紅の復讐劇
グロいかも?
茜色の日差しが、僕らを照らしている。足元から伸びる影が僕らを形どった。
夕暮れのこの時間の道は民家から漂うたくさんの匂いにみちていた。どれも美味しそうな料理の匂い。
今僕があるっている路地の家ではハンバーグの匂いがする。焼いた肉の独特の香りが鼻腔をくすぐった。
匂いを嗅いでいるとお腹が減ってくる。早くかえってご飯にしなきゃいけないと、空腹感が告げている。
友達と分かれ道で別れ、僕は小走りに家に急いだ。両親の待つ家に、僕は足早に戻っていった。
「ただいまぁ!」
アパートの扉を開けて第一声。僕の声が玄関に響く。だけど、全く返事が返ってこなかった。
この時間にはもう父さんも母さんもいるはずなんだけど、全くいる気配がしない。
「父さん…?母さん?」
恐る恐る、呼んでみる。やっぱり聞こえない。テレビの音も、生活の音も、何も。
暗いリビングが、やけに静かで、気味が悪い。僕はゆっくりとフローリングの廊下を歩いた。
ギィィィ。リビングと廊下を挟む木製の扉が、嫌に軋みをあげる。
そっと、リビングに踏み入れた。
―――ネチャリ。
粘りの弱い、生暖かい液体らしきものを踏んだ。
「うわぁ!?」
僕は驚きのあまり、尻餅をついた。
ブレザーのポケットを探り、携帯電話を取り出した。ディスプレイの明かりを頼りに、踏んだところを照らしてみる。
赤、緋、紅。
夕暮れの茜色にも負けない、それ以上に真っ赤な液体で、リビングの床が彩られていた。
血液。
僕は悟った、それが、誰かしらの血液であると。
壁を頼りに立ち上がり、リビングの電気をつけた。
明かりに目が慣れると、そこは血の海と化していた。
朝は、僕が出る前は、人として機能していた二人が、今では紅い液体を垂れ流す肉の塊になっている。
母さんの背中には、一本のナイフが突き立てられている。柄の部分まで血で汚れた両刃のナイフが突き立てられている。
血を踏んだとき、まだ生暖かかった。それは、殺されて間もないということを示しているのだろう。
なぜか、こんなときに限って僕は、冷静だった。
生暖かい液体で足が濡れる不快感さを気にもせず、僕は2つの死体に近付いた。生きてはいない。それが触れなくても見てとれるほどに、無惨に傷跡が残っている。
「誰だよ…、僕の日常…返せよ。」
涙は出ない。悲しいとも思えない。ただ美しかった日常を奪われて怒りが込み上げた。
ぼくはこわれてしまったのだろうか。
♂♀
あれから10年。僕は25歳になった。
体も心も成長して、大人になった。まぁ、ちょっと危ういところはあるけれど。
たった10年の間に、街もすっかり様変わりしてしまった。更地が広がっていた10年前とは打って変わって、あちこちには高いビルが建ち並ぶ。よくたった10年でここまで変わったもんだも感嘆の声が出る。
あのときの怒りを、憎しみを、屈辱を僕ひとときも忘れはしなかった。
僕には悲哀の感情が欠如しているらしい。あのとき僕は、一滴も涙をこぼさなかったどころか、悲しいとさえ思えなかった。
そしてそれは、社会人になった今でも変わっちゃいない。
この10年という長い、時間で僕は、あの事件の犯人を探った。たった一人で。
そのなかで、もっとも仕事のしやすい警察になりたかったけど、僕は探偵と言う道を選んだ。
警察なんて、糞の役にもたたないから、僕はあれを厭嫌する。
とうとう、今日、10年来の怨み辛みを晴らすときが来た。
同じ日に、殺してやる。
「さぁて、行きますか。」
探偵として集めた資料を燃やし、僕は立ち上がった。人気のない夕暮れの公園で、茜色の日差しが僕を照らした。
焼け焦げた燃え粕を尻目に、僕はヤツのマンションへと歩き出した。
10年前のあの日、僕は逃走する犯人の顔を見た。だけどその事を警察にはいわず、自分でそれを探したのだ。
その苦労も今日で報われる。
歩いて30分ほどくらいたった。やっとのことでヤツのマンションに到着した僕は、ヤツのマンションのインターホンを押した。
ピンポーンと機械音が響いた。
「はい。どちら様ですか?」
「こんばんわ、御届け物をもって参りました、サインと受け取りをお願いします。」
「あ、はい、ご苦労様です、少々お待ちください。」
息をつくように嘘を吐く。
僕はあらかじめ用意した段ボール箱をインターホン越しに掲げて見せた。
男の声がインターホンから垂れ流される。
ヤツは子供と妻の計三匹と共に暮らしていたはずだ。
そんな思考をしているうちに、扉が開いた。
「おまたせしまし、だっ!?」
ヤツの言葉が終わるより早く、僕は拳で顎を撃ち抜いた。
突然の出来事と、過剰な痛みにヤツは目を白黒させている。
「やぁ、僕を覚えてますか?皆崎さん。いや、知ってますか?知ってますよね?知ってないわけがない。」
僕は興奮のあまりことばをおかしくし
興奮のあまり言葉がおかしくなった。まぁ、そんなことはどうでもいい。
「来てあげましたよ。10年前のこと、忘れちゃいねぇよな?」
とりあえず僕は、皆崎が逃げられないように、こいつの家に引きずり入れ、ドアにチェーンをかけた。
「だ…誰だよ…知らねぇよ…」
「ぁ?知らない?んなわけねぇよ。お前が殺した夫婦の息子さぁ。なぁ、よかったな、捕まんなくて、ありがたいと思えよ?僕がお前を助けてやったんだ。お前が警察なんかに捕まらない様にさぁ。」
僕は皆崎の髪をつかんで、引き寄せた。満面の笑みで語ってやると、なにか思い出したように恐怖に顔を歪めた。
「いぃねぇ、その顔、恐怖に歪んでるよ、傑作だね。と、まぁ、あんたは後回しだ、先にあんたのガキと妻を殺ってやる。」
そういって僕は、皆崎の行動力を削ぐために、足と手にナイフを突き立てた、紅い液体がながれだす。そしてそのあとリビングへと向かった。
何気にいいとこにすんでるな。こいつ。
ティンバーのブーツを履いたまま、僕はリビングに踏み込んだ。
防音壁が仇になったのか、さっきのやり取りは全く聞こえなかったらしい。悲運なやつらだ。
リビングに入ると、二匹のガキと、皆崎の妻だろう女が表情を凍りつかせた。
そりゃそうか、見知らぬ男が土足で入り込んできてるんだから。
「あなた…誰…?」
女が恐る恐る聞いてきた。別に嘘を吐く必要もないので答えてやる。
「復讐者」
完結にそう述べる僕と対峙する三人は、全く動けないみたいだ。
一歩、踏み出した。
「こ、来ないで!」
怒声を浴びせられた。しかし止まる理由もない。歩みを止めずに近付いていくと、今度はリモコンが飛んできた。
「興奮しすぎだよ、オバサン」
そういって、細いながら肉付きのいい腰に右手を回し、左手で首を思いっきり捻ってやった。
―――ごきり。
鈍い音が室内に響く。中学生になったばかりのガキが、崩れ落ちていく母親の姿を唖然として見ている。
「あーぁ。皆崎があんなことしなきゃ、君たちは生き長らえたのになら、ホント、悲運だねぇ」
次に僕は、中学生のガキに手を伸ばした。
「近付くな!変態!人殺し!!」
変態て、僕は変態じゃない。
僕は黙らせるために一発腹を殴った。人間てのは痛みを与えられるとまるで借りてきた猫のように静かになる。
まるでそれを体現したかのように静かになったガキの頭を掴み、僕はその顔を覗き込んでやった。泣いている。可哀想に。
「じゃあな。向こうでお母さんと仲良くやれよ、あとからみんな行くって伝えといてやれ。」
僕は微笑みながら、少年の頸動脈に、光る刃を突き立てた。プシュ、と小気味いい音をたてて血が吹き出した。
「さぁて、次は君だ。可愛い君も、こうなるんだね。」
「やめて…おねがいっ!」
怯えて腰を抜かしたのだろう。さらには失禁している。汚いなぁ。
僕は垂れ流される汚液と紅い液体の混ざったものを踏み、少女に近付いた。
「恨むなら君のお父さんを恨みな。」
僕は少女を四つん這いにさせ、背中、腰、首を何度も突き刺した。最後にナイフを突き立て、引き抜くこともせず、玄関に向かった。
「あれ、いない。」
血の跡が、トイレに続いている。籠るつもりだろうか。さて、どうしようかと顎に手を当てる。まぁ、考える余地なんてないのだけれど。
当然僕は、何度もその扉を蹴って、壊してやった。
「おいおい、籠るなんて変なことすんなよなぁ。」
皆崎の襟首をつかんで、引き摺り出した僕は、用意したもう一本のナイフを腰から抜いた。
両刃の、殺すことに特化したナイフを右手に持って、刃筋を当ててやる。
「や…やめてくれぇ…」
泣き叫ぶその姿はとても滑稽だ。
「なぁ、このナイフ覚えてるか?覚えてるよな。覚えてないわけねぇよな。」
喉から笑いが漏れる。
僕が今突きつけてるナイフは、10年前にこいつが殺人に使用したモデルと同じモデルだった。
「お前が、僕の両親を殺したときのナイフだよ」
まず、一刺し、足の付け根に突き立てる。肉を裂く感触がいやに生々しい。
あふれでる血液が床を汚した。
皆崎は涙ながら悲鳴をあげている。うるさいな、僕は、ついつい喉を裂いてしまった。
「あ。ぁあ、楽しみが。ま、いいや。」
自己完結。僕のなかではこいつを殺すことが目的だから形式にこだわるつもりはない。当面の目的を達成したのだからよしとしよう。
僕はこの家の各所に備えられた火災報知機をすべて行動不能にしてやると、一番燃え盛りやすそうな寝室に、火のついたマッチを投げ入れた。
たちまち炎が燃え上がる。
僕はその揺らめく炎を眺めて、皆崎の家をあとにした。
紅蓮の炎が、そのマンションを飲み込んだ。
まるで地獄の業火にでもなったかのような炎が、茜色の空に伸びている。
僕の人生は、生きる意味はこれで終わりを告げたのだ。
だから言ってやるのだ。その今まで目的だった全てに。紅蓮に盛る炎に。
――――さような、僕の人生。
ワケわからないところもあったでしょうけどありがとうございました。