牛乳1リットル
頑張ったつもりです。見てください!
「世界中の誰よりも貴方が好き……どんな宝物より貴方が欲しいの」
少女は小柄な体を震わせながら、僕を見つめる。 少女は綺麗だった。腰まで伸びた髪は光沢を帯び、ふんわりと膨らんだ唇。長いまつ毛が茶色の眼をより際立てている。男として、この美少女からの告白を断れるだろうか。そんなの絶対に無理に決まっている。だが……
「ストップストップ! 高城が間を開けすぎだよ!」
横から見ていた先輩が、ぱんぱんと手を叩く。
「セリフ忘れたのかよ?言われたらすぐに『君とは付き合えない』だろ。」
そう。これは僕−−高城優香が所属している演劇部の練習だ。劇の主役である僕が、ヒロインの女の子を振るシーンをやっている。
「すいません先輩」
「全く……本番まで時間が少ないんだぞ?」
「すいません……」
呆れたように溜め息を付く先輩に、僕は謝ることしかできない。 その情けない僕の姿に同情したのか。ヒロイン役−−櫛目彩先輩が口を開いた。
「まぁまぁ中田君。きっと疲れちゃったんだよ。ここらで休憩しない?」
「しょうがねぇな……」
劇の演出を勤める中田部長は時計を見て、十五分だけだぞ、と言って他の部員にもそのことを伝える。
「ふぅ」
ペットボトルに入った自家製のお茶を飲み、一息付いた。部長は高校生活最後の劇だから、気合いが入っているのは分かる。だが、だからと言って、休憩も挟まずに練習をするのはどうかと思う。演技を失敗したのはそれが原因では無いのだけど。
(綺麗だったな、櫛目先輩……)
演技など関係なく、見とれてしまった。そりゃそうだ。この学校、いや下手をしたら県で一番の美少女なのだから。劇の中でも告白されるなど、他から見れば、さぞ僕は幸せ者であろう。
「優香君大丈夫?」
「うわっ!?」
櫛目先輩が下から覗き込む形で僕の視界に入ってきた。いきなりの不意打ち(しかも考えていた張本人にだ)に驚いてお茶が入ったコップを落としそうになる。
ギリギリでそれを免れほっとする僕に、櫛目先輩は不機嫌そうな顔で、
「なになに〜? 優香君。その驚きようは?」
「突然目の前に現れたら誰だって驚きます。それと……」
櫛目先輩が、なに? と可愛らしく首を傾げる。 高鳴る鼓動。
聞こえるはずが無いのに、咳払いをした。
「名前で呼ぶの止めてください」
「え〜?良いじゃない別に。可愛い名前だから、呼びたくなっちゃうのよ」
彼女は褒めているつもりなのだろうが、僕は自分の名前が大嫌いだ。『優香』だなんて…まるっきし女の子の名前。
「…もしかして、優香君は自分の名前が嫌いなの?」
「そうですよ。大嫌いです」
「女の子みたいだから?それを言うなら顔も身長もそうじゃない」気にしていることを指摘され、少しむっとする。
「女顔で悪かったですね。だけど、身長を伸ばすために毎日牛乳いっぱい飲んでます!」
反論する僕を見つめ、先輩は必死に笑いを耐えているご様子。10秒ほど肩がぷるぷると震え、ついに…
「あっははは!」
…爆発した。僕は母親譲りの女顔
「…何なんですか」
「ごめんごめん、でも…」
再び爆発。「…何がそんなにおかしいんですか?」
僕が聞いても、笑いが止まらないらしく答えられない。
たっぷり1分は笑っていただろうか。目尻に涙を浮かばせながらも、ようやく先輩が口を開く。
「だって…あまりにも優香君が言い返す姿が可愛かったんだもん」
そこでまた一つ吹き出すと、
「牛乳をいっぱいって、どれくらい飲んでるの?」
「…1リットルくらい」
「え!本当? 牛乳パック丸ごと?」
僕が頷くとまたもや笑い出した。
「優香君はちっちゃい方が可愛いのに」
「僕は本気で悩んでいるんですよ?」
女顔で背が小さいので、よく女の子に間違われる。声が高いのも原因の一つだ。それが僕は嫌でたまらない。
「本気で?」
「そうです、本気で背が高くなりたいです」
何もそこまで、と言いたそうだった。でも、町を歩いていて男にナンパされたら、誰だって本気になると思う。
「仕方がないなぁ」
先輩が突然立ち上がり、微笑んだ。
「可愛い後輩の悩みを、全部聞いてあげる。今日練習が終わったらどっか食べに行こう!」
「え!?」
いきなりの発言に驚く。僕が? 先輩と?
「あ、あの先輩…」
「大丈夫、私の奢りだから」
元気よくVサイン。僕が何かを言う前に、じゃあそうゆうことで、とどこかに行ってしまった。
「何なんだ一体…」
僕は1人呟いた。家に空き巣が入ったのが分かった時の心境と言えば分かりやすいだろうか。とにかく途方にくれていた。
そして−−自分の胸に渦巻くこの期待感は、何なんだろうか。




