襲撃③
「みんな、もう手加減しなくていいぞ」
アレンが事も無げにフィアーネ達に伝える。アレンの許可が出たからだろうか、フィアーネ達三人は鋭すぎる殺気をゼキスに放つ。
先程までとは明らかに異なる殺気にゼキスは息をのむ。
「それじゃあ、アレンの許可も出たことだし、レミア、フィリシアここからは本気でいくわよ」
「そうね、でもまさか手加減してた理由が、次の魔剣士とは思わなかったわ」
「そうですね。私はただ単にさらに情報を引き出すためにやってると思ってました」
三人はアレンが手加減をしてゼキスに臨み、苦戦しているふりをしていることをわかっていた。
いつから気付いていたかと言われれば、アレンが「いくぞ」とゼキスに声をかけた時である。
アレンは、戦いにおいて無駄を極力排除する。いつものアレンであれば、無言で攻撃をしかけ、ゼキスを討ち取っていたことだろう。放たれた斬撃も間合いの詰め方も、いつものアレンの戦いを見ているフィアーネ達からすれば違和感しかなかった。そこで、アレンは何か作戦があるのだろうと自分達もゼキスを『討ち取らないように』と手加減をすることにしたのだ。
ゼキスは自らの失敗を悟る。この人間達は今まで自分が殺してきた人間などとは明らかに異なる事を悟ったのだ。
先程から自分に放たれるレベルの殺気、圧迫感を放てる者など、ベルゼイン帝国であっても一体どれほどいるか・・・少なくとも自分が知っている中では一人しかいなかった。
「ま…」
ゼキスが言葉を発しようとした時には、アレン達四人は行動を開始している。その動きは先程までとは全く違う。ゼキスはアレン達の先程までの戦いが手加減されていた事を実感する。
レミアの双剣がゼキスの鎧の隙間を狙い振るわれる。レミアの狙った箇所は首の位置だ。ゼキスはかろうじてレミアの剣を躱す。だが、レミアの本当の狙いはゼキスの首ではなかった。
本当の狙いは足だった。首を狙うことで、下半身から意識をそらし、足を狙ったのだ。普通であれば稚拙な攻撃とゼキスは嗤っただろう。だが、レミアの首を狙った斬撃の鋭さがそれを許さなかった。狙い通り、レミアの剣はゼキスの鎧の隙間である足の付け根を切り裂く。
「ぐっ!!」
ゼキスの口から苦痛の言葉が漏れる。そして、次の瞬間にフィアーネの下段蹴りがゼキスの左膝に決まる。鎧に覆われた箇所のはずなのにゼキスの左膝は砕かれる。
「がぁ!!!」
ゼキスの口からまたもや苦痛の声が上がる。
左膝を蹴り砕いたフィアーネに向かいゼキスは剣を振り上げる。そして、それは間違いなく悪手だった。なぜなら、剣を振り上げたゼキスの脇に鎧の隙間が無防備な姿をさらしている。
その隙間にフィリシアが静かに、だかこれ以上無く鋭く正確に突きを放つ。
ズシュ・・・
フィリシアの剣は、ゼキスの右脇から入り込み胸を横断し反対側に抜けていた。フィリシアの剣がゼキスを刺し貫いた次の瞬間に、フィアーネの拳がゼキスの心臓の位置に叩き込まれている。またレミアの双剣がうなりゼキスの首をはね飛ばした。
一体、どの攻撃がゼキスの命を奪ったかはわからない。いや、ゼキス自身にすらわかっていなかったことだろう。四肢から力が抜け、フィリシアがゼキスの体から剣を引き抜くと、力を失ったゼキスの体は倒れ込んだ。
「ふぅ~」
レミアの吐く息が戦闘の終結を告げる。
「う~ん、出番なしか…」
アレンが三人だけで魔剣士を葬ってしまったため、つい場違いな言葉をもらしてしまった。
「まぁ、そういわないでアレン、あなたは2体斃したんだから」
「そうですよ、レミアの言うとおりです。アレンさんは2体斃したんだから良いじゃないですか」
「まぁ、そうなんだけどね…」
アレンは三人の戦闘力の高さに今更ながら驚く。負けることは絶対無いと確信していたが、ここまで一方的な結果になるとは思っていなかった。
「ねぇ、アレン…」
フィアーネが不思議そうにアレンに問いかける。
「こいつらって自分の事を魔剣士とか言ってたわよね?」
「ああ、言ってたな」
「ネシュアが連れてたのも確か魔剣士だったわよね」
「うん」
「何か、実力に差がありすぎない?この間の魔剣士はもっと厄介だったわよ」
「魔剣士ってのがベルゼイン帝国でどんな立場かわからんが、魔剣士にもピンキリがあるんじゃないのか?」
そう、魔剣士と名乗った今回の三体の魔剣士と前回斃したゼリアスの戦闘力には大きな隔たりがあった。アレンはゼリアスを基準に捉えていたために不意をついて斃すことを選択したのだ。
「さて、こいつらを斃したけど、ちょっと困った事になりそうだな」
アレンの言葉にフィアーネ達三人は頷く。アレンの言わんとしたことはフィアーネ達も察していたからだ。
「確実に、ネシュア達を斃したのが私達だとバレたわね」
「ああ、フィアーネの言うとおりだ」
おそらく今夜は、相手が仕掛けてくることはないだろう。現段階で新手がこない事がアレン達がそう考えた理由だった。だが、そちらの方が厄介だ。なぜなら、相手が次に仕掛けてくるときには必勝の状況を設けていると言うことだ。
「こちらも対策を打つ必要があるわね」
「ええ、でも幸いにも元勇者一行がいますよね?」
「あいつらか…」
フィリシアの提案にアレンは四人の顔を思い浮かべる。正直、現段階で戦力としては微妙だ。
「いや、あいつらは使わないでおこう。あれでも元勇者だ。使い捨てにするには、ちょっと惜しい」
「あれ?使い潰すとか言ってなかった?」
「レミアの言うとおり、最初は結果、使い潰しても良いかなと思ってたんだが、コーウェンさん達の話では真面目に職務に励んでいるらしいから、使えるようになるかもしれないから、もう少し様子を見ようと思っている」
「アレンの決めた事だから、私に文句はないわ。でも実際問題、どんな対策を打つ?」
「そうだな…。単純に戦力という事を考えれば、それほど気にする必要はないかも知れないな…」
アレン達四人の戦闘力だけでなく、ロム、キャサリン、コーウェン、ダムテルの実力もそれぞれずば抜けている。だが、油断は出来ない。
「とりあえずは、使い捨ての駒を補充したいな…」
「でも、最近アレンを襲う暗殺者とかこないわよね」
「ああ、心当たりのある貴族に対してはアルフィスが手を回してるからな」
「王太子殿下がですか?」
「ああ、俺が反撃してその貴族を潰されたら困るらしい。だからちょっかい出さないようにしてるわけだ」
「う~ん、困りましたね」
いくらアレンとアルフィスが親友の間柄だといっても、アルフィスの苦労を無にするわけにはいかない。
「そうだ!!」
フィアーネが何かを思いついたように叫ぶ。
「何か思いついたのか?」
「ええ、最近うちの領内に質の悪い盗賊が流れてきたのよ。何人か捕まえているんだけどまだ頭領は捕まってないのよ。そいつらを捕まえて駒にしましょう」
「その盗賊達って吸血鬼か?」
「うん、元は人間だったみたいなんだけど呪いによって吸血鬼になった『カースヴァンパイア』よ」
「カースヴァンパイアか…」
「不満?」
「いや、不安かな」
「何が?」
「そいつら駒として使い物になるか?」
「大丈夫よ。理性はちゃんとあるのよ」
「質が悪いって言ってたけど、理性がなくなったわけじゃないんだな」
「そうよ、根っからの悪党よ。カースヴァンパイアになる前から色々やらかしてたらしいのよ」
フィアーネの言葉をきき、アレンは考える。フィアーネの言葉通りなら、駒としてこれ以上ない存在だ。
「それじゃあ、そいつらにするか」
「うん、それじゃあ、準備ができ次第、行こうね」
「ああ、レミア、フィリシアも同行してくれ」
「わかったわ」
「勿論です」
次の襲撃までにやることは決まった。フィアーネの領内に出没する盗賊団を駒として捕まえることになったのだった。
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「……」
水晶球を覗きながら、エシュゴルは無言だった。自分の見たものが信じられなかったのだ。
魔剣士三体が、あっさりと破れたのだ。確かにあの三体は魔剣士としては下の水準であると言える。だが、人間にあそこまであっさりと破れる程、酷い水準では決して無い。
「エシュゴル様…」
エシュゴルが無言なのに不安げだった下級魔族が恐る恐る声をかける。ところが、エシュゴルの耳には入らない。自分の思考に集中していたのだ。
「あの…戦闘力…異常だ。取り込むのべきか…殺すべきか」
あの人間達がネシュア達を斃したのはどうやら間違いないようだ。あのような戦闘力を持つ者が、他にいるわけがない。
アシュレイ様に報告し指示を仰ぐべきだ。
そう判断したエシュゴルはすぐに転移魔術でアシュレイの元へ飛んだ。
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