第百六十話 奥の手
「……天使、か」
唐突に、大剣を背負う男が呟いた。
そして、ゆっくりと右手で背中の大剣を掴む。
僅かな殺気。
あまりにも急なエレシスの参戦に、憤りも感じていた。
不意打ち。
卑怯。
そんな言葉が、男の脳内を駆け巡る。
その時、
「エスト」
男の隣で、彼の名をティナが優しく呼んだ。
しかし、後に続く言葉は恐ろしいものだった。
「もし殺したら、わたくしがあなたを殺しますからね」
そうは言っていても、とても笑顔で、声色はとても優しかった。
逆にそれが、非常に恐ろしいのだが。
「それでもよければ、どうぞご自由に」
「……いや、遠慮しておこう」
あっさりと手を引くエスト。
彼の返答を聞いて、ティナはエストに微笑みかける。
「賢明ね」
「……だが、流石にこの人数相手は、奴一人では少々厳しいと思うが?」
「……それもそうね」
少し考える素振りを見せるティナ。
「でも、ヴァルナスは一介の悪魔でありながら、実力は将軍の上位クラスよ。それに――」
ティナの視線が、一瞬だけヴァルナスの背中に向く。
それに気づいたエストは、ティナが何を言いたいのかを即座に悟った。
「……漆黒の翼、か」
「ええ。ヴァルナスにはまだ、奥の手がある。あと、手を出すなって言われたからね」
「……手を出すな、か。奴らしいな」
エストが苦笑を浮かべた、その直後。
体育館全てを――いや、その周囲までも巻き込む大爆発が生じた。