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真・恋姫無双 乱世を駆ける男  作者: 黄粋
孫呉任官編
37/43

番外之三 韓当

本編の続きを書く前に番外を上げる事にしました。

少々、メンタル的なダメージを受けた韓当こと累の話になります。

どちらかと言えば単純な性格をした彼女の苦悩と他者の力を借りて苦悩に折り合いをつける姿をお楽しみください。

SIDE 累


「ふっ! ふっ! ふっ! ……」


一心不乱に鍛錬場で御世流仁瑠を振るう。

昔から難しい事を考えるのが苦手だった。

ごちゃごちゃと物事を考えるよりはさっさと動くようにしていた。


でも流石に今回のは堪えた。

自分の気付かない所で子供が酷い目に合っていたと知ってしまったから。


こういう世の中だってわかってたはずなのに。

私だって村にいた頃から色々と有った。

理不尽な出来事もそれなりに味わってきた。


だから。

いつ襲われるかわからない『理不尽』って敵を叩き潰す為に駆狼は自分を鍛えてきた。


昔は違っていたけれど。

あたしは最初、ただ駆狼に追いつきたい一心で鍛錬していたし、それは祭達も同じ気持ちだった。


でも母さんに自分の腕を認めてもらえてすごく嬉しかった。

初めての賊の襲撃で戦う事が怖くなった。

何の前触れもなく現れた蘭雪様から推挙されて建業に仕官する事になった。


色んな事が起こってその間にどんどん鍛錬の目的が変わっていった。


『駆狼に追いつきたい』から『村の皆を守りたい』。

『村の皆を守りたい』から『関わってきた人達を守りたい』。


守りたい物がどんどん増えていったんだ。


でも……。

『あの子』に起こった事を知って。

あたしは自分が知らない所には鍛え上げた力なんて何の役に立たない事を思い知らされた。


駆狼に助けられた桂花ちゃん。

建業にいる初対面の人間全てに怯えていた。

ひどい時は悲鳴を上げて泣き叫ぶくらいに心が傷ついていた。


怯えるあの子の姿を見て、あたしは自分が何も出来なかった事を知った。

そもそも彼女が攫われたって事も知らなかった。

だから助けようって考える事も出来なかった。


あたしが建業を守ろうって部隊の皆と訓練や見廻りに精を出していた頃に、あの子は守られる事もなく独りで泣いていたんだ。


その事実にあたしは足元が崩れていくような感覚を、大事な物が無くなっていくような感覚を味わった。


一人で出来ない事でも仲間で力を合わせれば出来るって信じてたから。

どれだけ頑張っても出来ない事があると言う事実を認めたくなかった。


でも認めるしかなかった。

だって知りたい事を全部知るなんて事は出来ないし、知ってるからってここからずっと離れた場所で起きてる事まであたし達じゃどうしようもないから。


「はぁ……全部知ってたはずなのになぁ」


ずっと頭の中を暗い考えがぐるぐると回っている。

呟いた言葉通り、全部知ってたはずなんだ。


村にいた頃から遠くの村が山賊に滅ぼされたって話を聞いた事だってある。

その時も怖いと思ったり、山賊に腹を立てたりとかしてたはずなのに。


こんなに深く考え込んむ事はなかった。


きっとあたしたちがあの時と違って大人になって、立場も変わったから。

物事の受け取り方って言うか……とにかくそういう物が変わったんだと思う。


だから出来ない事を考えて、出来ない事に落ち込んで、出来ない事に苛々してる。


割り切れてるつもりだったのに。

桂花ちゃんのあんな姿を見てしまったから。

本当にそれでいいのかわからなくなっちゃった。


「っ……!!」


両手でただがむしゃらに振るっていた槌が手からすっぽ抜けて地面に突き刺さってしまった。


ため息をつきながら垂れてきた額の汗を拭うと思った以上に自分が汗だくだった事に気付く。

服も随分と汗を吸っていて身体にぴったり張り付いていた。


「うわぁ……こんなになるまで気付かないって」


空を見上げれば御世流仁瑠を振り始めた時は真上にあった太陽が沈み始めていた。


「あ……く、はぁはぁはぁ……」


時間が過ぎていた事を意識した途端に身体が疲れを訴えてきた。


手が震えて、足もがくがく。

身体がふら付いて、立っていられない。


「あ、……ま、ずい」


いつもならこんな程度で倒れたりしないのに。

身体が鉛みたいに重くなって意識が遠のいていく。


仰向けに倒れそうになったあたしは。

背中を優しく支えられて倒れずに済んだ。


「だ、れ……?」

「まったく。無茶をしよるなぁ」


この年寄りっぽい言葉遣いは。


「祭……」

「寝とれ、馬鹿者め」


呆れてため息を吐く祭を一瞬だけ視界に入れてあたしは意識を失った。




起きて最初に目に入ったのは墨の付いた筆片手にあたしの身体に馬乗りになっている雪蓮様の顔だった。

勿論、顔はお互いに引き攣っている。


「……」

「……えっと、やほ~」


あたしが無言で半眼になると雪蓮様は気まずそうに今、やろうとした事を誤魔化すように声をかけてきた。


「とりあえずその筆置いて、身体の上から下りてください」

「むぅ、……はぁい」


つまらなそうに口を尖らせる雪蓮様にため息が出た。

桂花ちゃんが帰ってから少しはおとなしくなったと思ったのに、ちょっと安心して油断したらこれだもんなぁ。


「なに、そのため息!? 倒れたって祭に聞いたから心配して来たのに!!」

「あ、そうなんですか。……それはありがとうございます」


ぷぅっと頬を膨らませる蘭雪様に慌ててお礼を言う。

窓から外を見ればもう真っ暗になっていた。

鍛錬場で気絶してからちょっと時間が経ってるみたい。


「でも悪戯はやめてくださいね」

「うっ……ごめんなさい」


それはともかくとして釘を刺すのは忘れない。

視線を泳がせて謝る雪蓮様に思わず笑ってしまった。


そして。

無邪気なこの子が少し羨ましいと思った。


「ねぇ、累。なんだか泣きそうな顔してるよ? やっぱり具合悪いの?」

「え? あ……いえいえ、大丈夫ですよ。ほら、こんなに元気です!!」


ぐっと腕に力を入れてむんっと気合を入れてみせる。

わざとらしいって自分でも思ったけれど、やっぱり雪蓮様にもそう見えたらしい。

眉をへの字に曲げて不機嫌そうな顔になってしまった。


「ごまかそうとしてるでしょ。すっごくうそっぽいよ?」

「うぐっ……」


いや、自分でもわかってたんだけどね。


「むぅ……わたしには言えない事?」

「そう、ですね。言えないです」


言える訳がない。

認めたくない現実から逃げたくて子供の無邪気さを羨ましがったなんて。

情けないったらありゃしない。


「わかった。ほんとに話したくないみたいだからもう聞かないよ」


なんだか不気味なくらい今日の雪蓮様は物分かりが良かった。


「いますっごく失礼な事、考えなかった?」

「不気味なくらい素直だなって思いました。いつもなら駄々を捏ねてる所ですし」


勘が鋭いから気付くとは思ってたので素直に全部言ってしまう。


「う~~……」

「あはは。ごめんなさい、雪蓮様。ちょっと意地悪でしたね」

「ふん!」


からかい過ぎたせいで唸りながら涙目になってしまった雪蓮様。

慌てて謝るけれど、相当にご立腹みたいでそっぽを向かれてしまった。


「そんなにへそ曲げないでくださいよ。あたしが悪かったですから」


どうやって機嫌を直してもらおうか……。


頬を膨らませている雪蓮様考えているとふと気付いた。

さっきまでの暗い気持ちが幾らか和らいでいる事に。


「……ありがとうございます。雪蓮様」

「? なんでお礼を言うの?」


ああ、やっぱり狙ってやったわけじゃなかったんだ。

目をぱちくりさせながら首を傾げる雪蓮様を見て思わず苦笑いをする。


言葉を続けようとしたら、部屋の外からどたどたとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

ああ、この足音は間違いない。

激だ。


「激が来たみたいだね」

「そうみたいですね」


騒がしい足音はけっこう特徴的だから、城の人間なら誰でもこれが激だって事はわかる。

村にいた頃から有名だったし。


聞こえてきた足音が部屋の前で止まる。

数瞬の微妙な間を置いて戸を軽く叩く音がした。


「おい、累。起きてるか?」


心持ち小さな声。

たぶんあたしが寝ていた場合を考えたんだと思う。

一見すると粗野でがさつに見える激だけど気配りはあたしや祭なんかより全然出来る方だ。


なんだか女として駄目な気がするけど今更だから気にしない。


「起きてるよ、激。入っても大丈夫」

「そっか。なら失礼して……」


そっと戸を開けて入ってくる激。


「はぁ……倒れたって聞いたんだが意外と元気そうだな」

「まあ、ね。心配してくれてありがと」


ため息を吐きながら力が抜けたように肩を落とす激。

あたしが元気だったからほっとしたんだと思う。


「あれ? 雪蓮様?」

「ん? なんだ、雪蓮様ここにいたのか?」


いつの間にか部屋の中にいたはずの気配が消えていた。

窓に足をかけた後があるからそこから外に逃げたんだろうけど。

それにしても素早い。


「うん。さっきまであたしと話をしてたんだけど……」

「さっき蘭雪様が捜してたらしいからまたなんか仕出かしたんだろ。……たぶん俺が捕まえようとすると思って逃げたんだな」

「見舞いのついでに隠れてたのね」


やれやれって顔で窓の外を見る激。

あたしも同じように窓の外を見る。

けれで見える範囲にはもう雪蓮様はいなかった。


「まぁ別に雪蓮様を見つけろとは言われてないし。そろそろ駆狼も動くだろうからそっちはいいだろ。それよりも……だ」


じっと真剣な顔で激はあたしを見つめる。


「嫌な事があった時に鍛錬に走るのはいつもの事だからまぁいいさ。けど倒れるまでってのは見過ごせねぇ」

「……心配かけてごめん」

「なにがあった?」


追及されるのはわかっていた。

自分でも限界がわからないくらい没頭してしまったんだ。

あたしはこれでも部隊を預かる武官。

そんな人間が無茶して倒れたなんて放っておける話じゃない。


たぶん激が聞きに来たのはあたしが一番話しやすい相手だからだと思う。

仕事に関する相談事なら駆狼や祭たちにしてきたけど、私事はほとんど激にしてきたから。


なんとなく駆狼には話しづらかった事も激相手ならするっと話せる事が多いから。

駆狼はきっと相談されたらどんな内容であっても親身になって聞いてくれると思うけど、だからこそ頼り過ぎないようにしたかった。

それで激に相談してるんだから誰かを頼ってるって意味じゃどっちもどっちなんだけど。


じっと激の真剣な表情を見つめる。

あたしからの言葉を待つその顔は、初めて人を殺した時にあたしを励ましてくれた顔と雰囲気がそっくりだった。


「あたしね。自惚れてたんだ」


あたしは観念して話し始めた。


関わってきた人達を守りたいって思った。


でも桂花ちゃんはあんな風になっていた。

今こうしてる時もどこかで桂花ちゃんみたいに泣いている人がいるかもしれない。

その人達を助ける事はあたしにも、皆にも出来ない。

助けたくて身に付けた力なのに使う事すら出来ない。


現実を認めたくなくて、どうしたらいいかわからなくて我武者羅に鍛錬して。


「そしたら倒れたと」

「うん」


全部話し終えるまで激はただ黙って聞いていた。

情けないあたしの顛末をただじっと聞いていてくれた。


「俺もお前ほどじゃねぇけど、自分が無力だって感じてたぜ」


がしがしと頭を掻きながら激はゆっくり語る。

まるであたしにと言うよりも自分自身に言い聞かせようとしているかのようにゆっくりと。


「文官として動き回ってると他の領地で何が行われているのかなんてのを知る機会も多いんだ。まぁ報告されている内容以上の事はわからねぇけど、それでも苦しんでいる人間がいるって事とそんな連中に何もしてやれないって事はわかっちまう」


ため息を零しながら激は言葉を続ける。


「俺には苦しんでる人を知る事は出来ても助ける事は出来ないってその度に思い知らされて、無力な自分が嫌になる」


その言葉はあたしと同じ物だった。

でも同じ想いを持ってる人がいた事への喜びはまったくない。

それはすごく不謹慎だし、傷の舐め合いにしかならないって思った。


「でもな」

「え?」


言葉が続く事に思わず驚く。


「それは慎も、祭も、美命様も、蘭雪様も、陽菜様も、駆狼も、老先生も。皆、大なり小なり思ってる事だ」

「あっ……」


そうだった。

なんであたしは自分だけが悩んでるなんて思っていたんだろう。

自分だけが苦しいだなんて思っていたんだろう。

あたしが知ってる人達ならあたしと同じ事に思い当たって、あたしと同じように悩む事なんて分かり切っていた事のはずなのに。


「皆、表には出さないけど色々と考え込んでるみたいだ。まぁ悩んでるって事だけどさ」


そこで言葉を止めて座っていた椅子の背もたれに背中を押しつけながら天井を見上げる。


「まぁなんだ。お前は一人じゃないからさ。抱え込まないで一緒に悩めばいいんじゃねぇか?」


確かにあたしは一人で悩んでた。

仲間が一緒だから出来る事があるってわかっていたはずなのに一人で考え込んでいた。


「溜め込むくらいなら誰か捕まえて愚痴ればいい。まぁ部下連中に愚痴るのは立場的に拙いだろうけど。祭とか陽菜様とか俺達なら気軽に聞いてくれると思うぜ。それで少しは楽になるだろうよ。俺も慎や駆狼相手にやってる」


効果はあったぜって笑いながら激は言う。

あたしは自分の独りよがりが情けなくて泣きそうになった。


「溜め込んだもんを吐き出して気持ちが軽くなったらよ。自分に出来る事を考えりゃいい」

「うん」


両手で顔を覆いながら首を縦に振る。

下手に声を出すと、泣き出してしまうから。


「お前は情けなくなんてねぇよ。皆、悩んで苦しいんだ。お前よりは器用だから上手く折り合い付けてるだけ。本当にそんだけだ」

「うん、うん!」


一人じゃないって思ってた。

でもいつの間にか自分から一人になっていた。

あたしが周りを見なくなっていた。


でもあたしの傍には激がいた。

祭がいて、駆狼がいて、慎がいて、今ではもっと沢山の人がいてくれる。


悩みを一人だけで抱え込む必要なんて全然なかった。


「あり、がと。……馬鹿みたいだね、あたし。一人で悩んでた。一人じゃないって知ってたのに」

「間違えた事が悪いんじゃない。間違えた事を認められない事が悪い。まぁ駆狼からの受け売りだけどな。ようは同じ事を何度も言わせるなって事だ」


あたしがもう大丈夫だと思ったのか。

激は部屋を出ていこうと立ち上がった。


「あ、待って」


思わず引き止めちゃった。

あ、まずい。

本当にただ引き止めただけで何も考えてない。


「どした? もう大丈夫だと思ったんだが、まだなんか気になる事があるのか?」


首を傾げながら振り返る激に何か言わないとって焦りながら言葉を探す。


「えっと……見舞いに来てもらったお礼にお酒飲まない?」


あたしが指を刺したのは水瓶の隣に置いてある酒樽。

中には村にいた事からのお気に入りのお酒が入ってる。


「酒の誘いなんてしてくるって事はある程度すっきりしたって事か。ああ、いいぜ。今晩は付き合ってやるよ」


そう言うと激はさっきまで座っていた椅子にまたどっかりと座り直した。

楽しそうに笑う姿になんだかあたしまで嬉しくなる。


あたしは寝台から立ち上がって部屋に置いてある杯を二つ出した。

酒樽から杯に注ぎ、片方の杯を激に渡す。


「それじゃ累の調子が元に戻った事を記念して」

「これからも激があたしの愚痴を聞いてくれる事を記念して」


なんだよそれ、なんて軽く文句を言う激を無視してあたしは軽く打ち鳴らした杯の中の酒を一息に飲み干した。


「ぷっはぁ……相変わらず累のお気に入りは美味いな」

「当たり前。酒に煩いあたしが自分の目で見て買ってるんだから」


どうでもいいような世間話を肴にあたしたちはその日ずっと酒盛りを続けた。


明日からはいつも通りのあたしになれるってそう思いながら。

激にありがとうって思いながら。



話はこれで終わり、じゃなかった。


肩の荷が下りたって言うのかとにかく気が楽になった反動で酒を進めていたらいつの間にか、その、激とそういう雰囲気になって。

朝、目が覚めた時はお互いに裸で抱き合っていた。


勿論、都合良くその時の記憶がなくなっているわけじゃないから。

初めてを失くした痛みと身体を重ねる気持ち良さを思い出してしまって、目を覚ました激とはなんだかこそばゆい雰囲気になってしまった。


お互いに相手の事が好きなのはなんとなくわかっていた事だから。

あたしたちはそのままの流れで夫婦になる事にした。


色々と過程をすっ飛ばしてるような気もしたけど。

なんとなくあたしたちらしいかなって思って納得した。


とは言ってもまだ誰にも話していない。

からかわれるのがわかってるし、今はそこまではしゃぐ事も出来ないから。

だから今は気持ちが通じ合っている事だけで満足しておこうって思ったんだ。



さて気持ちを切り替えよう。


そして今日も頑張ろう。

皆と一緒に喜びながら苦しみながら。

それでも前に進めるように。


あたしは一人じゃないんだから。


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