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真・恋姫無双 乱世を駆ける男  作者: 黄粋
孫呉任官編
12/43

第八話

新年、明けましておめでとうございます。

今年もチマチマと執筆に励みますのでお時間ある時にでも見ていただければ幸いです。

昨年末より執筆速度が落ちてきていますので今年から更新は隔週を目途にさせていただきます。

楽しみにしていただいている方々には申し訳ありませんがご認識のほどよろしくお願いします。

勿論、上げられる時はさっさと上げますので。

それでは。

建業に到着したのは村を出て五日後の昼を回った頃になった。


俺たちの目の前には外敵から身を守る為に高く積み上げられた石の壁が立ちはだかっている。

四方に設けられた出入り口の内の北口だ。

そこにある関所の前で激が深いため息を付いた。


「ずいぶん遅くなっちまったなぁ」


激のぼやきが示す通り、俺たちは村を出た当初の予定である三日より二日も到着が遅れてしまっていた。


理由は賊の襲撃。

まあそこそこ良い治安状態とはいえ護衛もなしに五人ばかりの人間が歩いていれば、山賊たちからすれば正に『鴨がネギ背負ってやってきた』ように見えたと言う事だろう。


「どうするの?」

「蘭雪様なら事情を話せばわかってもらえると思うがの」


しかし五村同盟が成って約六年。

村への襲撃は二桁を越えている。

その度に迎撃に出ている俺たちにとっては賊の襲撃自体はそこまで驚く事ではない。


「この辺りの賊としては規模が大きかったですけど返り討ちにしましたしね。むしろ手柄として認められるかも」

「こっちの人数が少ないからってやつら完全に俺たちを舐めてかかってたからなぁ」


とはいえ今の俺たちには部隊がない。

たった五人だけで百人もの賊を真っ向から相手にするのは厳しい。

真っ向勝負でも俺たちならばどうにか出来るとは思うが、必要以上に危ない橋を渡る事もない。

なので地形を最大限利用しての迎撃奇襲戦法を取る事にした。


全力の逃走後、敵集団に取り囲まれないように森へ飛び込み敵を分断、各個撃破という作戦である。

しかし森へ入ってからは一昼夜かけての持久戦になった為、想定した以上に時間がかかってしまったのだ。


「証人も連れてきているから事情は汲んでくれるだろう。他の人間への示しもあるだろうからなんらかの罰はあるかもしれんがな」


あらかじめ蘭雪様には正式な任官に一ヶ月前後の期間を見てもらっている。

多少の日数超過は事情を話せばわかってもらえるだろう。


「はぁ……処罰されるかもしれんと思うとほんと余計な手間をかけさせてくれたもんじゃな、こやつらは」


全員で後ろを振り返る。

そこには両腕、両足を縛り付けた状態で座らせている男がいた。

全身に激の打撃痕、慎の剣による切り傷、さらにその背中には累の大鎚の痕がくっきり残っている。


この男は俺たちを襲った賊の頭だ。

返り討ちにされる部下たちを見て怖じ気付いて逃げようとした所を捕まえた。


その表情には俺たちへの、特に俺への恐怖が張り付いている。

激たちが叩きのめした後、賊の情報を吐かせる為に指の骨を一本ずつへし折ってやったのがよっぽど堪えているらしい。


目を細めてそいつを睨んでやると、がくがく震えながら首を横に振った。

口を布で縛り付けているのでしゃべる事は出来ないが、あの怯えた目を見れば俺たちに逆らう事はまずないだろう事が理解できる。


「お前、これでもかってくらいにボコボコにしたもんなぁ」

「ま、自業自得だから同情はしないけどね」


その時の光景を思い出しているんだろう。

激と累が遠い目をしているが重要な事ではないので無視だ。


「無駄話もこの辺にしてとりあえず街に入るぞ」

「そうじゃな。蘭雪様も首を長くして待っておるじゃろうし」


俺の頭に玉座の間で頬杖を付きながら欠伸をしている蘭雪様が浮かぶ。

仮にも大守としてあるまじき態度だが、村での印象から考えると違和感はなかった。


「それじゃ僕が衛兵と話をしてくるよ」

「俺も行こう。どっちかの顔見知りなら話を通しやすくなるだろうからな。祭たちはそいつが逃げないように見張っていてくれ」


慎と二人で門の関所に向かって歩き出す。


「おう、心得た」

「さっさと終わらせてこいよ~~」

「行ってらっしゃ~~い」


三人の緊張感に欠ける声を背に受けながら。



城内への入場手続きは思いの外、手早く済ませられた。

先んじて蘭雪様が手配してくれていたらしく、俺たちの名前を出すだけで特に問題もなく済んでしまったのだ。


山賊頭の引き渡しも滞りなく終わり、俺たちは街に入る。

俺たちの村にあった穏やかで緩やかな雰囲気とは違う、騒々しく雑然とした活気に累と激が目を白黒させている。

祭は俺の横で物珍しそうに周囲の店に視線を走らせていた。


「番の人に確認してもらったが今日は蘭雪様たちの都合が悪く会えないらしい。明日の朝に改めて謁見してもらえるという話だ」

「遅れたのは儂らの方じゃからな。都合がつかんのも仕方ないわな」

「元々、期限は曖昧にしてましたしね。部隊の引き継ぎがどれくらいで終わるかわからなかったから」

「じゃあ今日はどっかに宿を取るしかないな」

「こんなに人が沢山いると宿取るのも大変なんじゃない?」


雑談しながら露店を見る。

香ばしい匂いを漂わせた焼き魚、どこの部位かもわからない肉の串焼き、出来立ての肉まんなどが湯気を立てている。

この辺りは食べ物関連の露店が集まっている場所だ。


建業の敷地は孫静の政策によってある程度の区画分けがなされており食品関連の店、服飾関連の店、雑貨屋や住宅街などがある程度、一箇所にまとめられている。

当然、宿泊施設も同様で比較的城に近い場所に密集していた。


「腹減ったな」

「もう昼過ぎだからな。宿は俺の方で取っておくからお前たちは先に食事にしてくれ」

「え? いいの?」

「ああ。前に来た時に何処になんの店があるかは把握してあるからな。俺が一番早く済ませられるだろう」


目を輝かせる累に答える。

こういう重要な仕事を大雑把で適当な累や激にやらせるのは不安だからと言うのも理由の一つだが、そんな事を伝えてわざわざ無駄に事を荒立てる事もないだろう。


「操にぃ、いいの? 僕がやってもいいけど」

「慎と祭はあの馬鹿二人が何かやらかさないか見張っていてくれると助かるな」


そっちの方が宿探しよりも面倒だと思うが。

俺の意図を理解した慎は問題児二人を見て納得したように頷いた。


祭はなにやら不満そうな顔をしている。

恐らく俺が距離を置こうとしているのに気づいているんだろう。

しかし祭が俺の事を諦めていない事がわかってしまった以上、期待させるような行動は慎むべきだ。

恨んでくれても構わない。

だが俺は祭が諦めるまで何度でもこいつを振るつもりだ。


祭の不満を意図的に無視し俺は言葉を続ける。


「すまんが二人であいつらの手綱を握っててくれ」

「そういう事ならわかったよ。でもこっちは僕一人で十分だから祭さんは操にぃと一緒に行ってくれる?」

「なに?」


慎の申し出に驚く俺を尻目に祭は間髪入れずに頷いてしまう。


「わかった。ちと苦労するかもしれんがそっちは任せたぞ、慎」

「もう慣れたから平気だよ。そっちはそっちで食事は済ませてきてね」

「あいわかった。それじゃ駆狼、さっさと行くぞ」

「お、おい慎!? いや祭、ちょっと待て……」


あっと言う間に進んでいく話に呆けていると祭に腕を掴まれて引きずられていく。

俺の反論は完全に無視されていた。


「じゃ夕方にまたこの辺りに集合と言う事で」


笑みを浮かべてひらひらと手を振って俺たちに背を向けた慎が憎らしく思えてしまったのは仕方のない事だと思う。



既に食べる料理の物色に没頭している累と激を慎に任せて俺は前に来た時の記憶を頼りに不本意ながら祭を連れて宿探しに向かった。


「ほら、駆狼。さっさと宿を探すぞ」

「はぁ……わかった。わかったから腕を組むのは勘弁してくれ」


祭にがっしり腕を組まされて歩く俺たち。

その姿ははっきり言って目立っていた。


道行く男どもは美人の祭に色目を使い、仲睦まじそうにしている(ように見える)俺に殺意の篭もった視線を送ってくるから鬱陶しくてうんざりする。


「ええじゃろうが、これくらい。初心な男でもないんじゃし」


元凶の祭は針のむしろのようなこの状況など気にも止めていないらしい。

嬉しそうな顔をしてはしゃいでいる。


俺とこうしている事を喜んでいるんだろう。

その様子を見れば村を出た時に言っていた『諦めていない』という言葉が本当である事が良くわかる。


「お前がどれだけ俺の事を本気で好きになっても、俺はその気持ちには答えられないぞ?」

「告白した時にも言っていたな? 想い人がいると」


腕を組む手を離さずに俺を見つめる祭。

肯定の意味合いで俺は頷いた。


「教えてくれんか? お前の想い人がどんな人物なのか。勿論、無理にとは言わんがの」

「……どうしてそんな事を知りたがる?」


突然と言えば突然の質問に聞き返すと祭は俺から顔を逸らしながらこう答えた。


「朴念仁で唐変木のお前が惚れ込んでおる人の事じゃ。気になるじゃろ」

「……好き勝手に言ってくれるな」

「事実じゃからな」


しれっと言い切ってくれる祭に眉間に皺が寄った。

右手は祭のせいで自由に動かせないので左手で眉間をほぐす。


「それで? 教えてくれんのか?」

「まぁいいだろう。だが先に宿を見つけてからだ」


雑談していて宿を取れなかったとなれば三人に何を言われるか。

慎はねちねちと文句を言ってくるだろうし、激と累にはぎゃーぎゃーと喚かれるのは目に見えている。

累などは大槌を振り回してくるかもしれん。

それはまずい。

俺個人としても街まで来ておきながら野宿など御免だ。

野宿もそれほど嫌いではないが街にいるならしっかりした寝床で寝たい。


「おう、楽しみにしとるぞ!」

「そう楽しい話になるとも思えないんだが」


祭がどういう意図で陽菜の事を知りたいと思ったのかがわからんな。


「ふふ、そうと決まればさっさと宿を決めてしまうぞ!」

「わかったから引っ張るな! と言うかお前はどこに宿があるかなんてわからんだろう!? どこに行く気だ!!」


不思議な事に祭と話し込んでいる内に周りの視線は気にならなくなっていた。


視線が消えた訳ではない。

むしろきつくなっているように思う。

だと言うのにこうして祭に引っ張られながら会話していると連中の事がどうでも良くなってしまう。


野郎の嫉妬まみれの視線を気にするより見目麗しい幼馴染みと話している方が精神的に良いのはわかる。

だが本当にそれだけなのかと自問してしまうのは、俺が祭に幼馴染み以上の感情を抱いているからなのだろうか?


いかんな。

どうも頬にキスをされてから自分で思っている以上にこいつの事を意識してしまっているらしい。


告白を断った上にこれからも拒み続けると公言している癖になんて体たらくだ。

自己嫌悪しながらも俺は宿探しを再開した。



宿探しは問題なく済ませられた。

男三人、女二人のそれなりの人数ではあったが運良く男女別で部屋を取れる宿を見つける事が出来たのだ。


値段はそれなりにしたがどうせ一泊しかしない上に明日からは恐らく城の兵舎住まいだ。

路銀はここで使ってしまっても問題はない。

残しておくに越したことはないので豪勢な宿ではないが。


「いやぁなかなか良い宿が取れたな」

「お前が男女一緒の一部屋でいいと言い出した時は気が気じゃなかったがな」


子供の時ならいざ知らず二次性徴も終えて久しい年代の俺たちが男女一緒の部屋なんて論外だ。

累と激は同じ部屋でも良いかもしれんが。


「別に構わんだろうに」

「慎みと言う物を持て。お前たちは美人なんだから無闇に男を引き付けるような真似はするな」

「いたぁっ!?」


右手の甲で祭の額を叩く。

宿の出入り口で頭を押さえて呻き声をあげる祭。


少々力が入ってしまったようだがそれは仕方がない事だろう。

どうも祭と累は異性に対して無防備な所があるからな。

実力を考えるとこれから将として表に出る事も多くなるだろう。

些か手遅れかもしれんが矯正出来る部分は矯正するべきだ。


「ほう、お前から見ても儂らは美人なんじゃな」

「そこに喜ぶな、馬鹿者」

「あいたっ!?」


立ち上がってニヤニヤ笑う祭にもう一撃くれてやる。

まったく……少しは懲りてほしいもんだ。


「ほら、飯を済ませに行くぞ」

「うぅ、手甲で殴るのはやめてくれ」

「それほど強く叩いたつもりはない。ほら行くぞ」


いつまでもしゃがみ込んでいる祭の右手を掴んで無理矢理立たせる。


「はぁ……俺が惚れた奴の話を聞きたいんじゃないのか?」

「む、確かにそれは聞き逃せない情報じゃな」


まだ文句がありそうな顔をしている祭だが陽菜の話を持ち出すと自分の足で歩き出した。

現金な奴だ。


「何をしているんだ、駆狼。早く行くぞ!」

「はいはい。やれやれだな、まったく」


なんだか街に入ってから加速度的に疲れが増している気がする。


「しかし、陽菜の事か。話したくないわけじゃないが……気が重いな」


ありのまま全てを話すことは出来ない。

そんな事をしてしまえば俺が二度目の人生を過ごしている事などのややこしい事までばれてしまうからだ。

色々と嘘を交えて調整する事になってしまうだろう。


必要な事だとは思う。

だが俺の事を好いている人間に虚実を混ぜた話をするのは躊躇われた。


必要とあらば突き放す事もやむを得ないと考えて実際に実行してきたはずなんだがな。


「どうしたんだ、駆狼?」


足を止めて考え込んでいた俺を下から覗き込むようにして見つめる祭。


「なんでもない。いい加減、腹が限界だ。さっさと飯を食うとしよう」

「むぅ……まぁそうじゃな!」


どこか腑に落ちない表情を一瞬浮かべた祭だが特に追求はしてこなかった。

その代わりとでも言うかのようにまた腕を組んできたが、もう引き剥がすだけの気力もない。


「どうかこれ以上、余計な事が起こりませんように」


思わず呟いた言葉は横にいた祭にすら届かず消えていった。



その日の夜。

街が寝静まった頃、俺は宿を抜け出して外に出ていた。


激たちは夕食を食べた後、部屋に戻ったらすぐに眠りについてしまった。

どうやら自分たちで思っていた以上に旅の疲れが溜まっていたらしい。


外出する時、祭と累の部屋の前を通ったが物音一つしなかった事から恐らくあいつらも寝ているんだろう。


よって今は俺一人だ。

昼間、祭にせがまれる形でかつての妻についての話をしたがそれからどうも調子が上がらない。


祭に語って聞かせながらあの世界の事を思い出してしまったからだろう。

ホームシックと言うかなんというか。

俺が死んでから家族や友人たちはどう過ごしているのだろうだなんて埒もない事を考えてしまっていた。


答えなど誰も持っていないと言うのに。

ずっと前にこの世界で生きる事を決意したと言うのに。


なんだか無性に自分が情けなくなってしまった。



当てもなくふらふらと歩いているといつの間にか街の外れにまで来ていた。


この辺りは確か……祝い事や祭りの時に使われる広場だったか。


実際に使われている所を見たことはないが、蘭雪様に子供が産まれた時などはここで盛大な宴が催されたらしい。

城内ではなく、わざわざこんな場所を用意して行ったのは民とも触れ合えるようにと言う孫姉妹の想いがあったと言う話だ。


「……子供、か」


前世の息子と最後に触れ合った自分の左手を見つめる。

既に二十年もの時が経っているのにあの時の息子の泣きそうな顔を初め、同じように涙をこらえた顔をした孫夫婦とその胸に抱かれて俺を見つめていた曾孫の姿まで鮮明に思い出せた。


まだ二歳足らずだった曾孫には俺がどういう状態かも理解できていなかっただろう。

名付け親になった身としてはすくすくと育ってくれていればいいと思う。


「駄目だな。思い出せば出すほど、あの頃に戻りたいだなんて考えてしまう」


しっかりしろ、凌操刀厘。

今の俺は蘭雪様に仕える武将なのだろう。

これから訪れるだろう乱世をそんな事で乗り越えられると思っているのか?


昔を思い出すのは良い。

むしろ忘れる事などあってはならない。


だが昔日の郷愁を引きずり、今を放棄する事などあってはならない。

それは俺の人生に関わってきた者たちにとっての裏切りだ。


「見据えるのは常に前。過去は見つめ直す物であって囚われる物であってはならない」


前世からの口癖を言葉にする。

丸々とした月を捕まえようとするように腕を掲げ、拳を握った。

空を睨み付け、揺らぎかけた心を律するように呟く。


「俺は前へ進む。お前たちも前へ進め」


息子へ、孫たちへ、曾孫へ、友へ。

俺と関わった者たち全てに届かない想いを告げて俺はきびすを返した。


いい加減、寝るべきだろう。

あいつらが何かの気まぐれで起きて俺の不在に気づかれても面倒だ。


そんな事を考えながら来た道を戻ろうと歩きだした所で、俺は前に人影がある事に気づいた。


月明かりに照らされてその顔はよく見える。

桃色の髪に褐色の肌。

一瞬、蘭雪様かと思ったがあの人は目が切れ長なのに対して目の前にいる女性は優しげな目元をしている。

それに纏う空気が蘭雪様とは違いすぎる。

人懐っこい虎が人の形を取ったような雰囲気の彼女に対してこの人物はまるで長い年月を経た大樹のような空気を纏っていた。


「夜のお散歩ですか?」

「ええ、少し眠れなくて」


鈴の音のようなコロコロとした声音。

かけられた声に俺は妙な親しみを感じながら答えた。


近づいてくる女性。

特に身構えもせず彼女が来るのを待つ。

俺の前にまで来ると女性は浮かび上がる感情を堪えるように俯いてしまった。


驚きと言うのは一定値を越えると逆に冷静になると言うが、俺の今の状態が正にそれだろう。


俺は既に目の前の人物が『誰か』を気づいている。

理屈などなく、俺の心が目の前の女性が『彼女』である事を告げていた。


「久しぶり、になるな」

「っ!? ええ!!」


俺の言葉に堪えきれなくなった彼女が抱きついてくる。

俺の背中に手を回して胸に顔を埋めるその仕草は見た目こそ変わったが『あの頃』と何も変わっていなかった。


二度と会うことはないと諦めていた人。

そんな人との意図せぬ再会の衝撃は俺の中で一生忘れる事の出来ない物になるだろう。


だってそうだろう。

今、生きている時代から遙か未来で生きてきた記憶を保持したまま生まれ変わるなんて希有な事態に見舞われている人間が他にいると誰が思う?


しかもそれが自分の縁者であり。

ましてや生前、最も愛した人であるだなんて。

そんなご都合主義も甚だしい幻想を抱けるほど、俺は楽観的な考えは持っていない。


心のどこかで『もしかしたら』と思った事があった事は認める。

けれどそれが実現するなんて考えもしなかった。


「玖郎……」


だが今俺の胸に中にいる彼女の暖かさは紛れもなく本物であり、この再会が夢や幻ではない事を俺に教えてくれている。


「陽菜……」


涙を流しながら俺の背に回した手の力を強める陽菜。

俺も倣うように彼女の背中に手を回す。


「逢いたかったよ。ずっと……ずっと!」

「すまん。……俺はこうしてまたお前と逢えるとは思っていなかった」


それは紛れもない俺の本心。

再会に水を差すような言葉ではあったが、陽菜には嘘を付きたくなかった。


「ふふ、変わらないね。その気の利かない所も不器用な所も」

「お前は……美人になったな」

「それはお互い様」


他愛のない言葉しか出て来ない事がもどかしい。

だがそのもどかしさすらも愛おしいと感じてしまっている自分がいる事もわかっていた。


「お前が孫静だったんだな」

「貴方が凌操だったのね。姉さんが興奮しながら話していた通りだわ」


お互いに顔を見合わせて笑い合う。

名残惜しいとは思ったが抱き合うのをやめて近くにあった屋台の土台に隣あって座った。


「こんな夜中に街に出て来ていいのか? お前も今や建業にとって重要人物なのだろう?」

「ここから見る星が好きだから。姉さんほどじゃないけど時々、城を抜け出すの」

「星が好きなのも変わらないな」

「貴方はこっちで三味線はやってるの?」

「この時代じゃ三味線はないだろう」

「わからないわよ? この世界は私たちの世界の歴史とは随分と違ってるみたいだし」

「……そうだな。そう考えるともしかしたらどこかにあるのかもな」

「もし手に入ったらまた聞かせてね」

「ああ、勿論だ」


湧き水のように言葉が出てくる。

とめどなく続く会話がとても心地よかった。


「明日からよろしくね、玖郎」

「ああ、勿論だ。だが俺の真名は駆ける狼と書いて駆狼だからな。響きは一緒だが間違えるなよ」

「ええ、わかった」


俺たちの会話は途切れる事なく続き、星と月だけがその様子を柔らかく見つめていた。


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