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真・恋姫無双 乱世を駆ける男  作者: 黄粋
孫呉任官編
36/43

第二十七話

SIDE 甘寧


「ここが孫堅が治める建業、か。なるほど、話には聞いてたがすげぇ活気だ」

「すごい人ですね。父」

「そうだな。逸れるかもしれねぇからしっかり手ぇ握っておけよ。卓?」

「はい!」


愛娘の手を握り、城下を歩く。


しかしすげぇな。

城下の出入り口にはご丁寧に案内板があるから初めて来た人間にもわかりやすい。

市場やら住居やらがきっちり区画分けされてるから行きたい所にすぐ行ける。

歩いてみりゃ一定の間隔で兵士の詰所っぽいのがあって、民の安全に配慮してるってのがわかる。

詰めてる兵士たちも別に周りを威圧してるわけじゃなくて自然体だから、民が威圧されているって事も見た限りじゃ無さそうだ。


お、道を聞かれて普通に応えてやがる。

随分と親しみやすい兵士だな。


物盗りなんて迂闊な真似はそうそう出来ねぇな、こりゃ。

そんな事しようもんならよほどの腕利きでもなけりゃ四半刻と待たずにとっ捕まんだろ。

情報だけでしか知らなかった治安の良さにもこれなら納得出来るってもんだ。


俺がいた頃の荊州、劉表の所も物盗りは無かった。

四六時中、俺達兵士が街を睥睨してたからだがこっちほど賑やかでも穏やかでもなかったけどな。

挙句、太守が脅迫紛いな事をしてやがったんだからある意味、物盗りが起こるよりもひでぇ状況だった。

そんな所とここを比べるってのはここの連中に失礼か。



「っと凌操との待ち合わせの店は……」


俺が思春を連れて建業に来たのは凌操に頼み事をしにきたからだ。

凌操を通して建業の双虎と繋がりを持った俺達、錦帆賊は定期的に情報交換を行っている。

だから荀家のお嬢ちゃんを保護した事から始まった建業のいざこざについてもある程度は知っていた。


本当の所、凌操への頼み事はもっと前から考えていた事だったんだが。

流石に貴族がいる所に賊と呼ばれてる俺達が訪ねるってのは外聞が良くねぇし、いざこざで慌ただしかったから時期を見なきゃならなくなった。


「日高……ここか?」

「らーめんのお店ですね、父」

「凌操が常連になってる店らしいな。ついでに腹ごしらえも済ませちまおう」

「……はい」


どうも思春は凌操と会うのに緊張してるみたいだな。


思春はあいつの事を尊敬している。

親の俺が面白くないなんて思っちまうくらいに。

少しの間とはいえ、結構な人見知りが災いして他人に対して無愛想に振舞う思春が懐いて、しかも手解きを受けた相手だから尊敬するってのはわかる話なんだけどなぁ。


俺より年下の相手に敬愛とか親愛で負けるって親の面目丸潰れじゃねぇか。

あ〜、ちくしょう。


「「「「いらっしゃいませ!!」」」」


威勢の良い店員の野太い声が俺達を出迎える。

子供が驚きそうな声のでかさだったが、思春は錦帆賊の仲間たちでこういうのには慣れてるからな。

特に怯えたりはしねぇ。


「いいねぇ、気合いの入った声じゃねぇか」

「うちの売りの一つっすからね。気持ちよく飯を食べてもらうにはまず気持ち良い挨拶からっす。あ、こっちの二人席にどうぞ」

「あ、待ち合わせしてんだ。出来れば四人くらい座れる席にしてくれるか?」

「わかりやした。奥に四人席が空いてますんでそっちに案内しますね」


若くてはきはきした店員は俺の要望に嫌な顔一つせずに対応する。

やっぱいいねぇ。

手慣れてるって言うかそつがねぇって言うか、こんな風に客の要望に流れるように応えるってのは良い店の基本だ。

これが出来ない所は、味が良くても常連は付きにくい。

ま、単純に味だけで勝負してるような所は違うんだろうけどな。


「こちら採譜になります。注文決まったら近くの店員に声をかけてください」

「おう、ありがとよ」

「いえいえ、ごゆっくり〜」


水を置いて採譜を手渡すと店員は他の客から注文を受ける為に足早に去っていく。

なんか動きに無駄がねぇって言うか……今の奴、ただの店員じゃねぇ気がするな。


「まぁ気にする事はねぇか。卓、決まったか?」


隣り合って座り、採譜を眺めながら娘に聞く。

ほう、叉焼ちゃーしゅーやら卵やらは追加料金で自由に付け足せるのか。

なら汁の味だけ気を付けとけば量で物足りなくなるって事はなさそうだな。


「……ん、みそらーめんにします」


じっと採譜を吟味して自分が食べる料理を決める思春。

真面目な顔だがどこか微笑ましく感じるのはやっぱ俺が親馬鹿だからかね?


「じゃあ俺はとんこつにしておくか」


同じ味じゃつまらないしな。

味噌の汁がどんなのかは気になるから少し貰うか。


「おーい、注文頼む!」

「少しお待ちくださいっす」


さっきとは別の店員に注文を済ませる。

注文が来るまでの間、どこかそわそわした様子の思春とこの街の印象について話し合った。


思春が生まれた時はもう俺達は錦帆賊だった。

賊として荒々しく生きていた俺達の中にいる事が当たり前だった思春は、生まれた時から今までほとんどを生まれた時から知っている人間としか過ごしていない。

こいつにとっての世界ってのはちっぽけな船の上がほとんどで、見知った人間しかいない狭い場所でしか無いんだ。


だから初めて会う人間の前だと怖がるか警戒するかして結果的にひどく無愛想になっちまう。

凌操達が来た時だって俺が引っ張って紹介しなかったら、こいつは凌操達がいなくなるまでずっと船倉に引き篭もってたかもしれねぇ。


俺達はいつまでも一緒にいてやれるわけじゃない。

寿命か、それとも戦か、あるいは病かもしれない。

だが、いつか別れる時が来る。


いざその時が来た時、今のままのこいつだと後の事が心配で仕方ない。

だから俺は……今のうちにこの不器用な愛娘にしてやれる事をしておきたいんだ。


「父? どうかしましたか?」

「んっ!?」


思春に声をかけられて、俺ははっとした。

どうやらつい物思いに耽っちまってぼうっとしていたらしい。

不思議そうな顔をして俺を見つめていた思春と目が合って慌てて誤魔化す。


「あ、ああ……いや凌操はまだ来ねぇのかと思ってな」

「……約束はお昼時ですからまだ早いですし、それにお仕事が忙しいのかもしれません」

「そ、そうだな。まぁ気長に待つか」


なんとか誤魔化せた事に内心でほっとしながら考え事を再開する。


おもえと俺の大切な一人娘。

いずれは武で俺を越えていくだろう先が楽しみな未熟者。


そう未熟者だ。

俺に勝てないのも勿論そうだが、それ以上に思春はあらゆる面で経験が足りない。

その中には他人と関わる事への経験も入っている。

いや最も足りないところと言って良い。


他人と関わる事を忌避する傾向にある思春はこのままだと『未熟』なまま年を取ってしまう。

きっとそれは思春にとって良くない事だ。


人ってのは案外、面倒なもんで一人で生きていく事なんて出来やしない。

劉表の所から逃げ出してから俺は二年間を一人で過ごしてきたが、もしもあのまま一人だったら本当の意味で賊に成り下がり、獣とそう変わらない所にまで身を堕としていたと思う。

一人でいるって事はそれだけで人を追い詰めていくんだ。


今の思春は下手をすればそんな風になりかねない。

親としてそんな道に進まないようにする義務が俺にはある。


「お待たせしました、ご注文の品です!」


一番、最初に話をした身のこなしが妙に鋭い店員の声に意識を向ける。

卓に置かれる立ち上る湯気と良い匂いに思わず頬が緩んだ。

思春を見てみれば、自分の眼前に置かれた拉麺に目を輝かせている。


「おお、美味そうだな。それじゃ頂くか、卓」

「はい!」


言葉少なに同意を示して箸を握る思春に苦笑いしながら俺も自分の拉麺に箸を入れた。



凌操が来たのは俺達が食事を終わらせた頃だった。

さてあいつは俺の頼みを聞いてくれるだろうか?


SIDEOUT


「すまない、遅くなった」

「少しの遅れくらい問題ねぇよ。先に腹ごしらえはさせてもらったがな」


軽い謝罪を受け取った甘寧は目で座るように促した。

俺は軽く頷き、甘寧達と対面する席に座る。


「久しぶりだな。色々と騒がしかったみたいだがどうだ、調子は?」

「ボチボチだな。ある程度、落ち着きはしたが相変わらず忙しい日々だ。そちらはどうだ?」

「ここ一年ばかりで江賊や海賊は数が減ってきてるみたいでな。少なくともでかい船同士の戦闘ってのはねぇよ。今の所、俺達の敵は長江って名前のでかい自然だけだ。つってもそれは船を出してる時はいつもの事だがな」

「そいつは重畳」


弾む会話に自然と気分が高揚する。

錦帆賊と関わりを持ったあの時にそれなりの信頼関係を築いたお蔭だろう。

俺は幼馴染たちとはまた違った気安さを甘寧に感じていた。


「……」


何故かはわからないが緊張で固まったまま俺を見つめている甘卓嬢。

話しかけてほしいと思っているのだろうと考え、声をかける事にした。


「甘卓嬢も元気だったか?」

「あ、はい! 父の元、船を動かすためのちしきと武をまなんでいます!」


やはり緊張しているらしく少し声が上擦っている。


「そうか、頑張っているんだな。しかし身体には気をつけるんだぞ?」

「はい、ありがとうございます……」


先ほどは元気の良かった声が、今度は尻つぼみの小さな物になってしまった。

顔を俯かせて手を膝の腕でもじもじと遊ばせている。

これは、恥ずかしがっているのだろうか?


甘寧に視線で問いかけると、嫉妬なのか羨望なのかよくわからない視線が返ってきた。

駄目だ、こいつは役に立たん。


「……少し、背が伸びたか? この年の子供の成長は早いな」


頭の中に蓮華嬢や冥琳嬢と会話をしている時の事を思い浮かべ、参考にしながら会話する。

甘卓嬢は彼女らと一緒で少し繊細な所があるから会話も慎重に進めないといけない。

子供が気分良く話が出来るように配慮するのは大人の仕事だ。


「あ、あの……その」

「ん、どうした?」


甘卓嬢と俺が談笑している横で甘寧が怒りを我慢した顔で拳を握りしめているが無視だ。

俺との会話に集中している様子の甘卓嬢は気付いていないだろう。


ここまで俺の事を慕ってくれているとやはり嬉しい物だ。

後ろの親馬鹿が鬱陶しいが、慕われる事への対価があれなら私的にはどうって事はない。


「またお時間がある時にしゅうれんを見てもらえませんか?」

「俺が、か?」


問い返しつつ親馬鹿に視線で問う。

甘寧達がどれだけこの街に滞在するかわからない以上、仕事の都合も考えると即答は出来ないからだ。


「……凌操。卓の事も含めてお前に頼みたい事がある」

「今の話も無関係じゃないのか?」

「ああ、まあな。とりあえず静かに話せる所はねぇか? ここはちょっと騒がし過ぎる」


誰が聞いてるかわからない所で話せる事じゃないと言う事か。


「わかった。ああ、すまないが会計を頼む」

「っと凌操さんじゃないっすか。いつもご贔屓にしてもらってありがとうございます。どうぞ、お釣りです」


金を受け取り、丁寧に頭を下げる店員にお礼を言って俺達は店を後にした。

後ろからかけられた「「「ありがとうございました!」」」と言う威勢の良い声を聞きながら。



俺が二人を案内したのは建業で住居をまとめている区画。

そこの城に程近い場所にある一軒家。


ここは俺、陽菜、祭の家だ。

俺達が遠征を行っている間に蘭雪様の指示の元に造られた物である。

なんでも俺達への祝いなのだそうだ。

まさか家を祝いの品として出してくるとは思わなかった。

豪快と言うか何と言うか。


とはいえ実の所、この家はまだ余り使っていない。

遠征から帰ってからはずっと桂花に付きっきりで城の部屋で寝泊まりをしていたからだ。

状況が安定しない為に誰も家の事を俺には伝えなかったから家の存在自体、俺は知らなかったと言うのもある。

結局、そういう事情で俺が家の事を知ったのは桂花が帰ってからの事だ。

だからまだここはそれほど使われていない。


「静かな場所と言ったが、まさかお前の家に案内されるとは思わなかったな」

「客人を持て成すのなら自宅だろう?」

「そりゃあ、そうだが……俺はてっきり兵士たちの詰所にでも行くもんかと思ってたぜ」

「お前は今、錦帆賊としてではなく俺の友人として建業に来ているんだ。ただの友人を何故、詰所に連れていく必要がある?」

「あ〜、いや……その通りだな。ありがとよ」


恥ずかしそうに、そして嬉しそうに礼を言う甘寧に俺は気にするなと首を横に振った。

そわそわしながら部屋のあちこちに視線を移している甘卓に視線を向ける。


「おいおい、卓。あんまりきょろきょろするなよ。気になるのはわかるけどな」

「は!? 父、私は何を……」


父親に指摘されるまで自分が何をしていたかもわからない程に落ち着きが無くなっているらしい。

さすがにここまで挙動不審になると家に招いたのは失敗だったかと思ってしまうな。


「無自覚かよ。家の中、すっげぇ見回してたぞ」

「す、すみません。父、凌操さま。な、なんだか落ち着かなくてつい周りを見てしまいました……」

「お、おい。そんな落ち込むなって。凌操も俺も気にしてないから。な、凌操!」

「ああ、気にしてくていい。見られて困るような物を置いているわけでもないしな」


しゅんとする甘卓を二人がかりで慰める。


「いつも船の中が家だったからな。こういう一軒家は外から眺める事はあっても中に入るって事は無かったんだ。仕方ねぇから気にすんな!」


掌で軽く彼女の頭を叩きくしゃくしゃと髪をかき交ぜるように撫でる甘寧。

頭を撫でられて沈んだ気分が払拭されたのか、はにかみながら頷く甘卓。


良い家族だ。

見ていて微笑ましく思う。



二人を見ていると前世の家族を思い出す。


息子はやんちゃに育って、近所の子供たちを率先して遊びに誘っていた。


俺から学んだ精心流でいじめっこから年下の子を助けて。

そんな事を繰り返している内に自然と子供たちの中心にいるようになった。


力加減を間違えてやり過ぎる事も少なくなかった。

その時は親として叱り、相手には頭を下げて、もちろん息子にも頭を下げさせた。

息子から疑問や不満の声が上がる事も少なくなかった。


「なんで俺が謝るんだ」と「悪いのはあいつらなのに」と。


俺は高校に入る頃に息子に理由を話す事にした。

正しかろうと間違っていようと力を振るえば傷つく者がいる。

正しいから力を振るって良いわけじゃない。

間違っているから力を振るって良いわけじゃない。


力を使うと言う事は、その結果に責任を持つと言う事だ。

どういう結果になろうともそれが結果ならば受け止めなければならない。

正しいと思った結果、人から罵声を飛ばされる事も少なくないのだ。



兵役についていた俺などは正にそう。

国の正義を信じて戦った結果、あの時攻め入っていた国から向けられるのは憎悪、侮蔑、嫌悪の感情だった。

当然の事だろう。

理由があろうとなかろうと俺はこの手でかの国の人間を殺めたのだから。

もしかしたら俺が死んだあの時も、俺を恨みながら生きている人間がいたかもしれない。


勿論、悪い結果ばかりがあったわけではない。


俺と同じ部隊に配属された人間は、常に前線で戦っていた俺に感謝していた。

死がすぐ傍にあるそこで、仲間たちを俯瞰して指示を出す事が出来た俺は彼らから見れば頼もしかったんだろう。

何人も死んでいった、けれど何人も生き延びた。


生き延びて共に終戦を迎えられた仲間たちからは生活が落ち着いた頃、全員で俺を訪ねてきた。

皆が今の生活に馴染んでいた俺の姿を喜び、陽菜との事をからかいながら祝福し、今後の生活に想いを馳せていた。


俺が戦う事で守れた物も確かに在ったのだ。



自分の苦い経験を話すのは少なからず苦痛が伴う。

けれど息子が間違えない為にも必要な事だった。


戦争など話でしか知らない息子は、恐らく話した事の半分も理解できていなかっただろう。

それでも、その後からすぐに暴力を振るう事は無くなった。

結果的に暴力に走る事はあっても、謝る事に不満を漏らす事はなくなった。


きっと自分なりの答えを見つけたんだろう。



「おい、どうした凌操?」

「凌操さま、どうしたのですか?」


……物思いに耽り過ぎたみたいだな。

心配そうに似た者親子が俺を見つめている姿を見て口元を緩みながら努めて明るく返答した。


「少し考え事をしていただけだ」

「それにしりゃえらく遠い所を見てたみたいだが……」

「お前と甘卓嬢のような家族になりたいと思っていただけだよ」


納得いかないと言う顔をしている甘寧に苦笑いをしながらからかってやる。


「ばっ!? てめぇ、何恥ずかしい事を言ってやがる!?」

「何が恥ずかしいんだ? 仲が良い親子で羨ましいぞ、俺は」


顔を真っ赤にして怒鳴る甘寧をさらに煽ってやる。

鈴の甘寧なんて呼ばれる江賊の代名詞が顔を赤くして照れ隠しに必死になる様子はとても面白く感じられた。


「こ、このやろ」

「父……どうして仲が良いとほめてもらったのに怒っているのですか?」

「う、いや思春、これは、な。あの……よ」


首をかしげながら愛娘に聞かれてなんと答えて良いかわからず視線を右往左往させながら呻く甘寧。


「甘卓嬢。甘寧は照れているだけだ。必要以上に大声を出してるのは恥ずかしさを隠したいだけだ。だから怒っているわけじゃない」

「あ、そうなのですね。良かった」

「ちなみにこういうのを照れ隠しと言うんだ。覚えておくといい」

「はい! 凌操さま!」

「人を出汁に娘の教育してくれてんじゃねぇ!? 決着つけてやっから、表ぇ出ろ凌操ゴルァア!!」


剣に手をかけながら凄む甘寧だが、顔が真っ赤なままでは威圧にはならない。


「さて、甘卓嬢も適度に緊張がほぐれたようだ。甘寧、そろそろ本題に入ろう」

「お、お前、人をあんだけおちょくっておいて何事もなく進めやがるのかよ……」


ぷるぷると震えながら声を絞り出す甘寧。

しかしすぐに諦めたようにため息をつくと座り直した。


「わかった。要件ってのは今後の錦帆賊についてだ」

「……どういう事だ?」


甘寧の話をまとめるとこうなる。


江賊による略奪行為が少なくなってきた事を好機と見て、最大の勢力である錦帆賊を討伐しようと言う動きが近隣諸侯に出始めたと言う。

このままでは近いうちに今までで最大規模の討伐軍が派遣される事になるらしい。


その情報を知った甘寧は多勢に無勢になる事を理解し、攻め込まれる前に錦帆賊を解散する事を決定。

しかし国を相手に理不尽を強いられて集まった錦帆賊の面々は戦う事を諦める事だけは出来なかった。

故に大きな騒ぎになる前に建業に投降、いや帰順する事にしたのだと言う。


「なるほど。荀家関係の騒ぎの後に急にここへのちょっかいが少なくなったのはそれも関係あると見るべきだな」

「ああ、こっちにも影響はあったのか。聞いた限りじゃ長江を領地に置いてある所は全部、軍を出すらしいぜ」

「……それだけの大軍勢か。確かにそれだけの戦力差では錦帆賊がどれほど勇猛でも厳しいな」

「悔しい話だけどな。だが俺が血気勇んで無茶やらかした結果、あいつらを無駄死にさせるわけにはいかねぇ」


意図して軽く言っているが、その眼には悔しさと怒りが混ざり合った危険な輝きを発している。

本当にぎりぎりの所で、こいつは自分の下に付いている仲間たちの事を考えて玉砕覚悟の突撃を踏みとどまったのだと理解できる程に苛烈な眼差しだった。


「賢明な判断だ。さすが錦帆賊をまとめ上げた男だな」

「ありがとよ。とは言え、だ。俺達がただ投降しても周りは納得しねぇだろ。あいつら目線で見りゃ俺達は国を脅かした悪党だからな。処刑しろと命じられるか、差し出せと言われるか。最悪だと俺達を出汁にしてお前たちを殲滅しにかかる可能性もある」


冷静に可能性を上げていく甘寧。

まったくもってその通りの話だ。

反論など出来ない。

彼が言った言葉一つ一つが起こりうる可能性で、どれもが建業を破滅させかねない問題だ。


「そんな迷惑をかけるなんてこっちとしても御免だ。そこでまず甘卓を含めたうちの若い連中を建業に仕官させたい」

「甘卓を含めて、だと? 甘卓、お前はこの話を聞いているのか?」


父親の隣で黙って話を聞いていた彼女に目を向ける。


「わたしたちは全員で話し合いました。そして凌操さまと会ったことがあるわたしが先に来たんです」

「ここにいると言う事はそれを承知したと言う事で、いいんだな?」

「はい。そうです」


真っ直ぐな言葉には躊躇いが無かった。

しかしどこか身体に力が入っている印象がある。


当然だ。

甘卓は生まれた時から常に船と、錦帆賊と共にあり、そして父親と一緒にいた。

生まれてからずっと共にいた父親としばしとは言え、別れると言う事が不安で無いはずがないのだ。


「お前たちが話し合って決めたと言うのなら俺からは何も言わない」


それが錦帆賊と言う集団の決断ならば、それを尊重するべきだろう。


「若い連中なら鍛錬はしても実戦には出てないから顔も売れてねぇ。まずはこいつらをお前たちの所で新兵としてこき使ってやってほしい」

「古参の面々やお前はどうする?」

「俺らはしばらくはこのまま活動する。その間にお前らも他の領地の奴らと同じように錦帆賊討伐軍を組織してくれ」


そうか。

そう言う事か。


「俺達にお前たちを討伐しろ、と言う事か」

「そうだ。その時に死ぬ連中については気にしなくていい。本気で殺しにかかってきてくれ。下手に加減してると他の連中が疑ってくるかもしれねぇからな」


やはり。


「可能な限り替え玉を用意するつもりだが、それでも死ぬ奴は出る。さっきも言ったがその犠牲についてはお前たちは気にしなくていい。そこも全員で話し合って納得済みだ。そして他ならぬお前らの手で『鈴の甘寧』の首を取れ」

「本気か? 死ぬぞ?」


戦場の乱戦の中で上手く生き延びられるほど器用な人間など早々いない。

この策は正直、穴だらけだ。

若い連中を生き延びらせる為に、古参の者が犠牲になると言っているだけだ。


無駄死にではないんだろう。

だが犠牲が余りにも大き過ぎる。

挙句、それを俺達で為して功績にしろと言うのだ。

納得など出来る訳がない。


「かもな。だが俺達が死んでも俺達の意思が残る。お前も、建業の連中も俺達の事を知っている」


意思と言うのは甘卓嬢を含めた若い連中の事だろう。

俺達の事を知っていると言うのは彼らがどんな想いを抱き、どんな行動を取ってきたかを正しく理解していると言う意味だ。


わかっている。

わかってはいるが、これでは余りにも。


「賊徒として死ぬ事も覚悟の上なんだな?」

「俺達は良くも悪くも名が売れ過ぎた。この辺で消えておかないと俺達が望んでもいねぇ騒動が起こる。それで苦労するのは民草だ。そうだろ?」


駄目だ。

こいつは、いやこいつらは既に覚悟を決めてしまっている。

娘の前で自分が死ぬ可能性を否定しなかった事がその証拠。

話し合ったと言うのは自分が死ぬ事に付いても話し合ったと言う事なのだろう。


「俺の一存では決められない。時間をくれ」

「わかってるよ。俺達は一週間ばかり建業にいるから。出来ればその間に決めてくれると助かる」

「……わかった」


恐らく細部は変更されるだろうが、甘寧の案は通るだろう。

甘寧達が死ぬ事は協力体制を取っている俺達にとってはマイナスだ。

だが錦帆賊討伐への参加を拒否すれば賊と通じているといらない疑いをもたれる可能性が高い。

打算的に考えるならばそれは錦帆賊が死ぬ事よりも大きなマイナスになってしまう。

参加の要請が来た場合、参加しないで済ませるのは現状では難しい。


個人的感情を抜きにするならば参加せざるをえない。


だが。

娘の前で親が殺される事を認めろと言うのか?

親を殺す事を認めろと言うのか?

思わず噛み締めた歯に力が入り、ぎしりと軋む。


「ありがとよ。凌操。俺らの為に泣いてくれてよ」


気まずそうに、しかし嬉しそうに笑う甘寧の言葉で俺は自分の頬が濡れている事に気付いた。

どうやら俺は思っていた以上に、この男の事を信頼していたらしい。

死んでほしくないと思うほどに。


「俺は……子供を置いて逝くなんてほざく馬鹿な親に呆れているだけだ」

「そんなお前だからもしもの時に甘卓たちを任せられるって思ったんだよ」

「……馬鹿が」


涙は一筋だけで止まっていた。


「お前の案で通るかはわからない。だが若い連中は必ず引き取る。そこだけは約束する」

「ありがとよ。ああ、ついでだ。俺の真名を預けとくぜ。我儘を聞いてくれた礼だ」


居住まいを正し、甘寧は真剣な表情を作る。

俺も合わせて姿勢を正した。


「姓は甘、名は寧、字は興覇。真名は深桜しんおうだ」

「姓は凌、名は操、字は刀厘。真名は駆狼だ」

「わたしも名乗ります! 姓は甘、名は卓。字はまだありません! 真名は思春です!!」


やり切れない物を抱えながら、俺達はお互いに信頼を預け合う。

こんな話の後でなければきっと気持ちよく笑いあえただろうに。

俺は顔からどうしても苦味を消す事が出来なかった。



後日、甘寧からの提案を蘭雪様たちに伝えた。

俺の予想通り、ほとんどが彼からの発案通りになった。

ただし方針として可能な限りの錦帆賊を生け捕りにし、鈴の甘寧についてはこちらでも替え玉を用意して極力、死なせない方向にする事が決まった。


戦力としても勿論だが、彼らの実情を知っている蘭雪様はたとえ国からの命令であっても彼を殺す事は許さないと吼えたのだ。

文官たちからの反論をその気迫で捩じ伏せ、事の次第と最新情報の確認を厳命し同時に準備を進めるように号令。

俺は慌ただしくなってきた城内の様子を感じ取りながら、甘寧達の元に事の次第を伝えに向かった。



さらに翌日。


「甘卓です! よろしくお願いします!!」


小さな身体で精一杯の声を出す甘卓。

次々と名乗りを上げる錦帆賊から預かった若い連中。


深桜の要望通りに彼らの軍への士官は認めさせた。

俺の元に置くと言う条件付きだったが、それはさして問題は無い。


俺が友に頼まれたんだ。

元々、引き受けるつもりだったし増員も考えていた事だった。


「新しい隊員たちだ。日が浅いのは仕方がないが、俺に甘えさせるつもりはない。全員、しっかり付いて来い!!! そして俺よりも強くなれ!!!」

「「「「「はい!!」」」」」


全員の声が唱和する。

勿論、甘卓の幼い声もあった。


「鎧を着たらいつも通り走り込みだ。新入りについては皆で手分けして着るのを手伝ってやれ!! 甘卓はまだ身体が出来ていないからまだ鎧は無し!!」


きびきびと準備を始める部下たちを尻目に甘卓に近づく。

初対面の人間が多い場所にいる事で、いつも以上に表情が固まっているように見えた。


「甘卓。緊張するのはわかるが落ち着いていけ」


深桜のように頭を撫でる。

勿論、奴ほど力任せではなく髪が乱れない程度の力でだが。

それでも落ち着いてくれたらしい。

目に見えて身体から緊張が抜けていくのがわかった。


「隊長、準備が出来ました!」

「いつでも行けますぞ」

「それじゃ〜、ぼちぼち行きましょうか〜」

「兄貴、もうちっと真面目な声を出そうぜ。新入りに舐められるぜ?」

「隊長! さっさと始めましょう!!」


うちの部隊の顔とも言える賀斉、宋謙殿、蒋欽、蒋一、董襲の言葉に俺は右腕を天にかざして応える。


「一日前の自分に打ち勝て! 駆け足、始め!!!!」

「「「「「「「おおおおーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」」」」」」」


空に響き渡る大音声を合図に俺達は走り出す。

これから訪れるだろう暗雲を切り裂けるだけの力を手に入れる為に。


錦帆賊の今後について語りました。

次回でさらに動きがあると思います。

既に死ぬ覚悟を決めてしまった甘寧。

それを心の中で認められないでいる凌操。

果たしてどのように動くのか期待していただければ幸いです。


それではまた。

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