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補充Ⅰ①

やっと本来の目的です

 ジャスベイン家では思わぬ展開になった。


 アレンとフィアーネ、レミア、フィリシアが恋人同士の関係になってしまったのだ。一見流されたと周囲の者はとるだろうが、本人達からすれば、ジャスベイン家でのやりとりは単なるきっかけにすぎない。


 アレンの心は以前の墓地での見回りにおいて、レミアに語った時に決まっていたと言って良い。アレンが三人に告げなかったのは単にタイミングが合わなかったに過ぎないのだ。


 アディラに対してもアレンはもはや逡巡するつもりはない。王都に戻ったら、ジュラス王に謁見し、アディラとの交際の許可を得るつもりだ。様々な方面からの情報からジュラス王の許可が出るのはほぼ確実だ。その後でアディラに交際を申し込む。

 

「やる」と決めたら躊躇わないというのもアレンの行動哲学だったのだ。


 それに対して、四人にアレンの申出を断るという選択肢は元々存在しない。自分『だけ』を見てくれないのは正直な所、不満もある。だが、アレンの恋人になれたという喜びの前にはささいな事だった。


 となると、一刻も早く本来の目的である駒の補充を行う必要がある。



 アレン達は転移魔術で、件の盗賊団の出没地点に最も近い街に転移する。そこに馬車が用意されているという話だったからだ。アレンとレミアの服装は一般の冒険者の格好、フィアーネは貴族令嬢、フィリシアは侍女に擬態している。


 まぁフィアーネは本当の公爵令嬢なので貴族令嬢に擬態というのもおかしいのだが…。


 貴族令嬢であるフィアーネをアレンとレミアが護衛するという一行に擬態して盗賊団をおびき寄せ、駒の確保を行おうとしていたのだ。

 ジャスベイン家が用意した馬車は、ジャスベイン家が普段使うようなグレードの馬車ではないが、それなりの貴族が使用するクオリティの馬車である。


 馬車を受け取り、アレン達は街を出発する。


 アレンが御者席に座り、後の三人は馬車に乗り込んでいる。馬車内の三人はフィアーネの隣にフィリシアが座り、レミアはフィアーネの前に座っている。


「それにしても、まさか今日、アレンの恋人になれるとは思ってなかったわ」

「私もよ、フィアーネ、こんなに早くアレンと結ばれたのはあなたのおかげね」

「私というよりもお父様とお兄様のおかげよ」

「確かにフィアーネの家族の絶妙なアシストは本当に有り難かったです」


 レミアがアレンと墓地見回りをした時にアレンから聞かされた話からアレンと結ばれるのは時間の問題であると四人は思っていた。もちろんこの場にいないアディラにも話を伝えていたのだ。だが、絶対の自信があったわけではない。『自分だけは入っていないのではないか』という恐怖をどうしても消すことが出来なかったのだ。

 だが、今日その恐怖は消え去った。三人をまずアレンは受け入れてくれたのだ。しかも、アディラにも交際を申し込む事は確実となり、とりあえず自分達の計画は順調に進んでいる事が証明されたのだ。


「でも、二人ともまだ道半ばと言うことはわかってますよね?」

「もちろんよ、フィリシア、まだ私達がなったのは恋人よ。妻じゃないわ」

「レミアの言う通りよ、私達の目的はアレンの妻になる事よ。その目的を見失うことはないわ」


 三人は重々しく頷く。馬車内に沈黙が訪れたが、三人は何かを堪えるように震えている。


 そして…


「でもでも!!アレンさんの恋人になれたんですよ!!恋人ですよ!!」

「ふっふふ~、アレンの緊張した顔見た!?あんなに緊張したアレン見たの始めて!!」

「嬉しい!!好きな人と気持ちがつながるってこんなに嬉しいものなのね!!」


 フィアーネ達は先程から間欠泉のように定期的に感情をほとばしらせている。自分達が端から見ればどれだけ生暖かい目でみられるのは理解していたが、どうしても嬉しいという気持ちを抑えることが出来ないのだ。


 一方アレンは、定期的に馬車の中から聞こえる恋人達の奇声を聞き、大丈夫か?と不安になっている。





 街を出て、日が大分傾き始めた頃に、アレン達を乗せた馬車は森に差し掛る。


 森に入り、しばらくして粗末な鎧に身を包んだ傭兵くずれのような格好をした男達が道を塞いでいる。アレンはその男達の顔を見る、弱者をいたぶろうという下卑た思惑がその表情から見て取れる。


 どうやらターゲットの盗賊団の一員らしい。


 男達はニヤニヤとした笑顔を浮かべ、馬車を止めようとして手を横に広げたいる。アレンは馬の手綱を引き、馬車のスピードを落とす。思惑通りなのだろう男達はさらにニヤニヤとした嫌な嗤いを浮かべる。


 警戒なく近づいてこようとする男達だったが、次の瞬間に驚愕に変わる。


 アレンが突然馬車のスピードを上げたのだ。突然スピードを上げる馬車を男達はかろうじて躱す。


 躱せたのはこの男達が吸血鬼だからだろう。人間よりも身体的、反応に優れていた事が幸いし、躱すことが出来たのだ。アレンは男達を誰も轢くこと事が出来なかった事に対して小さく舌打ちする。


 アレンの操る馬車は、男達がいた場所から数メートル進んだところで停った。


 追いかけようとした男達は、馬車が停まったことで顔を見合わせる。馬車が逃げるつもりでスピードを上げたと思っていたのに、馬車が停まったのだ。この行為は男達の警戒心を呼び起こす。


 男達は罠の可能性を感じ、慎重に馬車を取り囲む。アレンはその様子を嗤いを噛み殺しながら見ていた。男達の雰囲気、歩き方などからまったく警戒に値しない戦闘力である事をアレンは察している。


 男達は武器を取り出し、アレンに向けて下品な声で威嚇してきた。


「おい、てめぇ随分と舐めた真似してくれるじゃねえか!!」

「おい、ガキ!!さっさと降りろ!!」


 アレンは素直に男達の言葉に従い、御者席から降りる。素直に従ったことで男達の機嫌は幾分持ち直したようだ。だからといってアレンに対する加虐の思惑がなくなった訳ではない。


「おい、この馬車には誰が乗ってんだ?」


 頬に一本の傷が入っている男がドスのきいた声できいてくる。気の弱い者であれば腰が抜けそうな迫力だが、アレンにしてみればすでに男達の戦闘力を見抜いているため、すごめばすごむだけ、惨めに思えてくる。


「ガキ、聞いてんのかよ」


 と男が不用意にアレンの方を小突こうと近づいてくる。だが男は知らなかった。自分が近づいている男が何を目的としてこの森に入ったのかを…。そして、その男の戦闘力を…


 アレンは近づいてくる男に対し、自分からも間を詰める。アレンの右拳が男の腹に吸い込まれる。腹にすさまじい衝撃を受けた男は体をくの字に曲げる。アレンはがら空きの背中に肘を振り落とした。


 ドゴッ!!


 肘が背中に振り落とされ男が倒れ込む。倒れ込んだ男にアレンが容赦なくとどめを差す。とどめの内容は横っ腹への蹴りである。男はアレンの蹴りで2メートルほど飛び地面を転がる。


 周囲の男達は状況を理解できない。数瞬の自失の後に男達はガキが生意気にも逆らったという事を理解し、嬲り殺しにしてやろうと残虐な嗤いを浮かべる。こっちは15、相手はたったの一人だ。


 自分達が圧倒的に有利な状況が男達の警戒心を薄くする。先程の男がアレンにのされたのはアレンが不意をついたからに他ならない、油断さえしなければ負けるわけがないと思ったのだ。この段階に至っても男達はアレンの実力を過小評価していた。


 アレンが男の不意をついたのは正しい。だが、アレンにしてみれば油断すること自体が戦闘力の低さの表れである。『油断さえしなければ…』『不意をつかれなければ…』という類の言い訳をこれまで何度も聞いてきた。それを聞く度に『ただ、自分が弱いだけなのに、色々理由付けに必死だな』とアレンは思っている。


 アレンは取り囲む男の一人に狙いをしぼり間合いを詰める。間合いを詰めたアレンは裏拳を男の顔面に叩き込む。男がのけぞるよりも速く左親指を右目に容赦なく押し込む。眼球がつぶれる感触を指先に感じ、そのまま右腕を首に引っかけ投げ飛ばした。眼窩に親指をつっこまれたまま、男は地面に叩きつけられる。

 アレンは親指を男の目から引き抜き、その数瞬後、顔面を容赦なく踏み抜いた。


 アレンの容赦のなさに、男達は動揺する。自分達は有利な状況なのは間違いない。最終的にはこのガキを嬲り殺せると信じている。だが、最初に向かえば二人のように抵抗されやられてしまう事が予想された。


 男達は体力に余裕がある段階での相手は御免被りたかったのだ。別の言い方をすれば、危険は別の者に引き受けてもらって、楽しみは自分が味わいたいという下卑た考えの持ち主だったのだ。



「アレン、待って…」


 馬車の扉を開き、出てきた声の主に視線が集まる。その美しさに全員が息をのむ。声をかけた令嬢フィアーネが馬車から降りると続けて、降りた二人の少女にも男達の視線が集まる。


 男達の視線が集まる中、フィアーネがアレンに話しかける。


「アレン、まずは話し合いをしましょう」


 フィアーネの言葉に、反応したのは男達だ。


「おいおい、俺達はそのガキに仲間をやられてんだ。今更、何を話そうって言うんだ?」


 男の一人がフィアーネに返答する。周りの男達からも煽るような声が上がる。どうやら男達はフィアーネの提案を弱気と受け取ったらしい。見た目が深層の令嬢であるフィアーネが荒事を好まないと思ったのは無理はない。知らないというのは不幸だ。


「取引をしたいと思いまして、あなた方の代表者はどなたです?」


 フィアーネは静かに微笑みながら男達に向け声を発する。何も知らなければ世の男を虜にするのも造作のないフィアーネの笑みだが、フィアーネのあの静かな微笑みは見惚れるものではなく、警戒すべき笑顔だと言うことをアレンは知っている。


「俺だよ」


 名乗り出た男は、嫌らしく嗤いながらフィアーネの元に進み出る。男は筋骨逞しく、身長もアレンよりも頭一つ分高い。粗末な皮鎧だが、腰に差している剣はかなりの値打ち物のようだ。おそらく盗品だろう。


「そうですか、私はフィアーネ=エイス=ジャスベイン、この地を治めるジャスベイン家の者です」


 フィアーネの名乗りに男達は色めき立つ。ジャスベイン家がエジンベート王国においてどのような位置づけかこの国にいる者で知らない者はいない。


「ジャスベイン家の令嬢かよ…」


 代表者の男は、舌なめずりしそうな貌でフィアーネを見る。おそらく誘拐してたんまり身代金を手に入れ、ついでにこの女達で楽しもうという皮算用をしているのだろう。視線、表情から卑しい思考がダダ漏れだった。


「俺の名は…」

「興味ありません」


 代表者の男が名を告げようとした瞬間にフィアーネが言葉を被せ、発言を封じる。


「な…」

「私はあなたの名前など何の興味もありません」


 にべもないという表現そのままのフィアーネの言葉である。


「選んでもらおうと思っただけです」

「選ぶだと?」

「はい」


 フィアーネは静かな微笑みを浮かべ男達に伝える。



「ここで今、私達に殺されるか…、私達に使い潰されて後で死ぬか」


 フィアーネの口から紡ぎ出された言葉は、残酷なものだった。



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