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二話目 客:座敷わらし

「あー!クッソ、また赤字だ」


呻く金髪の少年、清。机に突っ伏し、頭を抱えている。これで赤字は何回目になるだろう。いい加減にしてくれ。


「どうすんだよ曖寿(あいじゅ)!どう考えてもてめぇのせいだかんな」


頭をガバッと勢い良く上げて、黒髪の眼鏡を掛けた少年に怒鳴り付けた。その少年は曖寿(あいじゅ)と云う。


「大丈夫ですよ清さん」


「何が。祭りん時、お前何処行ってやがった」


怒鳴られ、睨まれてもフワリと笑って平然としている。その態度が、清にはふてぶてしく見えた。


清のつり上がっていた眉が、更に上がる。今や鬼の形相。曖寿は素直に謝ったことがない。何時もフワリと上手く交わされてしまうのだ。


「僕はちゃんとお客さんの呼び込みしてましたよ?」


「嘘つけ!こんなに使っといて、そりゃねぇだろ!」


机を叩き、怒りを露にする清。当然だ。自分は店番をしていて退屈だったのに、曖寿の方はたっぷり祭りを満喫してきたのである。


諮梛(しな)も何か言えよ!」


「俺はひよこが手に入ったし、文句無いけど?」


一緒に店番をしていた黒髪の少年、諮梛には協力してもらえなかった。何せ彼は変だから。怒る所もやはり違うらしい。


「だあー!!ピヨ子、お前黙れよ!さっきから五月蝿い」


髪をグシャグシャと掻き回す。綺麗なサラサラの髪は、見る影もない。


先程から、淡い桃色をしたひよこがピーピー言っている。それならば可愛いだろう。だが、この妖の世にいるひよこは、音量が人間達のいる世のひよこと比でない位に、大きい。よって、頭が痛くなる。


「だから黙れって!」


勿論鳴き止まない。清はピヨ子に嫌われているから、言うことを聞かないのだ。


「ピヨ子、一寸(ちょっと)静かにしようか」


諮梛が一言言うと、ピタリと鳴き止んだ。


諮梛は宣言通り、ピヨ子を立派に強調していた。買ったのは昨日なのに。


「本当に可愛くねぇひよこだな」


フン!と鼻を鳴らすピヨ子。あっかんべーと舌を出す清。両方共大人気ないが、当人達は気付かないものである。


「お邪魔しまーす。お兄ちゃん、来たよー」


唐突に声がして、引き戸が躊躇い無く開けられる。


その声は高く軽やかな子供の声だった。


「餓鬼が来るところじゃねぇぞ?帰んな」


「失礼なお兄ちゃん。彌亜(みあ)餓鬼じゃないもん。そこの眼鏡掛けてるお兄ちゃんに用が合ってきたの!」


遠慮無くどかどかと入って来る、幼い少年に清が面倒そうに言った。


が、眼鏡の野郎に用があると言いやがった。眼鏡掛けてるのは、此処には曖寿しかいない。


「曖寿!どういうことか、説明しやがれ!」


まさか、まさかとは思うが、こんな幼い少年をタブらかしたのだろうか。この持ち前のーーー表面上はーーー優しそうな笑顔で。


それは流石に不味いと思い、焦って曖寿の胸ぐらに掴み掛かる。


「待って下さい。人の話しを聞きましょう?ね?落ち着いて下さい」


「これが落ち着いていられるか!とっとと説明しやがれ!」


未だのほほんとしている曖寿を、これでもかと言うほどグラグラと揺さぶる。


「此方おいでよ。大福食べる?」


左手にピヨ子を持ったまま、右手で幼い少年の手をとり、椅子に座らせる。


「あっ!おい、こら!勝手に座らせんな」


「あの金髪の怖いお兄ちゃんは、気にしなくて良いよ」


「諮梛、てめぇ!」


曖寿をパッと放し、諮梛の元へ駆け寄る。これ以上問い詰めても、曖寿はきっと何も吐きはしないだろう。


閑散としていた室内、もとより店内は一気に騒々しくなった。


「彌亜、大福好き!頂きます!」


嬉しそうに大福を頬張る少年は、見ていて微笑ましい。だが、自分は違う。


「他所の家で出されたものは、普通遠慮しろ。躾が成ってねぇ野郎だな」


「何で?彌亜、怒られた事無いのに」


そりゃ、この子が余りに可愛らしいから。ついつい大人は許してしまうのだろう。だからいい大人として言ってやった。


「じゃ、今覚えたな。そういうことだから、これは俺が貰うぜ」


少年用にと出された大福を、横からかっ拐い口に放り込む。


「ああー!彌亜のだったのに!」


「あーはいはい。大福も食い終わったとこだし、早く用件言え。苦情なら曖寿に言ってくれ」


パンパンと手を叩きながら、どうでも良さそうに言う。相当態度が悪い。と思いながらも、直す気なんて更々持ち合わせてない。


「あのね、彌亜は亀梨って家にお世話になってるんだけど、スッゴい困ってるんだ」


「うん、それで?」


曖寿はいつの間にか、少年の対面席に座り話を聞く体制に移っている。


諮梛は四人分のお茶を、机の上に並べた。


「まず、話を聞く前に君の事を教えてくれるかな?」


「彌亜は座敷わらしだよ。さっきから言ってたけど、彌亜って名前ね」


「よろしく、彌亜」


嫌みの無い自然さで、さらっと呼び捨てにした曖寿は、安心感のある笑みを浮かべた。


けれど、この笑みが自分としては不安を煽る。こんな幼い少年に、何をする気だ!と言いたくなるのだ。


それは取り敢えず、ゴミ箱の中にでも投げ込んでおこう。仕事はしっかりやる主義だ。でないと、飯にありつけない。


「亀梨って家がどんどん不幸になるの。おかしくない?」


「お前、本当に座敷わらしなんだろうな?」


「彌亜は正真正銘座敷わらしだよ!」


不審そうに尋ねると、声を大にして座敷わらしだと言う。証拠が無い。だが、座敷わらしだと嘘を付いた処で得も無い。


「亀梨さんにどんな不幸が起きたんですか?」


「…………一番末っ子の娘が母親と事故に合ったし、その二日前には強盗に入られて、長男のよっしーが腕を怪我したの。だから彌亜、おかしいと思って」


成る程、確かに変だ。


本来、座敷わらしとは住み着いた家に幸福を呼び込む者。起こっているのは、全くの逆の出来事だ。


「それは何時からですか?」


「んーと、一月位前かな?でも最初は、よっしーが良く転ぶとか、忘れ物が多くなったとかそんなだよ?!」


「一ヶ月前、何かありましたか?例えば、何処かに行ったとか。誰かと会うようになったとか」


頭をコツコツと叩き、必死に思い出そうとしている。一ヶ月も前だ。それなりに時間は必要だろう。


諮梛が淹れてくれた茶を一口飲む。緑茶のいい香りがする。


「あ!思い出した!のーちゃんと遊ぶようになったかも!」


「のーちゃん?」


「そう、のーちゃん」


「誰だよ。友達か?」


パッと嬉しそうに表情を弾ませ、如何にも楽しそうだ。それにしても、『のーちゃん』という愛称は如何なものか。もっとましなのが有りそうだ。


「夜に公園に行って遊ぶんだ!楽しいよ!あっ!でも、のーちゃんと遊ぶようになったのは二月前だ」


「はいはい。お前が公園に行ってんのが悪いんじゃねぇの?」


「ううん、昼間は亀梨って家に居るから大丈夫」


「彌亜は昼間は何をしているんですか?」


何を思ったのか、曖寿の顔が少し真剣なものになる。


「彌亜は昼間は寝てる。それがどうしたの?」


本当にそれがどうしたのだろう。特に問題は無さそうだけど。


「…………そういう事か。曖寿、俺も解ったかも」


「解ったって何が」


「流石諮梛さん。察しが良いですね」


二人の視ているものに、着いていけない。それどころか、会話にも着いていけない。


「おい、曖寿。俺が馬鹿だって言いてぇのか?」


「清はお世辞にも、頭が言いとは言えない」


「てめぇもか諮梛!」


「あーもう、五月蝿いよ金髪のお兄ちゃん。静かにして。で?で?何が解ったの!?」


ムカつく餓鬼だ。今すぐにでも、脳天に拳骨を入れてやろうか。


「もしかしたら間違ってるかもしれませんし、結論は言えません。だけど一つ、試したいことが有ります。良いですか?」


「なぁーにー?」


「お友達の方と良く遊ぶ公園に、案内して頂きたいのです。それから亀梨さんのお宅も」


げっ。人間のいる彼方に行かなければならないのか。


時代錯誤が激しいから、彼方は好きじゃない。昔と違って、人間達が何を考えてるのかも判ったもんじゃない。滅多やたらと数が多すぎるのだ。


「良いよ!行こ行こ!」


「今から行くのか?」


「はい、そのつもりですが?どうかしましたか、清さん」


げんなりした調子で尋ねてみたが、天然記念物の曖寿には無意味だった。


「俺、留守番しといた方がいいか?」


頼むから、頼むから留守番をしとけって言え。お願いいたします!


「清さんには是非来て欲しいです。一日位なら休店しても大丈夫でしょう」


ハハハと力無く笑った。行くことは決定していた。


「…………何か持って行くもんとかあんのか?」


「有りますけど、自分で持ちます」


あっそ。あぁ嫌だ。気が乗らない。







「此処が彌亜のお世話になってる、亀梨って家!」


今はもう亥の刻。辺りは真っ暗だが、住宅街なので電灯はある。


亀梨さんの家は、住宅街の中でも中々大きな物だった。座敷わらしが居る家は流石に違うらしい。


「彌亜。のーちゃんと遊ぶのは、調度今位の時間ですか?」


「うん、そーだよ。もう彌亜、公園に行くから一緒に来る?」


と、今にも走り出して行ってしまいそうなので、先刻から自分がこのクソ餓鬼の首根っこを掴んでいる。


曖寿は力が弱いから仕方がないとして、何で諮梛じゃないのだろうか。諮梛曰く『子供は俺みたいなのが、一番対応しずらいと思うんだよね。だから清、よろしく』ということらしい。ふざけてると思う。


「離してよー!」


とか言いながら、脛を蹴ってくるので高く持ち上げた。弁慶の泣き所。凄い痛い。


「良いじゃん、このお兄ちゃんが背負って連れてってくれるって。歩かなくてすむよ」


「何勝手に決めてんだ!」


「わー!やった!ありがとう!」


「俺は背負ってやるなんて一言も――――」


「肩車してくれるって」


「言ってねぇ!」


好き勝手に言いたい放題言う諮梛に、堪忍袋が切れそうだ。


「えー。お兄ちゃん肩車してくれないの?」


しょんぼりと俯く。


「うっ」


加えて潤んだ瞳。


「あー!やればいいんだろ!やれば!」


こうなったら肩車をせざる負えない。子供に泣かれるのは嫌いだ。


「やったー!ウソ泣きだったのに。彌亜すごーい」


こんの、クソ餓鬼。嵌めやがった。一瞬肩の上から振り落としてやろうかと考えたが、止めた。


下はコンクリートだ。絶対に怪我をするから危ない。


頭の上のクソ餓鬼に指示を受けながら、歩くこと十数分。そこそこ大きな公園に着いた。途中、不審な目で度々見られながらだけど…………。


「のーちゃーん!」


手を大きく振り、足をバタバタとさせる。


「今下ろすから、足をどうにかしろ!当たってんだよ!」


顔をしかめながら、その場に下ろす。片足が地面に付いた途端、走り出して行った。


公園に見えるのは、背の低い影。と言っても、彌亜みたいに三、四歳程の身長じゃない。少し上の七、八歳といったところだ。


「少し様子を見ましょう。清さん、一寸保護者役として見てきてください」


「何でまた俺なんだよ。てめぇが行けば良いだろ」


「駄目です。清さんが行って下さい。客観的に観たいので」


「なら諮梛が行けば良いじゃねぇか」


「却下。俺は子供に好かれないから」


自分勝手な!どいつもこいつも、餓鬼のお守りをさせやがって。人をなんだと思ってんだか。都合の良い、金の要らないお世話係じゃねぇんだよ。


溜め息を一つ付き、重い足取りで公園の二人の元へと向かう。


「こんにちわ!彌亜ちゃんを送ってきてくれて、ありがとうございます!」


向こうから寄ってきて、笑顔で挨拶と感謝の言葉を述べる。礼儀の有る子は好きだ。


「こんばんは。今は夜だぜ?」


「あっ!こんばんは。僕は埜畝(のせ)です」


愛想良く笑う埜畝という少年は、濃い茶色の髪をフワフワと浮かせ、礼儀正しくお辞儀した。


第一印象はとてつもなく好ましい。


「俺は清。よろしくな」


「はい!よろしくお願いします」


敬語も使えて、ここまで礼儀正しいと自然と笑顔になってしまう。


「ねぇ、何か彌亜の時と態度違くない?」


「俺は折り目正しい子が好きなんだよ。てめぇは真逆だな」


ピッと額を軽く人差し指で弾く。うっ、と小さく呻いて額を両手で押さえた。


「彌亜ちゃんはとっても良い子ですよ?」


「……まぁ悪い子ではねぇな。ところで、何して何時も遊んでんだ?」


そろそろ遊びに移る時だと思い、声を掛けた。


「色々だよ。今日はお兄ちゃん、鬼事(おにごっこ)の鬼やってよ!意地悪なお兄ちゃんには、スッゴくお似合い」


「このクソ餓鬼。始まって一秒で終わらしてやるからな?覚悟しとけよ」


こめかみの青筋がピクピクと痙攣する。口は最早ひきつって笑えない。というか、それこそ鬼になっているだろう。


「んじゃ、十秒数えるぞ」


いーち、にー、さーん、しー、と公園の端まで聴こえるように、目をつぶってゆっくりと数えた。


数え終わり、目を開ける。小さな影を二つ見つけた。宣言通り、小さい影の方に足を向けた。


「ちょ、待って待って!」


「待った無し」


それに早くも気付いた彌亜は、制止の声をあげるが問答無用に捕まえる。


「お兄ちゃん、顔怖い!!てか、大人気ない!」


「俺は何でも全力でやる性格(たち)なんだよ。最初に覚悟しろって言ったろ?」


「むー!」


頬を膨らませ、上目遣いで睨んでくるが怖くない。


両頬を掌で押し潰した。ブーと口から空気が漏れる。子供らしくて、これは可愛い。


「もう、こうしてやる!」


「あっ!こらてめぇ!離しやがれ!」


腕に抱き着かれ、走れない。だが、ズルズルと彌亜を引きずる。


「のーちゃん、今のうちに逃げて!」


「俺が超悪い奴で、お前が身を呈して仲間を守る勇者みたいな言い方すんなボケ!」


腕を振り回すと、尚いっそう力を強める。これではまるで、何処ぞの引っ付き虫だ。


「彌亜ちゃん楽しそう!僕もそれやりたい」


とかなんとか言いながら、埜畝が彌亜が抱き付いているのとは逆の腕にくっつく。


「お前ら放れろ!」


二人の餓鬼んちょを両腕にぶら下げて、グルグルと自転する。


振り落としてやろうと思ったのに、そうはならずに寧ろ喜ばせてしまっている始末だ。


二人の楽しそうな純真無垢な笑顔を見ていたら、何だか振り落とすのもういいか。という気になり、落ちない程度に腕を振り回した。


子供と遊ぶのは、割りと嫌いじゃない。


「はい、朝日が上ってきたみたいだし終わりな」


段々と周りが明るくなっているのに気付き、遊ぶのを止めにした。そろそろ家に帰る時間だ。


「彌亜、これを寝るときに布団の四隅に置いて下さい」


曖寿と諮梛が寄ってきて、彌亜に木札の様な物を渡している。そういえば、こいつ居たんだった。すっかり忘れていた。


「それじゃ、清さんは先に帰って寝てても良いですよ?」


「馬鹿。此処まで付き合わせておいて、そりゃねぇだろ。最後まで一応やってやんよ」


「そうですか?……それならお願いしますね」


曖寿の表情に眉を寄せる。今、微妙に困った様な顔をしたと感じたのだが、気のせいだっただろうか。もうそんな気配はない。


「清さんは亀梨さん宅に居てください。玄関先で立ってるだけでも良いです」


「俺、不審者じゃねぇか!」


「大丈夫ですよ。この薬使えば」


差し出して来たのは、青色の液体の入った瓶。得たいのしれない、見るからに怪しいやつ。


「飲んでください。人間には見えなくなります」


言われた通りに、青い液体を喉に流し込む。


「うっ!不味い!」


「そりゃ薬ですからね」


不味すぎる。生臭いというか、青臭いというか。苦いのか甘いのか、変な味だ。


これ以上文句を重ねた所で、意味が無いのは良く解っている。


「僕と諮梛さんは別行動で」


「おう。取り敢えず、気を付けろよ」


「はい、清さんも」


「清も馬鹿な事やらないようにね」


「うっせぇ。じゃあな」


一足先に帰った彌亜を追いかけ、亀梨宅に足を向ける。どうせ人間に見えないなら、彌亜を見張っとくか。


家の回りをぐるりと一周し、開いている窓を見つけた。開いていたのは二階の窓だが、問題無い。ひらりと屋根の上に飛び乗る。


足を掛け、入った室内は狭い畳の和室だった。そんなことより驚いた事がある。


「…………いきなり当たり」


入った部屋には彌亜が、スースーと大人しく寝ていた。寝付くの早!


邪気の無い寝顔からは、夜の小憎たらしさなど想像できない。





それから一刻が過ぎ、異変が起こった。


家の外から微かな甘い匂いが漂って来た。それと共に、鈴を転がすような軽い声。何かの歌なのか、微妙にリズムが有るものの歌詞はない。


それに呼応するかのように、彌亜が布団から出て立ち上がる。


「おい、彌亜!何処に行く気だ!待て!」


必死に止めるが、全く聴こえていない。部屋の外へ出ようと、襖の方へと歩いていく。驚く事に、彌亜は目を閉じていた。


「一体、どうなってやがんだよ!?」


困惑する自分を置いて、状況はどんどん進んでいく。


だが、彌亜の進行は直ぐに止まった。布団より二周り程の場所に、長方形の箱形の薄い壁が出来ている。それは緑色の透明色。


「これは…………曖寿の渡してた木札の効果か?」


良く分からないが、これで彌亜が何処かに行くことはなくなった。安堵の溜め息が溢れた。


今も尚、甘い香りと鈴のような声は部屋に届いている。この二つが原因なのだろう。


「彌亜、此処で待ってろ」


聴こえないとは知りながら、何となくそう言い残した。


彌亜はあの透明な壁に阻まれて、外に出ることはない。声の犯人を捕まえるため、窓から外へと飛び出した。





声は夜に居た公園の方から聴こえていた。


「此処か」


途端に甘い匂いが、鼻に付く。百合だ。だが、一方の声は聴こえなくなっていた。


「…………?」


木の奥の木陰には、三つの人影が存在した。あんなところで、何をしているのか。


犯人という可能性は、限りなく高い。


「やっぱりでしたか。何のためにこんな、下らないことをやるんですか?――――――――――埜畝さん」


今、なんつった?聴こえてきた声は、毎日聞き慣れた曖寿のものだった。


「曖寿!てめぇ、何言ってんだ!」


直ぐさま駆け寄り、曖寿の胸ぐらを掴む。


「止めなよ清。胸ぐらを掴むのは、曖寿じゃなくてそっちの埜畝君の方」


「ふざけんじゃねぇ!何で犯人が埜畝何だよ!」


諮梛に曖寿の言ったことは、間違いだったと言ってほしかった。だけど違った。嘘じゃなかった。言葉よりも諮梛の顔が、曖寿の顔が物語っていた。


悲しそうな、困った様な表情(かお)をしている。それを見たら、もう口を閉ざすしかない。手を力無く落とした。


「ねぇ~もう喋って良い?さっき、下らないことって言ったけど、ボクの何が分かるの?」


夜に遊んでんいた時と変わらない、無邪気な笑顔。


「そうですね。これは失礼しました。僕には貴方の感情的な愚かな行為なんて、理解しようとも思っていませんでした」


悲しげな、怒ったような表情で言い返す。


頭の中の血がドクドクと鳴る。拳を強く握り締めた。


抑えろ。駄目だ。曖寿の邪魔をしちゃいけない。


「ボクは彌亜ちゃんと一緒に居たいだけ。ボクのやってることの何がいけない?」


「では、疫病を入れるなんて事したのは何故ですか?」


ハッとなり、元来た道を引き返そうとしたが、諮梛が肩を掴んで止める。


「彌亜なら平気だから大丈夫だよ。疫病はとっくに止まったし、曖寿が作った壁がある。清が行ったところで、只の無駄足にしかならない」


腕を引かれて、元の位置に戻った。奥歯を噛む。ギリッと音がした。


「彌亜ちゃんがボクの事を頼ってくれるでしょ?」


強く心臓を突かれた感覚がした。頭が一瞬真っ白になる。気付いたときには、埜畝の糞野郎の胸ぐらを掴んで顔を殴っていた。


「ふざけんな!お前は彌亜の事好きなんだろ!友達なんだろ!何で分かんねぇんだよ!?」


彌亜がこの事を知ったら、きっと悲しむ。泣くかもしれない。感情的になりすぎて、涙が出てきそうになった。


「彌亜がお前の事話してる時、凄く嬉しそうな顔してた!世話になってる家の奴が、不幸になったって苦しそうな顔してたんだ!お前は彌亜の気持ちを考えたことがあんのかよ!」


何でよりによって、彌亜の友達が犯人何だよ。最悪の結果だ。出来ることなら信じたくない。


「安心して下さい。埜畝さんの為に、刑羅隊(けいらたい)を呼んでおきました。もうじき来るはずです」


刑羅隊とは、咎人を捕縛する妖の役人だ。その後龍王様の下で判決を行い、罰を下される。


「ボクには彌亜ちゃんしか居なかったんだ!彌亜ちゃんは可愛いし良い子だから、きっといっぱい友達が出来る。そうなったら、ボクは独りぼっちになっちゃう。そんなの嫌だ!だから彌亜ちゃんがずっと一緒に居てくれるように………………」


「そんなのお前の自分勝手な、馬鹿な理由だろ。自分が友達居ねぇからって、甘えてんじゃねぇよ。それに友達なら、彌亜はずっと一緒に居てくれてただろうぜ」


ドンと胸を押して、さっき来た刑羅隊に埜畝を渡す。


こんな苦々しい結末、在って欲しくはなかった。けど、これが現実。真実なのだ。幾ら目を逸らしたところで、何かが変わるなんて奇跡は起きない。だから結局受け入れるしかない。





煮え切らない気持ちを抱えたまま、店へと帰路に着いた。


「…………曖寿、諮梛。お前等最初から犯人判ってたろ」


玄関先で二人に尋ねる。声が思いの外低くなった。


「はい。彌亜の話を聞いたときには」


「何で。何で教えてくれなかったんだよ」


こんなの自分勝手だ。曖寿は勿論、諮梛だって直ぐに解ってたのに。解らなかった、馬鹿な自分が悪い。それは理解しているのに、どうも八つ当たりをしてしまう。そんな餓鬼みたいな自分が、堪らなく嫌だ。


「ごめん清。清は優しいから。知って一番傷付くのは、清だから」


「俺だけが傷付く訳じゃねぇだろ。お前等だって傷付いてんじゃねぇか。俺は別に優しくない」


他人への気遣いも録に出来ないのに、優しいなんていうのはおかしい。曖寿と諮梛の方が、よっぽど優しい。


「清さんは優しいです。僕と諮梛さんだけだったら、彌亜を見張ってるなんて事もしなかったし、埜畝さんにあんな怒ってあげたりしませんでした。他人のために行動出来る清さんは優しいです」


涙が滲む。二人には見られたくなくて、俯いたまま速足に居間に入った。只今も言えない。確実に声が震えてしまう。そんなのは嫌だった。


「彌亜が埜畝さんと遊ぶようになったのが、二月前と言っていたのでもしかしたらと思いました。それと家から居なくならなければというので。一月を準備期間とすると、一番怪しいのが埜畝さんでした」


申し訳なさそうに言われても困る。曖寿は、誰がどう見ても悪くない。


「…………埜畝さんと遊ばせて、様子を見るなんて真似してすみませんでした」


「…………………………その後、帰るようにいったのは何で?」


机に突っ伏して言った。曖寿の顔を見る勇気もない。


「せめてもの罪滅ぼしだと思って。とても身勝手ですね」


今思うと分かる。曖寿が祭りの日に使った金は、きっと彌亜と友達になるためだったんだろう。子供は菓子が好きだ。彌亜はその中でも、大分菓子好きなのだろう。


水臭い。言ってくれないなんて、水臭い。


「――――――けない」


「何ですか?清さん」


突っ伏したまま言ったので、篭って聴こえなかったのだ。顔を曖寿とは逆に向かせた。


「だから、情けねぇと思ったんだよ!お前等が言ってくれないって事は、それは俺にその資格がないからだ」


言ったそばから、何だか無性に惨めな気分になってきた。二人と一緒に肩を並べて歩けない。同じものを見たい。


「清、それは無い物ねだり。俺だって、清の明るいところとか羨ましい。だから皆一緒。でも、次からはちゃんと言うよ。親友だから」


諮梛の言葉が胸に染みる。ヒリヒリと痛むのに、何処かとても温かくて居心地が良い。


「今日はゆっくり休みましょう」


曖寿の決定で、今日はこの後愚痴大会になってしまった。


それでもそこに、笑顔が溢れたのは言うまでもない。


やっぱり三人は三人が好きだった。この楽しい時は、きっとまだまだ続く。


そうしてまた、夜が訪れるのだ。






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