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小宇宙小旅行

作者: 東条 合歓

ハンドメイド作家「星羅堂」様の作品「小宇宙~太陽系~ ペーパーウェイト」をモチーフに書かせていただきました。

あの素敵な作品の雰囲気を出せたかどうかガクブルしていますが、あの作品を見てすぐ「こんな作品が書きたいな」と思ったので、あの、げんこつ一発で許してください…。

目を開けると、そこにあるのは見慣れた天井ではなかった。少女はゆっくりと瞬きをしながら上体を起こし、自分の体を見下ろす。最近お気に入りの白いブラウスと茶色のスカートはほんのりと柔軟剤の匂いがして、靴は履いておらずレースの靴下を履いていた。少女はスカートがめくれていたのを見つけて直しながら周囲を見回す。そして一言呟いた。

「…どこだ、ここ」

それは、彼女にとって初めて見る景色だった。紺色のような、深い青のような、黒のような、そんな色に染まった景色に果ては無い。きらきらと金銀の小さな光が輝いており、足元には金色の橋のような物がかかっている。その先はゆっくりとカーブし、赤い何かに遮られてどこまであるのかは分からなかった。

金色の橋のような物は一本だけではなく、少女が今座っている物の外側に距離を空けて並んでいる。少女が立ちあがって数えると、どうやら全部で七本あるようだった。橋同士の間の空間は、外側に行くにつれてその間隔は広くなっていた。ひょい、と下を覗くと、周囲と同じように深く濃い青が広がっている。何で支えられているのかは分からなかったが、金色の橋は全て同じ高さでかかっていた。

「んー、落ちたら大変そうだなぁ」

そう呟いて下を覗くのをやめ、周囲を見回す。空間に果てはなく、きらきらと光る小さな照明が数え切れないほどたくさん。そのほかにいくつか大きな球体があり、その色も大きさも様々だった。少女はそれを見てから、自分の立っている金色の橋の内側にある“それ”を見る。とても赤い、大きな球体。触れるが、それは少し温かかった。

少女はゆっくりと橋の上を歩き、球体を見て回る。そしてふと、小さな穴が開いていることに気が付いた。横に細長い長方形の穴の上には小さな丸い穴が開いており、少女は首をかしげてそれに触れようと手を伸ばした。

「こんにちわぁ」

「へぱぁ!」

すると、突然背後から声が聞こえた。少女は思わず変な声を上げて振り返る。そこに立っていたのは少女とほとんど身長の変わらない一人の少年だった。ふわふわとした色素の薄い髪は柔らかそうで、まるで女の子のように大きな目は青空のように気持ちのいい青だ。ブラウスは目が痛くならない程度に白く、赤いリボンタイが首元を飾っている。サスペンダーと七分丈のズボンは同じチェックの生地だった。少女とは違ってつま先の丸い革のブーツを履いている。袈裟懸けにしている大きな鞄も革で出来ているようだった。彼は少女と目が合うとにっこりと笑う。

「見ない顔だね、こんなところでどうしたの?」

「え…っと?」

どうしたのと言われても少女にはその答えが分からない。考えあぐねていると少年はその長考を何と捉えたのか、ぽん、と手を打った。そして片手を腰に当て、もう片手で自分の胸を叩くときらきらとした目で口を開く。

「初めまして、ボクはロビン。郵便配達人さ!」

「郵便、配達人?」

「そうだよ。今も配達中なんだ」

少年…ロビンはそう言ってカバンを前に持ってきて手を突っ込み、少しごそごそとしていたがすぐに一通の封筒を取り出した。それには現代では滅多に使われない蝋で封がされており、赤い獅子が刻印されている。ロビンは「ちょっとごめんね~」と言いながら球体に歩み寄り、細い長方形の穴にそれを入れる。郵便受けだったのか、と少女は少し納得した。確かにポストの穴とよく似ている。

「このポストはどこに繋がっているの?」

「ん? それはもちろん、この中だよ」

ロビンは少女の問いに笑って球体をこんこんと小突いた。少女はその言葉に周囲を見回すが、どこにも入り口らしきものは無い。入り口がないと言うのなら、この穴の奥に郵便物を届けても誰も取ることが出来ないではないか。それとも少女はまだ気づかない穴でもあるのだろうか。首を傾げながら、ロビンに問いかける。

「でも、入り口がないよ。どうやって取るの?」

「入り口は無いよ、出てくる必要がないからね」

「出てくる必要がない?」

もう一度尋ねると、ロビンは丸い穴を指さした。少女は球体に歩み寄り、橋から足が落ちないことを確認してから穴を覗く。すると、その奥に空間があるのが見えた。紅葉のような柔らかな赤は、絨毯だろうか。明るい中は相当広く、天井や壁はその穴からは見えなかった。穴から見える正面辺りに先ほどの封筒が落ちており、その前に一頭のライオンが座っている。見事な鬣があるので、雄なのだろう。頭に王冠を被ったライオンは手紙をその長い爪で引っかけるようにして寄せ、器用に開封していた。少女が穴から離れてロビンを見ると、彼はにっこりと笑う。

「ね?」

「ね? ……って言われても」

「彼は王様なんだよ。成功や勝利を願う人からいつも届く手紙を貰うだけだから、外に出なくてもいいし手紙を出さなくてもいいの」

すごいんだよ、とロビンは誇らしげに言った。少女はもう一度丸い穴を覗く。少し見る位置をずらすと、少しだけ壁が見えた。赤い紐がいくつも張られており、そこにはたくさんの便せんや封筒が留められている。ライオンは器用に先ほどの封筒の中身らしい便箋をその紐に留め、奥に向かって歩いていく。その奥にあるのは美しい玉座だった。

「ライオンは王様なんだ」

「そうだよ。とても明るい、皆を照らす存在。この場所の中心」

少女が覗くのを止めて言うと、ロビンは笑って言った。そして再び鞄を後ろにやり、両手を広げる。少しサイズがあっていないのか、袖口はその手を指の付け根ほどまで覆い隠していた。

「ねぇ、君がこれからどうするの? もし何もないなら一緒にお散歩しようよ」

「お散歩?」

「そう。ボクはこれから八か所にお手紙を配達しに行くんだけど、一人はつまんないんだ。だから、一緒に行かない?」

ロビンはそう言いながら一つ外側の橋へと移る。少し大きめの一歩で余裕の距離だ。少女は少し考える。この場所がどこだか分からないが、別に配達に付き合って散歩するくらいはいいだろう。「いいよ」と答えると少年は嬉しそうに笑った。

「ありがとう!じゃあ、行こう!」

少女が橋を移ってくると、少年はとても楽しそうに歩いた。少女は上を見上げながら歩く。どこまでも高い頭上に果てはなく、この空間はどこまでも続いているような気がした。少し歩くと橋のすぐよこに青色の球体があり、ロビンはその前でカバンの中身を探る。少女が追いつくと、その球体にも先ほどと同じような穴が二つあった。

「この中にも誰かいるの?」

「うん、いるよー。窓から見えるよ」

ロビンはそう言って中身を探しながら穴を指さした。少女は球体に寄り、穴を覗く。その中には赤紫の花が花瓶に飾られており、床にはたくさんのクッションや毛布が敷かれていた。少し年季の入ったそれに埋もれるように眠っているのは一匹の大型犬で、とても気持ちよさそうに眠っている。そこで一度覗くのを止めると、ロビンは鞄の中から小包を取り出して居た。それをぎゅむぎゅむと長方形の穴に押し込むと、穴は伸縮して小包を中に入れる。

「すごいね、それ……」

「何でも入るよー。ここのワンちゃんは皆を安心させるからね」

ロビンの答えは答えのようで答えのようではなかったが、少女はそれに軽く相槌を打った。ここへの郵便物はそれだけだったらしく、次に行こう、とロビンは歩き出す。少女がその少し後ろをついていくと、ロビンはくるりと振り返って尋ねた。

「此処に来るのは初めてなの? きょろきょろしてるね」

「うん、初めて。ここはどんな場所なの?」

「んー、世界の一つかな。そんなもんだよ」

「そんなもんなんだ」

「そうだよ。どこだってそうじゃないかなぁ」

彼は目を細めて笑う。どうやら、ここがどんな場所なのかという答えを求めても正確な答えはないらしい。本当にないのかロビンが知らないだけなのか少女には分からなかったが、少女はそれでいい、と小さく頷いた。何事にも答えを求めてしまうのは悪い癖だ。名前がない物だってたまにはいいだろう、と。顔を上げた少女はロビンに尋ねる。

「ロビンは、どうして郵便配達人をしているの?」

「もともと、届けるのが好きなんだ。それを受け取った人が嬉しかったらボクも嬉しい」

ロビンは少しだけ肩を竦め、照れ臭そうに笑った。「良い人なんだね」と少女が言うと、「そんなことないよ」とくすぐったそうに笑う。ロビンはその小柄な身長に似合わないほど大きなカバンを揺らしながら、ステップを踏むように金色の橋を歩いた。

「皆一人だけど、ボクが何かを届けたらそこで繋がるんだ。絆とか、信頼とか……そういうのって素敵だなぁと思うんだ」

「うん、素敵だ」

「でしょ? あ、ここにも届けないと」

ロビンはそう言って足を止めた。そこには目線の位置に金色の球体が浮かんでおり、丸い扉がある。ロビンがその扉の横にある小さなベルを鳴らすと、扉が開いて一匹のウサギが顔を覗かせた。その耳に引っかかるようにして小さな頭に乗っている花冠を見て、あれはキンセンカだったか、と少女はおぼろげな記憶を思い出しながら思う。ロビンはカバンから封筒を二通取り出し、そのウサギに渡した。ウサギはそれを口で受け取り、一度頭を引っ込めると次は別の封筒を咥えて戻ってきた。ロビンはそれを受け取る。

「これは…うん、ワンちゃんのところだね。受け取ったよ」

「宜しくね。あのわんこなら必ず返事を返してくれると思うから」

ウサギは小さな鼻をふんふんと鳴らしながら言う。ロビンはカバンにそれを仕舞いながら明るく笑った。

「ワンちゃんは律儀だもんね」

「えぇ、信頼のおける相手だわ。……ところで、そちらのお嬢さんは?」

ウサギは少女を見て首を傾げた。真っ白なウサギの目はルビーのように明るく輝いている。少女は話題を振られたという事でびくりと肩を震わせるが、ロビンはその肩をぽんぽんと叩いた。

「一緒にお散歩してるんだよー、いいでしょ」

「いいわねぇ。お嬢さん、夢は見ている?」

「ゆ、ゆめ?」

突然の質問に、少女は素っ頓狂な声を上げる。ウサギとロビンは一つ頷き、少女は少し考えた。特に将来の夢も決まっておらず、夢らしき夢もない。お嫁さんと答えるには大きすぎず、会社員と答えるほど現実主義なわけでもなかった。躊躇いながら口を開く。

「とりあえず、平穏無事に生きられればそれでいいかな」

「地味だけど素敵な夢じゃない」

「そうそう。いいことだー」

ウサギとロビンは顔を見合わせてにこにこと笑う。少女は少し視線をずらした。ウサギは鼻を鳴らしながら少し目を細め、小さな手を枠にかけてぺしぺしと叩く。

「あんまり仕事とお散歩の邪魔をしちゃいけないし、あたしはもう戻るわよ。お嬢さん、貴方に幸せな未来がありますように」

「あ、ありがとう…」

ウサギは頭を引っ込め、ロビンは扉を閉めた。そして少女を見てにこにこと笑う。

「ウサギさんがああ言ったってことは、君は幸せになれるよ」

「そうなの?」

「うん、ウサギさんだもん」

ロビンはそう言って一つ外側の橋へ飛び移る。先ほどよりもその距離は広かったが、そこまで大きなジャンプが必要なわけでもなかった。少女が来るとロビンはもう一つ外の橋に移ろうとしながら、左を指さした。

「あそこは最後だから、次はこっちね」

「あそこは何なの? どういう順番?」

少女はロビンのあとをついて橋を移りながら問いかける。ロビンは目の前にあるくすんだ赤色の球体に封筒を入れながら肩を竦めた。少し真面目な表情で言う。

「順番は、順番。間違えたら帰れなくなっちゃう」

「……どういうこと?」

「そういうこと。まだ知らなくってもいいんだよー」

ロビンはそう言って笑い、そしてまた歩き出した。少女はそれを追いながら球体の穴を一瞬だけ覗く。中にはスズランの花畑が広がっており、そこに見事な羽を持つクジャクがいた。ロビンはどんどん先に行ってしまう。少女は彼を追いながら、その言葉について考えた。

“まだ”知らなくてもいいのなら、いつかは知らなければいけないという事だ。しかし少女は今何も知らない。何かを知るとしたら、それは彼本人か、あるいは先ほどのウサギのように球体の中にいる誰かに聞くしかない。問いかけてみようか、と口を開くが、しかし何も発さずにそのまま口を閉じた。ロビンはふと少女を振り返し、歩きながら首を傾げる。

「ここについて、簡単にだけど教えてあげようか?」

「え、いいの?」

少女は少し驚く。ロビンは大きく頷いた。その笑顔に屈託は無いが、しかし何かしらの意図が見え隠れしているような気がして少女の胸に濁りが生まれる。それは疑いのようであり、それでいて不安だった。ロビンはそれに気付かず、前を向き直して言う。

「さっきの所にいるのはクジャクさん。あそこは王様の所みたいに出ていかない。出ていかなくても安定しているし、あそこにはずっとずっと続く夢の世界があるんだよ」

「夢の世界?」

「うん、そう。皆はうらやましがるけど、あそこに住んでるクジャクさんは大変だって言ってた。寝てる人に見せる夢をね、分けて風船に入れて、飛ばすんだ。世界の隅っこをちょっとだけ千切って、スズランの匂いをふりかけて」

綺麗だよ、とロビンは言った。少女はあの球体を振り返るが、風船が出てくる気配はない。風船がこの空間に飛んだら、それはどういった景色を見せるのだろうか。空に浮かんで見えなくなってしまうのか、それとも下に沈んでいってしまうのか。少女はこの空間に上下がないような気がしていた。なんとなくの感覚だが、そんな気がしていた。

「王様を中心に、皆がグルグル回ってる。ボクのお仕事はそれぞれを繋いで、色んなものを届けること。そうすればどこかが重たいわけでもなくなるし、どこかが軽くなりすぎる事もない」

「難しいね…」

「難しいよ、でも楽しい」

そう言って笑うロビンは本当に楽しそうで、少女もつられて少し笑った。やがて次の球体に着き、ロビンはそこに丸い包みを入れる。するとそれが引っ込む代わりに花が一輪出てきた。ロビンはそれを手に取り、少女に差し出す。

「君は自分に自信はある?」

「……ううんと、微妙なところ」

少女はそれを受け取りながら苦笑した。そして少しだけその質問を苦く思う。この空間で現実の事を思い出すのは、少し不快だった。ロビンは「そっかぁ」と笑って外側の橋へと飛び移る。大きくジャンプをすれば届く距離だが、少女は少し力をためて飛んだ。勢いを殺せずそのまま落ちそうになるところをロビンが止めてくれる。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして!」

ロビンは明るく笑って再び歩き出した。少女は歩きながら左を見る。橋の内側には先ほどまで歩いていた橋たちが見え、いくつかの球体も見えた。そうやって比べると最初の赤い球体…王様の住んでいるあの球体…は他の物より大きめであることが分かる。

「あのね、さっきの所にはニワトリさんが住んでるの。クジャクさんの夢の風船をその声で割って、朝を呼ぶんだ」

「風船が割れるから朝が来るんだ」

「そうだよ。朝が来るから割れるんじゃなくて、割れるから朝が来るんだ」

まるで言葉遊びのようだ、と少女は笑う。ロビンもその笑顔に嬉しそうに笑って、くるくると回りながら歩いた。くるり、くるり、と回る度にその髪とカバンが遠心力で揺れる。それはとても楽しそうだった。登下校ではしゃぐ小学生を見ているような微笑ましさを感じる。

「そのお花は、多分“自信もって”って意味なんだと思うよ。ニワトリさんの言葉は、ボクよく分からないけど」

「そう…じゃあ、あとでお礼言わないと」

少女が振り返りながら言うと、「今は駄目だなぁ」とロビンは苦笑した。どうしてか、と問痛げな少女を振り返り、肩を竦める。どうやらそれは彼の癖のようだった。

「今はニワトリさん寝てるよ。次に配達するころには起きてるだろうけど」

「そっか…じゃあ君に手紙を託すのは?」

「うーん…それくらいなら、大丈夫かなぁ」

ロビンは笑って前を向く。そして立ち止まったのは茶色の木目のような模様の入った球体だった。そこには細長い穴が二つあり、ロビンはカバンから取り出した封筒を丸く筒状にしてその片方に入れる。するともう片方の穴から同じように筒状にされた封筒が何通か続けて出てきて、ロビンはそれを慌てながら手に取った。

手が滑って落ちそうになったものを少女が拾い上げる。それにはライオンの所で見た赤い蝋があった。ロビンはお礼を言いながらそれを受け取り、真っ直ぐにしてカバンにしまう。少し荷物が減って小さくなっていたカバンはまた少し大きくなった。

「ここのヘビさんは仕事が早いから、いつもすぐ返事出してくれるんだよね」

「ヘビが住んでるんだ? 何かお仕事しているの?」

「うん、色んな事をしてる。他の人に出来ない事いっぱい」

ロビンはそう言ってまた笑みを浮かべた。それから外側の橋に飛ぼうとして、思い出したように少女を振り返る。そして向こうの橋を指さした。

「ここちょっと遠いけど、大丈夫? 運動得意?」

「全然大丈夫じゃない…」

見る限り、少女の全力では届かなさそうだった。助走が出来るのならぎりぎりかもしれないが、二人がぎりぎり並んで歩けない橋の幅ではそれも難しい。少女が苦笑すると、ロビンは「わかったー」と答えて少女と手を繋いだ。そして「せーの」という声と共に跳躍する。小柄な彼の力は思ったよりも強く、少女も軽く向こうの橋に移ることが出来た。すぐそこにあったのは淡い青色の球体で、ロビンは少女の手を離すとそこに三つほど小包を入れる。

「ここには誰が住んでるの?」

「ここには誰も住んでないんだよ」

ロビンはそう言って小さな窓を掌で示した。少女が小窓を覗くと、そこにはアザミの花畑が広がっている。そのあちこちにロビンが運んできただろう封筒や小包が落ちていた。だいぶ新しく見える物から汚れてしまっている物まで、たくさんの物がそこにあった。少女がロビンを見ると、彼は悲しそうな顔をして呟く。

「ここと隣の球体は繋がってるんだ。本当はもう一つあったんだけど、それはもうなくなっちゃって…ずっとここには何もいない」

「何もいないのに、届けているの?」

「うん。ここは独立した場所で、何処にも依存していない場所。どうやら思考は生まれてるみたいだけど、それ以上にはならなかったみたい」

少し残念そうに肩を竦めるロビンは、球体を優しく撫でた。少女はロビンの言葉にある一文を思い出し、口に出す。

「思考は花、言葉は蕾」

「…行動は、それに続く果実」

ロビンは続きを言い、にこりと笑う。その肩にかけたカバンにはもうほとんど入っていないのか、とても軽そうで薄かった。

「ボクたちが言葉を運んでも、花が咲くだけでまだ実はつかないんだ。きっとまだ、何かが足りないんだと思うんだけど」

「…それでも、ずっと運び続けるの?」

「うん」

ロビンは頷き、そして笑った。

「昔からそうしてきたんだ、ボクは。燃えてしまっても、焦げてしまっても、届けるのがお仕事だからね」

少女は、ロビンがなんなのか勘づき始めていた。しかしその答えは口にせず、「そう」とだけ相槌を打つ。ロビンは少女を見て、そしてにこりと笑った。

「じゃあ、最後の所に行こっか」

「うん」

ロビンに手を引かれて橋を渡って戻り、最後にたどり着いたのは水色と緑色の球体だった。その外見を少女は知っている。中に封筒を入れるロビンを見て、首をかしげて尋ねた。

「ここには何を届けたの?」

「ウサギさんからの“幸せ”だよ」

「一通しかないの?」

「ううん。中にはたくさんの欠片があって、それが散らばるんだ。一度で全員には届かないけど、でも何回もしてるから皆に届いてるよ」

ロビンはそう言って少女に向き直り、「おしまい」と言った。仕事の終わりであり、散歩の終わり。少女は少し寂しく感じた。この見慣れない空間をもっと歩いてみたかったし、それぞれの球体をもっと覗いていたかったし。心の中で思う事は多い。ふと二人の頭上を何かが通り、二人は同時に上を見上げた。そこには小さな輝きをたくさんつけた巨大なクジラがおり、ゆったりと頭上を泳いでいく。ロビンはそれを見上げて、にこりと笑った。

「神様だ」

「かみさま…?」

「そう。宇宙って広い海を泳ぐ神様。ボクたちにとっては空気でも、神様にとっては水なんだ。空気と水って一緒なんだよ、それぞれに住む誰かにとっては生きていくための空間で、住んでいない方はずっと長く居られない」

ロビンはそう言って笑う。この空間を満たしているのが空気なのか、それとも水なのか、少女には分からなかった。それは誰にでもわかるが誰にも分からない事なのだろう。住んでいる方にとっての普通はそうでない方にとって異常だ。誰かの常識が他人全てに通用しないように。それは当たり前のことなのだ。感じたのはようやく答えを見つけられた時のような、何かが軽くなるような感覚だった。

ぼんやりと神様を見上げる少女に、ロビンは言う。

「そろそろ戻ろう?」

「でも、どうやって戻るの?」

「知ってるはずだよ」

ロビンはにこりと笑う。少女はそれを聞いて球体を見た。それに触れ、ある一か所を押すと扉のように奥に開く。その向こうは眩しいほどに白く、少女は思わず目をつぶった。軽く背を押される感覚があり、足元から地面の感覚が消える。

「大丈夫、もう朝が来るよ」

薄れていく景色に、ロビンの声が聞こえるような気がした。




少女が目を開けると、ちゅんちゅんと小鳥の声が聞こえた。どうやら机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。固まってしまった腕や肩を回しながら、背中を伸ばす。時計を見るとちょうどいいくらいの時間で、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。机に片手をついてカーテンを開き、眩しい光に目を閉じた。既視感を感じる眩しさはまったく不快などではなく、むしろすっきりとした心地にさせる。椅子に座りなおした少女は、ふとその太陽光を浴びて一際輝く物に目を留めた。

紺色か深い青色か、そんな色をした半球のドーム。中央には赤い球体が浮かんでおり、その周囲に金色の輪といくつかの大小さまざまな球体が浮かんでいる。きらきらと太陽光を反射して輝くのは星のようだ。手に持つと少しずしりとした感覚が伝わる。それは冷たいが、よくその手に馴染んだ。

「メイ、朝ご飯出来たわよー」

そこで階下から母親が少女を呼ぶ声がした。少女はそれを置き、椅子から立ち上がって扉を開く。

「はぁい、母さん!」

トタトタと階段を降りて下に向かう。パンの焼ける良い匂いが鼻孔を擽り、少女は楽しそうに笑った。

窓の外では、コマドリが鳴いている。


閲覧ありがとうございました。

本物の作品は本当に見紛うほどの美しい小宇宙ですので、是非ご覧になってください。特に太陽光で撮影したお写真は美しいです。中に入って散歩したいです。

蛇足ですが、既に惑星から外れてしまった冥王星が私は個人的に好きだったので、最後にちょっとだけあがいてみました…。

一応それぞれの球体の中身に関しましては、球体に用いられた天然石の意味や効果からシンボルを調べたり一致する花を調べたりしてみました。調べて見てください。

では、閲覧ありがとうございました。


書くことを快く許可してくださった星羅堂様に愛を込めて。

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