第十話 大小操作
しかし、すぐには始まらなかった。
決闘という名の喧嘩が。
なぜなら、
「じゃあ、定番中の定番、あの公園で八時に集合だ。てめえのことだ。まさか、尻尾巻いて逃げだすなんてことはねえよなぁ?」
ウィリアムが殴りかかる前に、そいつがその言葉で止めたのだ。
しかし、最後の挑発には腹が立った。
だから、ウィリアムはそれに反抗するように、彼も挑発をする。
「てめえこそ、何で今すぐに決闘をしねえんだ? それこそ、ビビってるってことだよなぁ?」
「……ほう。中々面白い挑発をしてくるじゃないか」
少し間が空く。
「まあ、ここでやるのは少し狭いからな。八時に待っているぞ。クズ野郎!」
そして、彼は教室から出て行く。
それと同時にクラス全員が、ざわざわと、話し出したのだ。
もちろん、ウィリアムとあいつの決闘について。
一方で、ランツァとウィリアムはこの場には止まりづらいと判断し、二人とも教室から出て行く。
出た後で、
「なあ、これからどうするんだ?」
と言ったのは、ランツァだった。
「さあな。逃げるのは俺の性分に程遠いからな。決闘には行くが、それまでどうするかはわからない」
「今日の授業は少ないから、早退して休んでおくか? 周りも、あの状態じゃあ……」
おそらく、まともに授業は受けられない。
だからこそ、「早退」という手段をとるのだ。
「それがいいのかもしれないな……。それじゃあ、早退の手続きでもするとするか」
こうして、彼らは保健室へ。
そして、早退した後は、
「したはいいけど、やっぱりすることねえなあ……」
「だよな……」
実際、早退というのは、彼らの場合は寮に戻ることなのだが。
そもそも、体調が悪いわけではないのだから、早退と言うべきなのかどうかは、定かではない。
そんなこんなで、適当に時間を過ごしていると、遂に八時がやってきた。
彼らは公園へ行く。
ウィリアムだけではない。ランツァも一緒だ。決闘に呼ばれたのは、ウィリアムだけにも拘わらず。
「待たせたな」
どうやら、あいつは彼らより先にここにいたようだ。
「なぜ、ランツァも一緒なのだ?」
唐突に、彼らに問いかける。
「それは」
「何だ? ビビってんのか?」
ランツァの言葉を遮ってウィリアムが言った。
「別に二対一なんてことはしねえよ。安心しろ」
「…………」
だが、
「馬鹿な奴らだ」
「?」
ウィリアムは首をかしげる。
「俺は、ウィリアムだけを呼んだんだぞ。それを……。まったく。馬鹿すぎて話にならん」
笑っていた。
なぜかは、全くわからないが……。
「直に知る。てめえらの犯した愚かさというものを」
同時に、決闘が始まる。
ウィリアムとそいつの決闘が。
先に動いたのは、ウィリアムではない。謎ばかりに包まれているそいつだった。
右ストレート。
だが、ウィリアムにはかすりもしない。他にも、たくさんの攻撃を放ってはいるが、ほとんどが無傷で終わる。
そして、ウィリアムが遂に反撃に出た。
右フック。
ドゴッ、という音が少し暗めの夜に鳴り響く。
「ぐ……」
「どうした? そんなもんか? てめえの実力ってのはよ」
「ふっ……くくくくく」
だが、そいつは笑う。
「くははははははははははははは!」
「気でも狂ったか……」
しかし、その時だった。
ウィリアム自身、何が起きたかは数秒後にわかった。
回し蹴り。
五メートルほど後ろに飛ばされていたのだった。
「――っ!」
「ひゃははっ。言っただろう? てめえだけだってな」
相当自信に満ちているようだった。
その理由は、
「ああ、最高だ。マジでやばすぎるぜ。どうしようかなぁ。もう、我慢の限界だ。隠すってのはこんなにもつらいなんてよ。でも、それが楽しいんだ。楽しい、楽しい、楽しい、楽しい……」
最後の一言は、恐ろしいぐらいの雄叫びだった。
「楽しいんだヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!」
突如、そいつの周りが爆発した。
「な……!」
そして、砂煙などがおさまると……。
立っていた。
そいつが。
姿を変えて。
「ふうううううううぅぅぅぅ……」
その姿は、まるで悪魔のようだった。真っ赤な炎に包まれ、立っているのだから。黒い尻尾や鋭い爪など、皮膚の色も黒いところや赤いところなどがある。そして、黒い髪も恐ろしいほどに長く伸びていた。
「ぶち殺す」
その一言だけで、彼らは恐怖のどん底に突き落とされる。
しかし、この世の者ではない奴を前にしても、ランツァは冷静に判断する。
「ウィリアム! 早く逃げるぞ!」
「あ、ああ」
慌てて立ち上がり、逃げようとするが、
「だあれが逃げてもいいっつったよ」
服を摑まれ、投げられるウィリアム。
結構距離はあったが、それは一瞬だった。肉眼では、捉えきれないくらいの素早さ。
「がっ……」
「てめえらは餌だ。悪魔であるこの俺のな。だから、逃げんじゃねえよ。めんどくせえからよ」
「…………」
逃げられない。じゃあ、どうすれば……。
そんなことを思っていると、いつの間にか体が勝手に動いていた。
ウィリアムを助けるために。
恐怖しかなくとも。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
だが、やはりこの世の者ではない悪魔に人間が敵うはずがなかった。
一瞬。
本当に一瞬で、ランツァは殴り飛ばされ、十メートル程飛ばされる。一回も、地につかずに……。
「ぐあっ……」
「何だぁ? そんなに早死にしてえのか? 何なら、てめえから殺してやってもいいんだぜ?」
「…………」
「……さっきから思ってんだけどよ、そういう沈黙止めろよ。ムカツクからよ」
倒れているランツァの腹に、蹴りを入れる。
「ぐっ……がはっ……」
口からは信じられないくらいの量の赤い液体が……。
「ひゃっはあ! いいねえ、血ってのはよ。きれいで、輝いていて……。ほんと、最高だよなぁ」
どうかしている。
これが悪魔なのか。
「クソったれが……」
「あぁ? 聴こえないんだけど」
その時だった。
ランツァに妙な力が目覚める。
気付けば、巨大な岩が悪魔を吹き飛ばしていた。
「はあ、はあ、はあ……」
彼は自分の手を眺める。
(何だ? この力は……)
そして、音源不明の声が聞こえる。
「その力は『大小操作』と言う。その効力はあらゆる物体の大きさを変えること。つまり、大きくしたり、小さくしたりすることができる。ただし、自分や相手といった生物を操ることはできない」
と。
不思議のあまり、敵が前にいるにも拘わらず、彼は周囲を見回す。
だが、誰もいない。
ウィリアムと悪魔しか。
「何をきょろきょろしてやがる? 俺はこっちだろうが!」
巨大な岩を破壊して、悪魔は出てきた。
「…………」
彼はふと思った。
勝てると。
だが、
(奴の速度に対応できるのか?)
そう思っていると、
「何だ? お前。その力、天使のもんじゃあないな。一体、何者だ?」
そう言うと、先ほどとは比べ物にならないくらい遅いスピードで攻撃をしてきたのだった。
確かに、遅く感じたのだ。
炎を纏った拳。
それを軽々と回避するランツァ。
「――!」
今まで一方的だったのに、急に立場が変わった。そのことに悪魔は驚きを隠せないでいた。
「なあんだ……。簡単じゃないか」
地面にある適当な石を足で空中に上げる。それをランツァは摑みとり、巨大化させる。
そして、それを悪魔の体にぶつける。
「ぐあっ!」
ドゴォ、という爆発音にも似た、轟音が響く。
数十メートル程吹き飛ばされた悪魔は、なんとか体勢を立て直そうとする。
だが、しかし。
それは許されなかった。
親友を襲おうとした悪魔なのだから。
ランツァは悪魔が体勢を立て直す前に、次の岩へと手を伸ばし、攻撃する。
「ちぃっ!」
しかし、後少しといったところで、防がれてしまった。
「調子に乗るなよ。鋭利な刃を持たねえ岩ぐらいで、この俺を殺せると思ったら大間違いだ!」
そう。先ほどからぶつけて吹き飛ばしてはいるものの、致命傷を負わせるような攻撃ではなかった。
おそらく、悪魔の言うとおり、殺すことはできない。
だが、その隙に逃げることはできるかもしれない。
脳みそをフル回転させ、この場を乗り切る策を考えるランツァ。
しかし、そんな暇を与えてくれる悪魔などいない。
「次はこっちの番だ! クソ野郎!!」