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2-2

「時間に正確であることは好感が持てますわ……ねッ!」


 背後に一閃! 金属の硬音と火薬の爆ぜる音が交差する。


 ――すでにいるのは当然だろう。


『いつからいました?』

「なんだ。気づいていなかったのか?」

『隊長に張り付いていましたよね。それがいつからかな、と』

「さて。私たちが到着した時点ですでにいたようだが」

『ですか。ていうか、これ、喋ったらマズいですかね』

「なぜ、ちせりのことを私に訊く?」

『いや、ぼくとしては仲良くやってほしいな、と』

「人が戦っている横でくっちゃべっているんじゃありませんわ!」


 怒声が建物を揺らす。梁を構成する金属の鈍い音がした。

 その怒声とともに放たれた突きがダニエルを捉え――ない。

 が、かかっていた隠身の魔術は解けた。

 現れたのはスーツに身を包んだ金髪碧眼の男。姿だけならちせりと兄妹と見えなくもない。

 呆れるくらいに放たれた殺気がそれを否定しているが。


「あの魔術は姿よりむしろ気配を隠すものだな。それも……」


 言いかけて口をつぐむ。二人は気づいているのだろうか。

 あの男のあの気配に。


「アイヤー。お嬢チャン、強いアルな!」

『なんでやねん!』


 ほとんど条件反射的に鋼志がツッコむ。

 結界から腕が出ないように、小さく、びしっと。


「あなたは聞いたほどではありませんわね、ダニエル・クライトン」

「アヤー。狙タ人以外殺すノ反則ネ」

「そう。ではこのまま捕まると良いですわ」


 繰り出すは刺突。的確に致命傷だけを狙うそれは三叉に別れた穂先と相俟ってダニエルの動きを極端に制限する。撃てるが狙えない、そんな状態だ。


『でも、暗殺だけかと思ったら近接戦闘もきちんとこなしていますね』

「銃使いとしては不必要なほどだな。そうなると殺せないちせりはやや不利か」

『殺す気満々の連撃ですけどね!』

「ンー……」


 ダニエルがつぶやき、一足で出口付近まで距離を取る。その間に左手にも銃を取り、構え、着地と同時に連射!

 二挺分三十発――初めにちせりの一撃を撃ち返しているので、正確には二十九発――をあっという間に撃ち切る。その瞬間には弾倉を落とし袖から装填、交換を完了する。


「ヤー、さすがニ全部防がれたノハ初めてアル」


 が、二十九発全てをちせりは銛一本で弾き落としていた。


「でしたら大人しく捕まってほしいものですわね」

「デモ、油断大敵ネ」


 応えるように、ちせりに防がれ叩き落された銃弾が輝き、魔術を発動、炸裂する!


「ほう。銃に魔術を込めるのではなく実弾に魔術を込める二段構えか。なかなか器用だ」

「それジャ、バイバイ、アル」


 その場で祭壇にいる対象の頭に照準、発砲。

 容易く祭壇の防御結界を破り、弾丸が正確に眉間を撃ち抜く。


「!?」


 驚いたのはダニエル・クライトンただ一人。

 仰向けに倒れた対象は倒れきることなく光と消える。アスタロッテが市ヶ原アーミィズを評価したのは偏にこの生霊を用いた偽物が秀逸だったからだ。ちせりの描く簡易結界と同水準の祭壇の出来など二の次だ。


「フェイク!?」


 ダニエルの声に反応したように辺りが発光する。

 建物を覆う結界は二つ。

 一つは魔力を感知しない人間を寄せつけないよう、目隠しのためのもの。これは本命を隠す囮でもある。

 もう一つが中にいる者を逃がさない捕縛用の結界で、こちらが周囲との魔力密度に差を作っていたのだ。たとえ難しくとも、それが魔力的なことであっても、人払いの結界が目立つなど三流の仕事だ。

 その三流仕事を囮にする工夫は褒めても良いかもしれない。むろん、どちらも隠し切るのが最上なのだが。


「油断大敵――ですわ」


 ちせりの召喚した水がダニエルを捕縛する。人間大の大きさの水玉。その中に閉じ込める。性質を変えてあるのか溺れないようだ。


「衣装が少し焦げてしまいましたわね」


 袖口を払いながら涼しげに言う。炸裂の瞬間に今ダニエルを捕らえている水を召喚、自分にまとわせて防御した。

 攻撃・防御・捕縛の三役をこなす使い勝手の良い術だ。物質の使役召喚としては最高位のものだろう。加減もしやすく、応用も利く。格下相手や制限の多い任務では重宝するのだろうが、それゆえに――脆い。


「ハッハッハッ! 本当ニ捕らえるつもりナラ丸腰ニしないトネ!」


 笑い、二挺の拳銃を並べて構える。銃口が光を放ち、新たな魔術の放出を予感させる。


「――〈イレイザー〉」

「!?」


 異常を感じたちせりが飛び退り、直後、大口径の光線が穿った。


「ヤヤ! 丸腰ニするノこれからだタカ!」


 溶け始めた銃を見つめダニエルが驚く。

 他方、自分の水を半分近く消し飛ばされたちせりも驚いていた。


「地球の水をベースにしているとはいえ魔水を消却されるとは……」


 蒸発ではなく消却。気体としてでも存在するのであれば凝結してしまえば良い。が、消え失せてしまえばそれもできない。もっとも、魔水ではなく水としては存在しているのだが、さすがにただの水を操作できるほどの力はないようだ。


 むしろヴァンパイアが魔水を召喚できることにアスタロッテは驚異を覚える。ヴァンパイアは程度の差こそあれ水を苦手とするからだ。弱い者であれば触れるだけで致命傷になる。

 いや、ヴァンパイアとしてだけでなく、ちせりは十七歳の悪魔として見ても異様に強い。混血であることや世界が違うことを鑑みても、むしろ平和な国で育ちながら、幼年で――人間で言えば生後数日程度だ――これだけ強い者はめったにいない。アスタロッテですらこの時期は誰かの庇護なしに外を歩けなかったのだから。


 環境や才能や努力もあろう。だがそれらの前提として真祖の血が優秀なのだ。

 誰なのか気になる。

 優秀とはいえただの人間を婚約者として迎えることを許す度量、第三世代の幼子にすらこれだけの力を与える血脈。

 ヴァンパイアの真祖は数多いとはいえ、それだけの傑物はめったにいるものではない――


「けれど、そちらに武器はなし。投降されては?」

「心配ゴム用!」


 ――そんな一瞬の思考の間にも事態は進む。


 ダニエルの足元が輝く。光源は――薬莢。


「そちらにも!?」


 込められた魔術は浄化そして解縛。見る間に魔水が水へと還っていき、ダニエルから滴り落ちる。


「副業レベルを越えていますわね。魔術戦なら余裕だと思いましたのに」

「アイヤー。それハ申し訳ナイヨ。ワタシモこんなニ苦戦したノハ久しぶりネ。本人ニモ会えないシ、……そういえば、本人ハどこヘやタカ?」

「さあ? わたくしは存じませんわ。仮死状態にして隠してあるらしいですけれど」

「アイヤー! もう死んでたアルカ」

「そうであれば手を引いてくださるのかしら?」

「ヤ。死んだノ確認するマデガお仕事ネ」

「困りましたわね。どちらも殺すわけには参りませんし。あなた、仕事に失敗したことはありまして?」

「基本的ニ強敵相手ニハ降伏しテルヨ。あとハ殺したあとデ生き返っタリネ」

「では、参ったを言わせれば良いのですね」

「そうアル。デモ、あまり言わないネ」

「言わせてみせますわ」

「言う前ニ逃げるヨ」


 言うと同時に後ろへ蹴った薬莢が壁にぶつかり硬音を上げる。解縛の魔術が発動し、結界に孔を開ける。

 後ろに目がついているかのように、開孔に合わせて跳び――一瞬で戻った結界に弾かれた。


「!!!!!」

「今もアーミィズが維持し続けていますから、その程度では抜けられませんわよ」


 アスタロッテにはそれがちせりの嘘だとわかる。魔水を還元するほどの魔術だ。もう一度されたら結界は解けるだろう。

 もっとも、ダニエル本人が肝心の薬莢から離れてしまっているが。


「しょうがないネ。お嬢チャン殺しテカラ逃げるアルヨ」


 余裕が消え、殺気の密度が増す。

 それに合わせるように足元に魔法陣が浮かぶ。六芒星を円で囲んだ標準的なもの。魔力光は赤茶色。

 ついに本性を現す。ヤツは――


「銃を召喚!? 人間が!?」


 ――召喚士だ。


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