第百八十九話 終焉
粉塵が舞っている中、牢屋から脱出することに成功したランツァ。
(落ち着け、落ち着け……)
そう自分自身に言い聞かせながら、ロイドが来るのを待っていた。
視覚が悪いこの状況では、頼れるのは聴覚のみである。
ランツァは目を閉じて、全神経を両耳に集中させる。
何一つ、聞き漏らすことのないよう。
(……………………)
妙だ。
先程から聞こえてくるのは、バクバクと緊張を伝えてくる己の心音だけだ。
ロイドは、一体何をしているのだ?
警戒しているため、ここに来ないだけなのか?
それとも――全てを見破っているのか?
そんなことをランツァが考えていた時だった。
「何の騒ぎだ?」
ロイドの声が聞こえてきたのだった。
聞こえてきた方向から察するに、ロイドはおそらく階段の所にいる。敵の居場所をランツァ達のみが把握できているという点は予定通り。これなら有利に行動できる。
だが、一つだけ問題がある。
気のせいか、ロイドは全く焦っていないように思えた。そう感じたのは、ロイドの口調が非常に落ち着いていたからである。
この点では、圧倒的にランツァが負けていた。
とはいえ、作戦を中止することなんてできるはずもなく。
取るべき手段は一つしか残されていない。
ランツァは右手に握る、刀身に赤い模様が刻み込まれた漆黒の大剣を構え、
(チャンスは、今しかない!)
ロイドがいるはずの階段まで一気に突っ込む。
ロイドの至近距離まで迫ることで、ランツァはロイドの姿を目で捉えることを可能にした。
迷いなく、ランツァの大剣がロイド目掛けて振り下ろされようとしていた。
その瞬間、何もかもが遅くなったようにランツァは感じた。
決して比喩ではない。己自身も、その範疇である。
(何が、起きて……?)
あまりの遅さに、異常であると気づくランツァ。
しかし、気づいたところで何もできないのが現実だった。
まるで、一秒に一ミリずつしか大剣が動いていないかのように感じる。
にも拘らず、頭の回転だけは通常通り。
(一体、どうしたっていうんだ……。舞っている粉塵すらも、固まっているように見えるし……。あいつらは、無事に逃げられたのかな……)
仲間の安否を確認したくて堪らないが、どうしようもない。
こんな状態では……。
そう思っていた矢先――
「フフフフ……」
ロイドの、不気味な笑い声が響き渡る。
「アーッハッハッハッハッハッハ!」
周囲の動きが鈍くなっている中で、唯一ロイドだけが普通に動いていた。
(まさか……!)
こんな状況に陥ってしまった原因は、全てロイドの仕業なのか?
だとすれば、万事休す。
「漸く、見えるようになってきたか」
ロイドのその言葉通り、舞っていた粉塵が収まりつつあった。
だがそれは、ランツァにとっては首を絞められるほど辛いことだった。
(ウィリアム、ガルメラ、ジェネス……!!)
仲間の全員が、階段の途中で全く動かなくなっていたのだ。
それを目の端で捉えていたランツァの心境を、ロイドは悟っていた。
「誰も、逃さねえよ!」
死の宣告そのものを、ランツァは突きつけられてしまった。
終わった。
もう、何もかもが終わりだ。
(すまない……キリエ、レリア、エレシス、アキ……)
アンゲルスで帰りを待ってくれている皆の顔が脳裏に浮かぶ。
他にも、今まで起きた出来事などが浮かび上がった。
これが、走馬灯なのだろうか。
(本当にここで死ぬのか、俺は……)
最後にもう一度、仲間の皆に別れを告げよう。
さようなら。