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真・恋姫無双 乱世を駆ける男  作者: 黄粋
孫呉任官編
25/43

第二十一話

建業からの指示を受けた俺達建業遠征軍は一昨日、命令の一つである賊の処断を完了させた。


新兵たちは俺や宋謙殿、古参の兵に弱音を吐きながらも自分たちの所業と向き合い概ね乗り越える事が出来たようだ。


しかし全ての人間が乗り越えられたわけではない。

新兵十名が軍を辞める意思を固めて俺に報告をしてきた。

俺は宋謙殿の立ち会いの元で彼らと話し合う場を設け、一人一人の意思を改めて確認した。


辞める意思を伝えに来た時、彼らは何度も俺達に謝っていた。

本当は辞めるなどと言う決断はしたくなかったのだろう。


どうしても死に触れた時の恐怖が忘れられないと言っていた。

自分が戦う事を想像しただけで足が竦んでしまうのだと。


そしてそんな体たらくの自分たちがこのまま遠征軍に所属していても足手まといにしかならない。

自分たちのみならず仲間たちに迷惑をかけたくないと、彼らはそう言っていた。


個人的には彼ら自身の意思を尊重したい。

だが軍という組織の性質上、そう簡単に辞めさせる訳にもいかない。


だから戦闘部隊から彼らを外してしばらく様子を見る事にした。

次の定期報告を建業に出す際、辞職を申し出た十名について報告し指示を仰ぐ形になっている。


次の伝令を送るのは一週間後。

それまでに彼らの心境がよい方向に変化すれば良し。

そうでなければ辞める事を認めるつもりだ。



そして俺達は軍の生活環境を整える為の農作業組と駐屯地の工事を行う工作業組とで別れて作業を行っている。


「一回一回腰を入れて鍬を振れ! 我々の兵糧を賄う為の重要な作業だ。気を抜いた作業などしていたら連帯責任で班ごと罰するぞ!!!」

「「「「はいっ!!!」」」」


作業中の部下たちを激励し、自分も鍬を振るい土地を耕す。

ちなみに鍬は村人たちに借り、作物の種は村長に分けてもらった。



この辺りの土地は海が近い代わりに河は遠い傾向にある。

長江から枝分かれした小さな河が流れているが、その河ですらそれなりに距離があって水を汲むには不向きだ。


定期的に撒く水に海水は利用できない。

塩害などの影響で農作物が育たない傾向にあるからだ。


しかし前世の記憶では海水に含まれるミネラルに着目し、それを肥料として使う事で味が良くなったと言う話を聞いた事がある。

海水はそちらに利用する事にしよう。

確か収穫する一ヶ月前に畑や田んぼに海水を撒いていたはずだ。

化学肥料を作れる環境がない以上、色々と試して品質を良くしていくしかないだろう。



基本的に飲み水などは大昔に掘った井戸に頼りきりになっている。

村長が言うには生活用水の事情はこの村に限った話ではなく、この辺りに住む者たちに共通した物らしい。


調べてみたがこの辺りの井戸は大体が浅井戸だ。

長江と言う大きな水源に比較的近い場所であるこの近辺は掘れば水が出てくる程度に地下水が豊富らしい。


しかし浅井戸ではいつか枯渇する可能性がある。

そして井戸の数が少ないのも問題だ。

村人が過ごす分には浅井戸が一ヶ所あれば十分に賄えるが、さすがに軍隊が駐屯生活をするとなると心許ない。


井戸を新しく造るか、あるいは海水淡水化の方法を考えるか。

井戸の製造には時間がかかる。

それにどの程度、掘れば水が湧くかがわからないと言う問題がある。

海水淡水化について前世の知識では蒸留して造る方法が一般的に知られている。

だがこの方法だと一回一回に出来る淡水の量が少ない。

さらに蒸留の為に毎日のように火を使う為、薪などの燃料の消費が激しくなるのが難点だ。


どういう手段を取るにせよ、なるべく早く解決しなければいずれ大きな問題になるだろう。

俺は村から少し離れた場所で畑を耕しながら考えられる問題点を洗い出していった。



太陽が真上に昇る頃。

昼食を作っていた蒋欽たち炊事班が食事を運んできた。


「まいど〜〜、おいしいおいしい昼飯をお届けに上がりました〜〜〜」

「よし! 作業は中断! それぞれしっかり柔軟を行った後、食事を取るように!!」

「「「「「はっ!!!」」」」」


一斉に持っていた農耕道具を地面に置き、思い思いの場所で柔軟運動を始める部下たち。

勿論、俺もやっている。


座った状態で開脚し、体を前に倒す。

昔からやっていた成果で俺の体は胸を地面に付ける事が出来るほどに柔らかい。


「はぁ〜〜、相変わらず馬鹿みたいに柔らかいですねぇ。隊長の体」


驚くと同時に呆れているような口調で話しかけてくる蒋欽に俺は苦笑いを返した。


「毎日の柔軟の成果だ。お前たちも続けていればこれくらいは出来るようになる」

「いやぁ〜〜そこまでべったり胸を地面に付けられる所にまで至る自分が想像出来ないんですがねぇ。弟と違って僕は体が硬いみたいですし」


頬を掻く蒋欽。

だが俺は知っている。


「それでも毎日の柔軟運動で確実にお前の体は確実に柔らかくなっているさ。自分でもわかっているんだろう? 成果の現れ方は人それぞれだから隠れてやるような事でもないぞ」

「ありゃりゃ、ばればれですか。急に体が柔らなくなったって皆を驚かせたかったんですがねぇ」

「俺を驚かそうとするならもっと徹底的に隠す事だ」

「肝に銘じときますわ」


雑談しながらも俺は柔軟を続ける。

右腕を伸ばしたまま胸の前に持っていき、左腕で体にゆっくり、丁寧に、時間をかけて押しつけていく。

柔軟としては基本的な物だが、力仕事が多い事を考えれば肩凝りの対処は必須だろう。


「身体の柔軟性が増せば増すほど動作の一つ一つを俊敏にしなやかにする事が可能だ。身体能力にはどうしても個人差が出る物だが、そこで諦める必要はない。その差を補えるように努力すればいいだけだからな」

「その努力の一つの形がこの柔軟運動ってわけなんですねぇ。いやぁ隊長の飽くなき向上心と発想力には驚かされてばっかりですよ」

「考えれば誰だって思いつく。この場所で最初にやり始めたのが俺であったと言うだけの事だ」

「謙遜ですよ、そいつは」


話し込んでいる内に柔軟が終わったようで炊事班の周りに群がるように集まる農作業班の面々。


俺も立ち上がり、さっそく蒋欽から昼食を頂戴した。

なぜか二人分の量だが。


「蒋欽、どう見ても一人分の量ではないぞ?」

「荀彧ちゃんの分も含めているんですよ〜。あの子、隊長が来るまで自分の食事に手を付けませんからねぇ。先に持っていっちゃうと冷めてしまいますし。ですんで隊長が一緒に持っていってあげてください」

「……そうか、やっぱりあの子は俺が行くまで食事を取っていなかったのか。困った物だな」


彼女が俺の天幕で寝泊まりするようになってから既に二日。

他人に対する極端な拒絶反応を起こす事がなくなった荀彧だが代わりと言うか何というか別の問題点が浮上してきた。


俺に依存してきているのだ。

先に蒋欽と話した通り食事は可能な限り俺と一緒に取ろうと待ち続け、休憩時間などは俺から離れようとしない。


今まで自分から人と距離を取らざるをえなかった事への反動なのだと思う。

その対象が俺になったのはもっとも積極的に彼女と関わりを持っていたからだ。

そういう理由があると理解しているからこそ、その行動を無碍に扱う事も出来ない。


「傍目から見ていると完全に親子ですからねぇ。お二人はおぶぅっ!?」


にやにや笑う蒋欽の腹に裏拳を叩き込む。

腹を抱えてプルプル震えて声もなくもだえている馬鹿者を放置し、俺は彼女が待っているだろう自分の天幕へと歩きだした。



じっと俺の天幕の中で平面の板と板の上にある木駒を見つめて考え込んでいた荀彧に声をかける。


「すまないな、荀彧。少し遅くなった」

「りょうそうさま! おかえりなさい!!」

「ああ、ただいま」


二人分の食事を乗せた皿を地面に敷かれた布の上に置き、自分も腰を下ろす。

食欲をそそる良い香りが鼻をくすぐったのか、ご機嫌な様子で荀彧が俺の対面に座った。


「ではいただきます」

「いただきます」


胸の前で手を合わせる。

告げる言葉には食事が取れる事への感謝を込めて。


「うむ。鹿の骨で出汁を取ったがなかなか美味いな」

「このたんはしかを使っているんですか?」

「ああ、ここから少し離れた山で狩ってきた。もっとも狩ったのは賀斉だが」


首がへし折れてぐったりした鹿を二頭も肩に担いで帰ってきたその姿に周りは怯えていた。

どうも素手で狩ってきたらしい。

山中での足の速さは時に馬をも越える鹿をどうやって捕まえたのかは気になる所だ。

本人が一仕事終わらせたと言わんばかりの笑顔だったのも周囲を怯えさせた要因だろう。


昼前辺りまでほとんどの人間が彼女から距離を取っていた事からもどれだけその光景が恐ろしかったかわかるだろう。

俺とて賀斉だから特に気にしなかったが、怯えていた連中の気持ちもよくわかった。

可愛らしい見た目にそぐわなかったからな、担いでいた鹿の存在が。

あの姿を見て普段と変わらない調子だったのは宋謙殿と俺、董襲くらいか。


鹿を狩る際は一撃で息の根を止め、食料としての品質をあげるならば血抜きを即座に行わないといけない。

と言う事を以前、教えこんではいたが俺が調理する時に確認した限り鹿の処置は完璧だった。

食事の大切さを体に叩き込んで以来、賀斉は一食一食に対して妥協しないようになっている。

これが良い事か悪い事かは判断しにくい所だが。


「肉を削ぎ取った後の骨をじっくり時間をかけて煮る事で出汁を取るんだが、時間がかかるのですぐに食べられる訳ではない。だが時間をかけた分だけ味は上等な物になる。お前の口にはあったか?」

「はい! とても食べやすくておいしいです」

「そうか」


にこにこ笑いながら汁をすする荀彧。

その姿に俺も思わず破顔しながら麦飯を口に入れる。


「これが終わったらしばらく休憩だ。お前が夢中になっているそれの相手をしよう」


董襲たちは建業からの指令の他に幾つかあちらの人間から個人的に預かった物を持ち帰ってきた。


荀彧が夢中になっている木の板とそれに付属する小さめの木駒もその一つ。

いつ作ったのかはわからないが祭と陽菜が作ってくれた一種の遊び道具だ。


「ほんとうですか! ありがとうございます!!」


善は急げとばかりに汁をかき込むように口に入れる荀彧。

しかし勢いよく口に含んだせいでむせてしまった。


「まったく。焦らなくとも俺も『将棋』も逃げはしないぞ」

「えほっ、けほっ……うう、ごめんなさい」


背中をさすりつつ、水亀から水を取って渡してやる。


「食事は焦らずしっかり取る事。遊ぶのはその後だ。わかったな?」

「はい……」


しゅんとしてしまった彼女の様子に罪悪感を覚える。

だがそれでも駄目な事は駄目だと言って聞かせなければいけない。

優しいと甘やかすと言うのは似ているようで違うのだ。


それからは静かに食事が進み、体感時間でおよそ十分後に俺たちは箸を置いた。


「「ごちそうさまでした」」


両手をあわせて食事が取れた事に感謝する。

食器を片づけて天幕の端に置く俺を期待を滲ませた表情で見つめる荀彧。


「それでは始めようか」

「はい! よろしくおねがいします!!」


可愛らしい笑顔で礼を言い、食事ではなく平面の板『将棋盤』を挟んで相対する荀彧。

先ほどまでの子供そのものの柔らかい顔立ちは変わらない。

だが真剣な表情で盤面を睨むその様子には『智を力にする者』の片鱗が見えるように思えた。

それが彼女が『荀彧だから』感じる錯覚なのか、そうでないのかは今の俺には判断できない。



彼女が将棋を知ったのはつい昨日の事。

俺が董襲から祭、陽菜から届け物だと渡されたソレを物色している時にこれが何かを聞いてきた。


物珍しげに将棋盤と木で作られた駒を見つめる彼女が微笑ましくつい教えてしまったのが始まり。


この時代にも駒を使った遊びは存在したはずだが。

それらと趣が違ったからなのか、彼女はルールを一通り説明したらすぐにのめり込んでしまった。


この辺りの覚えの良さは教養のある人間ならではだろう。

彼女自身の飲み込みの早さも勿論あるだろうが。


とはいえさすがにルールを覚えたばかり。

これまで三回ほど指し、結果は俺の全勝。

一応は飛車、角、金将、銀将の六枚落ちでやったのだがそれでもまだまだ余裕だった。


子供相手に大人げないとも思ったが彼女が手加減しないようにと最初に釘を差してきたのでそれは出来なくなってしまった。

とはいえそれではさすがに勝負にならない。

なので手加減はしないが駒を幾つか落とす事にしたのだ。


それにも不満そうではあったが、そこだけは俺も譲らず。

最終的には荀彧も納得してくれた。

最初の一回だけ手加減なしの全ての駒で勝負し、その結果が散々な物になったのだから。

歩以外の駒はほとんど奪わせずに勝つと言うまさに完勝と言う形だったのだ。


さて先手は荀彧だ。

今日は朝食を食べてからずっと盤と睨めっこをしていたが、果たしてどういう手を打ってくるか。

幼い少女の打つ手がなんなのか年甲斐もなく内心でわくわくしながら俺は勝負に意識を集中させた。


一ヶ月と言う長いようで短い時間。

俺たちはこうしてゆっくりとした時の流れに身を任せて過ごす。

日々の行動の成果を感じ取りながら。



そして一ヶ月後、俺たちは紆余曲折の果てに建業に帰還する事になった。


理由は荀彧。

彼女の生家である荀家から彼女を引き取りたいと言う打診が建業大守の蘭雪様宛にあったのだと言う。

なんでも荀爽じゅんそうと言う今の荀家の代表から直筆の書状が届いたと言う話だ。


さすが名家と言うべきか。

俺たち建業軍が荀彧を保護しており、さらに売られた者たちの事を調べている事に気づいたらしい。


一領土の代表である蘭雪様とはいえ貴族相手に迂闊な真似は出来ない。

権力に連なる者の機嫌を損ねれば己だけでなく領地に関わる全ての人間に害を及ぼす可能性があるのだ。


幸いにして荀家は権力を笠に着て理不尽な真似をすると言う話は聞かない。


だがだからこそこちらも礼節を持って対応しなければならないのだ。

彼らのような人格者として讃えられている人間へ、不義理な真似をしたとあれば周辺諸侯が黙っていない。

これ幸いにといちゃもんを付けてくるだろう。

最悪の場合、それを理由に領土を奪い取りにくるかもしれない。


そんな横暴がまかり通るような世の中なのだ、今は。


恐らく美命や古参の者たちは貴族との関わり方を心得ているはず。

故に遠征を中止にしてでも彼らへの対応を優先したのだろう。



一応ではあるが駐屯地は形になり、井戸も突貫工事ではあるが造る事が出来た。

畑だけは収穫期にならなければ判断を下せないので、心苦しかったが近隣の村の人間に判断をしてもらえるよう頼み込んだ。


作物を育てると言う点に置いては俺たち兵役についている人間よりも彼らに一日の長があるからだ。

彼らも快く引き受けてくれた。


「我々はあなた方に生活を守っていただいております。この程度の事を恩返しと言うのもはばかられますが、我々が少しでもお役にたてる事があるならば是非もありません」


実にありがたい話だ。



派遣される駐屯軍への引継は宋謙殿を含めた百人を残して対応する事になっている。

引継を終わらせたら彼らも建業に引き上げる予定だ。


「宋謙殿。皆も。負担をかける事になるがよろしく頼む」

「はっ、万事抜かりなく」

「「「「「「はっ!!!!!」」」」」」


帰還する日。

皆を集めて激励する俺の後ろで賀斉たちと一緒にいた荀彧が前に出た。


彼女の突然の行動に戸惑う部下たち。

俺は事前にやる事を聞いていたから驚きはない。


「みなさん! わたしを助けてくれてありがとうございました!!!」


そう自身に出来る限りの声で叫び、頭を下げた。

呆気に取られた部下たちの様子を見つめながら俺はこちらに駆け寄ってくる荀彧と目を合わせる。

やり遂げたと満足げに笑っている彼女につられて俺も笑った。


「皆、心に刻み込め!! 俺たちが守った物を!! 決して忘れるな、荀彧の感謝の言葉を!!」


沈黙は一瞬。

次いで爆発するような肯定を示す声が怒号のように辺りに響き渡った。


そして俺たちは。

遠征を中断すると言う良くない結果を抱えながらも意気揚々と建業への帰路に着いた。


少々、強引な形になりましたが遠征編はこれにて終了です。

さすがに名家である荀彧を連れたまま遠征を続ける事は出来ませんでした。

いずれ遠征の続きは行うかもしれませんが、それを担当するのが駆狼であるかはまた別の話になります。

次回からは建業での話に戻ります。

しばらく出番が少なかった面々との絡みを楽しみにしていただければと思います。

それではまた。


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