第百二十七話 アラン・イルス
「……何を言っているんだ、アグウィス? 俺は人間だぞ」
震える声で、ヴェルーダ(?)はそう言った。
何かを隠していると、はっきりわかってしまうくらいその声は震えていた。
それを自覚している彼は、心の奥底で密かにある事を悟る。
その彼に、アグウィスはチャンスを与えようとする。
「お前がそう言い張るなら、俺は別に構わねえが、一応言っておく。俺の能力を使えば、お前の正体は簡単にわかってしまうからな」
アグウィスの能力。――それは、覇者の力だ。触れるもの全てを支配するその力は、他者に化ける能力を無力化する事もできるのだ。
アグウィスの能力を知っている彼はそう考え、抵抗するのを諦めて素直に白状する。
「ああ……、俺は変身能力に特化している悪魔、アラン・イルスさ。かつて、最強のあんたを罠に陥れようとした悪魔だよ……」
罠に陥れようとした悪魔――即ち、九月三日、ウィリアムに化けていた悪魔はアランだったのだ。
そして、ヴェルーダの姿をした彼の体が、黒い霧を撒き散らして消えていく。
その霧は奇妙な渦を巻き、アランの真の姿を出現させた。紺色の髪、黒の瞳、黒の服とマント。腰には剣が差してある。
「一つ聞きたい。なぜ、俺が悪魔だってわかったのさ?」
「簡単な事だ。お前の口調が、ヴェルーダと少しだけ違っている気がしてな……。それで、冗談半分だったんだが、お前の事を悪魔って言ったら、面白い動揺を見せてくれたもんだからよ……。確信がついたってわけだ」
笑いを堪えきれないといった様子で、アグウィスはそう答えた。
「まあ、いきなりバレたと思ったら、焦ってしまうのも仕方ねえけどな」
「……そういう事か……」
それにしても、とアグウィスは言う。
「お前の変身能力、かなりすげえな。お前の正体を暴こうとしたあの時、なぜお前の本当の姿が簡単に現れなかったんだと思ったら、こういう事だったのか」
アランが己の顔を押さえて言う。
「ああ……。変身能力をもつ多くの悪魔は、相手の皮膚をコピーする事で変身する事ができるが、それ以外の服装などはコピーできない。だから、そういったものは能力を使わずにうまく化けるしかない。……だが、基本的な戦闘力を捨て、変身能力を特化した俺は、そういったものまでコピーして、完璧に変身する事ができるのさ。つまり、顔面を引き剥がしたところで、真の姿は拝めないって事だったのさ……。アグウィス、あんたの能力は騙せないみたいだけどね……」
「俺の支配は絶対だからな」
その時、クックッと笑い声が聞こえた。
「てめえらの能力はどうでもいいんだよ。アラン、ヴェルーダに化けた理由を答えろ」
凄まじい怒りと共に、トルスが吐き捨てるように言い放った。
暫し沈黙し、アランは重い口を開いて呟く。
「復讐さ……」
アランのその言葉の意味を、彼らは直に知る――。