第十七話 後悔先に立たず
ランツァ、キリエはウィリアムを救うべく、悪魔の住む世界、アザルドへと向かう。その世界へ行くための手段として、キリエは赤い扉を作り出した。そして、彼らはその扉の中へ入ろうとする。
しかし、ランツァは中々入れずにいた。彼は、一番ウィリアムを助けたいと思っている者なのにも拘わらず、安易に入ることができずにいたのだ。
それは恐怖心からなのか。
何にしても、彼はキリエが扉の中へ入った瞬間、後悔した。自分から頼んだのにも拘わらず、彼は先に入らなかったのだから。
勝手にも程がある。
身の危険を感じれば、人に任せるなど、言語道断。まして、その相手が女の子であれば尚更だ。
こんなに彼は自分のことを罵っているのに、彼もその扉をくぐってみれば、彼女はそんなに気にしていない様子だった。
そして、その後で彼は見た。
この、アザルドという世界の風景を。
それは地獄と呼ぶに相応しい風景だった。真っ赤な空、ひび割れた地面、あちこちに黒く固まっている血……。植物は全くない。建物は無数にあったが、そのどれもが廃墟と呼ぶに相応しかった。
言うまでもないかもしれないが、人気は全くなかった。
漠然とした風景が無限に広がるのみ。
「何だこりゃ……」
彼の意識とは裏腹に、そんな感想を呟いていた。
「悪魔の世界よ」
漠然としている彼に、厳然たる事実を彼女は教えた。
そして、さらに彼女は続ける。
「私は結構強いから絶対に逸れないこと。彼を一刻も早く助けたい気持ちはわかるけど、それは、今は我慢して。勝手に行動されると私じゃなく、ランツァが困ることになるだろうから。理由は言うまでもないよね?」
「ああ……わかっている」
彼は正直、自分自身を抑えられるか心配だった。ウィリアムのために、勝手に何かをして、ウィリアムも自分も死んでしまうのではないかと……。
もちろん、彼女も例外ではない。彼女の力量は定かではないが、この世界で、たった一人では生きられないのは同じであろう。
悪魔が限りなくいるのであろうこの世界では。
「それにしても、酷い所だな。この世界は」
改めて彼は感想を述べた。
「確かにそうね」
彼女はその感想に賛同した。
でも、と彼女は続けた。
「正直、何度もここへ来ているから、もう見慣れちゃった。酷い所だとは思うけど、そんなに強くは、ね。私は一応これでも相当上の位をもっているから」
「アンゲルスっていう組織の中で?」
「そうよ。さっきは言ってなかったけど、アンゲルスっていうのは、天使の集まる組織のことなの」
「天使って、何だ?」
「…………」
沈黙。
それは、言葉を選んでいるようにも思えた。
「質問に質問で返すけど、彼はどうするの?」
ウィリアムのことだ。
ここでそれを言われると少し辛い。だけど、助けたいのも事実。なら、助ける、と返事をすればよいのかもしれないが、そう簡単には答えられない。
なぜなら、彼はまだ彼女を信用していないから。
天使と聞けば、誰もが味方であると思うかもしれない。だが、その思いは勘違いである可能性も秘めている。理由は言うまでもなく、その勘違いを利用した罠であるかもしれないからである。
彼女に限って……。クラスメイトなのに……。そのような考えは一切通用しない。
それ故、彼はこう答えた。
「気分を悪くしないでくれ。俺はまだキリエ、お前を信用しきっているわけじゃない。確かに俺はウィリアムを助けたいとは思っている。だけど、ようやく助けられたところで、裏切られても困る。だから、詳しく、そして早く教えてくれ。納得できなければ、無理だろうが何だろうが一人で行かせてもらう」
「…………」
沈黙。
しかし、今度は言葉を選んでいるのではなく、考えているのだろう。できるだけ、早く教えるために。
そう信じた。いや、信じたかった。
一人ではおそらく助けられない。だからこそ、キリエという仲間が欲しかった。知識のある、頼れる仲間が。
そして、彼女はあまり時間をかけずに答えた。
「わかった」
どうやら、彼の願いが叶ったようだった。そのせいだろう、彼は安堵のため息をつく。
いや、ひょっとすると、彼女が自分の発言に対して気分を害しているようには見えなかったからかもしれない。
いずれにしろ、急がなくてはならないのだが。
そして、彼女はこう説明した。
「まずはそうね、天使のことから話しましょう。天使というのは、悪魔を人間達から護るために特殊な力を振るう者のこと。その特殊な力というのは、あなたのもっている大小操作などのことよ。もちろん、悪魔達も似たような力をもっているけど。そして、どうやってその力を手に入れたのかというと、天使の場合は人々の正の感情から突如として誕生し、手に入れることになっているの。その力を手に入れる対象がウィリアムのような能力をもっていない者達。一方で悪魔の方はというと、天使の真逆の負の感情から生まれる。おそらく、そのせいで悪魔は人間達を襲ってるんだと思う。こんな感じかしら? まだ知りたいことがあれば教えるけど」
彼女はそう、彼に促した。
「…………」
ただ呆然と彼はそれを聞いていた。そして、彼はどこか不自然な点がないか慎重に考えてみた。
結果は、
「わかった」
彼は特に不自然な点があるとは思えなかった。いや、思いたくなかっただけなのかもしれない。
「天使が本当に人間を助けるために悪魔と闘っているんだってことは。だったら、あいつのこと助けてくれるんだよな?」
この彼の問いに彼女は、もちろん、と即答した。
「最初からそのつもりで言ってるんだから。同じクラスメイトとして、仲間として私も協力する。ただし」
と、彼女は釘を刺す。
「私が天使だってことは、内緒ね」
もちろん、彼にはそれを公にしても何の得もない。それどころか、皆に話したところで信じてもらえるかどうかもあやしいところだ。
故に彼はその言葉に従うことにした。
「ああ。内緒にする」
彼女はそれを聞いた時、にっこりとほほ笑みをくれた。
それを見た彼もほほ笑み返す。
それは仲間の絆。
二年からクラスが一緒になったため、それほど関わりをもたない二人だったが、いつしか、そういった絆が芽生えていた。
ランツァが悪魔と出遭ったからか。
もし、あの時、あの場所で挑発を受け流していたら、こんな目に遭うことはなかったのかもしれない。
こんな残酷な運命に。
だが、過去は過去。過ぎ去ったことをいつまでも悔やんではいられない。少しずつでいい。前に進むこと。それが大事なのだ。
助けを待っている、友のために。