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3-1

本日2話目です。

「覇ッ!」


 鋼志の声で目が覚めた。だから自分が眠っていたということに気づいて、驚いた。

 眠るつもりなど全くなかったからだ。実際、悪魔に睡眠は不要だ。生体構造的に眠ることができないようになっていると言ってもいい。

 それにも係わらず眠っていた。昔を夢見るほどに。

 つまり、鋼志の同調は生体的――物理的制限を破るほど深いということだ。


 そのくせ、寸法の単位や人口総数など具体的なことに関しては問題となるたびにいちいち同調している。単位で初めから同調している情報は時間くらいのものだ。

 この、内容によって異なる同調が自覚的になされているのであれば、鋼志はかなり微細な魔力制御ができることになる。


 同調とは文字通り、召喚士と悪魔との意識を同じになるように調える、いわば契約を取り付けるための根回しに当たるものなのだが、精神やそれに類するものに干渉する魔術は非常に取り扱いが難しい。

 そもそも悪魔は――それ以外のものであっても――召喚されればどこの世界であっても行くのだが、その世界は同一ではない。


 いや、『世界』という単語自体に幅がある――ありすぎる。

 自意識を中心とした周辺事情なのか、都市や国のことなのか、あるいは星、星系、もっと広く、宇宙、次元、本来ならば係われないような平行世界をも含むのか。

 それはその召喚士が係わる文明や文化によって大きく異なる。もちろん、悪魔のものとも。

 その溝を埋めるために、契約術式には召喚士の意識および無意識を召喚する対象に投射する機構が組み込まれている。


 これが上手く作用させられていないと悪魔やそれ以外のもの――神仏や精霊――も召喚に応えることはない。そうでなくては願いを叶えようがないからだ。

 それゆえにこの同調の機構は召喚術の根幹とも言え、さらには召喚術自体を難しくし、また召喚術式と契約術式の分離を困難にしている大元の原因でもある。

 だから、これを上手く扱えている鋼志が召喚を苦手としているならば、考えられる原因はもう一つのほうの術式――召喚術式にあるはずだ。

 だがこれを苦手とする者はほとんどいない。

 確かに空間それ自体に干渉することは精神干渉以上に難しいものであるが、多くの召喚は――特に悪魔召喚は――術式自体がそれを代行する。要は、術式に魔力を通すだけで自動的に空間干渉が行われるのだ。


 これは精神干渉ができる程度の魔術師であれば契約してもいい――いや、契約したいと思った悪魔側の技術提供の結果だ。

 後に応用され、神仏の召喚をも簡易にされたことは少々皮肉であるが――それはさておき。

 悪魔由来の術式は当然だが非常に汎用性が高く、扱いやすい。魔力があるだけの素人であっても使えるようになっているのだ。それを苦手とするなど普通ならば考えられない。


「ふむ」


 一つ息をつく。

 思考を切り替えねばならない。

 昨日一日付き合ってわかったことは、岩動鋼志という召喚士――いや魔術師は普通ではないということだ。

 それなりに永く生きているアスタロッテですら、出会った記憶のない異端さ。

 否。

 一人、方向性は違うが似たような男がいる。


 彼女の婚約者だ。

 彼は当代ベルゼハブ〈風王〉すら凌駕する力を持ちながら、魔王となることを固辞し続けている変わり者だ。魔王でない悪魔としては異常と言ってもいいが、最近はその態度が軟化している――むしろ、魔王位に対して意欲的ですらあるようだ。

 そういう意味では今や彼も普通の悪魔だ。


 一方、召喚を苦手としながらアスタロッテを召喚した鋼志は、彼とは逆で、だからこそおかしい。

 人間にしろ、悪魔にしろ、実力以上のことはできない。

 特に魔法――すなわち魔力の振る舞いをも組み込んだ物理法則――においては絶対にありえない。それが起きたということは計った実力のほうが間違っているのだ。

 ならば鋼志の実力は少なくとも、偶然にしろ〈弐銘節〉を召喚できるくらいでなくてはいけないはずなのだ。

 そんな人間が召喚術式で手こずる理由をアスタロッテには思いつかない。


「チセリの『通常の召喚は扱えない』という発言も気になるな」


 専用の召喚術式があるのだろうか。だとすれば彼の才能はむしろ悪魔並ということだが。


「覇ッ!」


 壁を通り抜けて声のほうへ向かう。浮いたまま眠っていたのでそのまま移動する。

 人間ならばはしたないと揶揄されるだろうが彼女は悪魔だ。その上今は魔力体でもある。

 もっとも、同じ悪魔であるはずのちせりは今もせっせと身支度を整えているから、そのあたりの判断は個々に依存する。育った世界の違いもあるだろう。


 先代も身だしなみはいい加減だったと、夢で見たせいか懐かしく思い出す。

 放っておくと巻き毛になる体質で、本人も気にしていたが、大抵は巻き毛だった。その気になれば魔術でなんとでもできただろうに、そうしなかったのは、もともと人と会うことは少ない上に、無精者だったからだ。

 その点で彼女は典型的な悪魔召喚士だった。

 一方で情に篤く、妙なところで律儀な性格でもあった。

 大恩ある国のためにと、己の生も死後さえも捧げて尽くすほどには。

 身内に悪魔がいるせいか、あるいは自身も未熟とはいえ悪魔召喚士であることに自覚があるせいか、名前とは裏腹に掴み所のない鋼志とは真逆とは言えないまでも、かなり違う。

 特に彼女は召喚のみならず、あらゆる魔術に秀でた万能の天才だった。


「覇ッ!」


 体術を駆使する鋼志とはその点で大きく違う。もちろん、先代が体術を扱わなかったのには理由があるのだが。


「………………」


 ほう、という感嘆の声は寸前で飲み込んだ。代わりに尻尾が鳴る。

 淀みなく振り上げられる拳、迷いなく振り下ろされる脚。滑らかに繰り出された一挙手一投足が一つの作用を生み、それらの作用は全て次の動作の予備動作となっている。

 それが途切れることなく延々と続く。

 套路。この世界では中国武術に分類される体術の一般的な練習法。攻撃や防御、歩き方や呼吸の仕方まで、武術における重大要素を総合的に盛り込んだ、連続的な体の動きで、その者の技術力が的確に表れる。

 複数の技を連携することで構成されているため、技同士のつながりを意識しやすく、効率のよい反復練習になると言われている。

 一方、演技者の技術が露骨に表れるので、師匠以外の人間には同門であっても見せない。見る者が見れば一瞬で実力を看破されるからだ。


 だが、鋼志が今見せている套路は、それを逆手に取った、脅迫とも言える代物だ。

 彼は、手捌きや、足運びを、寸分の狂いなく再現しているだけではなく、呼吸、視線はおろか、瞬きや鼓動といった不随意運動までも正確に再現している。

 なによりすごいのはそれらを反射的、自動的に行っているのではなく、頭の先から足の先まで徹底して意識的に動かしていることだ。

 はっきり言って――人間ができるようなことではない。

 どんな凡人が見てもすごいとわかる。

 達人に近づけば近づくだけ絶望は深まる――そんな、脅しを効かせるような、悪魔のような絶技だ。


「覇ッ!」


 最後は昨日も見せた震脚だった。足で叩くような踏み付けではなく、地面に置いた足をそのまま地中へ埋め込むような踏み締め。

 素直に美しいと思う。

 が――


「おはようございます」


 ――足元を濡らすほどの滝のような汗をかいて、眼鏡まで曇らせて、そのくせ微笑を浮かべているのはどうしても違和感が拭えない。


苦悶の表情のほうが収まりは良い。そんなものを見たいかどうかはさておき。


「おはよう。精が出るな」

「日課、です、よ」


 水を飲みつつ合間に答える。器用だ。


「……はぁ~。疲れる……」


 一息ついたあと、うなだれる。その様子だけを見ればごく普通の少年なのだが。


「まだ朝だぞ……」

「いや、昨日の夜練の疲れがいまいち取れなくてですね」

「チセリの相手までしていればそうだろうな」

「はい? なんのです?」

「? 同衾していたのだろう?」

「あ~……いえ、普通に寝るだけです。そんな体力残りません」


 無理無理と手を振る。


「………………」

「………………」

「意外……でもないか。子どもには違いない」

「間違っても本人に言わないでくださいよ。襲われるのぼくなんですから」

「役得だろう?」

「ぼくにだって理想のシチュエーションがあるんですよ」

「乙女か」

「童貞です」


 威張って言うことでもなかろうに。


「というかあなたのせいでもあるんですよ」

「疲れが取れないことか? それとも夜練が普段より厳しかったことか?」

「両方です。師匠が張り切っちゃって」


 アスタロッテの先読みにも動じず答える。やはり昨日のことからも鑑みるに、この程度のやり取りには慣れがあるようだ。

 もっとも、鋼志の先読みはほとんど読心に近いようだが。


「親心だろう。それにそっちはともかく、回復に私は関係ない気がするな」

「いや、緊張して早くに目が覚めたんですよ」

「一階と二階だぞ……」


 一階がアスタロッテに割り当てられた客室で、二階が二人の部屋だ。

 気配察知の範囲の広さに感心すると同時に、神経の細さにも呆れる。


「基本的にうちにお客さんは泊まらないですからね」

「まあ……そうだろうな」


 ちせりのせいだろうことは互いに言わない。


「さて、ぼくは高白寺まで行きますけど……ご一緒します?」

「そうだな。夜練は見られなかったのだし、朝練は見せてもらおうか」


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