第百五十六話 仮面のヴァルナス
「私達相手に、一人で挑むなんてね……」
呆れ半分、驚き半分のキリエが呟く。
「流石にそれは、少し舐めすぎじゃないかしら?」
その直後、キリエがヴァルナスに向かって突っ込んでいく。
思考無視の力を宿す蹴りが、ヴァルナスに襲いかかる。
キリエのその蹴りを、ヴァルナスは片腕で防ごうとする。
だが、
「私の攻撃は――――」
そんな防御は、キリエの前では無に等しい。
「誰にも防げないッ!!」
あらゆる意思を無視し、相手の行動全てを無にする。
それが、キリエの能力。
どれだけ力量差があろうが、その力には関係ない。
キリエの蹴りはヴァルナスの守りを無視して、ヴァルナスを吹き飛ばしたのだ。
体育館のステージの方へ飛ばされたヴァルナスは、体勢を立て直せず、背中から派手にステージを破壊する。
「すげえ……」
赤髪の男はステージの方を見つめて、思わず息を呑んでいた。
「まだよ」
しかし、キリエの表情はまだ、危険を感じているようだった。
「ヴァルナスは、全然本気じゃない……」
数秒、沈黙が流れる。
そして、
「はァ~、面倒臭ェ……」
ヴァルナスがゆっくりと立ち上がり、気だるそうに呟いた。
そんな彼の姿を見て、コフィが口の端を吊り上げ、笑みをこぼしていた。
「へえ……。あれでこの程度のダメージなのか」
ヴァルナスの片腕は赤く腫れ上がり、頭から少量の血を流している。
キリエの攻撃は、ヴァルナスにダメージを与えていたのだ。
このダメージは確かに微々たるものだが、翼の力を解放すれば――。
いける。勝てる。
――これなら、仲間を守ることができる!
そう、キリエが思った矢先だった。
「これが、全力か?」
恐ろしいほどの悪魔の力が、ヴァルナスから流出する。
キリエを威嚇するかのように。
何かに対して、怒りをぶつけるかのように。
「もし全力なら、興醒めだ。さっさとてめえらをぶち殺して、それで終わりだ」
「……それは良かったわね」
唐突に、キリエが笑みを浮かべる。
「私もまだ、本気じゃないから」
キリエのその台詞を聞いた直後。
ヴァルナスが歯を剥き出しにして、派手に笑う。
「舐めてんのは、てめえじゃねえか……。いいぜ。てめえがその気なら、嫌でも本気を出させてやる。この俺の――――」
ヴァルナスが、とんでもないことを口にする。
「真の姿でな!」
キリエ達は直に知る。
ヴァルナスに闘いを挑むことが、どれだけ愚かなことなのかを。