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第七話_前編

出会いと言う物はいつでも唐突に訪れる。


二度目の人生を生きている俺にとってもその認識はまったく変わらない。

むしろ前世以上に突発的且つ予測不可能な出会いが多くて混乱する事も多いくらいだ。

女性化した黄蓋や韓当を見て取り乱さなかった自分は本当に良くやったと思う。



この日、俺は狩りをしに山に入っていた。

俺、祭、累が二十歳になった祝いをする為だ。


この頃、誕生日を祝うと言う風習はなかったようで今までは俺が個人的に祝うだけだった。

俺が始めた事をきっかけにいつの間にか定着して身内限定とはいえ盛大に祝うのが当たり前になっていたが。


まぁそれはともかく今年は日本における大人の仲間入りの年と言う事なのでいつもより派手に祝ってやろうと思い、こうして一人で山に入っているのである。


熊や猪はこの時代の村人から見れば貴重なタンパク質だし、特に熊は高級食材でもある。

祝いの席には丁度良い。


今の季節なら冬眠を終えて獲物を探しているだろうから適当に山の中をぶらついていれば自然に見つかるだろう。


「ついでに靴の威力も試せるしな」


重々しい鉄製のソレで地面を軽く突く。

俺は肉体的な成長が止まった頃を見計らい、武器について父さんと相談した。

相変わらず手持ちの武器については思いつかなかったのでまず得意分野を強化する装備をどうにかする事でまとまった。

そこで蹴りの威力を強化する為に鉄製の靴と膝までを覆う手甲ならぬ足甲を考案。

父さんたちの武器の手入れを一手に引き受けている鍛冶職人に頼み込み俺が直接、経過を確認しながら作成してもらった。


鉄製と言ってもただ鉄で作った靴では足を痛めるだけだ。

故に普通の靴を履いた上で装甲を取り付ける形にしている。

つまり平常時に履いている靴を緩衝材代わりに使うわけだ。

靴部分だけでは装備として心許ない為、膝頭から足首までを覆うように足甲を追加。

しかし足首や膝などの関節、人間の可動域を妨げるような作りでは問題外だ。

試行錯誤の末、装甲を前と後ろで分けて作り、有事の際に装着する形を取っている。

手間はかかるが動きの妨げになる方が戦場での危険度は高い。


そうして試作を重ねて完成した物を今、俺は付けている。

やはり付け始めた当初は装備の重みで違和感を感じたが、動きを妨げると言う事はなかった。

装備の重さも慣れてしまった今となっては問題にはならない。


威力を計る為に前に普通の靴で打ち砕いた物と同じくらいの岩を蹴ってみた所、以前は足の骨に罅が入ってしまったのだが今回は衝撃で足が痺れる程度で済んでいる。

鍛冶職人の男には無茶な注文をしてしまったが、予想以上の出来映えだ。


彼からは「創作意欲が刺激された、良い注文をしてくれてありがとう」と礼を言われてしまったが。


ちなみに俺の足甲に使われた鉄は俺が殺した山賊頭の使っていた戟を流用している。


材料費もタダではない。

既に血に塗れた代物を使う事に嫌悪感が無いわけではないが、やはり使える物は使うべきだろう。

選り好みしている余裕など俺には無い。


手持ちの武器の模索は今も続いている。

剣や槍、弓に累の大槌なども試してみたのだがどれもしっくりこなかったのだ。

試した中では槍がもっとも使い勝手が良かったので進展としては長物の方が向いている事がわかったくらいか。


「まぁ武器については追々なんとかするとして……お出ましだな」


鬱蒼とした木々に囲まれた山の中腹。

山頂に向かう方向からこちらに向かってくる獣の唸り声。


「ん?」


獣の唸り声に混じって何か甲高い声が聞こえてくる。

それに獣の様子も妙だ。

普通、餌を探す獣と言うのは息を潜めて獲物に近づく。

姿が見える前からこんなに殺気立っているような事はそうそう無いはずだ。


まさか……。


「こっちにまっすぐ来るか」


右足を前に出し半身の体勢で腰を落とす。

右手を伸ばして前面を睨みその時を待つ。


「なんで追いかけてくるのよ〜〜!?」

「おまえがおこらせたんだろう!? とにかく走れ!!!」


茂みを揺らして飛び出してきたのは二人の少女だった。

二人の後ろには唸り声の元である熊。

もの凄く怒ってるのがその形相から伝わってくる。


一体、なにしたんだこの子たちは?

まぁいい。


「わ!? おじさんあぶないよ!?」

「ごじん、にげてください!!」


目の前に現れた俺の存在に気付いた少女たちの言葉。

どうやらこの子たちは自分よりも赤の他人である俺の身を案じてくれるらしい。


「心配はいらない、君らは逃げろ!」


逃げるのに必死だろう彼女らにも意味が伝わるように声を張り上げる。


「え、でも!?」


反論を待たず俺は地を蹴り、垂直に跳ぶ。

彼女らとすれ違いながら狙うのは興奮しきりでこちらを睨みつける熊の頭部、その顎。


「はぁっ!!!」


左足を振り抜いての浴びせ蹴り。

相手の突撃の勢いをも利用したその威力は破格。

ぐしゃりと言う腹の底に響く音、同時に足に伝わる顎を突き抜け頭蓋を砕く感触。


熊はそのひしゃげた頭を仰向けにして断末魔の声を上げる間もなく倒れ込んだ。


およそ十秒ほど、俺は倒れ込んだ熊を睨み付ける。

完全に息が止まっている事を確認すると構えを解き、小さく深呼吸をした。


「……申し分ないな」


本当にこの足甲は大した物だ。

今度は手甲を注文してみよう。




「おじさん、助けてくれてありがとー」

「こら雪蓮しぇれん! もっとちゃんとお礼を言わないか!! この度はごめいわくをおかけしてもうしわけありません。そしてわたしたちの命を助けていただき本当にありがとうございました」


桃色の髪に褐色の肌をした少女が無邪気な笑みで礼を言う。

その横では艶やかな黒髪の褐色肌の少女が彼女を窘めながら恐ろしく馬鹿丁寧な謝辞を微妙に舌っ足らずな口調で述べている。


「どういたしまして、桃髪のお嬢ちゃん。黒髪のお嬢ちゃんはそう畏まらなくていい」


俺は今、熊を背中に抱えて下山している。

先ほど遭遇した二人の少女も一緒だ。


「おじさん、すごいね。こんな大きなくまを一発でたおしちゃうんだもん!」


身振り手振りでその時見た物を表現する桃髪のお嬢ちゃん。

どうやら俺の一撃は彼女にとってとてつもなく衝撃的だったらしい。


「だから雪蓮。おまえはもっとおちつきをもってくれ」


黒髪の子は彼女の行動を諫めながらその年に似合わないため息を付いている。

この年で苦労性か。

華陀少年を思い出させるな。


「君たちくらいの年になる前から身体を鍛えていたからな。俺だけが特別に凄いわけじゃない」

「ええ〜〜、そうかな〜〜」


俺の返答が気に入らなかったらしい桃髪のお嬢ちゃんが頬を膨らませながらじと目をする。


「そう言えば君たち、なんであんな山の中にいたんだ?」


そこまで険しい山でもないが、何の目的もなく子供二人で山の中腹まで来るとは思えない。


「「あ……」」


俺の疑問の言葉を受けて二人は揃って間抜けな声を出した。


「母様おこってるかな? 冥琳」

「……とうぜんだろう。文台様のことだ、きついおしおきがまってるはず」

「う……おばさま助けてくれないかな?」

「わるいのはわたしたちだぞ? むしろ一緒になっておしおきをしてくるやも」


会話を進めていく内にどんどん顔色が悪くなっていく二人。

身体が小刻みに震えているのは寒さが原因ではないんだろう。

しかしお嬢ちゃんたちには悪いがそれよりも優先して気になる事が出来てしまったのでそちらを聞く事にする。


「聞き違いでなければ今、文台様と言ったか? 黒髪のお嬢ちゃん」

「えっ? あ、いやその……」


俺に聞かれた事をまずいと思っているんだろう。

妙に大人びている子だが、動揺して必死に言い訳を探す姿は年相応だ。


「別に言いたくなければそれでいい。ただの興味本位だからな」


肩からずり落ちてきた熊を背負い直しながら思わず苦笑いする。


様付けされる文台と言う人物などそう多くはないだろう。

黒髪のお嬢ちゃんの正体はわからないが、文台と呼称される人物の事を母と言った桃髪のお嬢ちゃんの正体は俺の中では八割方、確定していた。


「あ、そうだ。おじさん、わたしのなまえは孫策伯符そんさくはくふ、真名は雪蓮だよ! 助けてもらったお礼に真名もあずけるね!!」

「ええっ!? 雪蓮!?」



孫策伯符

父親である孫堅亡き後に衰退した勢力を立て直した男。

袁術の配下に甘んじて四、五年の雌伏の時の後に独立。

瞬く間に江東一体を支配化に置き、当時から飛び抜けた勢力だった曹操、袁紹に追いつかんとしていた。

だがどこかの勢力から受けた矢が原因で重傷を負い、孫権に後を託して二十六歳の若さで死んでいる。

確か死因については道士・干吉うきちに呪い殺されたとも言われているはず。

江東の虎と呼ばれていた父親に肖ってか『江東の小覇王』と呼ばれ敬われていたと言われている。

容姿端麗で闊達な性格だったという話だ。



どうやら将来の小覇王はこの年から型破りらしい。

動揺しながらもなんとか誤魔化そうと努力していた黒髪の子が不憫で仕方ない。


「名乗られたなら名乗り返すのが礼儀だな。俺は凌操刀厘、真名は駆狼だ。山を降りて少し歩いた所にある村に住んでいる」

「よろしくね、駆狼!」

「ああ。よろしく、雪蓮嬢」


無邪気な笑顔でよろしくされてしまってはこっちとしては断れない。

昔から子供には弱かったからな、俺は。

それでも締める所はしっかり締めていたとは思うが。


「ああ、もう……ほんと雪蓮はかんがえなしなんだから」


俺と雪蓮嬢のやり取りを見ながら年期の入った深いため息をつく黒髪のお嬢ちゃん。

しかし『孫策』を名乗る人物に対してのこの気安い態度でしかも同年代とくればこのお嬢の正体も予想が付いてしまうな。


「おほん! わたしは周瑜公謹しゅうゆこうきんともうします。おんじんに名も名乗らずにいた非礼をおわびします」

「気にするな、周瑜嬢。熊を一撃で倒すような人間を警戒するなと言う方が無理な話なんだからな」


ひらひらと右手を振って気にしていない事を伝えると周瑜嬢はほっと息を付いた。



周瑜公謹

孫策、孫権を支え続けた名軍師。

孫堅が存命の頃から孫策と親友であったとされ、その友情は『断金』と称されるほど篤かったと言われている。

孫策が袁術からの独立に動いた際もいの一番に駆けつけ、彼を支え続けたと言う。

孫策の死後、彼にとっても弟分だった孫権を支え、かの有名な『赤壁の戦い』では劉備の軍勢と協力。

数の差をひっくり返して見事、曹操たちを撃退。

しかし孫策同様、若くして急逝し孫呉の者たちを嘆かせている。

美周郎びしゅうろうと評される程に見目麗しく、音楽にも精通していたとされる。



しかしこの年にして随分と周りに気を配っている子だ。

あの周瑜だとはいえ、この年でそんな生き方をしていてはそのうち倒れてしまうんじゃないかと心配になってしまう。


……まさかと思うが史実の早死の原因はこの性格のせいではないよな?


「あれ〜、冥琳は真名をあずけないの? いのちのおんんじんだよ?」

「う、いやそれはそうだが……」


孫策嬢の疑問に言葉を詰まらせてしまう。

チラチラと俺を伺いながら言葉を選んでいる様子を見るにこの子は俺のことを信用はしていても真名を預けるほど信頼しているわけではないようだ。


その慎重さはさすが周公謹と言うべきか。

山の中を迷子になるわ、熊に追い回されるわで混乱しているはずの頭でも冷静な判断力を失っていない。

将来が実に楽しみだ。


「こらこら、雪蓮嬢。真名を預けるかどうかは周瑜嬢が決める事だ。君がどうこう言う事じゃない」


とりあえず将来の智将に助け船を出す事にする。

あのままだとなし崩しに真名を預けられてしまいそうだったからな。


「でも助けてもらったのに……」

「その分はお礼を言ってくれたから問題ない。君も助けられたと言うだけで真名を預けたりするな。信頼してもらえるのは素直に嬉しいが、俺が何か下心を持って君たちを助けていたらどうするんだ?」

「あ……」


おそらく俺が言った通りの事を危惧していたのだろう周瑜嬢が俺から目を逸らす。


「周瑜嬢、気にするな。君の行動は当然の事だ」

「……すみません」


しゅんとして俯く彼女の姿を見ているとなにもしていないのに罪悪感が沸いてくる。

見た目年齢に似合わずやたら頭が回るようだがその論理を受け止める感情の方が年相応に未成熟な為、行動と態度のギャップが激し過ぎる。


一体、どういう環境にいたらこんな風になるんだか。


「気にするなと言っているだろう?」


俯いてしまった彼女の頭を右手で軽く叩く。


「はい……」


蚊の鳴くような声で返事をする周瑜嬢に俺の言葉が本当の意味で届いていたかは定かではない。

まぁ九分九厘、届いてなさそうだが。


結局、話の輪から外されていた雪蓮嬢が背負っていた熊によじ登った挙げ句、俺に肩車を強要してきたせいで周瑜嬢の暗くなっていた雰囲気は消し飛んでしまったが。




「なに? 君らは俺たちの村の視察に来たのか?」

「はい。雪蓮のお母様である文台様がごしさつに出るのに雪蓮が付いていくと聞かず……ごえいからはなれないと言うやくそくで同行をゆるされたのですが」

「護衛を撒いて散歩した挙げ句に山に入り、迷子になって憂さ晴らしに蹴った石がたまたま熊に当たって追いかけ回された、と」

「はい。そのとおりです」


もはや型破りと言う言葉では収まらないな。

良い意味でも悪い意味でも自由奔放過ぎる。


「と言う事は今頃、村の方は大騒ぎになっているかもしれんな」

「村を抜け出すところを朱治しゅちの部隊の人に見られちゃったからたぶんね〜」

「……わたしたちの行動は朱治殿から文台様に伝わっていると思いますのでおそらくは。さいあくのばあい、文台様のしきの元、山狩りになるかもしれません」

「それはまた厄介な……」


話を聞けば聞くほど村に戻った後の事で気が重くなっていく。

この山は五村同盟にとって大事な狩り場だ。

人捜しの末に草一本残らないような有様にされては今後の生活に支障が出てしまう。

そこまでの事はしないと思いたいが、この子の性格と周瑜嬢の言葉から推察するとあまり楽観も出来ない。


「悪いが少し急ぐぞ。周瑜嬢の話を聞くにのんびりしている時間は無さそうだからな」

「どうなさるんですか?」


今は昼を少し回った頃。

このままのペースで山を下っていては村に着くのは大体、夕方になるだろう。

原因は周瑜嬢のペースに合わせて歩いているせいだ。

山歩きは初めてなのだろう、彼女の足取りはどこかおぼつかない物だし息も上がっている。

あれだけ汗を掻いていれば隠そうとしてもバレバレだ。


この状況でなるべく早く帰るにはどうすればよいか。


「雪蓮嬢、周瑜嬢。すまんが少し我慢していてくれ」

「へ?」

「な、なにを!?」


肩車をしていた雪蓮嬢を左肩に乗せ換え、横並びになっていた周瑜嬢を持ち上げ右肩に乗せる。

状況が状況なので熊は道端に降ろした。


「しっかり掴まっていろ。振り落とされないようにな」


俺の真剣な声音を感じ取ってくれたらしい二人は黙って従ってくれた。

周瑜嬢に抵抗される事も覚悟していたんだが。

まぁ今は素直に従ってくれた事を喜ぶべきだろう。


「行くぞ」


深呼吸の後、俺は二人を抱えたまま駆け出した。

これ以上の厄介事が起こらないよう祈りながら。



SIDE 孫堅


「孫堅様! 孫策様と周瑜様が村を抜け出してしまいましたぁ!!」


あのアホ娘がぁ!!!


涙目で報告しにきた深冬みふゆの言葉に私は心中で絶叫した。


「……孫堅様? なにやら問題が起こったようですが大丈夫ですか?」

「ああ、いい。気にするな、凌沖」


頭痛轟く頭を抱えている私の様子に戸惑いながらも気遣う凌沖と言う男。


大守の突然の訪問にも動じない冷静な対応は村の代表として以上の高い能力を感じさせる。

しかし今はこの男の事よりも冥琳を引き連れてどこぞへ行った馬鹿娘の事を優先させなければならなくなってしまった。


まったく。

噂の真偽を確かめる前に騒ぎを起こしおってからに。


思わず毒づくが起こってしまった事はもうどうしようもない。



そもそも今回、私が自分の足で領地内の村の視察に乗り出したのには理由がある。


少し前から建業に広がっている噂の真偽を確かめる為だ。

噂の内容はこうだ。


村同士が連携をとって独自の戦力を有しており、その実力は官軍に勝るとも劣らない。


噂と言うのは大抵、尾ひれが付いてしまう物だ。

現状、本来なら捨ておいても問題はないのだが私はこの噂を放置してはいけないと感じた。


私たちは余所に比べて武官、文官両面で人手が不足している。

前の大守から私に鞍替えした連中を含めても余裕などない程に。

まぁ成り上がりの大守だから仕方ないだろう。


この噂の根元である村の集まりの戦力が実際はどの程度なのかはわからないが、使えるヤツがいたら引き抜いてみるのもいいと私は考えたのだ。


「あの蘭雪らんしぇがこんなに説得力のある考えを示すなんて……」

「あの姉さんがいつの間にかこんなにも成長したのね。今夜はお祝いね!」


親友と妹に私の考えを伝えたらこんな失礼な事を言われたがまぁそれは置いておこう。


と言うか陽菜は時々、妹なのに母親のような事を言うので困る。

目頭押さえながら「頑張ったのね」とでも言うような、小さな子供を褒めるような視線を送るのはやめてくれ。

お前、ただでさえ達観通り越して老成した雰囲気出してるんだから。


まぁとりあえず二人の協力を経て他の臣下を説得。

こうして深冬と部下三十人を引き連れて噂の『五村同盟』の中心とされている村に出向いたのだが。


娘たちの暴走でいきなりこけた。


まぁ冥琳はうちのじゃじゃ馬を止められずに巻き込まれただけだろうが。

むしろあの子を引き連れていったのなら最悪の事態じゃないと思うことにしよう。


まったく。

今年で九歳になったと言うのにあの落ち着きの無さは誰に似たのやら。

やはり赤ん坊の頃、戦場に連れていったのが悪かったのか?

陽菜に怒髪天を突く勢いで怒られたから一回しかやってないんだが。



「孫堅様、本当に大丈夫ですか?」

「はっ!? ああ、済まない。少しぼうっとしていたようだ」


頭を振って沈んでいた思考を切り替える。


「孫堅様、落ち着いて談笑している場合じゃないですよ!?」

「お前はもう少し落ち着け、朱治。そんな体たらくで民を守るつもりか?」


キツイ言葉と一緒に睨みつけてやる。

今、この場にいるのが私と深冬だけならこの態度も咎めはしなかったんだが、ここには凌沖がいる。

守るべき民に対して浮き足立った様子を見せるなど言語道断だ。


「うっ、……はい。取り乱して申し訳ありませんでした。凌沖殿にもお恥ずかしい所をお見せしました。申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらず」


やれやれ。

やっと落ち着いてくれたらしい。

こいつは戦の時はあんなに頼りになるのに、なんでこう平時は落ち着きがなくなるんだろうなぁ。


「それよりも孫堅様、ご子息が村の外に出られてしまったとの事ですが」

「ああ、そのようだ。正確には娘と親友の子供だが、まぁどちらも大事だから大して変わらん」

「この時期は山の動物たちの動きが活発になります。平野部ならまだしも、もし山に入ってしまうと獰猛な熊や猪、虎などが出る可能性があります。僭越ながらすぐにでも捜索された方がよろしいと思いますが」


ふむ。

言う事はまったくもって正論だ。

反論のしようもない。


しかしな、深冬。

いくら言っている事が正しいからってそこまで激しく首を縦に振って同意するな。


一応、この男は村人に過ぎなくてこちらは漢王朝に認められた大守の軍隊なんだぞ。

さっきも言ったが体面って物を考えろ。

いや私が言っても説得力ないかもしれんが。


「深冬、連れてきた連中を三人一組で分けて捜索に出せ。日が落ちるまでに発見できなかったら一旦戻るように厳命してな」

「はっ!」


慌ただしく出ていく側近の背中を見送る。


「もう少し五村同盟の話を聞いていたかったんだがな」

「事が落ち着きましたら幾らでもお話させていただきます。ですので今は子供たちの事だけをお考えください。そちらが良ければ山に詳しい人間を何人か随行させます」

「なにからなにまですまん。そして感謝する」


凌沖の妻が用意してくれた茶を一息に飲み干し、私は席を立った。

私に続くように凌沖も席を立つ。



この後、組分けを行っていざ捜索に行こうとした瞬間。

娘たちを肩に乗せた男が私たちの前に現れた。


村で育ったとは思えない知性を感じさせる目をした男。

その姿を見た瞬間、私の頭の中からは一瞬だけだが娘たちの事は消えてしまった。


あの達観した性格の妹が纏う空気と同じ物ををこの男に感じたからだ。


そして直感する。

この男は私に……否、私たちにとって無くてはならない存在になるのだと言う事を。


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