第六話 日常その六
ランツァは、保健室から出た後、すぐに巨人と別れる。
「私は始業式のための仕事で忙しいからな。ウィリアムのことを頼んだぞ」
巨人はそう言って、そそくさとどこかへ行ってしまう。そんなことは彼にとってはどうでもいいことなのだが。
一人になったランツァは、寮に戻っても仕方ないと思い、また町へ出掛ける。
しかし、今は真昼。
すぐに出掛けてしまったことに後悔するランツァ。
だが、彼は思う。
(前みたいにもう財布は忘れていないから、アイスを食べるなり、一人カラオケに行くなり、何でもできる)
つまり、涼もうと思えば、涼めるということなのだ。
しかし、
(でも、流石に一人カラオケはきついな。寂しさを呼び寄せるだけだし……)
そんなことを考えながら歩いていると、どうなるかは何となくわかるだろう。
そう。人にぶつかったのだ。
「うわっ!」
互いにそんな声を思わず上げていた。
さらにある意味最悪なことに、その人はユースト高校の生徒。加えて、クラスメイトだった。
しかも、よりによって女の子とは……。長く伸ばした黒髪に、同色の瞳の女の子だ。
男として、ちょっとなんてものじゃないほどの、罪悪感に襲われる。
「っつ~」
もっと言うと、ランツァは倒れることすらなかったけど、その女子はぶつかったときに後ろに倒れて、お尻を地面につけていたのだった。
つまり、角度的にある物が見えるわけだ。
その女の子が穿いているのがズボンではなく、スカートならの話だが。
「…………」
そして、結果は予想通りスカート姿だった。夏休みでも制服を着て行動するという校則があるため、当然なのかもしれない。
「…………」
互いに沈黙だけが続いた。なぜかは定かではないが。
そして、彼女は立ち上がると同時に、顔を、ぐい、と近づける。
「ねえ、何か言うことないの?」
「ああ、ええっと……。悪かった、ごめん。ちょっと考えことをしてて……。言い訳なのはわかってるけど、ほんと、ごめん。次からは気を付けるから」
「そうじゃなくて」
と、彼女は続ける。
「見たでしょ?」
彼女は凄んでそう言った。
にも拘らず、素直に「はい、見ました」なんて言う奴はいないだろう。そんな奴は相当舐めている証拠だ。
言うまでもないが、彼は素直には答えず、無理矢理笑みを浮かべて言い訳をする。
「見たって何をだよ? つか、何でそんなに凄んでんだ? 意味わかんねえんだけど」
「……本当に見てないの?」
「だから、何を?」
「……馬鹿。見てないならいい。じゃあね」
「おい、待てよ」
思わず呼びかけてしまった。このまま何も言わなければ、話が簡単に終わっていただろうに。
「だから、何でそんなに怒ってんだ?」
わかりきっていることなのだが、そう質問するのが妥当だと思う。
妙な質問をしてしまえば、彼女に気付かれてしまうからだ。
「そうね。私が勘違いしていたみたいなんだけど、ようは、それこそが原因ってとこかしら」
ものすごく曖昧な答え。
だが、それも妥当だろう。
何しろ、はっきり答えられるようなことではないのだから。
「じゃあ、私忙しいから……。明日の始業式で……」
そう言うと、彼女はこの場を去って行く。
やっぱり、正直に謝った方がよかったのだろうか? などと、ランツァは思う。
その時、彼は知らなかった。
「悪魔」という名の存在を。
しかも、その「悪魔」が誰に襲いかかろうとしているのかを。