでしょうか?」


 アレンの返事はそっけない。


「アインベルク卿はなにかご不満がおありですか?」


 不満なら大いにあるが、それをこの少年に言っても仕方がない。命令で言われてここに来ただけなのだから、ここで彼を責めても意味が無い、責めるべきは彼をここに派遣して勘違いしている者だ。


「いえ、別に、すぐ準備して向かいますので、その旨よろしくお伝えください」


 アレンがそう伝えると、少年は『はっ!!』と答えると王城へ向かって馬を走らせる。


 それを見送り、アレンは言うべき事は言っておかなければなと王城へ向かう準備を始めた。



---------------


 王城についたアレンは、さっそくラゴル教団の関係者の部屋に通される。


 通された部屋にいたのは6人の男女、少女が一人いるが、それが聖女だろう。


「遅かったな」


 第一声でそう言ったのは、神官服に身を包んだ50代の男だ。露骨にアレンを見下している事が声、表情から容易に察する事が出来る。このような奴にこちらが礼儀を守る理由はない。

 

「すみませんね。会いたくもない奴らに会うんですから少しでも時間を遅らせたいと思うのは人情でしょう?」


 声も内容も刺々しく、友好的なものは一切感じられない。いきなりの敵意むき出しの言葉を投げかけられ聖女達は鼻白む。


「貴様!!何の『そんなことより要件は?』」


 神官服を着た男が激高するが、それにアレンは言葉を被せて封じた。アレンの言葉、表情から友好的なものを感じないどころか、敵意すら感じる。


「いきなり呼びつけたんだ。くだらん嫌味を聞かせられるなら帰るぞ」


 アレンのこの言葉に対して、答えたのは聖女だった。


「アインベルク卿、何かご不快にさせたのならば謝ります。ですが、墓地の瘴気浄化のためにご協力をお願い申し上げます」


 聖女の言葉は正直、アレンにとって意外だった。何度もローエンシア王国の忠告を無視する姿勢から唯我独尊的なイメージをもっていたが、素直に謝罪する聖女の姿勢はアレンのイメージを覆しかけている。


「いえ、すみません。こちらも大人げなかったです」


 アレンは自分の態度が大人げなかったと謝ったが、これは遠回しに先程の神官服を着た男に対する嫌味のつもりだったのだが、男には通じていないようだ。


「それでは改めまして、初めましてアインベルク卿、私はファリア=マクバイン、当代の聖女を務めさせていただいております」


 自己紹介をしたファリアは肩まで伸ばした淡い茶色の髪に、碧い瞳をもつ、なかなかの美少女である。声の調子から温和な性格をしているように思われる。

 白いローブに包まれた肢体は女性的な主張をしており、若い男の目を釘付けにするものであった。


「これはご丁寧にどうも、私はアレンティス=アインベルク、ローエンシアの国営墓地の墓守です」


 互いに自己紹介が終わり、本題に入ろうとすると、他の関係者達も自己紹介をする。


「エンリケ=ケスター、聖女様の護衛隊長をしている」


 聖女の護衛隊長を名乗るエンリケという男は30代半ばだろう。鍛え抜かれた体躯をしており、みるからに頼もしい風貌をしている。


「カハラ=ラグレンだ。護衛隊副隊長だ」


 次に名を名乗ったカハラという男は、30代になるかならないかといった所で、冷静沈着を体現したような男だ。


「エレリア=トスタンよ。護衛隊に所属する聖騎士よ」


 エレリアは30代前半の女性だ。聖騎士で女性は珍しい。母性あふれる女性だった。


「シュザンナ=フォレスティ、魔術師よ」


 シュザンナは20代になりたてと言ったところだろう。ややつり目できつい印象を与える。


 神官服の50代の男はアレンを憎々しげに見つめ、自己紹介をしようとしない。アレンはこいつの名前を覚えるつもりは毛頭ないので、自己紹介されなくてもまったく構わなかったが、周囲の者達はばつが悪そうだ。


 子供じみた対応をする50代の男に非難めいた目を向ける。その目に気付いたからだろうか嫌々ながら、自己紹介をすることにしたらしい。


「エゴル=コーサスだ。ラゴル教団の枢機卿だ」


 一番相応しくないのが、枢機卿と聞きアレンは思い切り落胆の表情を見せる。枢機卿は教皇の補佐役であり、敬称は猊下と呼ばれる。アレンの中では枢機卿に選ばれるような人間は少なくとも、人間的に見るべきものがある人物がなると思っていたのだが、決してそうとは限らないらしい。

 まぁ宗教組織とは言っても人間の集まりだから、そこに欲望、権謀がないとのし上がることは出来ないだろうが、それでも『こんなやつ選ぶなよ』という思いで一杯だった。


「ほう、あなたは枢機卿だったんですね」

「そうだ、本来ならば貴様如き口も聞くこと敵わない立場だ。穢らわしいアインベルク家の者よ」


 エルドの挑発に凍り付いたのは周囲の教団関係者であった。元々、この人物は下の立場の者に横柄に出るところがあったが、これは度を超えている。アレンはローエンシアの貴族でありラゴル教徒ではない。まして、王女殿下の婚約者であることを考えれば、一方的に見下して良いはずはない。

 だが、凍り付いたのは周囲の教団関係者だけで、挑発されたアレン自身は涼しげな顔をしている。その様子を見て他の教団関係者は胸をなで下ろした。アレンが大人の対応をしてくれる事で、この場を治めてくれようとしてくれている事と推測する。


 だが、それは間違いである事は次のアレンの言葉により思い知らされた。


「いや、あなたのような下品な方でも枢機卿になれるなんて、ラゴル教団はずいぶんといい加減な組織なんですね。私はラゴル教徒ではありませんが、あなたのような品性下劣な人間が枢機卿になるのだから今後、絶対にラゴル神だけは信仰しないようにします。ところで、あなたのような人間が枢機卿になるために一体どれだけの人間を泣かせてきたんですか? それとも汚い手で貯めた金を誰に配って出世したんですか? 」


 アレンの言葉に教団関係者の面々は顔を青くする。エゴルの権力は教団において絶大なものだ。そして教団での権力が絶大ということは、国家レベルで無視することはできない存在だと言うことだ。

 その枢機卿に面と向かって品性下劣と言ってのけたのだから、顔を青くしないはずはなかった。


「貴様!!誰に何を言ってるかわかってるのだろうな!!」


 当然のエゴルの激高であったが、アレンは涼しい顔をしている。もともと、今まで侮辱に耐えていたのは、ジュラス国王との約束のためであった。100回の縛りを超えれば、爵位を返上し国を出ることも、反撃することも構わないというあの約束があったから、耐えていたに過ぎない。

 アディラ達と婚約し、この国を出ることを放棄した以上、アレンは理不尽な侮辱を受け入れるつもりは一切無かった。むしろ、理不尽に侮辱されれば、自分の婚約者が不当に嘲られることに繋がるのだから、その点について一切妥協するつもりはない。

 

「当然、あんただよ。いきなり初対面の人間に命令口調、しかも侮辱のおまけ付き、そんな奴にどうして俺が礼儀を守ってやる必要がある? それにあんたは根本的な勘違いをしているんだよ」

「勘違い?」

「俺はラゴル教徒じゃない。お前の言うことを聞く理由はどこにもないんだよ。勘違いしているようだから教えてやるが、お前の権力の及ぶ範囲はラゴル教徒限定だ。他の者は尊重はするが、義務はないんだよ。いい年こいて、この程度の区別もつかないような奴が偉そうな顔をするなよ」


 アレンはこれ以上は時間の無駄として、エゴルとの話を打ち切り、強引に話題を変える。


「ところで、聖女様に聞きたいんだが、なぜ国営墓地の浄化などに手を出すつもりだ? 国王自ら不可能だからとお断りを入れたはずだ。加えて『エルゴア』が発生する危険性が高い、この時期なのだからせめて日付をずらしてくれという要望もだしたはずだ」


 アレンの言葉にファリアを始め他のラゴル教団の関係者も意外そうな顔をする。


「え?そんな話は初耳です」


 ファリアはアレンに返答する。他の護衛の聖騎士、魔術師も同様に知らされていなかったのだろう。

 そしてすぐにエゴルに視線が集まる。


「わ…儂も聞いてはおらんぞ」


 動揺する声がエゴルの口から漏れる。その様子から知っていたことは明らかだ。というよりも枢機卿という立場で、聖女にくっついてきて、訪問先の国の注意喚起を知らないなどと言うことはありえない。となれば答えは簡単だ。こいつが握りつぶしたのだろう。


「ほう、聖女様、聞きたいが、今回の墓地の浄化を言い出したのはあなたか? それとも他に言い出しっぺがいるのか?」


 アレンはファリアに聞く。エゴルに聞いたところでまともな答えなど返ってくることはないだろう。こういう奴には外堀を埋めて行くに限る。


「いえ、コーサス枢機卿が『墓地の浄化を行えば、みんなのためになる』と」


 ファリアの返答はエゴルの立場を悪くするものである。アレンとすれば嫌いなこのエゴルという奴をさらに窮地に追い詰めるつもりだった。


「なるほど、すると枢機卿は、聖女をここで暗殺し、その罪をローエンシア王国になすりつけるつもりだったわけだな」


 すさまじい論理の飛躍に驚いたのは弾劾されているエゴルだ。エゴルが聖女を利用しようとしたのは事実である。今代の聖女ファリアは歴代屈指の浄化の力を持っている。

 その力を持ってすれば、不可能と言われた偉業も成し遂げられると思ったのだ。その偉業を指揮したとすればエルゴの発言力はさらに増すと考えていたのだ。

 また失敗すれば聖女の力不足のせいにすれば良いし、もし死んだ場合はローエンシアにその咎を負わせれば良いと思っていたのだ。もっと言えば、死んでしまった場合にはアレンを弾劾するつもりだったのだ。


「ち…違う、儂はそんな事は考えていないぞ!!」


 エゴルはあまりの論理の飛躍に狼狽し、芸のない返ししか出来ない。エゴルの動揺を察したアレンは、追求の手 (というよりも意趣返し)をさらに強める。


「では、どうしてローエンシアからの警告を無視して、聖女を危険な任務に就かせる? いや、それ以前になぜ情報を与えなかった? 秘密にするメリットはなんだ? この事からお前が聖女の暗殺を企て、しかも護衛の騎士達も口封じに殺すつもりだったんだろ?」


 アレンはさらに焚きつける。このエゴルを追い詰めるには、ひたすらこの場で孤立化させる必要がある。エゴルを見る護衛の目が険しさを増していく。その目を感じ、エゴルの狼狽はさらに大きくなる。

 繰り返すがエゴルに、聖女や護衛を積極的に害するつもりはまったくない。死んでしまっても構わないと思っていただけだ。それなのに、アレンの弾劾 (本人はわかっててやっている)のため、聖女暗殺の容疑がかけられ、護衛も口封じに殺害しようしているとんでもない悪人となっていた。


「もし、違うというのなら、一筆書いてもらおうか」


 アレンはどんどん話を進めていく。


「一筆だと?」


 エゴルはアレンの意図が読めない。何を書かされるのだ?という不安があるが、ただ一つだけ察している。もはや、事態はこの男の手に委ねられており、この男にこの場で逆らう事は自身の立場を悪くするだけだと言うことを…。


「そうだ、ラゴル教団はローエンシアの警告を受けたため、命の失う可能性のある危険な任務である事を認識していたということを、加えてラゴル教団関係者がこの任務によって損害を受けた場合はラゴル教団が責任を持つということの2点だ」


 アレンの要求は当たり前の事だ。警告を無視して損害はローエンシア、利益はラゴル教団となれば、納得出来る者は存在しないだろう。また、エゴルではなく教団としたのは、いざとなったら教団はエゴルを切り捨てることを当然選択肢に入れているだろうし、それを防ぐ目的もあった。


「もし、書けないというのなら、お前が聖女を積極的に害しようという意図がある証拠だ。ローエンシアとすればそんな事を認めるわけがない。即刻、教団へ帰ってもらおう。少なくとも、国営墓地には絶対に入れない」


 すでに大々的に教団内部において、エゴルは声高に叫んでいるため、何もせず返されるなどと言うことは受け入れることは出来ない。アレンの要求を受け入れるしかエゴルにはなかった。


「ああ、あと、お前も今夜の浄化には当然参加するんだろうな? お前が参加することが聖女一行を国営墓地に入れる条件だ」

「な…」


 エゴルは聖女が墓地の浄化に向かっている間、王城内にいるつもりだったのだ。自分が危険な場所に行くことなど最初から考えていなかった。


「どうした? やはりお前は聖女暗殺を考えていたわけだな。この王城に残るのはアリバイ作りというわけか」


 もはや、この場でアレンの言葉に少しでも異議を唱えれば、即座に暗殺犯のレッテルを貼られてしまう。


「わかった!!私も行く!!」


 半ばやけになり、エゴルはアレンの言う内容を書面に書き記す。アレンはエゴルにご丁寧に血判を押させる。血判を押した書面をアレンは受け取り、公文書として残すことを伝える。

 アレンは、騒ぎを大きくというよりも関わる人物を増やす事を第一に考えた。そして、エゴルのような男はとにかく舞台に上げておくに限るのだ。どのような思惑を持って行動しようが、見る目が多くなればなるほど、その行動に制限がかかる。自由に陰謀を企てさせる隙を与えれば、アレンが嵌められる可能性があるのだ。アレンは有利に事を運んでいても、事が終わっていない以上、油断をする事は絶対になかった。


「そうか、それでは聖女様、あなた方が墓地に行く人数はこれで全員ですか?」


 アレンは、事は終わったとまたも話題を強引に変える。


「いえ、この場にいないのが、8人いますので、合計14人となります」


 ファリアはよどみなく答える。


「いえ、それ以前の話でしたね。あなた方はこの枢機卿が握りつぶしたおかげで、本当の墓地の現状を把握していない。そんな誤った認識では犠牲者が出る危険性は高い。きちんと情報を得てから判断することをお勧めします」

「はい、きちんと現状を認識しておきたいと思います。教えていただきますか?」

「もちろんです」


 アレンは墓地の浄化が不可能な理由、エルゴアという危険要素があることを伝える。アレンが現状、危険性を伝えるにつれて、この場にいるラゴル教団のエゴルを見る目が険しくなっていく。


「どうです?現状の危険性は今伝えた通りです」


 アレンの言葉に嘘はない。少なくとも墓地の浄化は不可能であるし、エルゴアという不確定要素があるのも事実があるのも楽観視できない。それを踏まえてからファリアは優しく微笑み、アレンに言う。


「確かに、私の力では墓地の浄化を完全になすことは不可能です。それはわかっていますが、少しでも浄化することができれば、ローエンシアの方々にとって役に立ちますか?」


 ファリアの言葉にアレンは返答する。


「確かに瘴気が浄化されればそれだけアンデットが発生する危険性は下がるし、アンデットの強さも下がるから助かる。でも、根本的な解決にはならない。それに護衛を巻き込むのは感心しないな」

「確かに、護衛の方々を危険にさらすのは心苦しいですが、瘴気の浄化は聖女としての使命、そして私の浄化をサポートするのが護衛の方々の使命です。みな自分の使命を果たすことに誇りを持っております」


 ファリアの言葉に周囲の護衛達も頷く。まぁエルゴだけは頷かなかったのだが…。


「そうか、それほど言うのなら、あなた方が動くのは止めない。ただし、墓地では俺の指示には従ってもらう」


 アレンの言葉にファリアは頷く。


 こうして、聖女一行も墓地見回りに参加することになった。


 ここまでは、アレンの思い通りに事がすすんだ事になる。


読んでくれてありがとうございます。

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