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序文なので次話も本日中に投稿します。
空は血色、雲は蒼褪め、外には苔色の髑髏が山をなしている。
いや、最終決戦後の今や、山をなすのはそれだけではない。
一番多いのは死体。次いで剣、矢、槍、といった武器の類。他にも陣幕や幟、馬車の残骸や砲台の成れの果てなど、無事なものなどなに一つない。
この戦いを引き起こした張本人の少女ですら、虫の息だ。
それを悲しむでもなく、嘆くでもなく見つめる悪魔。
彼女の契約悪魔だ。
しかし、契約はもうすぐ終わる。一年ほどの付き合いだったが、感慨を覚える程度には親しく、また満足して契約を結べた。
彼女が相棒の悪魔で本当に良かった。
いつものように見上げながら、いつもと違う距離感でそう思う。距離が違うのは少女の体が地にあるから――倒れているからだ。
まさか大地に抱かれて死ねるとは思っていなかった彼女は、だから笑みを浮かべかけて、果たせなかった。体のどこも動かない。
死ぬのか。もう死んでいるのか。
かすかに目に映る、少女とおそろいの髪と肌の色。いつもまとっている黒衣が喪服に見えて少しだけ嬉しかった。
彼女にそんな意図はなくとも、自分を弔ってくれているようで。
禁忌である悪魔召喚に手を出し、両国間の戦争を止めるためとうそぶいて大量の絶望をばらまき、ついには悪鬼、悪魔――魔王と蔑まれ討たれた自分を悼んでくれているようで。
あるいは彼女と同じになれた少女を祝福しているのか。
どちらにしても嬉しく、そして申し訳なかった。
彼女は契約悪魔に自分の魂――契約における最上位の供物――を捧げることができない。
悪魔と契約するより前に誓いを立てたからだ。
死して後は世界を護る力となる、と。
この誓いは一度立てれば破棄できず、必ず遂行される。誓いというよりも呪いに近い。
悪魔の力を借りればあるいは破れたかもしれないが、少女はそれを望まなかった。また、悪魔も彼女の提案で良しとした。
つまり、この戦争で死んだ人間の魂を捧げるという提案を。
実際、悪魔の受け取った魂は有象無象のものとはいえ、少女単独の魂よりも魔力的には倍する価値があった。
それは同時にそれだけの数の人間たちが死んだということなのだが。
もっと方法があったはずだと今更ながらに少女は思う。
この世界の人間たちに対しても、契約した悪魔に対しても。
それでも――
地平の彼方で歓声が上がる。魔王討伐の第一報が届いたのだろう。
――なにかしらのことはできたように思う。
心残りがあるとすれば、契約悪魔に――アーシュになにも残せなかったこと。
だが、託すことはできた。
魔術師の行動は等価交換が原則。なにかを与えたならなにかを奪わねばならず、なにかを受けたならなにかを渡さなくてはならない。
なにも知らずにここへ来た彼には少し申し訳ないけれど――
風が吹いた。蝋燭の灯をそっと消すような優しい風。
――強者の務めと諦めてもらおう。
どうか。
どうか、世界に幸あらんことを。
稀代の魔術師、フリージア・リーフォルス・アハトッドはそう願い、この世を去った。