補充Ⅰ②
「ここで今、私達に殺されるか…、私達に使い潰されて後で死ぬか」
フィアーネの声が静かに響く。残酷な言葉を投げかけられた男達は一言も発することも出来ずに佇んでいる。何を言われたかまだ理解できないのだろう。
アレンはそのフィアーネの言葉を聞いた時に、心の中で『いや、お前、それ取引じゃなくて脅迫だろ』と突っ込みを入れていた。
ちなみにレミア、フィリシアは朗らかに微笑んでいるところを見ると、男達に絡まれた時からこの展開は想定していたようだ。
なんというか、俺の恋人達は敵には容赦するつもりは一切無いらしいとアレンは考えていた。
ただその点、アレンも同じなので、その意味ではお似合いの恋人達と言えるかも知れない。
「どうしたんです?さっさと選んでください」
フィアーネの言葉がさらに男達に投げかけられたことで、男達はようやく自失から返ってくる。
本来であれば、このようなあからさまな隙を見逃すような真似をアレンはしないのだが、フィアーネがこの場を支配しているのは明らかであるし、無駄な労力を使わなくて済むかも知れない。
それに、フィアーネが代表者を求めたことで、男達の代表者がこの段階でわかった、まず、こいつを始末すれば、この男達にかなりの動揺を与えることが出来るだろう。
アレンはフィアーネ達の目的は、代表者を特定し、そいつを斃すことで男達の動揺を誘う事にあると推測する。
「ふざけるな!!そんな二択があるか!!」
叫んだのは代表者の男でなく、別の男である。その男は痩せた小柄な男だった。狡猾そうな印象を与える容貌をしている。
「大体きさ…がぁ」
男は最後まで言葉を発することは出来ない。レミアが一瞬で間合いを詰め、レミアの剣が男の腹部に深々と突き刺したのだ。レミアは男の腹部に刺した剣を一辺の慈悲なく引き抜く。男の傷口から血流れ落ち、男は崩れ落ちた。
「急所は外してあるから、じっとしてれば死なないわよ」
レミアは冷たく言い放つ。
レミアはこの男を刺したのは、単に男が声を上げたからではない。『最初から』レミアはこの男を刺そうとしていたのだ。
理由はこの男が立っていた位置だった。この男は男達の端に立っており、その場所にレミアが移動することで、男達の逃走経路がかなり限定されるのだ。レミアは先周りして、逃走経路の一つを潰したわけだ。
アレンはレミアの行動の意味するところを察していたが、男達は気付いていないようであった。まぁこれは男達が愚かと言うよりもレミアの行動が優れていたというべきだろう。
レミアの動きに男達は恐怖を刺激された。何しろ、いつの間にかフィアーネの後ろにいたはずのレミアが、気付いたら仲間の腹を刺していたのだ。レミアの恐るべき技量を思い知らされた思いだ。
確かにレミアの技量が優れているのは間違いないが、男達がまったく察知できなかったのは男達がフィアーネに意識を集中していたからである。意識をそらしていた事とレミアの技量が相乗効果を発揮し、男達にはほとんど瞬間移動したように思われたのだ。
「さぁ…、選びなさい。今死ぬ?後で死ぬ?他の選択肢はないから、甘い夢は見ないでね」
フィアーネの声の温度はさらに失われている。甘い夢が『逃げ切る』『許してもらえる』を意味することは愚かな男達にも十分にわかっていた。
男達の当初あった『こいつらを蹂躙してやる』という暗い欲望は、『勝てないかも知れない』となり、『勝てない』に急速に変わっている。
「ま…待ってくれ」
もはや、心の折れてる男達の代表者は、なんとかこの危機を脱しようと口を開いた。だが、その望みはすでに絶たれていることを彼は知らなかった。そのことを理解させるかのように今度はフィリシアが動く。
代表者の隣に立っていた男の人中という鼻と口の間にある急所にフィリシアが正確な一撃を加える。
グシャ…
何かを潰すような濁った音が響き、一撃を受けた男はそのまま意識を手放す。果たして男が意識を手放したのは、フィリシアの一撃が凄まじかったのか、正確に急所に入ったからなのか、はたまた両方かはわからない。
意識を手放した男が倒れ込むのを代表者は視界の端に捕らえ、そちらに視線を移す。フィリシアの美しい顔には、男達に対して一切の慈悲を浮かべていない。その事を代表者は察した。
そして、次の瞬間左膝に衝撃が走る。その衝撃のために代表者は倒れ込む。フィリシアが代表者の膝を容赦なく蹴り砕いたのだ。代表者の男に膝を蹴り砕かれた痛みが襲うと男の口から絶叫がほとばしった。
「がぁぁぁっぁぁっぁぁ!!!」
音程が乱高下する。男達が何度も他人の口から発生させていた声だ。男達はその絶叫をきくたびに『みっともない声』と蔑んでいたのだが、今は自分達がその『みっともない声』をあげていた。
「うるさいですよ」
フィリシアが冷たく言い、代表者の男の手の甲を踏みつける。骨の折れる音がし、再び代表者の男の口から絶叫が発せられる。
周囲の男達はフィリシアが行う暴挙を呆然と眺めている。男達はフィリシアの服装から侍女としか思っておらず、戦闘力は皆無だと思っていたのだ。だが、今の動き、しかも代表者の男の膝を容赦なく蹴り砕いた攻撃力、どう考えても、戦闘力が高いというよりも過剰だと言うことが理解できた。
「まったく、ただ、今死ぬか、後で死ぬか選べと言っているだけなのに、どうしてこんなに時間がかかるんでしょうね?」
フィアーネの口から呆れた様な声が発せられる。
「面倒くさいので処分ということでいいかしら?」
フィアーネはさらに言葉を続ける。『処分』という言葉と同時に凄まじい殺気が周囲に放たれる。
かなり遠くまで殺気を放ったためだろうか、森の木々から羽を休めていた鳥たちが一斉に飛び立つ。
男達はフィアーネの殺気にガタガタと震えだし、蹲りフィアーネに両手を合わせ懇願する。ぶつぶつと「殺さないで殺さないで」「助けて助けて」と言っているところを見るともはや、男達の目にはフィアーネは、いや、四人は魔王のように写っていたかも知れない。
フィアーネはその様子を見て、放っていた殺気を消す。男達は恐る恐る、しかし安堵した顔をしてフィアーネを見上げる。
「そう、後で使い潰されて死ぬことを選んだわけね」
フィアーネの言葉に男達はすごい勢いで頷く。もし、ここで逡巡したり、違うなどといってしまえば自らの身に死が降りかかるのは明らかだったのだ。
「アレン、聞いた通りよ。駒が手に入ったわよ」
フィアーネの言葉にアレンは頷く。無傷の駒が11体手に入った。これはかなり嬉しい。
「ありがとうフィアーネ、レミア、フィリシア。おかげで無傷で駒が補充できたのは有り難いな」
「ふっふふ~みんなで考えたのよ」
アレンの言葉が嬉しかったのだろう。フィアーネは、嬉しそうに笑う。レミアもフィリシアも同様のようだ。
「フィアーネ、早速だが、駒達にこの間の呪いをかけてくれ」
「呪いじゃなくて契約なんだけど…」
「実質、呪いだからいいじゃないか」
「わかったわ」
フィアーネはアレンの要望通りに無傷の男達に契約のための魔法陣を展開する。以前、アインベルク邸を襲った男達にかけたものとまったく同じものだ。
空に描き出される魔法陣、自らの頭上に展開された魔法陣の美しさに男達は魅了される。その魔法陣が降りてくる様子を男達は呆然と眺めている。
魔法陣は自分達の体を透過し地上に消えていく。
「終わったわよ」
フィアーネの言葉にアレンは満足そうに頷く。
「ありがとう、フィアーネ」
「うん、これぐらいお安いご用よ」
アレンはフィアーネとの会話を終えると、アレンは男達の方を向き、冷たすぎる声で男達に尋問する。
「さて、俺がお前達に聞きたいことが一つある…」
一呼吸置いて、アレンは男達にその質問をする。
「街にいるお前達の協力者は誰だ?」
「な…」
男達の顔が凍る。アレンはこの場で男達が現れたことを偶然と考えない。森に入り、すぐの場所にこいつらは待ち構えていた。もし、偵察をだして森に獲物が入ったとして動き出したとすればもう少し、森の奥で襲われているはずだ。
それゆえに、アレンは街に協力者がいて、『どこかの貴族のお嬢様が少ない護衛で森を通る』という情報を伝えたとあたりをつけたのだ。
そして、アレンの推測が正しいことを男達はその表情で証明してしまっていた。
「誰だ?」
アレンの口調は鋭さを増す。そして、男達にはアレン達の質問に嘘がつけないように術がかけられている。
「ルカ=エリオンです」
男の一人が協力者の名前を告げる。発言した男の顔は驚愕に歪んでいる。自分の意思とは無関係に自分の持っている情報をアレンに告げたことに驚愕したのだ。
「そいつは何をしている?」
「よ…傭兵です。ものすごく強くて、貴族になにか恨みがあるらしい…です」
「ほう…」
アレンは男の答えにニヤリと嗤う。ルカ=エリオンという男は、情報通りならかなり強いとのことだ。問題はあくまで男の基準から見てという可能性は捨てきれないが、駒として役に立つ可能性は十分にある。
「みんなは何か聞いておく事ってある?」
アレンは三人に向け聞いてみる。答えたのはレミアだ。
「そうね、こいつらのアジトの場所、残った人数、ボスの風貌、実力とかは聞いといた方がいいんじゃないの?」
「ああ、一理あるんだが。単にアジトへはこいつらに案内させるつもりだったし、ボスの実力はこいつら使ってから確認すればいいやと思ってたんだ」
「ああ、さっそくこの駒達を使うのね」
「そのつもりだ。どうせ、こいつら盗賊だし、外道だし、クズだから使い潰してもまったく気にしないで済む」
アレンとレミアの会話は当然、男達にも聞こえている。使い潰すという言葉がやけに生々しく男達の耳に入る。
男達は自分達が手を出してはいけない者に手を出したことを後悔していたが、だからといって誰も救いの手をさしのべてくれないことも十分にわかっていた。
すでに盗賊にまで身を落とし自分達が世界の底辺にいるという自覚は少なからずあったが、今日、さらに底が抜けた事を察している。
男達の地獄は始まったばかりだった。
いつも読んでくれてありがとうございます。
2016年8月24日の200万PVを超えました。よろしければこれからも読んでいいただけると嬉しいです。




