ココロワカツトリカゴ
「トリノトリカゴ」の双子が出逢う物語。
ナオは夢を見る。暖かい部屋で主人の膝の上、体のふわりとした毛をブラッシングされ微睡む夢だ。
冷たい風と、誰も居ない庭がナオを現実へと引き戻す。
首輪は少しキツくなって食い込んでいる。
悲しくて吠えると、「うるさい」と怒鳴られた。
ある日ナオは森の前まで連れてこられる。久しぶりの散歩に少々疲れたが嬉しいのかナオのふわりとした尻尾は喜びを示すように左右に揺れている。
飼い主が森に向かってナオのお気に入りのボールを投げた。
ナオは昔やったボール遊びだと思い夢中でボールを追い掛け、森に呑み込まれていった。
飼い主は全てを呑み込む深い闇のような森に恐怖し足早にその場を去った。
ボールを見失ったナオは自分の異変に気付く。
急に視界が高くなったのだ。上手く歩けずその場に倒れ、両手をついた。
「あれ?」
自分の前足が人間の手に変わっている。ナオは少し驚いたが振り向いてなにか納得したように立ち上がった。
振り返った先に道はなく、先程自分が入ってきた入り口も見えなかった。勿論飼い主も居ない。
ナオは噂で聞いていた森の中に居るのだと理解した。そして同時に自分が捨てられたということも分かっていた。
人の姿になり、首輪の大きさが合わず食い込んで苦しい。
その上餌もあまり食べていなかったため空腹も感じてきていた。
ふらつきながら慣れない二足歩行で歩き、大きな木にもたれかかりしゃがみ込んだ。
なにか暖かいものが首筋に触れる感触で目を覚ました。目の前には馬乗りになった兎の耳を黒髪から生やし、長い前髪で片目を隠した少年が牙を剥きだしていた。
「あ、生きてた?」
「生きてる」
「でも食べて良い?」
「だめ」
「食べたい」
目の前の兎は、兎の癖に犬であるナオを食べるつもりらしい。野生の世界では食う食われるは当たり前の事だがナオは首を傾げた。
それよりも食い込んだ首輪が痛む。
「じゃあ僕のお願い聞いて」
「そしたら食べていい」
「いいよ」
兎の少年はナオの名を聞くと自分をマオと名乗った。
「首輪を外してくれない」
「いいよ」
食い込んだ首輪は最早指先では外せない。ならば牙で引きちぎってもらうしかないだろうとナオは考えた。
マオは首輪に噛みつくと乱暴に引っ張りまわし食いちぎった。
首輪の呪縛から解放され、ナオは深く息を吸い込む。草の湿った匂いが体に入り清々しさすら感じていた。
「じゃあ食べて良い?」
「まだ」
「だめ?」
「僕がお腹いっぱいになったら良いよ?」
マオは笑って頷いた。
それからマオとナオは共に過ごしていた。
いつかの約束を果たすために。
「ナオは食いしん坊だ」
「なんで」
「いっぱい食べたのにまだお腹いっぱいにならない」
「ならないよ」
「なんで」
「なんでかな」
マオは少し拗ねたように、木の実にかじりついた。赤い汁が唇を濡らす。
それをじっと見ていたナオは、尻尾をぱたぱたと忙しなく左右に揺らしていた。
ある日、二人がいつものように人の姿になれなかった動物を追い掛けて遊んでいると、キツネがこう言った、
「二人は双子みたいだと」
マオは首を傾げる。
「フタゴ? なにそれ」
「双子っていうのは半分こするって意味だよ」
「半分こ?」
「悲しいも楽しいも美味しいも半分こするんだよ、心を半分あげるってことだよ」
マオは興味津々に頷いて話を聞いていた。だがそれが真実かどうかなんてマオには分からない。
「じゃあ双子になろ」
「そうだね」
「ボク等は双子」
「今から双子」
二人は唇を歪めて笑いあった。
それでもまだ約束は忘れていない。
「ナオお腹いっぱい?」
「まだまだ足りないよ」
「ボクの半分あげるよ」
「僕のもあげるよ」
マオは笑って、
「ナオを食べるとき、ボクも食べて良いよ」
「いいの?」
「だって半分こでしょ?」
二人は手を繋いだ。
今は三人になり双子は首を傾げる
「トリとも双子?」
「双子じゃないよ」
「トリはなに?」
「トリは特別だよ」
納得したように二人は頷いて、トリに抱き付いた。そんな二人を優しく抱きしめる。
依存を繰り返した歪んだ関係に、巻き込まれながらもトリは今日も明日も双子と生きる。
「ボク等は半分こ」
「でもトリは全部頂戴」
「中身も器も全部頂戴」
「だってトリは」
「特別だもんね」