第百七十三話 真実を知るために
ティナの城の最上階にある、薄暗い一室。
その部屋はとても広く、奥の方には階段があり、その先の最奥であり最も高い所に巨大な玉座がある。
人が座る物とは決して思えないほど、巨大な玉座が――。
しかし、その玉座に小さな人形が置いてあるかのように座っている者の姿が、階段の前にいるヴァルナスの目に入った。
黒髪を長めに伸ばし、瞳は髪と同色。漆黒のスーツに真っ白な手袋といった姿ではあるが、小柄で華奢な体つきであるため、十歳くらいの少年か少女に見える。
そんな容姿の者の名を、ヴァルナスが口にする。
「フレディ……」
「やぁ、ヴァルナス」
玉座からヴァルナスを見下すフレディ。
「ティナが王になったんだって? フレディがいない間に、いろいろ進んでたんだねぇ」
フレディは親指で自分自身を指しながら、そう言った。
フレディの一人称は私や俺ではなく、己の名前なのだ。
「ティナが王であることに、反対してんのか?」
ヴァルナスは思ったことを、そのままフレディに問いかけてみた。
フレディの態度から、ティナが王であることに反対しているのではないだろうか、と。
対するフレディは、まるで反対することが当然であるかのように返答する。
「ハッ! ここの城の主が、ディオス様以外に務まるかよ! あの方は、絶対に生きてんだよ!」
ディオス。
それは先代の王の名である。悪魔の中で最強と言われているアグウィスに殺されて、今は亡き者となっているが……。
それ故に、ヴァルナスは複雑な気持ちになっていた。
殺された先代の王を求めるフレディ。
だが、死者は絶対に蘇らない。それはフレディもわかっている。
だからこそ、フレディは先代の王が生きていると信じているのだ。
そんなこと、実際に王の死体があったのだから、ありえないのに。
でも、ヴァルナスもまた、先代の王には生きていてほしいと思っている。
現実と己の願望が真逆のものであるがために、ヴァルナスは複雑な感情を抱えているのだ。
「フレディ……」
本当に、先代の王が生きていたらどれだけ嬉しいだろうか。
だけど、どうしようもない現実を受け入れるしかない。
どんなに辛くても、俺達は俺達で、前に進む以外に道はないんだ。
「先代の王は、もういないんだ……」
憎しみを押し殺したようなヴァルナスの声が、響き渡ったその時。
フレディの目が刃の如く鋭く、細くなる。
「お前さ」
玉座から立ち上がりながら、フレディは話し続ける。
「あの方が、本当に殺されたって思ってんのか?」
抑えきれない、フレディの怒り。
ヴァルナスはフレディの逆鱗に触れてしまったのだ。
先代の王が生きていると信じているフレディに向かって、先代の王はもういないと言ってしまったが故に――。
「証明してやるよ」
フレディがそう呟いた直後、
「ぐはっ!」
ヴァルナスの視界にあったのは、城の天井だった。
フレディに押し倒されたのだ。その証拠に、フレディの右手がヴァルナスの首を掴んでいた。
何も、見えなかった。
反応する暇など決して与えず、実戦ならヴァルナスは既に殺されている。
「わかってんのか? このフレディよりも、あの方は遥かに強いんだ。なのに、一介の悪魔に殺されただって? ハッ、笑えないね。絶対にあの方は生きてるし、死体は何か理由があって、殺されたように見せかけてるだけなんだよ」
フレディはそう言って、ヴァルナスの首から手を離す。
「…………」
ヴァルナスは、何も言うことができなかった。
圧倒的なフレディの実力に畏怖してしまったからだ。
「アグウィスを探しても結局見つけられなかったから、殺されたように見せかけた理由は知らないけどさ……」
フレディの言う、殺されたように見せかけたのが真実なのかは定かではない。
仮にそれが真実だとしても、理由がわからないのでは何の意味もない。
そう思うからこそ、フレディは自らの意志をヴァルナスに伝える。
「真実を知るためになら、協力してやるよ」
それを聞いて、ヴァルナスは思った。
自分からティナの伝言をフレディに伝えることはできなかった。だが――
これで、破壊のレギオンの主力が揃った、と。