第百六十六話 勧誘
「トルス、ねぇ……」
どこか呆れているような、そんな口調でティナが呟いていた。
一体、何がおかしいというのか。
科学側で第二位の能力者ということは、その実力は間違いなく化け物クラス。その化け物に選ばれたということは、相当強い者達であるはずなのに……。
少し馬鹿にしているようなティナの態度が、キリエには全く理解できなかった。
まるで、自分の方が優れているとでも言っているかのように。
傲慢な態度を取られたコフィは、静かな憤りを露にする。
「じゃあ、お前は何なんだよ。まさか、一国の王女様とでも言うのか?」
嫌みを込めて、ニヤリとしながら冗談半分で問いかけるコフィ。
対するティナは、そうね、と言いながら少々考えて訂正を加える。
「一国じゃないけど、レギオンの王よ、わたくしは」
直後、時が凍結した。
誰もすぐには何も言えず、ただ心の中でティナの言葉を否定し続けた。
信じたくなかったのだ。
アグウィスを除く全ての悪魔の中で、トップを争う者達の一人がここにいるということを。
(なんで……ティナが、王…………!?)
キリエは、王が目の前にいるという恐怖に押し潰されそうになりながらも、ある疑問に至る。
王であるティナが、何をキリエにさせようとしているのか。
おそらくティナのほうが、キリエよりできることは多い。それでも、キリエにできてティナにできない何かがあるのだろう。
一体、何をティナは望んでいるのだろうか。
「さてっと――」
右手に握られている鎌を一振りして、ティナはコフィ達に問いかける。
「王だということを知りながら、まだ強気でわたくしと闘うつもりかしら?」
「……チッ」
劣等感を強く噛み締めて、コフィはこう返答するしかなかった。
「退かせてもらう……」
悔しいが、コフィはティナに敵わないと悟っていた。
どんなに運が良かろうが、王に勝てることなど決してあり得ないのだ。ティナが嘘をついているという可能性もあるが、闘って得られるものは命を賭けるほどのものではないだろう。
「賢明ね」
ティナはにっこりと微笑みながら言い、さらに続ける。
「別にわたくしはあなた達の命に興味はないわ。わたくしとキリエの話さえ聞かなければ、殺したりしないから安心して」
「…………そうかよ」
最後にそう言い残して、コフィ達三人は消えるように猛スピードでこの場を去って行った。
そしてすぐに、ティナがキリエと向かい合う。
「単刀直入に言うわ。キリエ、わたくし達と手を組んで」
「……え?」
あまりにも唐突すぎるティナの言葉は、キリエの頭の中を真っ白にさせていた。
「何を……言ってるの?」
「わたくし達と手を組んで! これは命令よ、キリエ」
手を、組む……!?
つまり、悪魔の仲間になれと言っているのか。
「そんなこと、できるわけがないじゃない……!」
「もちろん、ずっと仲間になるわけじゃないわ。一時的に手を組むだけ……。わたくしだって嫌だけど、これには理由があるのよ……」
本当に悩んだ末に手を組むことを選んだ、ティナの想い。キリエはそれを強く感じていた。
お互いに、手を組むことをどれだけ嫌っているのかを理解しているが故に。
でも、
「一時的だとしても、私は嫌よ……」
キリエは、はっきりと反対の意志を示した。
しかし、ティナは一歩も譲らない。
「だから、これには理由があるのよ。それに、手を組むのは『アンゲルス』のためにもなるのよ?」
「私達のためにもなるって、どういうことよ? なんでそんなこと、敵同士なのに……」
全く、意味がわからない。
敵の利益になるようなことを、自ら行なうなんて。
「どうしても手を組みたいなら――」
その時、体育館の外から青年の声が聞こえた。
「まずはその理由ってやつを言えよ」
遂に、ランツァ・ジェルンがレリアの力によって復活したのだった。