第百六十二話 捨て身の不意打ち
水蒸気爆発。
それは、水が高温の物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象のことだ。
そしてその現象が今、キリエ達の近くで生じようとしている。
彼女らはそれに気づくこともなく。
エレシスの放った氷が、その内側にいるヴァルナスの炎と接触する。
摂理に従順な事象が、無差別に炸裂したのだ。
悪魔だろうが人間だろうが天使だろうが、そんなことは関係ない。
周囲に存在する全てを、木端微塵にするだけ。
キリエ達にとってそれは、完璧な不意打ちとなった。
エレシス自身、己の攻撃が敵の武器となるとは思いもしなかっただろう。
それ故に、この水蒸気爆発は瞬時に防御態勢を取ったティナとエスト以外の者達に重軽傷を負わせる。
そう、ヴァルナスも例外ではない。
いや、むしろヴァルナスが最も重傷だった。
理由は至って単純。爆発の最寄りにいたのが、ヴァルナスだったからだ。
「ク……ソッ…………!」
しかし、それでもヴァルナスは決して倒れなかった。
拳を強く握りしめ、フラフラの体で一歩一歩キリエ達に歩み寄る。
「やってくれるぜ……。クソッタレの――」
その時、ヴァルナスに異変が生じる。
「ゴミ共がヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
炎の悪魔の背中から、黒き翼が姿を現したのだ。
悪魔の中でも、限られた者だけが扱える漆黒の翼。
その力は、大天使のみが扱える純白の翼と同等。
元から強大だったヴァルナスの力が、さらに一瞬にして爆発的に膨れ上がったのだ。
今のヴァルナスからは、近くにいるだけで体が熱く、痛みすら感じてしまうほどの力が伝わってくる。
「皆……、手加減は無用よ」
キリエはそう言いながら、純白の翼の力を解放する。
「わかってます」
「手加減なんかしてたら、マジで死んじまうぜ」
続いてエレシスとガルメラも、それぞれの翼の力を放出する。
そんなアンゲルスの大天使や悪魔達を前にしたヴァルナスが、どういう態度を取るのか。未来を知ることができるわけではないが、キリエは容易に予測できていた。
「それでいい……。今度こそ、本気で叩き潰してやるッ!!」
笑みを浮かべ、この闘いを心から楽しむ、と――。