第百九十四話 終わりなき闘いに終止符を打つ
「俺に勝ち目はない」と「お前に勝ち目はない」
どちらも、ムレイの言葉だ。
明らかな矛盾。生死を賭けた勝負の行く末にあるのは、勝者と敗者だ。
にも拘らず、ムレイはなぜそんなことを言ったのか。
その答えを、すぐにムレイ自身が口にする。
「俺とお前の能力では、決着がつかないのはわかっているだろう?」
そう。
両者ともに、決して勝てないわけでも負けないわけでもない。ただ純粋に、闘い続けても終わらないのだ。
その原因は、ムレイの言った通り彼らの能力にある。
だからこそ、ロイドは収まりつつある土煙の中から姿を現し、
「仕方ねえな……」
とうとう折れた。
素直にソールの命に従うことにしたのだ。
ただし、
(実のなる木を折らねえってもの、悪くねえか……)
腹に一物抱えてはいるが。
その中身を知るのは、今はロイドだけだ。
「それじゃ、どうする? この小僧とあいつらを見逃してやるのか?」
あいつらというのは、未だ動けずにいるウィリアム達のこと。ロイドは彼らを指差しながらムレイに訊いていた。
「そうしろとのご命令だ。彼らを皆生きて帰還させる。それだけだ」
人間界に戻る方法も用意してあるとムレイは続け、人差し指で宙を切る。
すると、ぱっくりと空間が裂け、その中には赤き扉が存在していた。
ランツァ達がアザルドへ来る時に利用したものと同じ。
「ほらよ、さっさと帰れ小僧」
ロイドは強引にランツァを立ち上がらせた後、指をパチンと鳴らした。
フィンガースナップである。
同時に、ランツァは周囲の雰囲気が少し変わったような気がした。そしてさらに、
「お前ら……」
ウィリアム達が動けるようになっていたのだ。
そんな彼らを見て、ランツァは思わず涙を溢しそうになる。
「ん……?」
でも、ウィリアム達は何が何だかわからないといった様子だった。どうやら、今まで自分達がロイドに動けないようにされていたことを覚えていないらしい。それよりも、ロイドが見逃してくれることの方に驚いていた。
「……跡をつけたりしないよな?」
見逃してくれるとはいえ、ランツァは一切警戒を解かない。
そんな彼の質問に答えたのは、
「もちろんだ」
ムレイだった。
(なんか……敵に見送られるなんて、妙な気分だな)
そんなことをランツァは思いながら、仲間と共に赤き扉の向こうへ行こうとした、その時。
「おい」
またフィンガースナップを鳴らすロイドの呼ぶ声が、ランツァを振り向かせた。
後に、ランツァは振り向かなければよかったかもしれないと後悔することになる。
振り返ったランツァの目に映ったのは――
「またいつか殺り合える時を、楽しみにしてるぞ」
斬り落としたはずの右腕が完治しているを見せつけ、不敵に笑うロイドの姿だった。