第百二十二話 雷龍拳
先に動いたのは、アグウィスだった。
疾風迅雷の進撃。
アグウィスは一方的に、何度も拳を繰り出す。その残像で、腕が数えきれないくらい増えたように見える。
だが、
「これが、最強の実力か?」
トルスはそれを最小限の動きで、全て回避していた。
ただの一つも、トルスには命中していなかったのだ。
トルスは呆れた表情を浮かべ、わざとらしく溜息までついて言う。
「興ざめだ」
トルスの右拳が、雷を帯びて黄金の輝きを増す。
「雷龍拳」
その右拳が、アグウィスの腹に的中する。同時に、雷による爆発的な衝撃がアグウィスを襲った。
吹き飛ばされたアグウィス。
しかし、流石は最強の悪魔。アグウィスはすぐに空中で停止し、体勢を立て直していた。
「流石だな……」
血を吐くアグウィス。
その様子から察するに、多少はダメージを負っているはず……。だが、彼の表情に浮かんでいたのは、余裕の笑み、ただそれだけだった。
「これが最強の実力? 興ざめ? 確かに、今の俺はお前の敵じゃねえかもしれねえ。だがな、俺はまだ全然本気じゃねえし、翼の力も開放してねえんだぞ。この意味がわかるよな?」
そう。アグウィスはまだ、実力をほとんど出していないのだ。特に翼の力は絶大だ。それを開放していないという事は、今のアグウィスは全く本気ではないという事を意味しているのだ。
「……つまらねえ事してねえで、さっさと本気でかかって来い。死にたいなら話は別だがな」
「まあそう焦るな。お前の力量を、じっくり測りたかっただけなんだからよ。だがまあ、今の拳だけで全部わかってしまったけどな」
「……ほう?」
見下すようなその態度にトルスは怒りを抑えようとしてはいたが、アグウィスを睨むその目には、ありありと憤怒と書かれていた。
「先に言っておく。万に一つも、お前は俺に勝てねえ」
直後、トルスがアグウィスの眼前まで超高速で移動し、雷を纏う拳を顔面目掛けて放とうとする。
その時、アグウィスが妙な言葉を呟く。
「第二形態」
バチバチという弾けるような音と共に、アグウィスの身体が青白く輝く――。