神様の振るう杖
むかしむかし、まだ神と人とが共に暮らしていた頃のこと。
ひとりの神様がぶらりぶらりと旅をしていました。
八百万の神々の中で原初の“ちから”を司る4柱のひとり、重さの神です。
“重さ”を司る割に見た目は円規のように細っこい青年の姿なので、旅先でちょくちょく出自を疑われるのが悩みのごく平凡な神様です。
もっとも、ひとたび彼が“下”だと定めた方向を変えてしまえば世界は崩壊待ったなしな程度には強い“ちから”を持っている神様です。実力隠し系の神様です。ほんとうは強いのです。
重さの神が旅をしているのには理由がありました。
信仰心が足りないことです。
元より、重さというのは目には見えないものです。しかも、土地神のようにご当地信者を持たない重さの神は年毎の祭事といった定期的な食事にありつくこともできません。
当然のように神殿も所有しておらず、詣でるとか祀るとかといった申し出を受けたことはありません。
ぼっちの神様なのです。本人は「べ、別にさみしくなんかねーし!」というノリを長年続けていましたが。
とはいえ、さすがに空腹に耐えかねたのと、姉に迷惑かけるのをライフワークにしていた癖にちゃっかり嫁さんゲットして土地神になった嵐と製鉄を司る友神から「旅はいいぞー」と自慢されたのが腹立ったので、信者と神殿をゲットするために一念発起したのでした。
ドサ回りは大事です。今までが営業努力が足りなかったのです。
さて、旅の身空にある重さの神はあるとき、道の真ん中で途方に暮れている老人を見つけました。
老人は道向こうにそびえ立った山を見上げて困り果てているようでした。
信者獲得チャンスです。内心の興奮を隠したまま、重さの神はさりげなく事情を聞くことにしました。
「いえね、あの山の神様がいずこの神様と背比べしたそうなんですが。勝ったと思ったら腹いせに山ごと蹴っ飛ばされたらしくて……。あのように道が塞がれてしまって村に帰れないのです」
「それは大変だな」
たしかに、山はばっちり道を寸断しています。
とても大きな山で、離れていても影がここまで届いています。よくみれば中腹あたりがぼこりと凹んでいることも老人の言を裏付けています。
土地持ちの癖して何て奴らだと僻みつつも、重さの神はこのチャンスを活かすことにしました。
「ならば、これから私があの山を砕いてみせよう。その代わり、貴方は私を信仰してください」
「そいつは構いませんが……」
老人はかしこまりながらも不安そうな目で重さの神を見上げました。
神は基本的に司る“ちから”と外見が一致します。
たとえば怪力の神は筋肉モリモリマッチョマンです。“ちから”と本人もとい本神は不可分の関係にあるのです。
その点、重さの神の見た目は強そうには見えません。実際、原初の“ちから”を司る4柱の中で重さの神は最も非力なのです。
しかし、重さの神も考えなしではありません。こんなこともあろうかと用意しているものがあったのです。
彼がついと片手を上げて、パチンと指を鳴らすと、空の彼方で何かがきらりと光りました。
次の瞬間、赤熱化した金属の棒が空から降ってきて目の前の山に着弾しました。
やや遅れて届いた巨大な破砕音と衝撃波が周囲一帯を舐めつくします。
口をあんぐり開けたまま吹き飛ぶ老人の襟首を掴んで支えながら重さの神は会心の笑みを浮かべました。
製鉄を司る友神に作って貰った金属の“杖”を、彼は空の彼方に浮かべておいたのでした。
あとは必要に応じて“重さ”をちょっと操作すれば、ほらこの通り。
なんということでしょう。道を塞いでいた大山は跡形もなく吹き飛び、あとには巨大なクレーターだけが残っています。
物理的に見晴らしのよくなった景観に重さの神はいたく満足したのでした。
その後、重さの神は恐怖に駆られて平伏する老人を宥め、改めて信仰の約束を取り付けました。
老人は涙ながらに約束し、脱兎のごとく駆け去っていきました。きっと早く家に帰りたかったのでしょう。
こうして、新たな信者を獲得した重さの神ですが、小さくなっていく老人の背を眺めていたその瞬間、頭の中を電気が走りました。
「これだ!!」と重さの神は閃きました。
自分の司る“ちから”は目に見えないがために信仰心を得ることが難しかったのです。
ですから、“重さ”が目に見えればいいのです。発想の逆転、卵を机に叩きつけて立たせるアレです。
重さの神は早速友神の元へ赴き、“重さ”を目に見えるようにする神具の開発を依頼しました。
暴れん坊ですが友情に篤い嵐と製鉄の神は快諾し、鍛冶の神や知恵の神を巻き込んで一大プロジェクトを発足させました。
端的に言って暇だったのです。
数年後、重さの神が待ち望んだ神具ができました。
上に乗った者の重さを数字で表わすことのできる神具です。これさえあれば誰でも重さを目で見ることができます。
全ての人が己に“重さ”が宿っていることを知れば、おのずと信仰心も集まるに違いないと重さの神は喜びました。
不幸にも最初の実験台に選ばれた友神の姉が速攻で引き籠ったのは不安材料ですが、だいたいいつものことなのでスルーしました。
まだ見ぬ信者と信仰心に想いを馳せながら、重さの神は大々的なお披露目の準備をします。
――体重計と名付けられたその神具を巡って、彼が世界の半分から追いかけられるのはもう少し先の話となります。