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騎士Ⅱ②

長くなりましたが、よろしくお願いします

 六人の近衛騎士達は、街道をひたすら進む。


 途中で短い休憩を挟むが、かなりの強行軍である事は間違いない。彼らが、強行軍に及んだ理由は、一刻も早く他者を巻き込まない場所に移動するためである。自分達が何らかの方法で拉致されようが、この場で戦いになろうが周囲に巻き込まれる者がいない状況を作りたかったからだ。



 今回の事件は魔族による誘拐の可能性が大であると、近衛騎士達は考えている。


 その理由の一つは、アレンである。アレンがネシュアとの戦いで回収した魔族の記録から、魔族が瘴気を集める理由が分かったからだ。


 魔族が瘴気を集める理由は、技術革新にあった。従来、魔族達のエネルギーとは魔力がほとんどであった。だが、技術革新により瘴気を利用した術の開発、魔道具の開発が急ピッチで進められているという状況が分かったのだ。記録の中に瘴気を利用した魔道具がいくつかあったことで、魔族にとって瘴気とは『重要なエネルギー』でることがわかったのだ。

 ただ、他国の瘴気を集める理由は、単に『莫大な量の瘴気が必要』という事しか分からなかった。


 アレンはその情報を得たときに、ネシュア達との会話で得ていた情報とほとんど変わらなかったことから大きく落胆していた。アレンにしてみれば何のために一度見逃し、二度戦ったのだという思いだった。



 魔族が動いて、ローエンシア王国で暗躍しているという事実がある以上、今回の事件も魔族がらみであると想定しておくべきであった。



 六人の近衛騎士達が王都を立って、すでに三日目だ。二日とも野宿だ。いかに訓練しているとはいえ、近衛騎士達も出来る事なら野宿は御免被りたいところだったが、この状況では仕方が無かった。


 そして、三日目の朝が来て、カルマジア伯領に向け出発した六人に対して、ついに事件が起きる。

 

 六人が誘拐されたのだ。



 六人がカルマジア伯領へ移動中に、突然、濃霧が発生したのだ。それは本当に突然だった。この時期、この地域で濃霧が発生する例はほとんどないために、自然現象の可能性は低い、六人がそう思った時に、霧が晴れる。


 霧が晴れたとき、六人は見知らぬ場所に居ることに気付く。転移魔術による自分が転移されるという感覚などまったくない。気がついたら見知らぬ場所に居たのだ。その場所は一面の草原であった。


「な・・・」

「ここは・・・」


 近衛騎士達の口から戸惑いの声があがる。いくら六人が柔軟な思考を持つと上層部に評価されていても、まったく動じないというわけではないのだ。

 警戒しながら進んでいたにも関わらず、あっさりと自分達が誘拐されていた事に気付けば狼狽えずに居られない。


「ウォルター・・・」


 ロバートが何かに気付いたように隣にいたウォルターに話しかける。


「どうしたロバート?」

「あの花・・・」


 ロバートが指さした先には、白色の花があった。ローエンシア王国一帯で自然に群生している『エキュリア』である。エキュリアは夏の終わりから秋にかけて花を咲かせる一年草である。気温が下がれば枯れてしまうため、ローエンシアでは冬のこの時期に咲いている地方は限られている。

 

「エキュリア・・・ということは、ここは・・・」

「ええ、カルマジア伯領とは、まったく異なる場所・・・」

「この時期にエキュリアの花が枯れていないのはエルギア辺境伯領、フォルナ公爵領」

「いずれにせよ、俺達が目指していたカルマジア伯領とはまったくの逆方向・・・」


 エルギア伯領、フォルナ公爵領はカルマジア伯領とは真逆に位置する場所だ。軽く自分達が走っていた場所から5~600㎞は離れている。これだけの距離を転移の感覚無く一瞬で移動させたのだから、魔術とは異なる技術体系に属するものである。


「ねぇ・・・ヴォルグ・・・」


 ヴィアンカが隣に居たヴォルグに話しかける。


「なんだ?」

「これって逆は可能なのかしら?」

「おそらく可能だろう」

「そうよね・・・この技術がなんなのか分からないけど、他者だけでなく自分も移動させることが出来ると考えるのが普通よね」

「・・・ああ、恐ろしい能力だな」


 この能力を使えば、暗殺し放題だ。例えば合戦中に敵の司令官を暗殺してしまえば、それでその軍は瓦解してしまうだろう。王族の暗殺も思いのままだ。また陥れたい相手の部屋などに証拠の品を投げ込んでおけば罪を捏造することも思いのままなのだ。

 元々は無辜の民が巻き込まれないようにとの任務につもりだったが、この能力を野放しには決して出来ない。対処方法を探るためにも、これが個人の能力なのか、魔術なのか、それとも技術によって作成された装置なのかを見定める必要がある。


 個人の能力なら、殺害してしまうのが最も確実な方法だ。使える個体数はかなり限定されるだろうから、虱潰しに斃す必要があるが、対処は出来ないわけではない。

 

 問題は術、技術である場合だ。特に技術によって作成された装置だと、大量に作成することが可能である可能性が強くなるため対処が出来なくなる恐れが強かった。



 六人の近衛騎士達の任務の重要性は確実に上がっている。


「ここでの私達の任務の重要性が格段に上がったわね」

「ああ、単なる誘拐殺人でなくなったな」


 エルゲル、ケビンは四人の会話を後ろに聞きながら、無言で視線を交わす。視線には感心した者が含まれている。

 正直、四人の近衛騎士達はもっと取り乱すのではないかという思いがあったし、指揮官である自分達に指示を求めるものと思っていたが、彼ら四人がまずやったことは観察と思考である。

 しかも、四人は周囲の警戒をしながらの観察と思考である。入隊してすぐに分隊長に昇進するのも頷ける。


「ケビン、あの四人は頼もしいな」

「ええ、この状況であの落ち着き、思考・・・」

「若い者も育っているというわけだな」

「ええ、先が楽しみな連中ですね」


 エルゲル、ケビンは四人を評する。もちろん、二人も周囲の警戒を怠らない。


「そろそろ、何かしらの接触があると思うのだが・・・」

「ええ、我々をここまで転移させた・・・というべきか誘拐した者が接触することでしょうね」

「とりあえず、私が会話をしてみる」

「はい、その方がよろしいかと、我々は観察をしてみたいと思います」

「ああ、そうしよう。四人ともこっちへ」


 エルゲルは振り向き、四人に告げる。声をかけられた四人は周囲を警戒しながら、エルゲルの近くへ集まる。


「これから接触があるだろう。しかもおそらく接触して会話が行われると予想される。会話は私が行うから、お前達は相手をよく観察していろ」

「「「「はっ!!」」」」


 命令が出て、しばらくするとまたもや霧が出てきた。ただしその範囲は狭く霧と呼ぶには抵抗がある。煙というべきだろうか?


 その霧が晴れたときに、そこには身長2メートルを超える魔族と子どもほどの身長の下級魔族がいた。


 2メートルほどの巨体の魔族は、恭しく六人に一礼する。非常に様になっている一礼だったが、そこに込められるはずの敬意がすっぽりと抜け落ちていたからだろう六人にはひどく侮辱された気がした。


「これはこれは、私はベルゼイン帝国で帝国騎士に叙されているグレゲン=ハーフォイルと申します。こちらは私の使い魔であるガリオン」


 近衛騎士を心底見下しているかのような口調である。別の言い方をすれば慇懃無礼とも表現できる口調だ。


 帝国騎士と聞き、ウォルター、ロバート、ヴォルグ、ヴィアンカは明らかに狼狽えた様子を見せる。

 騎士は爵位を持っている貴族に比べれば身分は低いと言える。だが、まがりなりにも特権階級だ。人間の爵位の高さは、別に人間性、能力の高さに比例するわけではない。だが、魔族はほぼ例外なく爵位の高さは実力の高さと言えるのだ。


 このグレゲンという魔族は、騎士に叙任されているというまがりなりにも貴族の一員だ。この事だけでも、このグレゲンは高い戦闘能力を持つことは明らかだったのだ。


 こちらは六人、相手は二体と数の上では圧倒的に有利だったが、戦闘能力においては、決して有利とは言えなかったのだ。


「騎士・・・」

「そんな・・・」

「隊長・・・どうすれば・・・」

「隊長・・・」


 その恐怖に満ちた声に、エルゲルとケビンはやや失望する。本来であれば、魔族に出会った時のこの四人の反応はさして珍しいものではない。近衛騎士であっても、動揺する者のほうが多数を占めるだろう。にも関わらず、二人が失望したのは、先程までの冷静沈着に思考、観察をしていた四人に対する高い評価からの落差からだった。


 エルゲルは四人を叱咤する。


「何を恐れるか!相手が魔族、しかも騎士として叙勲されるような強者とは言え、刃を交える前から動揺するとは、貴様らそれでも近衛騎士か!!」

「「「「はっ!!」」」」


 エルゲルの叱咤に四人は恐縮したように返答する。だが、声がやや上ずっていたために完全に恐怖をぬぐい去れていないと思われる。

 エルゲルは、恐怖を振り切ってはいないが、返答できたことにとりあえず合格点を四人につける。そして、グレゲンに向けて言葉を発する。


「ここに私達を転移させたのはお前か?」

「その通りだ」


 思い切りバカにしたようにグレゲンが言葉を発する。


 その様子を見て、四人は内心ほくそ笑む。


(少しは怯えたふりの効果があったようだな)

(これで、口が滑るかもしれないな)

(交渉は隊長に任せるとして・・・他に敵は居ないかな?)

(騎士に叙任される魔族か・・・一体、どれほどの強さなのかしら・・・まぁ、アインベルク先生、ロータス先生には遠く及ばないでしょうけど)


 四人が怯えた声を出したのは演技からである。アレン、ロムに、戦いが始まる前に出来るだけ油断させるのは非常に有効だと指導されていたのだ。

 特に魔族の魔力、体力は種族的に人間よりも遥かに優れている。そのため、魔族は人間を基本見下している。相手を見下しているものは、考えて戦うという選択肢を放棄することが多い。考えるのは、ただ、『どのようにいたぶるか?』と言う事であり、戦いに臨むものではない。

 そこで、アレン、ロムは四人にせっかく相手が油断してくれてるんだから、それを助長することを指導の中に盛り込んでいる。

 アレン、ロムにとって言葉も重要な武器だったのだ。そのことを四人には教え込んでいたのだ。


「だが、転移魔術ではないだろう?まったく魔力を感じなかった・・・」

「そうだろうな、君たちを転移させたのは魔術によるものではない」

「なんだと?」

「君たちを転移させたのは、この宝珠オーブの力によるものだ」


 グレゲンが、懐から子どもの拳ほどの宝珠を取り出す。その宝珠はどす黒い色をしており、表面に何らかの文字が刻まれており、その文字がこれまた暗い赤い光を放っている。

 グレゲンはさらに得意気に話し始める。


「これは私が作った瘴気をエネルギーに術を展開するための媒体だ」

「瘴気だと?」

「そう、貴様ら人間は宝である瘴気を忌み嫌うだけの愚かな種族だ。我々、ベルゼイン帝国ではすでに瘴気を利用した術の開発、魔道具が実用段階に入っているのだ」

「そ・・・そんな・・・」


 ヴィアンカが小さく言葉を漏らす。その声は非常に小さいものであったが、グレゲンの聴力はその声を拾った。


「ふはは、貴様らでは到底到達できない場所に魔族はいるのだ」

「く・・・」


 ヴィアンカを始め、他の三人も悔しそうに唇を噛む。



 無論、演技である。すでに四人はグレゲンと下級魔族を殺すために隙を探し始めている段階である。

 四人は、ここまで饒舌に話すところを見るとグレゲンは、六人を生かして返すつもりがまったくない事を察している。


(しかし、どんどん調子に乗ってるな。俺達の呼び方が『君達』から『貴様ら』になってる)

(順調に油断してくれているらしいな『貴様ら』になってるしな)

(この魔族はアホだな・・・アインベルク先生やロータス先生では絶対にしないタイプのミスをしている。)

(言葉の使い方・・・油断させるのは確実に成功ね。あとは、どれだけ隊長が情報を引っ張ってくれるかしら)


 四人がそんなことを考えているとは微塵も思っていないグレゲンは、さらに饒舌に語り始める。

 ものすごく長くなったが、要するに『魔族は偉い!!人間はアホ!!』ということを言っていた。


「お前が騎士や兵士達、冒険者などを誘拐し殺したのは何故だ?」


 エルゲルはグレゲンに向けて弾劾の言葉を発したが、グレゲンは嫌らしく嗤う。


「これは実験なのだよ」

「実験?」

「そう、どれだけの人間をこの宝珠が転移させることが出来るか?何回使えるか?一度に転移させる数量が増えれば使用回数に変化が見られるかというな」

「では、その実験は別に殺害する必要はなかったのではないか?」

「ふはは、確かにな。別に殺す必要はなかった」

「だったら!「だからといって別に生かしておく必要も無いだろう?」」


 エルゲルの非難の声をグレゲンは途中で遮り、さらに嫌らしく顔をゆがめる。


「貴様らを殺すのは単純に楽しいというのもある」


 グレゲンはさらに続ける。


「貴様ら人間が決して敵わないのに生き残るために必死になって無駄な抵抗をする無様な姿を見るのが楽しくて仕方がないんだよ」


 グレゲンの嗤いに、従者のガリオンも同調する。ケタケタ嗤う姿は本当に憎たらしい。


(まったく、どんな話が聞けるかと思ったが、単なる『俺様はすごい』という自慢話か)

(さて、もういいかな?)

(あの下級悪魔の嗤う姿は本当に不愉快だな)

(さて、話は終わりかしら?)


「さて、逃げられるのも面倒だな。まずは馬から降りてもらおうか」


 グレゲンがそう六人に告げ、【睡眠スリープ】の魔術を展開する。対象者は馬だ。魔術の効果のため、六人の騎乗していた馬たちはその場で座り込み、寝入ってしまう。


「貴様ら、人間は役にたたんからここで殺すが、馬は利用価値があるかもしれん」


 グレゲンが馬を眠らせたのは単に逃げるのを追いかけるのが面倒だっただけではない。お前達は馬よりも価値がないという挑発からだった。


 馬が寝入ってしまったために、六人は地上に降り立つ。エルゲル、ケビンが四人の前に立ちグレゲンと対峙する。

 どうやら、二人は後輩の四人をこの魔族と戦わせるつもりはなく、時間を稼ぐつもりらしい。


 逃げる時間を稼ぐつもりなのだ。その事に気付いた四人は心遣いに感謝しつつも、それには応えるつもりは一切無かった。


 なぜなら・・・



 負ける要素が一切感じられなかったからである。





明日は戦闘です。



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