第百七十話 優しい心
ブラックとの闘いから二週間、平和な毎日が続いている。
決して悪いことではないのだが、ランツァの知らない場所で何か悪いことが起きているような……。そんな感じがするのだ。
「ソール……」
昼食の時間、学校の屋上にいるランツァはアンゲルスの元リーダーの名を呟いていた。
アンゲルスに所属する天使達の中でも最強と謳われていた、男の名を。
そんなランツァの様子が少し気になったウィリアムは、彼に話しかける。
「どうしたんだ……?」
「いや、なんて言うか……、俺がアンゲルスに入ってすぐにソールは裏切ったからさ、俺って全然ソールのこと知らないんだよな」
「……それは俺も同じだぞ?」
ウィリアムには科学側に属していたという過去が存在するため、ランツァよりも早くこちらの世界に足を踏み入れている。
しかし、アンゲルスに属していたわけではないためか、ソールに関しての知識はランツァと同レベルなのだ。
それにしても……、なぜランツァはソールのことを考えだしたのだろうか。ウィリアムは不思議に思った。
「ソールを知らないことで、何か問題があるのか?」
「ああ……。何も知らないために、心の底からソールを嫌うことができないんだ。だから、こんな中途半端な想いを抱えた状態で、本気でソールと闘えるかどうか……」
ランツァの言葉を聞いて、ウィリアムはある事実を悟った。
――優しすぎるのだ、ランツァは。
それ故に相手が悪魔でも殺すことを嫌い、相手のことを少しでも敵ではないと認識しようものなら闘うことすら拒んでしまう。
たとえそれが、死の道へと進んでしまうかもしれない行為だとしても。
だが、戦場では非情にならなければならない時が必ずある。その時、ランツァが非情になれるかどうか……。
ウィリアムにとって最も心配なことは、何かのためにランツァが己の命を犠牲にしてしまうかもしれないことなのだ。
当然、ウィリアムはそんなことを望んではいない。
だからこそ、ウィリアムは思っていることをそのまま口にする。
「もし本気で闘えないとしても、無茶だけはするなよ。お前のことを心から心配してくれる、大切な仲間がいるんだからな」
「そうだな……」
嬉しかった。
思わず涙が出そうになったけど、ぐっとランツァは堪えた。
そして、ウィリアムの思いやりを胸の内にそっと刻み込むのであった。
――彼らがそんな話をしている一方で、彼らの様子を窺う者達がいた。
学校の屋上への入り口を前にして。
「ティナ……」
ランツァ達のクラスメイトである彼女の名を小声で呼んだのは、ヴァルナスだった。
ティナはヴァルナスに背を向けたまま、妙なことを言う。
「まだよ。もう少し、様子を見てからにしましょう」
「そうか……。勝手に一人で行動してやがるあいつはどうする?」
僅かな間が空いた後、ティナはヴァルナスに視線を向けてある事を命じる。
「破壊のレギオン全体でアグウィスに復讐するのを、フレディに伝えて」