紫
今見えている世界の色が正しいとは限らない。
鏡子は常日頃考えていた。
「自分」という存在の不確かさを。
流れる朱が一日の終わりを告げる。誰もいない教室で、鏡子は椅子に腰掛けていた。ただぼんやりと外を眺める。朱を写すレンズは蒼を帯び、やがて紫へと。
学生にとって、放課後で一日が終わる。いつも交わす、また明日の呪い。ここから逃れられない、逃さない。そんな呪いも交わさなければ意味がない。
来ることがない明日、それは「死」を意味するのではないのか?
鏡子は常日頃それを考えては紫になる。
「ねえ?紫の鏡って知ってる?」
終わりを告げる教室で、クラスメイトが口にしていた噂話。二十歳まで「紫の鏡」という単語を覚えていると死んでしまう。そんな怖くもなんともない噂。鏡子はその単語を思い出すたびに震えていた。
紫な自分。
不確かな自分。
そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。
友人に言われたことがある。
「紫って高貴な色なんだよ。冠位十二階、あれの最上位は紫だし、ローマ帝国皇帝の礼服も紫だったんだって。キリストが死んだ時も、紫の衣を纏っていたんだって」
最上とは、もう先がないことだ。即ち終わりなんだと、鏡子は考えた。
鏡子は席を立っていた。よろよろした足取りで向かう先は、女子トイレ。
化粧鏡を恐る恐る眺める鏡子の眼は、やはり紫だった。
他の色に染まった鏡子も存在してるんだと思うし、この作品を読んで下さったあなた自身も他の色がある、もしくはあったと思います。
機会があれば、他の色でも書いてみたいです。