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トリノトリカゴ

 深い深い森に住む愉快な双子の物語おはなし

 人の手の届かない人が入ることも触れることも許されない森。その森の奥深くには人の姿をした知性の高い動物達が暮らしていると言われている。

 しかし実際その姿を見た者は居ない。何故ならその森に迷い込んだら最後二度と帰っては来れないからだ。

 知性が高くなったとはいえ、未だ弱肉強食の動物世界。弱いものは強い者の血になり肉となる。

 そして、今も――。


「追いかけっこは終わりだぜ、ウサギちゃん」

 ニヤニヤと笑いながら森を牛耳り威張り腐っている狼が一匹のウサギを追い込む。ウサギはまん丸な瞳に涙を浮かべて震えるばかり。誰も助けてはくれない。皆災いが自分に降りかからぬよう見てみぬふりを決め込む。急によそよそしくなる森にウサギは見捨てられたのだ。

 絶体絶命のウサギ。狼が牙を剥き出し襲いかかろうとしたその時、森がざわめく。

「ウサギだ」

「ウサギだね」

「あれ、食べたい」

「美味しそう」

 イかれ双子のマオとナオがウサギに近寄る。

「おい、テメェ等!そいつは俺の獲物だぞ」

 狼がドスを利かせ吼えるが双子は不思議そうに首を傾げるだけ、まるで鏡に映したように同じ動きをとる二人は不気味で仕方ない。

「名前でも書いてある?」

「名前書いてないよね」

「君のウサギじゃないよね」

「じゃあ、僕等が貰ってもいいよね」

 森で有名なイかれ双子にはルールや決まり、常識は通用しない。狼ですらあまり関わりたくない厄介な相手だ。しかしこの狼は引かなかった。

「イかれ双子だかなんだか知らないが、横取りするって言うんだったら、テメェ等も食うだけだ!」

 狼が牙を剥き出し双子に襲い掛かる。しかし牙は獲物を捕らえられず空を切る狼が気付いた時には既に懐にマオが飛び込んでいた。


 殴り飛ばそうと腕を振るおうとするが――――。

 肘から下が無くなっていた。


 ナオが狼の腕を貪る。口に赤い汁をたっぷり滴らせ、ぐちゅりと音をたてながらその肉を骨を口に入れていく。狼が痛みを感じる暇もなく一瞬にしてナオは腕を食いちぎっていたのだ。

狼が唖然としているなか。懐に飛び込んだマオは大きく口を開き狼の喉を噛み千切る。

「う、あ……あああ! あが……っ……」

 もがく狼。笑う双子。そして赤い汁を噴き上げて狼は、動かなくなった。

「狼は硬くてマズいんだよね」

「肉無いしね」

 くるりと双子が振り向く。その視線の先には先程のウサギ。

 双子が近寄ってくるが、ウサギは腰を抜かし動けなずに居た。双子が手を伸ばした瞬間。

 大きな影が目の前を横切る。それは一瞬の出来事。声を出す暇すらなく、二人前からウサギは姿を消していた。

「鳥に取られた」

「…取られた」

「お腹減ったね」

「また探さないと、食糧を」

 双子の呟きは森に吸い込まれ、ゆらりと森の中双子の姿は消えていった。



****


 ざわざわ。

 ざわざわ。


 双子が消え、残された狼の亡骸の周りに狼が集まる。

「彼奴等、そろそろ消さなきゃなんねぇな……。森を支配するのは俺達狼だ」

 狼の長グレスの声に周りの狼達も応える。


「鬱陶しいハエは潰しちまえ」

 グレスが舌なめずりした瞬間、小枝が折れる音が響く。狼達が一斉に牙をむき音の方を警戒して見詰める。狼の視線のその先に白い兎を連れて飛んでいた鳥が見えた。グレスはニタァっと顔を歪ませ人の悪い笑みを浮かべる。

 森の決断だと誰かが呟いた。狩られる筈だった一つの命を助けたがために、彼は森の意志に背いたと見なされたのだ。そのために彼の運命は変わってしまった。

 グレスは森が自分の味方をしていると笑った。彼の笑い声は薄暗い森の中、不気味に響いていた。





 双子の隠れ家は森の一番奥にある大きな木。


青々した葉が沢山ついているこの森一番の木である。木には知性が低く、人の姿になれなかった鳥の巣もいくつかある森で一番の自然が豊かな場所。

 双子はいつでも自由だ。その思考は誰にも理解できない。

 大いなるこの森ですら理解できない。

 やがて森は決断するであろう。森の永遠の繁栄のため双子を排除する日を。

 太陽がすっかり昇りきったころ今日も餌を探しに双子が隠れ家から顔を出した。

「…なんか落ちてる」

「落ちてる」

 隠れ家の近く、何かが落ちていた。双子は興味を示して近寄っていく。倒れていたのは人の姿になった鳥だ。体中傷だらけだがまだ息をしている鳥が倒れていたのだ。双子は顔を合わせ、

「食べる?」

「でもこれ、肉が全然ついてない」

「怪我してるし不味そう」

 普段なら食べないのだが二人は昨日兎を逃した後、結局餌を見つけられず今とても空腹だった。

「そうだ!」

「どうしたのマオ」

「怪我を治して、沢山食べ物を食べさせて太らせてから食べよう」

「へえ、面白そう」

 兎のマオの提案により双子はニヤニヤ笑いながら、楽しそうに鳥の腕を掴み引きずり隠れ家の中へと連れ帰った。

 それから双子は拾ってきた鳥の怪我の手当てをし食事を与えた。

「いつ起きるかな」

「いつかな」

「美味しいといいね」

「美味しいといいね」

 横たわる鳥の顔を覗き込み双子が無邪気に笑う。それから数週間が経った。

「…………」

 ある日前触れもなく鳥は目を覚ます。長い前髪で目が見えないが確かに意識はある様子でむくりと起き上がりぽやーとしている。

「生きてる?」

「どう調子は?」

 双子の問い掛けに唇を開くも言葉は出ない。どうやら怪我を負ったショックで記憶を失い自分の事だけでなく話すことすらも出来なくなったようだ。しかしそれが双子には良かった。物静かに自分達の背後を付いて来る鳥をすっかり気に入ったようだ。

「あはは、トリは良い子だ」

「トリ?」

「その子の名前」

「僕等が名付け親だね」

「僕達が親鳥だ」

「鳥じゃないけど」

 双子がはしゃぎながら歩く。後ろをトリが静かについていく。双子がトリの周りではしゃぎ抱きつく。トリは双子を受け止めて微かに笑っている。いつしか双子は当初の目的を忘れてトリと色んな事をしていた。魚を捕まえ、木の実を採り、動物を捕まえ常に三人一緒に居た。長い間二人ぼっちだった双子。森には拒絶され他の動物には恐れられ広い森に二人きりだった双子の後ろを付いて来るトリはいつしか双子にとって無くてはならない存在になっていた。

 隠れ家で双子は今日もたくさん採ってきた木の実や、捕らえた他の動物達の肉などを食らいながらトリのそばで寛いでいた。トリは木の実を数粒口に入れている。

 双子より大きなトリに寄りかかり甘える双子。肌に触れ鼓動を感じれば生きていると実感し安心を得る。

「暖かい」

「なんで暖かいの」

「生きてるから?」

「生きてると暖かい?」

「ちょっと違う」

「トリだからだよ」

「トリだからだ」

「暖かい」

 トクントクン規則正しいトリの鼓動は双子の子守歌。幼い二人は満腹になりトリに寄りかかり、感じたこともない幸福感に包まれいつの間にか深く心地いい眠りについた。


 コツン……。

 コツン……コツン……。

 隠れ家の木に何かが当たる音にトリは不振に思い立ち上がる。

 トリには見えていなかったのだ隠れ家を囲む無数の金色の瞳に……。

 隠れ家から出た瞬間、突如として強い衝撃を受けトリの体が簡単に地面に倒れる。

「よう、鳥……お前すっかりあの双子のお気に入りになったらしいな」

 そこでトリは気付く。狼が群れで双子の隠れ家を囲んでいた事を。トリを地面に倒した狼、グレスが見下すようにニヤニヤしながら見ている。だが返事をしないトリを見てスッと笑みが消えた。


「お前、喋れなくなってんのか? まさか……記憶喪失って本当だったのか」

 グレスがトリを蹴り上げる、トリは小さく呻き地面に倒れたまま。

「折角お前を使ってよお、あの鬱陶しい双子を始末しようと思ったのによ!」

 グレスは容赦なくトリを蹴りつける。

「あの双子に取り入って、すっかり気を許した時にお前が毒でもなんでも盛って始末するって寸法だったのによお! この、役立たずが! 役立たずは今すぐ消え失せろ」

 グレスが牙を剥き出す、その時森がざわめいた。


 ざわざわ

 ざわざわ……。

 狼達の群れの中にいつの間にか二つの影がゆらりと現れる。それはまるで亡霊のよう。

「僕達のトリに何してるの?」

「何してるの?」

 狼達よりも体の小さな双子。だが二人が放つ異様な威圧感に狼達に緊張が走った。

 分かり難いが普段壊れ歪んだ笑みを浮かべてるだけの双子の表情が今は少し怒りの色を宿しているように見える。

 グレスはその小さな変化にニヤッと笑い双子を見据えた。夜の深い闇のなか金色の瞳がギラギラと妖しく光る。

「あははは! 双子が自らお出ましだぜ? ……まあ早い話しお前らを消すための茶番劇を用意したんだが……この使えない鳥野郎が記憶喪失だかなんだかで全部予定が狂っちまったからよ、……取り敢えずここでお前ら三人には仲良く消えてもらうってワケだ」

 グレスがわざとらしく大袈裟な身振り手振りつけながら話し、狼達の群れは一斉に牙を剥き出し獲物に狙いを定める。

「わざわざ死なない程度に痛めつけて、お前らの住処の前まで運んだっていうのによ」

「あ―、トリを取り返しにきたんだ」

「でもダメだよトリは僕達のだから」

 とぼけた返事にグレスのこめかみがひくひく動く。

 群れの数は軽く二十匹を超えているが双子はいつものように笑ったまま。グレスの合図で狼達が一斉に飛びかかるも簡単にはねのけ軽やかに狼の牙を交わす。空を切る狼の牙が他の狼に突き刺さり双子はただ避けるだけで狼達の方が自滅していく。

 この森に住む狼は群れを作ることはあっても普通の狼よりも知恵をつけたために団結力がない。今回は前々から邪魔だと感じていた双子を始末するという一つの目的に珍しく狼達の意見が一致し今に致もやはり狼は狼、団体で協力する事に慣れていない狼達は簡単に双子に掻き乱され仕舞には内輪もめを始める始末。

 それに比べ双子は言葉を発さずに互いの意志を読み取り動く。その動きは仮初めの双子とはいえやはり「双子」だった。

 今まで周りに興味を示さず、森の奥に隔離され奪うことしかして来なかったイかれ双子が、初めて興味を示し守ろうとする命。もう二人は以前の双子ではない。

 トリとの出逢いは仕組まれたものだがトリと出逢った事で双子は変わった。

 この混乱を少し離れた場所で見る狼のリーダー、グレスは口を歪ませる。グレスの視線の先には混乱に呑まれるトリ。すぐさま近寄りその腕を掴む。

「双子! それ以上抵抗するならコイツを食っちまうぞ」

 グレスの腕から逃げようともがくトリ。だがもがけばもがく程に爪が食い込み白い腕に赤い血が滲み、つたい落ちる。

 ポタ……ポタ……。

 途端、双子は動きを止めた。

「ギャハハハ! あんな鳥一匹の為にマジかよウケる」

 下品な狼達の笑い声。そして双子の片割れのマオが狼の一撃で吹っ飛んだ。体を強く木にぶつけ崩れ落ちる。それに群がる狼達。殴る蹴る、無抵抗の双子の体は無惨に跳ねて赤い血が滲み、強く打った場所は紫色に腫れているそれでも双子は抵抗しない。 二人の意識が途切れそうになる瞬間、深い闇の森がざわめく。

 狼達の動きがピタリと止まり互いに顔を見合わせる。

「なんだ?」

 急にその表情を変えた森に言いようのない不安がらしくもなく狼達を支配する。体がざわめき、本能が告げる警鐘が鳴り止まない。

 気付けば無数の赤い瞳が狼を囲み、頭上では黒い鳥の群れが羽ばたきの音を不気味にたてている。

「な、なんなんだ……うあああ!」

 空を舞う無数の鳥が突如として鋭い嘴を下に向け降ってきた。それはまるで黒い雨のよう。

 狼の手が緩んだ瞬間トリはその手から逃れぐったり倒れている双子に近寄る。

 トリは折れた筈の翼を必死に広げる。しかし翼の使い方を忘れたトリは飛べない。

 だがその時は本能のままその黒い雨から護るように大きな翼で双子を包んでいた。

「暖かい……」

「暖かいね……トリ」


 断末魔がいつの間にか消え、森は静寂を取り戻す。雨は止んだようだ。トリが立ち上がる。ふらふらしながらも双子も立ち上がった。

 狼の大半は地に臥せている。もう二度と起き上がる事はないだろう。

 森はその繁栄のため容赦なく森に害なすものを排除する。森が下した決断ははどうやらイかれ双子でも威張り狼でもなく、トリの護ろうとするものを森は見守ることにしたのだ。その答えがこの結末なのだろうか。地に伏せた狼も、へらへら笑う双子にもそれは分からない。ただ一つ言えるのは双子が森に与える影響力は未だ未知数だということ。


 赤い瞳が近寄る。その正体はいつかのウサギだった。

「あ、ウサギ」

「トリが奪ったウサギ」

「ええ、そこの鳥さんに助けられたウサギです……あの時の恩を返しに来ました」

 ウサギは頭を下げ僅かに笑みを浮かべる。しかし記憶を喪ったトリは覚えてないようだ、首を傾げていた。それでも命を救われた事に変わりはない。トリはウサギの手を取り笑った。


「鳥達に声をかけ、ウサギの仲間を呼んで狼を囲んだ…こんな事しか出来なかったけど役に立てたみたいですね」

 ウサギは嬉しそうに笑い、群れでその場を後にする。鳥達はいつの間にか飛び去っていた。

 森が徐々に明るくなって行く。

 永遠に続くように思えた夜が終わりを告げ森は朝を迎えようとしていた。

 いつもと変わらない調子の双子。ニヤニヤ笑いながら、

「もうウサギ食べれないや。……さあ、帰ろう」

「帰ろう、トリ」

 しかしトリは動けずにいた。

「気にしてる? 狼に仕組まれて出会った事を」

「気にしてる?」

 双子が首を傾げながら問い掛ける。長い前髪で片目がかくれた双子。覗く片方の目はまん丸で、無垢とも言える瞳でトリを見据える。

「気にしてもいいよ」

「良いけどダメ、離れる事は許さない」

 双子がトリの左右の腕を掴み口の端を吊り上げ笑う。

「ボク達がトリの」

「鳥かごだよ」

「だから離さない」

「もう離れる事を」

「許さない」

「さあ、帰ろう…僕等とりかごのもとへ」

「トリの帰る場所はもう、此処しかないんだから」

 それは歪んだ愛。籠の中の鳥は果たして幸せなのだろうか。

 深い愛に捕らわれた鳥は、狂おしい愛に自由を奪われ愛でられそして……。

 そして二度と自由に空を飛ぶ事はなかった。



end(12/02/04)



 静かな森のなか、大きな木の元にある双子の住処。

 どこからか聴こえる小鳥の歌声、聴き慣れた流れる水の音も双子にはいつもより優しく聴こえる。

「ねえトリ暖かいね」

「生きてるから?」

「違うよ」

 双子には分からない感情。

 だが確かに生まれた感情。

 トリが優しく頭を撫でれば素直に双子は微睡む。

 双子は自分達が鳥籠だと言った。だが本当に捕らわれているのは双子の方かも知れない。

 だがそれは誰も分からない事。

 穏やかな時がゆったりと流れていく。いつの間にかトリも寝息をたてていた。

 


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