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八話目:紹介人


「お断りします!」


「そこをなんとか!」


「お断りします!」


「お願いします!」


「お断りします!」


何だこの不毛な応酬は。かれこれ一時間近くこの様なやり取りが続いているが、いい加減どちらか折れてはくれないだろうか。聞いているだけの此方は退屈なのに、声が大きいから居眠りも出来ないでいる。因みに二人を諌めて片方を説得しようとは思わない。


「何度も言ってるけど、手は足りてるし新しく従業員を雇うつもりもないの。それに、素性も働きたい理由も言えない奴なんか雇えない」


「うっ……」


最近出張が多くて、久し振りに客の来店だと思ったら用件は依頼じゃなかった。


髪を左右にお団子にした少女は、『揉め事処理屋』に働き手としてやって来たのだ。入ってくるなり土下座をしだした彼女には、流石に度肝を抜かれて呆気に取られたが、正気に戻り慌てて椅子に座らせた。清が。


最初こそ丁寧に説明をして、丁重にお引き取り頂く様に下手な態度をとっていたのだが、これが中々に食い下がる。


おまけに彼女は何処の出身かも言えないし、働きたい理由も言えないときた。これだけ引かないのだから、きっとそれなりに大事な理由があんだろうけど雇うことは出来ない。


「てか。諮梛!お前からも何か言えよ!」


「ヤダ。その子頑固そうだし面倒臭い。ピヨ子もそう思うよね?」


「ぴー」


「返事しなくていい!」


諮梛とピヨ子の息の揃った合いの手に、清が急かさずピシャリと言い放つ。


「ハァー。そういえば名前、聞いてないんだけど?」


「あっ!儷杏(リーシー)言います!」


ふーん。中国か台湾か。その辺の種族かな。そっち系の名前って呼び辛いから嫌なんだよね。


「働きたいのは分かるけど、何で『揉め事処理屋(うち)』なの?他にも働き場所あるだろ?募集かけてるとことかさ」


「…………。ここが良いんス」


大きな目を伏せ膝の上で握られた拳は固い。これは説得するのは無理そうだ。仕方無いな。


嫌になる位面倒だがやるしかない。重い腰を椅子から上げ、溜め息を吐きながら儷杏の肩を叩いた。


「…………清、ちょっと出てくる。君は付いてきて」


「え!?でも!」


「良いから付いてきて。僕等の普段の仕事を見せて上げる」


躊躇う儷杏にそう言えば、勢い良く直立したのでそれを見て、諮梛は肩を大きく跳ね上がらせる。


「そんなに張り切らないでよ。鬱陶しいから」


「すんません!」


また勢い良く儷杏は頭を下げた。単純馬鹿なタイプか。と勝手に失礼な診断をし、何を言っても無駄だろうと苦情を言うのを早々に諦めた。


見た感じこの子は一般人だ。頭が特別キレるわけでも、腕っぷしが強い訳でもなさそう。度胸だけはあるみたいだけど。だから少し怖い目に合わせればビビってくれる筈である。という願望の下行動することにした。


「ヒッ」


治安の悪いごろつきのたまり場に連れてくれば、ビクビクとした態度で目を右往左往に泳がせる。ちょっと背の高い奴とすれ違っただけでも声を上げる始末だ。仕事風景を見れば直ぐに音を上げて大人しく帰るだろう。


後ろでビク付かれるのは、何だかとても鬱陶しい。こんな時、清と曖寿ならどうするだろう。


清なら人目に付かないように、出来るだけ壁と自分で隠すだろうか。いやそもそも、清の場合はこんな危ない場所に連れてこないか。


曖寿だったら笑顔で連れてきそうだけど、手を引いてあげるくらいはするな。連れてこられた奴はあの笑顔に騙されて、「優しい」なんて勘違いするんだろう。連れてこられた時点で「優しい」とは程遠いと気付け。


「何処見て歩いてんだよ。あ?」


「正面です。すみません。考え事をしていたもので」


気遣いとは何ぞやという、諮梛にとっては大して実の無い内容に脳味噌を使っていたせいで、柄の悪い男と思いっきりぶつかってしまった。


「うっわ。どうすんだよ。お前のせいで腕溶けたんだけど」


ワーホントダー。見事に青色の腕がドロドロになってるー。


「そう言われましても。弁償なんて出来ませんし」


「は?怪我させといてその態度は無いでしょ」


いや、だって怪我させてないし。ぶつかった事には謝るけど腕については謝る気は毛頭無い。


「ヤバイっすよ。謝った方が良いんじゃ…………」


後ろから腕を掴まれてグラグラ揺らされる。蒼い顔をした儷杏は今にも泣きそうだ。


「何で?」


「何でって!このままじゃボコホコにされちゃいますよ!」


言い掛かりをされた位でこんなに慌てているようじゃ、『揉め事処理屋』なんて到底務まらない。諮梛は呆れたように儷杏を見た。


「あの『揉め事処理屋』って言えば分かりますか?」


「え…………。何でもないです!すみませんでした!」


この界隈で『揉め事処理屋』の名を出せばこんなもんだ。だいたいの奴は逃げて行く。逃げる位なら最初から喧嘩なんて売らなきゃ良いのに。本当、馬鹿らしいったらない。


「ほら行くよ」


「え…………。え?」


故障気味の儷杏を置いてきぼりにして、スタスタ歩く諮梛は些か冷たく見えるだろう。だが本人からしてみれば、声を掛けただけ優しい対応だった思っている。


「『揉め事処理屋』です」


更に路地の奥へと入った諮梛は、横開きの扉の前で脚を止めた。普通に三回ノックし、その後にトントトンとリズムを付けて軽く叩く。


「『揉め事処理屋』だあ?餓鬼が一体何の用だ?」


柄の悪い坊主の男がガンを飛ばしてくる。それを無表情で受け止める諮梛は、空気を読めない以外の何者でもない。


「澄ました顔で見下してんじゃねぇよ!」


(見下すって………。僕の方が明らかに身長低いのに、どうやって見下せるんだよ。被害妄想は止めてくれないかな………)


「止めろ。通してやれ」


「でも先輩!」


中から聴こえた第三者である先輩サンの許しを得、遠慮なく入室する。ついでに儷杏の手を引いて。


「『揉め事処理屋』に喧嘩なんて売るんじゃねぇ。そいつは知らねぇけど、一人荒事に慣れた強え奴がいるんだよ」


うん。それは多分清の事だね。


「それに後ろにはあの華島美雪がいんだ。下手に手は出さない方が身の為だ」


「え!?華島美雪ってあの華島美雪ですか!?怪力って噂の!?」


「ああ。その華島美雪だ」


「熊の様に屈強で筋骨隆々と噂の!?」


「その華島美雪だ」


おい、ちょっと待て。それは何処の華島美雪だ?この二人の中で、美雪は一体どんな姿をしているんだ。


確かに美雪は人形(ひとがた)をとっている妖怪の中では背は高い方だが、熊の体長のおよそ2メートルなんてある筈無い。守り目の美雪は怪力だろうし筋肉も相当付けているだろうが、骨格自体はそんなに太くないと思う。それに加えて屈強だなんてとんでもない。見た目だけなら絶世の美女の中には入る。


「…………まぁ良いや」


ツッコミを入れた方が良いのかと逡巡したが、一々説明するのも面倒そうなので止めた。


「取り敢えずさ。話がしたいんだけど」


「…………付いて来な」


折角盛り上がってたのに何かごめんね。と頭の片隅で思いつつも、欠伸をしながら男二人組に付いていく。


「君はそこで何してるの?一人で置いてかれたくなかったら、そこに突っ立ってないで来なよ」


「は……はいっス!」


当然あると思っていた足音が聴こえず、怪訝な顔で振り返る。ガチガチに身体を強張らせている儷杏には、心配を通り越して呆れさえ出てきた。こんなんで『揉め事処理屋』で働きたいだなんて、良く本気で言えたものだ。


奥の部屋に通されると、顔見知りの男がパイプタバコを吹かしていた。室内に煙が篭って臭い。


「おうおう坊主。相変わらず無愛想だなぁ」


「まあね」


無愛想について特に気にした様子はない。それはきっと諮梛の後ろにいる儷杏のせいだというのは予想が付いた。


「何だい?その嬢ちゃんは。これかい?」


興味津々といった態度で小指を立てられ、僅かに眉を寄せる。その些細な変化は男には分からない。


「違います!」


「違う。この子は今社会見学中」


儷杏の上擦った否定に続いて、ありのままを伝える。こんなところに社会見学だなんて、一体何が学べるんだか分からないが事実なのだから仕方無い。


「地図ある?無かったら紙でも良いんだけど。あと書くもの」


「いきなりなんだよ。ちゃんと説明しやがれ」


さっさと本題に入って、さっさと用件を済ませて、さっさと家に帰ろうと思い言ったのだが、どうやら説明が足りなすぎたらしく不機嫌な声だった。


「五日後にこの辺一帯を警羅隊が、一斉に立ち入り調査するらしい。だから薬物は場所を移した方が良いよ。それと、警羅隊の見廻りルートが変わったから説明する。地図か紙を頂戴?」


補足をすれば理解してくれた様で、部下に急いで持ってこさせた。「薬物!?」なんて言った儷杏は、この際気にしないでおく。後で口止めしないと。


淡々とした口調で必要な情報だけを述べていく。そこに諮梛の考察は無く、有益無益一切関係無く全ての情報をただ口にする。要るか要らないかは向こうが判断する事であって、こちらがあれこれと口出しする必要はない。


「だいたい分かった。けど、何故ここまでする?ごろつき供に親切にしたって、良いことなんて何も無えだろ」


帰ろうと背を向けていたのだが、尋ねられて振り返る。


「あるよ。良いこと」


「何が良いことなんだ。言ってみな」


……………しつこいな。早く家に帰ってゆっくりしたいのに。


「僕等はこれでも『揉め事処理屋』だ。君達と警羅隊の間で起こる揉め事を、事前に処理するのは仕事の内でしょ?」


「答えになってないが、まぁ良いだろう。麻薬の売買に見て見ぬふりをするのはどうしてだ?面倒事に巻き込まれたくないからか?」


「そんな理由だったら『揉め事処理屋』なんてやってないよ」


清ならきっと麻薬取り締まりに協力するんだろうけど、生憎そういう正義感は殆ど持ち合わせていない。


「麻薬なんてどうでも良いし、そんなのに騙される奴が悪いんだよ」


「……そうかい。ほれ、持っていきな」


投げて寄越されたのはずっしりと思い袋で、不信な目で両手の中の袋を見つめる。


「何?」


「報酬だよ。どうせ依頼もなにも無いんだろ?タダ働きは相方にどやされるぜ?」


……………………。


この辺り一帯を仕切ってる頭領なのに、こんなに親切にして良いのか?それとも何か裏があるとか?


「…………ありがとう。何かあれば美雪姐さんを呼ぶから」


念のため脅しておこう。彼女の名前を出せば、そう簡単には喧嘩は売られまい。


「じゃあこれで」


部屋から出ると、儷杏はペコペコと何度か頭を下げてから付いて来た。少しは学習したようだ。


路地裏を抜けたところで儷杏を振り返り、視線を合わせる。


「解ったと思うけど、君に『揉め事処理屋』は無理だよ。諦めて」


「でもっ!」


「事情をちゃんと説明してくれれば、しっかりとした職場を紹介して上げる」


それでも視線をウロウロとさ迷わせ、未だに迷っている様だ。一体何をそんなに迷う事があるのだろう。話した方がきっと得だ。


「良いから話してみなよ」


やっと決心が付いたのか、唇を強く噛み締め顔を上げた。半ば睨み付けるように見られて、数歩後退る。こういう流れは苦手だ。


「ワタシには弟が二人と妹が一人いるんスけど、その………………貧民街で産まれまして……。その上兄も病で倒れてしまって」


「両親は?」


「幼い頃に他界したっス。それでどうしてもお金が必要なんス。賃金が高いのは裏の仕事で…………。でも犯罪に手を出す勇気はなくて……………」


「成る程ね。それでギリギリ法に触れてない『揉め事処理屋』か。それを最初に言えば良いのに」


うちの話を何処で聞いたのかは知らないが、確かに給料は高い方だろう。生活費の他は三分割しているが、結構な金額になる。三人の中でも諮梛は特に使わないので、溜まりに溜まっている状態だ。


「貧民街出身と言うと雇ってもらえないと思って」


「ふーんそうなんだ。来て?仕事先を紹介する」


収入が安定していて、給料が高く、それでいて危なくない仕事。中々に厳しい条件だが、一つだけ心当たりがある。


暫く歩くと見えてきた建物。中央官吏役場だ。その横に設置されている受付に向かう。


「事務の募集要項を見て来たんですけど」


「少々お待ち下さい。その間にこちらにお名前をお書き下さい」


綺麗ではないが、ちゃんと読める時で名前を書き始める。普通に字が書けたことには驚いた。どうやら読み書きは出来る様なので、最初は難しいと思っていたがこれなら雇ってもらえるかもしれない。


「この後時間はありますか?早速面接との仰せです」


「分かりました!」


ああこれでやっと帰れる。


「あっ、付き添いの方はここでお待ち下さい」


何故…………。儷杏を待たなきゃいけない理由もなければ、待つ程親しい仲でもないのに。


それだけならまだ良い。だが、この場でグスグズしていれば遭遇率は高くなる。絶対に襾丗だけは会いたくない。


中央官吏役場の中へと入っていった儷杏を見送り、襾丗に遭遇しないかという焦燥感に苛まれながら待つこと数十分。


「受かりました!」


「随分と簡単に決まったね」


上は何を基準に判断しているんだ。こんなに直ぐに決めてしまって大丈夫なのだろうか。それだけ働き手が足りてないのか。ダメダメだな。


「じゃあ頑張ってね。僕は帰る」


「はい!ありがとうございました!あの………」


「何?早くして。帰りたいから」


「名前を教えて下さい!お礼をしに行きます!」


お礼は別に要らないな。でもそうか。名前を名乗っていなかったのか。


「諮梛だよ」


それだけ言って職場兼自宅へと脚を向ける。これ以上は面倒を見る義理は無い筈だ。


それにしても、今日一日自分は良く頑張ったな。











今回は比較的短いお話でした。諮梛君からの視点となってました。因みにピヨ子は清と一緒に喧嘩しながらお留守番です。


お読み頂きありがとうございました。

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