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物語の契機

 雪を踏む音。白く染まった見慣れた近所の道。最近は昔より世界が暗くなった気がする、と大げさな事を考えて、直ぐに節電で明かりのついている街灯が少なくなっているだけだと理屈をつける。

 

 黒いニットの帽子とちょっとしたブランドのマフラー。普段人前で着ることののなくなったダッフルコート。大き目のポケットからタバコを取り出し、立ち止まって火をつける。五ミリほど灰にして、白く長い息を吐き出す。冬の方がタバコは旨い。少なくとも、噎せ返る様な熱い夏の日よりは。


 当てもなく、冬の夜道をただ歩く。


 冬が好きになったのは、いつからだろうか。


 昔は輝かしく開放的な夏の日が待ち遠しかった。今は暗く閉じこもった冬を待ち望んでいる。


 昔は寒い冬が来るのが鬱陶しく感じた。今は暑い夏が来るのが憂鬱に感じる。


 タバコなんて吸わないと思っていた。


 フリーターやニートなんてテレビやネットの中だけだと思っていた。


 昔は温かい家庭が幸せの前提だと思っていた。今は個人の価値観こそが幸せの前提だと考えている。


 昔の自分は、こうして夜道をタバコを吸いながら歩くことに幸せを感じる人間だと思っていただろうか。


「……いつになく、感傷的な気がする」


 タバコを二つに折り、火も消さないまま雪道に投げ捨てる。


 悴んだ手をポケットに突っ込み、肩を竦め冷たい風をやり過ごしながら、足を動かす。


 坂道。この街は坂道が多い。雪に足を取られ体力を失い、タバコに犯された肺は歩いているだけでも軋み上げる。それでも荒れる呼吸に構うことなく、足を進めれば公園にたどり着く。


 櫛形公園、という色気の無い名前の公園。禄に整備もされず、遊具もなく、広場もなく、ただベンチと街を見下ろす景色があるだけ。ある日気になって調べれば、その形状から櫛形山と呼ばれ、そこに造った公園だから、櫛形公園と呼ぶらしい。


 朝は老人達がラジオ体操をし、そして朝日を拝む。反面、昼から夜にかけてほとんど人はこない。


 足を踏み出せば、降り積もった雪に靴が軽く埋まる。冬のここはブーツ必須である。


 雪に埋まる感触に少しだけ楽しく感じる。子供っぽい自分に頬が緩まる。


 石で出来たベンチの雪を手でサッと払う。タバコに火をつけ、ベンチに座ってボーッと街の景色を見る。

 

 特徴のない街だ。しいて言えば、坂道が多いことぐらい。今見ている街の様相も、夜景として十段階で評価すれば六点ぐらいだろうか。


 -――わたしは、結構好きだったけどな。


「……照れちゃったんだよ」


 二十歳の同窓会。一つの偶然は、一つの照れ隠しで簡単に流れてしまった。


 この場所は自分のものだという意識があった。


 この石のベンチも、景色も、錆付いたタバコの灰皿缶も、無造作に生い茂った草木も。


 自分一人のものだった。中学生から今まで、自分以外の人間を見たことが無い。


 『そう思っている人間がもう一人いたなんて』、思いもしないのだ。


 麻生沙希は夜中で、こちらは夕方がメインだっただけ。


 もちろんこちらも夜中に行ったこともあるが、出合った事は無い。


 両者とも毎日行くわけではない。一週間毎日行くこともあれば、三ヶ月まったく行かないことだってある。


「……ままならないよなぁ」


 ―――しょぼい景色だよ。なんて何故言ってしまったのか。今となってはよく思い出せない。思い出したくも無い。悲しそうに微笑む彼女の顔だけ、強く印象に残っている。


 こんなに大好きな場所で、大好きな景色だというのに。


 少し気になっていただけの女性の前で、簡単に揺らいでしまった。


 人づてに聞いた、結婚して、子供もいる話。


「もし、二十歳の時にうまく話していれば、あるいは、子供の時にここで出会っていれば」


 戻りたい。あの頃に。


 そして、漫画やドラマの様に、誰も来ない景色の見えるこの公園のベンチで、偶然出会い、そして愛を誓う。


 僕はまともな収入源を見つけていて、彼女を養い、子供を作り、そして順調に老いる。


 こんな性格ではなく、もっと現実に即したまともな性格で。


 人生は詰まらない。偶然もなく、愛を誓うこともなく。夏を好きだと思えず。こんな冬の道を歩くことが楽しいと思えるくらいに。


「このまま、寝て、起きれば」


 ベンチに寝転がる。空からは雪が舞い落ちてくる。


「きっと、これは空の欠片」


 クサイ台詞に口元が歪む。


 同級生が結婚し、子供を作っている。方や、フリーターで何も考えずに、ただ漫然と日々を過ごしている自分がいる。


 感情が少なく、物事に動揺しないと自己評価していたが、思いのほか自分はうろたえているのかもしれない。


 目を瞑ってみる。眠れるはずもない。


 しかし、このままこの場所で雪に埋もれて死ねれば、それは幸せなことではないだろうか。


 とても素晴らしい考えに思えてくる。


 今の自分に未練と後悔はある。しかし、今の自分の生きる世界に未練も後悔もない。


 アア、でも、もし死ぬのならどうせなら全部お金を使い切ってからの方が良いかもしれない。


 後は、どこかの掲示板に今から死ぬ、なんて書きこむのも面白いかもしれない。


 そういえば、何人かの友人にはきちんとメールを送るべきだろうか。あるいは、きちんと遺書を残したほうが良いのかもしれない。



 ―――そして気が付けば、本当に眠りについてしまうなんて。


 きちんと衣服を着込み、薬やアルコールを摂取したわけでもない人間が。


 いや、あるいは、そういうこともあるかもしれない。


 それは、少し不思議なこと。


 そして、不思議なこと。


 目が覚めれば、その時自分は赤ん坊になっているなんて、思いもしないのだ。


 

二作品目。一作品目も完結する見込みも無いというのに・・・・。


 二度目の人生系を書きたくなった。


 しかし、どうしても無駄にニッチな内容になりそう。


 絶対に神童パターンはやるつもりなのに、そうならない気がするのはなぜなのだろう。

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