一話目 客:迷子の人間
此処は神社のお祭りなのではないのだろうか。鳥居は在るし、お祭り特有の屋台も在るし、お囃子の音だって聴こえる。だからきっと、お祭りではあるのだろう。
「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!人気の目玉飴だよ!黒は勿論、青から緑。選り取りみどりだ!さあどうだどうだ!あっ、そこの坊主。一つどうだい?」
売っている物も屋台の者も、最早人外である。恐ろしさの余り、手が震え、鳥肌が立つ。脚もガクガクと揺れ、今にも腰を抜かしてしまいそうだ。
全身が青い化け物は、頭に蝙蝠の羽みたいなものが生えている。
「人間界でも人気の金魚すくいは如何だい?鯉もいるよー!」
肌の色が緑色の化け物と目が合い、数歩後ずさる。他の化け物と肩がぶつかり「おっと、悪いね」なんて言われたけど、それどころじゃない。
「赤い色なら、怖い夢。青い色なら望んだ未来が。黄色なら亡くなった人が出てくる夢。桃色なら、恋の夢。さあさあ、望んだ夢を見られる綿飴!お安くしとくよー!」
私はさっきまで彼氏とお祭りに来ていたのだ。家からは少し遠いが、大きな格式ある神社でやっていたお祭りに。
張り切って髪を編み込み、可愛らしいピンクの花の簪を挿した。金魚の柄に紺色の浴衣に合うように、化粧だって気合いを入れてした。
なのに、なのに。何故か私は化け物だらけのお祭りにいる。
彼氏の辰彦とりんご飴を食べて、金魚掬いをした。王冠型の指輪を買ってくれた。「うん、似合うね。」そう言って、照れ臭そうにその指輪を付けてくれた。
なのにどうして。
「彼の蛇神様の鱗で作った髪飾り!そこのお姉さん、きっと似合うよ。どう?買ってかない?」
声を掛けられて、声に成らない悲鳴をあげる。今度は目が七つもあった。
もう嫌。下駄で足が擦れて痛い。怖い。帰りたい。
不安と足の痛みで、涙が出てくる。私はどうなるんだろう。辰彦も心配してるはずだ。しかも、一生家に帰れないんだろうか。それどころか、周りに居る化け物に食べらるのかな。
「占いヨーヨーは如何かな?良く当たるよー!此方は自分の未来が映る魔鏡。限定十七個!買った買った!」
泣きたくて泣きたくて、私はお祭りの賑やかさとは外れた場所を目指していた。
「ひよこ掬いやらないかい!今から半刻の間はおまけで一匹付けるよ!」
「はあ~」
「次、溜息付いたら殺す」
そんな中お祭りにもかかわらず、退屈そうな不機嫌な声が聞こえた。お祭りなのに退屈、不機嫌といった声というのは些か不思議に思える。
思わずそちらに顔を向けた。
いた!居たのだ。二人の少年が。化け物じゃない少年が。
一人の金髪の少年は退屈そうに台に肘だけでなく、頭まで附けている。もう一人の黒髪の子はしっかりと椅子に座っているものの、けっして楽しそうではない。
二人に共通するのは、どちらもある程度整った容姿であるということ。
「んな事言ったってよー。暇じゃん。客も来ねぇし、店畳んじまおうぜ?」
先の金髪の少年が気怠げに呟く。対してもう片方の黒髪の少年は、なんとも辛辣な言葉を返す。
「客が来ないのは、君の態度が悪いからじゃない?」
「そんな訳有るかよ。何で祭りの日まで働かなきゃなんないわけ?やってられっかつうの。お前もそう思うだろ?」
「別に。俺は祭りは好きじゃないし、興味だって無いよ」
「はあ?何でだよ」
「目玉飴なんて見た目悪くて食べる気も起きないし、金魚すくいの金魚だって下の下の安物だから、狂暴なやつしかいないから指喰われるよ」
「本当に夢がねぇ野郎だな。つまんねぇの。綿飴は?」
「夢なんか見ずに、熟睡したい。だから要らない」
「じゃあ、ヨーヨーと魔鏡は?あと、蛇神様の鱗だっけ?」
「占いのヨーヨーね。俺、占い嫌い。魔鏡と蛇神様の鱗は作り物の贋だよ」
「分かってて買うのが楽しいんだろ?」
「そう?理解できないけど。でもひよこは欲しいかな」
なかなか声を掛けるタイミングが見つからない。
「は?!ひよこ程要らねぇだろうが!鳴き声は頭に響く位五月蝿いし、金魚なんかよりよっぽど狂暴だろ!指どころか、手まで持っていかれるは!怒んなきゃ可愛いけど!」
「ひよこを屈伏させて、良い子に育てるのが楽しいんじゃない。それに、大きくなれば食べられるし。一石二鳥」
「あのなぁ、ひよこっつうのは食料じゃなくて愛でるものなの。屈伏もいけないの!お前、つくづく変な奴だよな。疲れて来たぜ。何が楽しくて野郎と二人で店番なんだよ。どうせなら綺麗なお姉さんとかが良かった」
「綺麗なお姉さんの知り合いなんているの?」
「…………………………。」
「…………………………。」
「…………美雪姐さんとか?」
会話がやっと終わったのだと思い、声を掛けようと店に一歩踏み出した。だが、口を開く前にまた会話がはしまってしまった。
「無愛想だけどね」
「…………………………。」
「怖いけどね」
「…………………………。」
「良い意味の有名人じゃないしね」
「…………………………。」
「客なんか来ないと思うよ?」
「だよなぁ。そうなんだよなぁ。なら祭り行って、綺麗なお姉さんでもナンパしたいぜ」
「無理。綺麗なお姉さんなんて居ないから。その前に店番」
「堅てぇ事言うなって。一緒に行こうぜ。綺麗な浴衣来た美人のお姉さん居るかもしれねぇだろ?」
無理矢理肩を組む金髪の少年。それに対して、黒髪の少年は表情を変えない。
「女に興味は無い。それよりは俺はひよこが欲しいよ」
「わーたわーた。ついでにひよこ掬いも行こうぜ。な?それで良いだろ?だからさっさっと、店畳んじまおうぜ!」
その言葉にハッとして、慌てて声を張り上げた。
「あ、あの!」
「ん?何?何か用あんの?悪いけどもう店畳むから帰ってくんない」
「待って下さい!いっ、一体此処は何処なんでしょうか。おかしな事を言ってる自覚は有ります。そ、その……………。私には、ここの神社の屋台の人達が、ばっばっばけ……………………化け物に見えるんです!」
「おーい、何時からうちは迷子案内所に成ったんだよ。聞いてねぇぞ」
勇気を出して言ったが、返答は此までに経験したことが無い程冷たかった。
「そんな…………そんな言い方……………。」
途端に心細く成って、涙が溢れた。安心して弛んだ心は、厳しい言葉に酷く痛んだ。人前で泣くのなんて、恥ずかしくて嫌なのに止まらない。制御不能の機械みたいに。
「……ったく、面倒くせぇ。どうしろってんだよ」
「清が泣かせたんだから、責任取りなよ。俺はひよこ掬い行ってくるから」
「泣かせてねぇだろうが!こいつが勝手に泣いたんだろ!?」
二人にとって、自分は邪魔らしい。怖いからと言って、此処で引き下がる訳にはいかない。
「仕方ねぇなぁ。生年月日教えろ。それと此処に来る前の場所」
「えっ、えっと。は?」
いきなり何を言い出すのだろう?理解が追い付かなく、間抜けな声を上げてしまった。
「だから、生年月日と場所だつってんだろ!家に帰りたくないなら良いけどよ」
「ごっごめんなさい!9年です!6月2日の。居たのは、近所に在る神社で、確か八尾木神社って処だと思います」
「はいよ。此処の食い物は喰ってねぇな?」
「はい!食べてません」
なんとも気怠い声に、おもいっきり返事をする。嫌な顔をされたけど気にしない。
「こう見ると、本当に人間って忙しい生き物だね。疲れないの?」
今まで黙っていた黒髪の少年に、突拍子もない事を言われる。はっきり言って訳が分からない。
「さっきまで泣いてたのに、もう笑ってる。表情がコロコロ変わって忙しそう。顔が五月蝿いって言われない?」
「…………言われたこと有りませんけど?」
訝しげに返せば、ふーんと適当な応えが返ってきた。しかも、表情は全然変わらない。失礼な。眉根が次第に寄っていく。
彼氏の辰彦は、『表情がコロコロ変わって、見てて飽きないし、一緒にいて楽しいよ』と言ってくれた。だから余計に嫌な気分だ。
「おい、これで指切れ」
「え?無理です!無理です!何でですか!指なんかどうするんですか!?」
「阿保!誰が指切り落とせつったよ!要らねぇよ、んなもん。即座に燃やすわ!」
「なんだ。良かった。それならそうと行って下さい」
とんだ勘違いをしてしまった。いい歳して恥ずかしい。
「言わなくても普通分かるだろ!馬鹿!」
そんなに大声をあげなくたっていいのに。
「切って此処に垂らせ」
示されたのは、紙に書かれた円の中。その回りには、縦書き食べてで仮名文字が並んでいる。
蚯蚓か芋虫がのたくったみたいで、何て書いてあるのか読めない。
「ほい。これな。じゃ」
ポイっとぞんざいに投げられたのは、さっきの仮名文字の紙と小さな紙切れ。そして、これでお別れだと言うばかりの言葉。
「え?送ってくれるんじゃ…………」
「は?今渡した地図見ろよ。此処から近けぇだろ。さっさと行けよ。俺は忙しいんだよ」
「でもこの地図見方分からないんですけど」
東西南北しか書いてない。自分が東西南北何処に居るか分からないのに、どうしろと言うのだ。ついでに単位は『尺』。帰れない。
「だから二枚渡したろ?仮名の方が案内する。何だっけ?人間の機械仕掛けの乗り物。勝手に動く」
「…………車ですか?」
「それそれ」
機械仕掛けって、車の事をそんな風に言う人を初めて見た。
「要はカーナビだ。音声が付いてくる」
「そんな馬鹿な。ただの紙がどうやったらそんな高性能なカーナビに成るんですか。あり得ません」
「たく、五月蝿せぇ人間だな。いいから行けよ!」
少し前から思っていたけど、この二人どこか変だ。何故人間なんて言い方をするのだろう。
「何で貴方達は私の事を人間って言うんですか?変ですよね?」
言葉にするとやはり可笑しいと思う。今更ながら不安に成ってきた。
「帰れば分かるぜ。それとも帰んねぇで、聞きたいか?そこまでして」
少年の目が突然冷やかなものへと変わる。正直、凄く怖い。何がどう怖いのか不明だが、取り敢えず怖かった。
此処から先は聞いてはいけないのだろう。察して口を閉じる代わりに、首を左右に振った。
「じゃあ、これ見て帰ります。あ、ありがとうございました」
「一応言っとくぜ。そこ真っ直ぐ行って、階段下りろ。一回下まで全部下りたら、三十一段上がれ。そこがお前のもといた場所に繋がる。もう言わねぇぞ」
「はい!ありがとうございます!覚えました」
踵を返したら掛かった言葉。ぶっきらぼうで、気怠げで、無愛想な言い方だった。
異様な程に暖かく、優しく胸に届いた。嬉しかった。本の少しだけ頬が緩む。
二人に頭を下げて背を向けた。だんだんとお祭りの喧騒は聞こえなくなっていく。そして、大好きな人の自分を呼ぶ声がした。
ありがとう。迷子の自分を助けてくれて。
「やっと行ったか。疲れたぜ」
「あっそ。お疲れさま。ところで、気になってたんだけど聞いていい?」
「んだよ。文句なら聞かねぇぞ」
「忙しいって言ってたけど、何が忙しいの?」
「決まってんだろ?美人のお姉さんをナンパする。あと店の片付け。それから彼奴も探さなきゃなんねぇしな」
「だから美人のお姉さんは居ないって」
「探すんだよ。居なかったら仕方ねぇから、お前とひよこ掬いしする。そんで山で打ち上げ花火有るらしいから、行こうぜ」
「…………覚えてたんだ、ひよこ掬い。忘れてると思ってた」
「忘れねぇよ。ほら、行こうぜ?ボヤボヤしてると祭りも終わっちまうぜ」
二人の間を黒い蝶が舞って行く。
暖かな光と、明るいお囃子が二人を祭りの喧騒へと誘った。