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四話目 客:灰色少年 中

諮梛は階段を上がり、一番奥の部屋まで進む。その際、床がギシギシと鳴るが、古い家だ。仕方がない。


一番奥の部屋は曖寿の部屋だ。その隣が清。清の部屋の隣が諮梛の部屋になっている。


「曖寿。お前、起きてただろ」


襖の前で止まり、中にいる曖寿に投げ掛ける。


「…………」


中からの応答は無い。が、代わりにドサッという音がした。


「折角、清がご飯作ってくれたのに。もう冷めちゃったよ?」


出てこない曖寿に、コツコツと襖を叩いて言ってみる。数十秒の間、何の物音も無く過ぎた。今度はわざと盛大に溜め息を付いてみた。


襖に手を掛けた。そろそろ開けよう。曖寿は文句の類いを言わないから、何の躊躇も無い。


「おはようございます」


自分の力は使われることなく、勝手に襖が開いた。その先に居るのはにこやかな曖寿だ。


つまり、どういう事かというと。諮梛が襖を開ける前に、中にいた曖寿が出て来て挨拶したという事だ。


「うん、おはよう。何してたの」


張り付けたような笑顔に、不審感の混じった視線を向ける。


「今日の朝御飯は何ですか?」


「話を逸らさないでくれる?何してたの」


何事も無かったかの様に、普通に諮梛の目の前を素通りしていく曖寿の手首を、掴んで引き止める。


「………………ちょっと、来ていたお客さんと顔を会わせたくなかったので」


視線を床に落とし、さ迷わせる。やがて諦めてそう、口にした。


「……そう。なら清には言わないでおくよ。変な気遣いをするから」


曖寿は『ありがとう』と静かに微笑んだ。


「おーい、二人供何してんだよ。一人起こしてくるのに、どんだけ時間使ってんだ。洗い物したいから早くしろ!」


若干苛付きを含んだ声が、下の階から投げ掛けられる。遅い諮梛と曖寿が、痺れを切らしたと見える。


だが責任は曖寿に有る訳で、文句を言われる筋合いは無い。と、諮梛は思っていた。


「すみません。今日の朝御飯も美味しそうですね」


何時もの様に、フワリと笑って箸を取る。その横でお茶を飲みながら、ただ意味もなく曖寿の横顔を眺めていた。


「何ですか?ご飯粒でも付いてますか?」


何だと尋ねられ、本当に意味は無かったら『ううん』と左右に首を振る。


「別に。なんとなく」


食事中をずっと見られているのは、確かに気分の良いものではなかったな。


「んだよ、じろじろ人の顔見やがって」


「ごめん。なんとなく暇だから、なんとなく清の顔見てた。別に清の顔に興味は無いから」


机の上に肘を付きながら、そんな事を口にする。なんとなくを二回も使って、その部分を強調してみた。


「ねぇ。この三人の中で、一番女装が似合いそうなのって誰だと思う?」


「は?」


「え…………?」


唐突過ぎる諮梛の発言に、清と曖寿の二人はポカンと口を開き、間抜け顔を(さら)す。


「襾丗が女装したって言ってたから」


「だからって、何でそうなんだよ。俺は絶対やらないからな!」


「誰もやるなんて、一言も言ってないけど。話が飛躍し過ぎ」


「てめぇに言われたくねぇよ!!」


ふーんと、適当に返事をしたら清に頭を叩かれた。痛い。


「取り敢えず、さっさと対策考えないと。()ずは雪女に会いに行く?」


「そうですね。聞いた話では、付き纏っている人物は特定しているみたいですし、その方の近いし関係の人達から話を伺いましょう」


一番頭の回転が速いのは曖寿であるため、仕事の方針は大体曖寿が決める。勿論提案があれば、それをやるが。当面は、雪女の調査になるだろう。





「寒い!死にそう!」


曖寿が、『行動するなら、なるべく早い方が良いですよね。なので、早速行きましょう!』と言い出したので、今の現在地は辺り一面真っ白の雪国だ。


清が叫んだ通り、防寒着をしていても凍死しそうである。


妖怪の世の中には、国というものは存在しない。国境も無ければ、国家も無い。代わりに領域(テリトリー)がある。


諮梛、清、曖寿が暮らすのは、江戸の町並みとほぼ同じ。そして今此処。雪女が統括する雪国は、物凄く壮大な世界だ。言うなれば、人間界の日本の北海道で開催される《さっぽろ雪まつり》の世界観である。


巨大な雪像が、至るところに並んでいるのだ。


「凄いですね。雪女は衰えていると聞きますが、宛になりませんね」


全くその通りである。此だけの雪像の数、良くも作れたものだ。


「馬鹿言え。そうでもねぇだろ?ただ家が並んでるだけじゃねぇか」


「え?」


「家?」


身体を縮込ませながら、億劫そうに言う。


「え、何で清がそんな事知ってるわけ?意味解んないんだけど」


「てめぇ、真顔で言ってんじゃねぇよ。喧嘩売ってんのか?」


青筋を立てて握り拳を作る清は、今にも殴りかかってきそうだ。これだから清は、短気で困る。なにも、悪気があって言ったのではないのに。


「前に美雪姐さんが言ってたんだよ。んで、あの城が領主の住処ってとこだろ」


さて、どうするか。ストーカー女の名前は、確か『椿』とか言ってた。苗字が無いから多分一般人。とすると、城に行く必用は無いのだが…………。


「なら、領主の方に訪ねてみましょうか」


「え?何で?」


「名前だけで、特定の人物を割り出すのは無理です。だから領主の方に伺いましょう。ついでに、うちの店の宣伝も兼ねてます」


清が成る程、とポンと手を打つ。内心同じ気持ちだった。


曖寿は時折、こういう風に悪戯っぽく笑う。曖寿は頭が良い。思考を巡らすのが速いのだ。だけどそれだけじゃない。遊び心を混ぜてくる。だから予測しきれない、突拍子も無い解答が飛び出してくる。付き合いは長い方だけど、退屈したことが無かった。


だが、世の中には欠点が無い奴など、居る筈は無いものだ。


「ねぇ、あんな城に入ったら僕達、確実に凍え死ぬよ?」


「……………」


「……………」


曖寿の欠点は、極度の天然と鈍感。そして所々抜けているところだ。


巨大な氷で出来た城に入るなら、毛皮のコートが欲しい。今でさえ寒いのに、このまま入ったら死ぬよ。


「でもこれ以上の厚着は持ってないですし…………。仕方ありません。気合いで頑張りましょう!心頭滅却すれば、火もまた涼しです」


「頭狂ってる」


「違うよ清。頭だけじゃなくて、精神も狂ってる」


げんなりとした清の呟きに訂正を加える。寒さで、体力が奪われているのだろう。何時もの口の悪さが抜けている。


「嫌がってても、しょうがねぇし。前向きに考えよ。雪女って美人が多いって言うしな」


うん。清のこの何事にも前向きで、明るくてそれでいて阿保なところには感心するよ。






「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」


出迎えてくれたのは、灰色の着物を着た黒髪の雪女だ。


目は一重の切れ長。唇は薄く、ほんの少しだけ朱を挿している。化粧っ気はほとんど無いから、侍女か何かだろうか。


少しも笑わないどころか、表情に一切の動きがない。雪女に相応しく、冷たい印象を受けた。


氷で出来た城の筈なのに、中は意外にも温かく全然寒くはなかった。どういうからくりなのかは、検討もつかないが。


「俺等、絶対歓迎されてねぇよ」


「いきなり来たんだから、当たり前じゃない?」


「そうだけど、そうじゃなくて!」


「何?」


「俺はもっと、笑顔とかで迎えてくれると思ったの!だって、遠路はるばるって言ってたし。態度が冷たすぎない?」


「雪女だからね」


出迎えに出て来た雪女と曖寿の後を、こそこそ話をしながら着いていく。途中雪女が僕達二人を振り返る。多分睨んでいる訳ではナインだろうけど、切れ長で無表情の為睨まれているようで怖かった。


「清が五月蝿いから、睨まれたじゃん」


「はぁ?!―――――ゴフッ」


清が叫びそうになったから、お腹に肘を入れてみた。初めてやったから、加減は効かない。よって、清の痛みは予測と理解の範疇外である。


腹を抱えて悶絶している清を、仕方が無いから引っ張って着いていった。多少の同情と責任の念も在ったと思う。


やがて通された部屋は、歓声を上げるに値するほど綺麗で壮大だった。


さっき歩いて来た廊下とは、比べ物にならないほど、透明度と純度の高い氷で出来ていた。床なんか、下の階が透けて見える程だ。下の階というのには、少々の語弊が有るかもしれない。下には色とりどりの花が、氷に埋め込まれていた。色だけでなく、大小も様々である。


「まもなく領主である、葉菜(はな)様がいらっしゃいます。お茶をお持ち致しますので、暫くお待ち下さい」


能面の様に変化の無い顔で、この広大な部屋から出ていった。


三人で扉の前で立ち尽くすのもアレだから、中央に設置された椅子に腰掛けることにした。椅子はこれまた氷で作られていたが、その上にはフカフカの分厚い座布団が敷かれている。


「諮梛。雪女の領主って云うぐらいだから、相当の美人だよな」


「さあね。知らないけどそうなんじゃない?」


本当に興味の無い、どうでも良い質問だったけど適当に返しておいた。後々面倒にならないための対策として。


雪女と言えば美人と云うのが、大半の者の印象だから、清が期待する気持ちも、理解できなくはない。


「お待たせしました。(わたくし)が領主をしております、葉菜です。ご用件をお訊きしましょう」


…………………。


諮梛と清の二人は目が点になった。曖寿は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに何時ものフワリとした笑みを顔に作った。


「雪女が落ち目だって言うのが、良く分かった」


清の失礼極まりない発言に、頭をパシッと叩く。


雪女の領主様は、諮梛達三人を見事に裏切ってみせた。


領主の葉菜様とは、結構の御年の老女だった。顔と手は皺だらけで、雪女特有の雪の様な白さは無く、少し黄ばんだ色の肌になってしまっている。


年を取っても流石は雪女の領主と云うべきか、身成はきっちりとしているし、腰が曲がっていても品がある。


「此処に『椿』という方はいますか?探しているんです」


早速曖寿が本題に入る。


「はてさて、『椿』ですか。申し訳無い。『椿』という名の者は八人も居ますなぁ」


指で手の甲をコツコツと叩いていた。それは何かを思い出す 為の行為に見えた。事実、『椿』の八人を思い出したのだ。


「えっと、じゃあ最近頻繁に領地(テリトリー)から出たっていうのは、分かりますか?」


「冬、此方に来なさい。あら、速いのね」


冬と呼ばれて来たのは、さっきの雪女だ。一秒もしない間に入って来たと思う。部屋の外で待機でもしてたのだろたうか。


「一番回数が多いのは、南三区で東寄りの椿様ですね」


淡々とした報告を聞いて、地図か何かを描いてもらおうと思ったら、その前に地図を差し出された。単純明解な地図は、変に細かいものより見易い。


「貴方達。そんな事を聞いてどうするの?」


「ちょっとした揉め事です。『椿』さんが困らないためのお仕事なんです」


「そうなの。頑張ってね」


皺だらけの目元に、更に皺を刻ませて微笑んでくれた。曖昧な説明で、何かを誤魔化したのだと思われても仕方無いのに、優しく言葉を掛けてくれた。器の大きさと、相手を見る目がしっかりしている。


「では、ご案内致します」


「あっと、一寸待ってください。まだお訊きしたいことがあるんです」


「何でしょうか。簡潔にお願いします」


待ったを掛けた曖寿に、又もや能面のような顔と声で振り返る。


「葉菜様と冬さんにお伺いしたんですが、南三区にいる『椿』さんって、どんな方なんですか?」


『椿』に会いに行く流れになっていたが、当初の目的としては本人ではなく周りに聞き込む筈だったのだ。別に『椿』に会いに行く必要性は無い。


「どうかしら。世話好きのしっかり者と言ったところかねぇ」


「申し訳ありません。私は椿様がどんな方か、存じ上げません」


きっかり45度で腰を折り、頭を下げている姿は機械的だ。


葉菜様から聞いただけじゃあ、ストーカーに繋がるとは考えにくい。矢張『椿』の友人辺りに聞くのが妥当だろうか。


「ありがとうございました。案内していただかなくて結構です。僕達はこれで帰りますね。何か困ったことが起こりましたら、ご連絡下さい。必ず役立ってみせることを、お約束します」


「そうね。覚えておくわ。何屋さんでしたっけ?」


「揉め事処理屋です」


「『揉め事処理屋』ね。気を付けて帰りなさい」


帰るって、一体どういう事なのだろう。疑問符だらけの頭を、同じく疑問符だらけの清と下げて、雪と氷の世界を後にした。





「おい、曖寿!どういう事か説明しろよ!」


前を歩いていた曖寿は、振り返り言葉を口にする。


「職場見学に行きましょう!」


「は?」


「…………」


説明処か、珍解答という爆弾を落としてきた。清は目が点。諮梛は絶句。曖寿だけは唯一笑顔である。


「何で!?誰の!?何処に!?」


疑問詞を取り敢えず並べた質問。清の頭は、随分と混乱しているとみえる。


「えっと。中央官吏の第四棟に、珠稀さんの仕事を陰から見つめているであろう、『椿』さんを見に行きましょう」


ゆっくりとした口調で、一語一語確めながら言う。


はっきり言って、曖寿は何がしたいのか分からない。


「中央官吏役場なんて、簡単に入れる訳ねぇだろうが!」


清の言うとおり、中央官吏役場は簡単に入れる場所じゃない。専用の木札を持っているか、客として()ばれない限り、足を踏み入れることは叶わないのだ。


「しーなっ!」


と、聞き覚えのある声で瞬時に振り返り、回し蹴りをする。足は宙を切り、期待した手応えはない。


舌打ちをし、歩くのを再開。何もなかった様に振る舞う。いや、様にではなく何も無かったのだ。


聞き覚えのある声というのも幻聴に過ぎず、回し蹴りは奇怪な行動に走ってしまっただけで、意味の在るものじゃない。


「相変わらす酷いなぁ諮梛は」


何方(どなた)か知りませんけど、喋らないで下さい。耳が腐るので」


辛辣を飛び越えて、悪辣な言葉を重ねる。目線は氷河より冷たい。


「昨日振りだね。折角後から抱き締めて驚かそうと思ったのに」


意味が分からない。


諮梛からどんなに邪険に扱われても、全く意に介さないのが襾丗なのである。


「ぼくの権限で特別に入れてあげるね」


「…………どういうつもり?絶対裏があるでしょ」


「無いよー。只ね、面白そうだから」


なんて不純な動機だろうか。自分の友達を面白がるなんて。でも清が相手なら、共感するかも。


「無駄口叩いてないでさっさとしてよ。此方は暇じゃないんだから」


氷柱とも思える言葉が襾丗に突き刺さる。全く効き目がないのが、うんざりする。


襾丗に観光客の案内の様にして案内され、門兵やら警備員やらに不審な目で見られながら足を動かす。


「おっと。此処で止まって」


曲がり角で停止。この先にお目当ての珠稀が居るらしい。


「じゃあね。仕事あるから」


なんて言って、消え去る襾丗。いなくなってくれるのは、物凄く助かるが帰りはどうすれば良いのだろう。


曖寿の方に微妙な視線を送る。そして脳が一瞬で灰になった。


「こんにちは。僕は曖寿です。貴女が『椿』さん?」


何でド直球で話し掛けてんの!?


「えっ?どちら様ですか?」


「揉め事を処理する者です。今は何の最中ですか?」


解答して質問で返す。


何の最中って、見たまんまでしょ!珠稀に付きまとってたんでしょ!?柱の陰から隠れて見つめてたんでしょ!?


「えっと、その」


ポッと顔を赤くした『椿』さん。そういう反応止めてよ!


付きまとってるって、それストーカーだから。ストーカーって犯罪だから。犯罪者って変質者だから!!


「見守ってるだけなんです」


そうかもしれないけど、めちゃんこ苦情が来てます!


「そうですか。何で見守るなんて?」


もう話を聞く体勢に移ってるし。


清の肩を掴んで、行かないように左右に首を振る。もうこうなったら曖寿に任せよう。


「私は只………」



キリが悪いですが、余りに長いので一回切ります。

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