第百八十六話 囮
「さあて、どうするかな……」
独り言を呟くランツァの頭から、五分後にまた来るというロイドの言葉が離れなかった。
焦燥。
一言で表現するなら、そういうことだ。
アザルドに来ている理由を話さなければ、ロイドはランツァ達を殺すと言っていた。では、理由を全て打ち明けた場合はどうだろうか。
ロイドはその場合について、一切触れていない。
即ち、見逃してくれる保証はどこにもないということ。
素直に答えれば生き延びられるなどという甘い考えは捨てた方がいい。
ならば、最善の策は――
「ここから逃げるぞ」
それしか、ランツァには思い浮かばなかった。
「そうするしかない、か……」
ウィリアムもランツァと同じだった。
「闘って勝てる相手じゃねえからな」
王の底知れぬ強さを知っている悪魔の一人であるからこその、ガルメラの言葉。
そして、
「ロイドの能力は不明だ。慎重に行動すべきだろう」
落ち着いていこう、とジェネスが皆に促した。
「問題は、どうやって逃げるかなんだが……」
う~ん、と悩み続けるランツァに、ウィリアムが牢屋越しに一つ提案をする。
「やっぱりさ、まずはこの牢屋をぶっ壊すことから始まるんじゃねえの?」
だが、そんなことをしてしまえば破壊音によって、ロイドに脱走したことが伝わってしまう。
それを理解していながら愚かな手段を選ぶなど、言語道断。
何か他に方法があるはず……。
(――いや、待てよ?)
わざわざ他の手を考えなくても、既にあるではないか。
「よし、ウィリアムの案でいこう」
「え!?」
ランツァの言葉に対して、驚きの声を漏らす三人。
その中には、提案した本人であるウィリアムも含まれていたのだ。
「待て待て待て! 言い出したのは俺だけどさ、流石に素直すぎねえか? もうちょっと、こう……なんて言うか、敵の裏を掻いてだな……」
「わかってるさ。だから、逃げるために牢屋を壊すわけじゃなく――」
一呼吸おいて、ランツァがこの作戦の真意を口にする。
「ロイドを誘き出すために、牢屋を破壊する」
その時、なぜか嫌な予感がしたウィリアムは、声を荒らげてランツァに訊く。
「どういうことだ!? 奴を誘き出して、一体どうするつもりなんだ!?」
しかし、すぐにはランツァは答えず、
「あまり大声を出すな。奴に聞かれてしまったらどうする」
ロイドを誘き出す理由を、淡々と説明する。
「牢屋から出ようとすれば、ロイドに気づかれてしまう。でも、出なければ逃げられない。だったら、牢屋から出て、ロイドと闘うしかないじゃないか。ただし――」
そして――。
ウィリアムの予感は、的中した。
「俺一人で闘う」
彼の予感とは、ランツァが皆のために囮になるというものであった。