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2-3

「死ぬ気で躱せ(Dodge bullets desperately)!」


 発言が英語に変わる。

 それを象徴するかのように撃たれる弾数も先とは比べものにならないほど増える。

 いや、変わったのはそれだけではない。何もかもが違う。

 武器は自動式拳銃から回転式拳銃へ。実弾から魔力弾へ。なにより、まとう雰囲気が暗殺者から殺戮者へと、禍々しく変じている。


「く……」


 ちせりは銛を操り、なんとか打ち落とす。時おり魔水を撃ち込み、銃を弾くが、次の瞬間には再召喚されている。

 下手に躱せば建物も結界ごと撃ち抜かれる。そうなれば逃げられるし、それ以上に外にいるアーミィズが危険に晒される。


 と言って鋼志の家でアスタロッテを攻撃したときのように全力を出せばダニエルが死ぬ。

 死なないかもしれないが、大振りの一撃はその後の隙が大きすぎる。下手に遠慮してしまえば死ぬのは自分だ。

 それに彼の召喚士としての腕を考えれば、なにが出てくるかわからない。

 銃を召喚する難しさは銛や魔水とは比べるべくもない。


 そもそも召喚には大別して二つ種類がある。

 契約召喚と使役召喚だ。


 契約召喚とは、鋼志がアスタロッテに対して行なったような、自分に手に負えない事態を解決するために、神仏や悪魔、精霊などを喚び出し、代価で以てそれを図る召喚だ。

 これは応用が効き、非常に強力である反面、喚び出すものによって厳格に手順が決まっており、時間がかかる。


 逆に単一用途でしか扱えないが、ほとんど時間をかけずに喚び出せるのが使役召喚だ。

 使役契約を結んだものを意志のみ、あるいは短い呪文で喚び出すそれは、召喚士としての基本技能でもある。

 だがその利便性ゆえに、あまりに複雑な非生命体や高度な知性を持つ生命体は、使役召喚として極端に難易度が増す。だから通常扱われるのは水や土など単純な無機物であり、昆虫に代表される下等生物だ。


 刀剣など、武器の類や、犬猫といった多少の知性を持つ動物ですら、使役召喚としては高度なものとなる。

 大量の部品で構成され、精密な機構を持つ銃など本来であれば論外なのだ。

 だがダニエルはそれを、魔法陣を用いた上とはいえ可能にしている。

 おそらくは契約召喚により、悪魔と取引をしたのだ。


「ヒャハハハハハハ!」


 哄笑を上げて撃ち続ける。底なしとも思えるほどの魔力量だ。


「人間にしては、だが」


 つぶやき、アスタロッテは戦況を考える。

 はっきり言って膠着状態だ。どちらかが動かない限りこのまま力尽きるまで続くだろう。

 そうなれば有利なのは人間でないちせりだが、ダニエルの様子がおかしい。明らかなハイペースで魔力弾を撃っている。このペースで続ければ最後には枯渇して死ぬだろう。

 つまり、ちせりはなんとかしてこの状況を打破せねばならない。だが打破する決め手に欠ける。結局、膠着する。


「手詰まりか」


 言って、違和感。

 そんなわけはない。


「なぜだ?」


 大事ななにかを――


反閇ヘンパイ、完了っと」


 ――思い出した。


 最後に床を踏み締める。美しい震脚だ。

 鋼志の歩いた場所が黒色に沈む。祭壇の裏からぐるりとダニエルの背後を通り、またぐるりと祭壇の裏へ。綺麗な円弧を足跡で描いている。

 歩法による結界術だ。


「ちーちゃん、下がって!」

「!?」


 一瞬驚き、すぐさま飛び退る。


ッ! 縛妖陣ッ!」


 描かれた円が黒く輝き、半球を形作る。その中にダニエルを呑み込んだ。


「よし、成功」


 その光景を見て鋼志がつぶやく。

 結果だけを見れば見事なものだが、実戦だと言うのに嬉しそうな顔をするところを見ると、成功率は低いのだろう。結界術は苦手だと言っていたが本当のようだ。

 実戦に堪えるほどではない、というのは謙遜だったが。いや、成功率も鑑みた結果なのだろう。結界は失敗すればただの線でしかない。


 一方でちせりの機嫌は最悪だった。ほんの一瞬であるが、婚約者に向けるべきでない憎悪の表情で――それは彼女がまさしく悪魔の血を継いでいるのだと証明するように激しく――鋼志を睨んでいた。


 そしてそれはある意味でアスタロッテも同様だった。

 感謝するかどうかは別にして――鋼志は異常だ。

 どこの世界に人間が――それも結界術や使役召喚もまともに扱えないような半端な魔術師が――限定制御を受けているとはいえ、〈弐銘節〉の悪魔の知覚、あるいは認識から抜けられるというのか。


 幾度目かの疑問を口にしようとし、それは黒い半球の異変によって阻まれた。

 ぐにゃりと歪み、中からなにかが突き破ろうともがいている。

 そして、一瞬静まり、半球の形状が取り戻されるや、射撃音とともに結界が一方向に引き伸ばされる。

 一度で不可と悟ると二度三度と繰り返し、四度目にして、限界まで引き伸ばされた風船が弾けるように、結界が破れた。

 中から現れたのは殺気を通り越して虚ろな狂気をはらんだダニエル・クライトン。そして。


「ショットガンドラゴン!?」


 驚愕はまたしてもちせり。彼女は良くも悪くも感情が豊かだ。それが戦闘に悪影響を与えないのは訓練の賜であり、才能であり、鋼志のお陰だろう。

 彼は貼りつけたような微笑をずっと崩していない。少なくともアスタロッテが気づいた範囲では、だが。

 動と静の究極のような二人だ。


「しかも制御が離れかけてるね」

「のんびりしている場合ではありませんわよ!」


 ちせりの言うようにショットガンドラゴンは名前の通り、低位ながら竜種に属する幻獣だ。

 前頭部分に筒状の角を持ち、そこから魔力弾を発射する。個体によって弾の種類が異なり、名前通りに散弾を撃つものから、砲弾まで種々に存在する。

 その威力は弾の種類に依存することはなく、今やって見せたように魔術を封殺する結界を突き破るほど。ダニエルの魔力弾の数十から百倍になる。


 つまり、すでに倉庫に張られた結界は無用の長物というわけだ。放っておけば島ごと沈むだろう。

 が、いかに竜種とはいえ低位すぎる。高位悪魔のアスタロッテの前では大人しくならざるを得ない。

 それゆえに彼女は自分の魔力密度を下げた。ショットガンドラゴンの魔力感知はそれほど優秀ではない。それだけでこの場にいても気づかれないだろう。

 そう思っていたが、結界を破ったショットガンドラゴンは動きを止めた。

 鋼志を見つめて。


「や」


 軽く右手を上げる。それだけで低位のドラゴンは竦んだ。


「傷つくなあ。痛いことなんてしないよ」


 話す言語は当然のように日本語だ。竜言語も存在し、知能のあまり高くない彼らにもなんとか通じるが、鋼志はそれを用いずに意思疎通を図ろうとしている。

 いや、図れている。


「契約召喚――使役召喚のほうが正確かな? で、喚ばれたのは知っているけどね? 帰れとは言わないから、ちょっと待っててほしいんだよ。交渉が決裂したら戦わなきゃいけないだろうし」


 そう言った瞬間に、ショットガンドラゴンが怯えたように見えたのは気のせいか。


「というわけで、初めましてダニエル・クライトンさん。退魔師連合の者です。名乗りは必要でしょうか?」

「結構アルヨ」


 ショットガンドラゴンが落ち着いたのに引っ張られるように、ダニエルもまた落ち着いていた。落ち着かされたというべきか。


「恐縮です。さて、本来でしたらあまり力に任せた交渉はしたくはなかったのですが、なにぶんこちらも準備不足でして。強引な方法を取らざるを得なかったこと、お許しください」

「それモ構わないアル」

「ありがとうございます。さて、早速ですが交渉です。今回のあなたの依頼、破棄することはできませんでしょうか。もちろん、あなたの信用を損なうようなことはいたしませんし、廃業しなくてはならなくなったとしても、次の職場は用意してあります。フリーであることにこだわりがある場合、この提案は意味がありませんが」

「こだわりガあるカラコソ、その心配ハ、ゴム用ネ。成功報酬シカ貰わないシ、細かい事情モ聞いテないカラ、逆恨みモないヨ」

「では、この場は収めていただけるのですね」

「ソウネ。お嬢チャン風ニ言えバ『参タ』ネ」

「それは助かります」


 恭しく礼をする。

 交渉相手を疑い、裏を読み、真意を図ることを常とする悪魔のアスタロッテが素直に『恭しい』と思うほどに、鋼志は真摯にダニエルに敬意を払っていた。

 これは彼女と交渉していたときもそうだ。彼は嘘をつかない。少なくとも交渉という場においては、高潔と言えるほどの真摯さで相手と向かい合う。

 さながら契約に恭順する悪魔のようだ。


「よかった。戦わずに済んだよ」


 ぎゅう、と甲高く鳴いて応える。ショットガンドラゴンも本当に安堵したようだ。


「そろそろ魔力ガきついカラ還すヨ」


 ショットガンドラゴンの周囲に光が集まり、彼を包み、そして消えた。あとに残ったのは虚空だけだ。


「しかし、いい腕されてますね。もったいない」

「格上ニ褒めラレタノハ久しぶりアルヨ」

「いや、格上じゃないですけど」

「なに言テルネ。ワタシあんな凄まじい悪魔、召喚できないアル」

「ああ、バレてましたか」

「初めハお嬢チャント契約してるト思タケドネ。ナンデ、キミガいるノカ不思議だタヨ。戦テ違うト気づいタアル。本命ハ、キミだタアルネ。ぜひ、あの隠身ヲ教えテもらいタイアル」

「それは私も興味があるな」

「ええ、わたくしも」


 女性二人が詰め寄る。


「ええー。普通の隠身術ですけど……」

「普通の隠身が悪魔の知覚から外れるわけがないだろう! 認識すらできなかったんだぞ!」

「そんなことより! わたくしからも隠れるとはどういう了見ですの!?」

「いや、他意はないんだけど……」

「そんなことありませんわ!」


 叫び。


「今まではただの一度もわたくしの前から消えたことなんてありませんのに! どうして!」


 ちせりのその激しい興奮――あるいは動揺――を受けて、アスタロッテは急速に冷めていった。確かに、ただの隠身で悪魔の認識から外れることは不可能であろうが、他の手段を講じれば、永続的には無理でも、瞬間的に意識の隙間を縫うことで、擬似的に知覚や認識の外に逃れることは不可能ではない。限定制御下にある上に魔力体、しかも相手は契約者だ。

 言い訳がましいが、鋼志はアスタロッテを、どういう手段か不明だが、召喚しているのだ。できても不思議ではない。


 不思議と言えば、ちせりのほうがよほど不思議だ。

 一体、なにが彼女をこれだけ駆り立てるのか。事態を静観していた佐藤が陰から出てきてさえ、ちせりは混乱を止める様子を見せない。どころか、今や涙を流して泣いている始末だ。

 その涙を隠すように少年は少女を抱きしめる。ちょうど、高白寺でちせりが鋼志にしていたように、頭をかき抱くように。違うのは、抱きしめられたほうの呼吸ができる点と、落ち着かせるように抱きしめた側が背中を緩やかに撫ぜている点だ。

 号泣が嗚咽混じりの啜り泣きに変わったのを見計らって口を開いた。


「ごめんね。カッコつけたかったんだよ。結界も召喚も上手くいかないけど、それ以外はなんとかなるようになってきたよって。ごめん」


 それから優しくキスをした。

 これが初めてでもなかろうに、ちせりは顔どころか首まで――いや、手までも朱に染めて照れた。あるいは驚きだったのだろうか。


「少し軽率だったね。勝手にいなくならないことは契約だったのに」

「契約ではありません……」


 赤い顔のままでささやく。


「約束ですわ」

「うん。約束だった。ごめん。破っちゃったね」

「いなくなったわけではありませんもの。破ってなどいませんわ」

「でも勝手に――」


 言い終える前に人差し指が口に添えられる。


「初めてでしたから混乱しただけですわ。ですからどうかもう謝らないで」

「うん。ありがとう」


 ぞわりと背筋になにかが走る。

 アスタロッテですらそうだったのだ。佐藤やダニエルはそれ以上に悶えている。

 だが、直接の対象だった、ちせりはそんなもので済むわけがなく、ほとんど気を失うように腰を抜かす。それをあわてて鋼志が抱きとめた。


「わ、わか……」


 馬鹿、という言葉はきちんと音をなさなかった。どころか、恍惚の表情で口にする言葉は、あるいはアスタロッテに匹敵にするのではないかというほどに艷めいている。

 当たり前だがちせりは望んでこんな表情をしているのではない。いや、望んだ言葉を得た結果であるから、当然の帰着かもしれないが。


 言葉に自分の感情を乗せる魔術――真言。催眠術のような効果を持つその魔術は、制御が難しく、また、その割に効果が薄い。その使い勝手の悪さから修得する者のほとんどいない魔術を少年は得意としているらしかった。

 それは意図しない相手に届かせるほどに強力で、意図した相手に意図する以上の効果を与えるほどに凶悪だった。

 戦闘に使えばよかったのではないか、とアスタロッテは思ったが黙っておいた。ひょっとしたら対ちせり用に特化しているのかもしれないとも思ったからだ。それくらいに的確な使われ方だった。

 機嫌を損ねた恋人を手早く誤魔化すのに甘言ほど効き目のあるものはないのだ。


「オー、ばかぷる、いうやつアルネ」

「あー言われてみればそうなのかもしれませんね」


 ダニエルの言い分に、二人とは付き合いが一番長い佐藤が答える。どうやら付き合いが長すぎて感覚が麻痺しているようだが。

 感覚が麻痺する程度には毎度こんな感じなのだろう。アスタロッテも呆れしか浮かばない。

 なんとか自分の足で立てるまでには回復したちせりを真剣なまなざしで見つめ、鋼志は、今度はいつもの調子で――言った。


「吐きそう……」

「ちょっ!?」


 今の今まで満ちていた甘ったるい雰囲気に胃液臭い酸味が帯びる。

 大の男二人もじりじりと後退し、ちせりは孤立無援となった。


「ど、どなたか袋を……!」


 少女の悲痛な叫びは少年の嘔吐と同時だった。


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