『どうぞ、そのままお幸せに』
王立レティシア学園には、精霊の加護を確かめる、精霊祭という年中行事がある。
年に一度、学園の中央に立つ古い精霊樹の前で祈りを捧げ、精霊がどれだけ光りその者に応えるかを見るのだ。
加護が強い生徒は将来有望とされ、縁談やスカウトが舞いこむ。それはもはや儀式というより、未来の聖女の力を周囲に誇示するために行われる、見世物のような催しになっていた。
今年その主役とされているのは、男爵令嬢のエルフィーネだ。
「エルフィーネ様は、きっと今年も精霊樹に愛されるわ」
「聖女候補ですもの。当然よ」
周囲の令嬢たちがうっとりと話すのを、セシリア・ラングフォード伯爵令嬢は、少し離れた場所で聞いていた。
(今年も、か……)
胸の中のもやもやを、ため息とともに吐き出す。
セシリアの婚約者である第二王子ユリウスは、去年からずっとエルフィーネに付きっきりになっていた。生徒会の仕事中も、鍛錬中も、休憩時間でさえも、彼の隣にはいつもエルフィーネがいる。
婚約者であるセシリアを差し置いて、だ。
周囲もそれを当然のように受け入れていて、いまやユリウスはセシリアには目もくれない。
最初は傷ついたし、悲しかった。手紙を書いても返事はなく、お茶の約束をしても約束を反故にされることもしばしば。
何かユリウスの不興を買うようなことをしただろうか。考えても身に覚えはなく、なぜという疑問ばかりが募っていく。
それでも正式な婚約者として、セシリアは表向き穏やかに振る舞い続けてきた。
(何でもないフリをするのには、もう慣れた。でも――)
慣れたつもりでも、胸の奥がちくりと痛むことはある。
あのときああしていれば、何か変わっただろうか。少し前まではよくそんなことを考えていた。
セシリアには、誰にも言っていない秘密がある。
実は、精霊たちはセシリアのことを、仲間、もしくは家族のように慕ってくれているのだ。
理由はわからないが、精霊は幼い頃からセシリアのそばにいた。それが普通ではないことを早々に知ってからは、人目のない場所で精霊と戯れるようにしている。
他の人には精霊たちはただの光にしか見えていないらしいが、セシリアにはしっかりとその姿が見えていた。
彼らは性質によって様々な姿をしているが、小さな手のひらサイズで、半透明な体をしているのが共通点だ。火の玉のようだったり、水の雫のようだったり、花のような姿をしたりしている。
セシリアにとって精霊は、良き隣人で、優しい友人であった。
ただ、人前で精霊と交流するを見せたことは一度もない。目立つのが苦手だったし、何より――。
(私が精霊に愛されていると知られたら、きっとお母様は「これで結婚も安泰ね」って喜ぶもの)
そんな理由でしか繋ぎ止められない関係なんて、まっぴらだ。
だからセシリアはずっと隠していた。精霊たちにも人前では離れるか、光らないようお願いしている。優しい友人たちは、セシリアのお願いをきちんと聞いてくれるのだ。
精霊祭当日。学園の中央広場には全校生徒が集まり、精霊樹の前で次々と祈りを捧げていった。
エルフィーネの番になると、樹はいつも美しい光を放ち、まるで花の蜜に群がる蝶のように光が吸い寄せられていった。周囲から歓声が上がる。
「すごい! あんなに精霊の光が……」
「さすが聖女候補だわ!」
広場に響く賞賛に、ユリウスが誇らしげにエルフィーネの肩を抱き寄せる。婚約者であるはずのセシリアの目の前で。
もう傷つくこともなくなっていたので、セシリアは何も言わず、ただ後方で自分の番を待っていた。彼に何か言ったところでムダだとわかっている。
と、そのとき。
「きゃあっ!」
突然、エルフィーネの悲鳴が広場に響いた。
「な、何だ⁉」
「エルフィーネ様の髪飾りが、壊れた……?」
見れば、エルフィーネの髪に挿されていた精霊石の髪飾りが、粉々に砕けていた。足元には石の残骸が散らばっている。
なぜか、彼女の周りで精霊たちが怒っている。周囲は「あんなに精霊が寄り添って」「エルフィーネ様を心配しているのね」と言っているが、それは違う。
セシリアにしか見えていないが、精霊たちはエルフィーネ自身に怒っているように見えた。
「誰か……誰かが呪具を仕掛けたんだわ! 精霊樹の前でこんなことをするなんて」
エルフィーネが涙目で震える声を上げると、周囲がざわめいた。
「そんな、一体誰が」
「精霊祭を穢すなんて重罪よ」
ユリウスがエルフィーネを守るように抱きしめ、鋭い目で広場を見渡す。
その視線が、セシリアのところでぴたりと止まった。
「セシリア」
ユリウスに名前を呼ばれるのは、随分久しぶりな気がする。
だがここで呼ばれる理由がわからず、セシリアは首を傾げた。
「はい」
「お前がやったのか」
あまりに唐突な問いに、セシリアは目を瞬いた。
「……何のお話でしょうか」
「とぼけるな。エルフィーネが精霊樹に愛されるのが気に食わなかったんだろう」
「殿下。私は何もしておりません」
「先週、お前がエルフィーネの部屋の前をうろついていたのを見た者がいる。呪具を仕掛けに行ったんだろう」
まったく身に覚えのないことを言われ、セシリアは眉をひそめた。
(先週、あの部屋の前にいたのは、彼女の忘れ物を届けに行ったからなのに)
エルフィーネもわかっているはずだが、彼女はどういうわけか怯えた目でセシリアを見るだけで、真実を話してはくれそうにない。
言い訳をしようとしたが、ユリウスは聞く耳を持たなかった。
「まったく嘆かわしい! 今をもって、セシリア・ラングフォードとの婚約を破棄する。醜い嫉妬で精霊祭を穢すような女、俺の婚約者にはふさわしくないからな」
ユリウスの宣言に、広場全体がしんと静まり返った。
誰もがセシリアを見ている。哀れみ、蔑み、好奇。いくつもの視線が突き刺さる。
反論しようにも、ユリウスはセシリアの言葉など信じないだろうことはわかる。
もうとっくに手遅れなのだ。黙ってひとりで傷ついているうちに、後戻り出来ないところまで来てしまっていたらしい。
セシリアに出来ることは、何もなかった。
*****
それからセシリアの学園生活は一変した。
廊下で誰かとすれ違うだけでひそひそと囁かれ、白い目で見られる。以前は同情の視線が多かったが、いまは敵意がこめられているのを肌で感じる。
「あの人が、ほら……」
「精霊祭を穢した令嬢ね」
「近づかない方がいいわよ」
友人だと思っていた令嬢たちも、次第にセシリアと距離を置くようになった。呪具など仕掛けていないといくら訴えても、誰もセシリアの話を聞こうとはしない。
婚約破棄された伯爵令嬢という肩書きは、あっという間に学園中に知れ渡り、セシリアはひとりで過ごす時間が増えていった。
いつしか人の目が恐くなり、セシリアは図書室の隅で本を読んで過ごすようになった。誰も来ない静かな場所で、落ち着いて本が読めるのは悪くない。
けれど心のどこかで、誰かひとりでいいから信じてほしいと願っている自分もいる。寂しさは徐々にセシリアの心を削っていった。
ある日の昼休み、回廊で友人だったマリアと目が合った。マリアは一瞬だけ足を止めたが、周りの目を気にするように、すぐに視線を逸らして気まずげに走り去っていった。
その背を見送りながら、ため息つく。
(そうよね。関わったらマリアまで悪く言われてしまうもの。仕方ないわ)
友人を責める気にはなれない。自分だって、逆の立場だったら同じようにしていたかもしれない。
そう思う一方で、友だちなら信じてほしかったと思ってしまう自分もいる。そんな弱い自分が嫌いになった。
寮の自室に戻ると、机の引き出しからユリウスからの手紙の束を取り出した。
かつては毎週のように交わしていた、ユリウスとの他愛もないやりとり。彼がエルフィーネのほうに行ってしまってから、手紙のやり取りはどんどん減っていった。もう二度と増えることはないのだろう。
「火の精霊さん。燃やしてくれる?」
そばにいる精霊にお願いすると、火の精霊がはりきった様子であっという間に手紙を燃やしてくれた。消し炭ひとつ残らないように綺麗に。
(大丈夫。私には精霊たちがいるもの)
セシリアがひとりでいれば、必ずどこかから現れてそばに寄り添ってくれる優しい精霊たち。
しかし、大丈夫だと自分に言い聞かせても、心は誤魔化せない。灯りを消した部屋でひとり、枕に顔を埋めて声を殺して泣いた。
以前は優しかったユリウス。政略的に結ばれた婚約だったけれど、セシリアはユリウスが好きだった。
「卒業したら、この国を出てどこか遠くに行こう。……ついて来てくれる?」
精霊たちは当然だと言うように、セシリアの周りを飛び回り、眠りにつくまでずっと見守っていてくれた。
ある日図書室で本を読んでいると、ふと影が差した。
顔を上げると、ヴァンダール公爵令息のグレアム・ヴァンダールが、じっとセシリアを見下ろしていた。
学園でも一二を争う剣の腕を持ち、成績も最上位。常に冷静沈着なことから、氷の貴公子と呼ばれている人物だ。
表情を崩すことが滅多になく、誰に対しても淡々とした態度で恐れられてもいるが、令嬢たちの憧れの的でもある。
そんな彼が、なぜかセシリアの前のに、断りもなく腰を下ろした。
「あの……グレアム様?」
「先週の水曜日の放課後。どこにいたのか覚えているか?」
唐突な問いに、セシリアは戸惑いながら口を開く。
「水曜日、ですか? 図書室で借りていた本を返して、それから……エルフィーネ様の部屋に忘れ物を届けに」
そのせいで、呪具を仕掛けたと濡れ衣を着せられてしまった。
「その忘れ物というのは?」
「エルフィーネ様が講義棟に落とされていたハンカチです。お名前が刺繍されていたので、すぐにメイドの方にお渡ししました」
淡々と答えると、グレアムはわずかに目を細めた。
「それを証明できる人間はいるか」
「ハンカチを受け取ってくれたメイドの方だけですが……」
「メイドの名前は聞いていないか? 特徴は?」
問われるままに答えていくうちに、セシリアはふと気になった。
「あの……グレアム様は、どうしてそのようなことを?」
グレアムはしばらく沈黙したあと、静かに答えた。
「君が呪具を仕掛けたとは、俺には到底思えない」
その一言に、セシリアは目を見開く。
いま、彼は何と言ったのだろう?
「精霊祭の日、君が広場に入ってきた時の空気を覚えている。小さな精霊たちが、君に向かって次々と挨拶をするように舞っていた」
「え……」
「あれは、警戒する相手に見せる動きではない。慕う相手に見せる動きだ。誰かに呪具を仕掛けるような人間に、精霊があんなを動きをするだろうか? それに君は、精霊たちを見て微笑んでいたな。彼らが見えているんだろう?」
(見られていた……? 誰にも気づかれていないと思っていたのに)
「俺は生まれつき、精霊の機嫌には敏感なんだ。おかげで君がどれだけ精霊に愛されているか、入学した頃から知っている」
「知っていて、これまで何も言わずにいてくださったのですか?」
「ああ。君が隠したがっているように見えたからな」
その言葉に、セシリアの胸の奥がじんと熱くなった。
誰にも気づかれていないと思っていた。だが知らないところで、ずっと黙っていくれていた人がいた。セシリアの気持ちを尊重して、そっと見守ってくれていたのだ。
「だがこれ以上黙って見てはいられないと思ってな。君が濡れ衣を着せられているのを知っていて、何もしないでいるのは性に合わない」
グレアムは静かに立ち上がった。
「少し時間をくれ。必ず真実を明らかにする」
それから数日の間、グレアムは時折セシリアの元を訪れ、二言三言、質問をした。
お喋りではないのだろう。グレアムは寡黙で必要最低限の会話しかなかったが、それでもその短いやりとりの間だけは、セシリアは自分がひとりではないと感じることができた。
ある日の放課後、廊下の隅でグレアムがエルフィーネのメイドを静かに呼び止めているのを、セシリアは偶然見かけた。
「主人を庇う気持ちはわかる。だが、無実の者が濡れ衣を着せられたままでいいとは思わないだろう?」
グレアムの声に責める響きはなく、ただ静かに事実を話すのと促すだけだった。
結局メイドは俯いたまま何も答えなかったが、その手はずっと震えていた。
やがてグレアムの粘り強さに根負けしたように、エルフィーネのメイドが覚悟を決めた顔で生徒会に相談を持ちこんだ。
髪飾りが壊れる前夜、エルフィーネ自身が「これで殿下がもっと私を心配してくれる」と呟きながら、髪飾りに自分でひびを入れているところを、メイドは偶然見てしまったそうだ。
しかもエルフィーネは、妖精を酔わせる香水を自分にふりかけていたらしい。それは精霊に害があるとされ、製造も売買も禁じられた、所持するだけで違法とされる危険なものだった。
メイドは主人を庇い黙っていたが、グレアムに問い詰められ、また香水が危険な物だったと後から知り、良心の呵責に耐えかねて打ち明けたそうだ。
さらにセシリアが忘れ物を届けたという証言も、メイドの他に偶然廊下に居合わせた別の生徒によって裏付けられた。
呪具など、最初からどこにも存在しなかったのだ。
その事実は次の集会で、生徒会から正式に公表された。
「……以上のことから、精霊祭当日の事件はエルフィーネ嬢の自作自演であり、セシリア嬢には非があるどころか、一切の関与もなかったことが確認されました」
生徒会長の報告に、広場は大混乱に陥った。
これまでセシリアに向けられた批難の目が、一斉にエルフィーネに向けられる。
「自作自演だって⁉」
「エルフィーネ様が? 信じられない」
「では、セシリア様は本当に何もしていなかったの?」
「だったら彼女こそが被害者じゃないか!」
ざわめく広場の中、ユリウスは真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「エルフィーネ……いまのは、本当なのか?」
「殿下、ちがうんです! そんなつもりじゃなくて……ごめんなさい。私、殿下にもっと見てほしくて、それで……」
縋りつこうとするエルフィーネの手を、ユリウスは呆然としたまま振り払うこともできず、ただ立ち尽くしている。
自分が信じたかったものだけを信じ、婚約者の言葉には耳を貸さなかった結果がこれだ。
もう庇う言葉すら見つからないのだろう。
セシリアはそんなふたりを見ても、不思議と何の感情も湧かなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか、とは思うものの、やり直したいという気持ちは一切ない。むしろやっと解放されるという安堵でいっぱいだった。
「セシリア……」
ユリウスが震える声で名前を呼んでくる。
あの声に名前を呼ばれて嬉しかったのは、遥か昔のこと。
「おふたりで、どうぞ、そのままお幸せに」
セシリアがにっこりとそう言えば、ユリウスはすべてを諦めたようにがくりとうなだれた。
エルフィーネはめげずにユリウスに言い訳をし続けていたが、果たして彼の耳にその声は届いているのだろうか。
セシリアは、隣に立つグレアムの横顔をそっと見上げる。
グレアムはユリウスたちを氷のように冷たい目で見ていた。
集会が解散したあと、マリアが人混みをかき分けるようにセシリアの元へ駆け寄ってきた。
「セシリア! 私……ごめんなさい。ちゃんとお話も聞かず、離れてしまって」
目に涙を浮かべて頭を下げるマリアに、セシリアは少し驚いてから、小さく笑った。
彼女に裏切られたように感じていた気持ちは、いまはもうない。だからもう忘れることにした。
「いいのよ。あんな風になったら誰だって、怖くて近づけなかったと思うわ」
「でも」
「これからまた、仲良くしてくれたら嬉しい」
マリアの手をそっと握ると、彼女はくしゃりと顔を歪めて何度も頷いた。
悲しみがなかったことになるわけではない。それでも、また誰かと笑い合える日常が戻ってくることが、セシリアには何より嬉しかった。
「セシリア嬢」
集会のあと、グレアムが人前ではっきりとセシリアの名を呼んだ。
いつもひと気のない図書館で会っていたので、一体どういう関係だと周りがギョッとするのがわかった。
「な、なんでしょう?」
「婚約破棄されたそうだな」
「はい……」
「では、俺の婚約者になってくれないか」
あまりに単刀直入な申し出に、セシリアは目を丸くした。周囲からもどよめきが上がる。
「グ、グレアム様。そんな、急に言われましても……」
「急ではない。俺は君をずっと前から見ていた。己の力を誇示せず、穏やかに過ごすことを望み、様々なことを我慢していた君を」
グレアムの声はいつもの淡々とした調子だったが、その目だけは、はっきりとセシリアだけを映していた。
「もう隠さなくていい。君の強さも弱さも優しさも、俺は誰よりも知っている。だから俺の隣で堂々と笑っていてほしい」
その言葉にカッと頬が熱くなる。ユリウスとの婚約が決まったときだって、こんな風になったことはない。
セシリアは手をもじもじとさせたあと「……はい」と蚊の泣くような声で小さく頷いた。
その瞬間、広場にどっと精霊たちが押し寄せて、一斉に光を放ち始めた。
セシリアを祝福するその輝きに、生徒たちは「嘘だろ……!」とぼう然としている。
セシリアの決断を祝福する妖精たちに驚きながらも、リゼットは嬉しくて精霊たちを抱きしめて笑った。
「ありがとう、精霊さんたち」
精霊に語りかけるセシリアに、生徒たちは目を丸くして固まった。
「セシリア様が精霊と⁉」
「まさか、精霊のお姿が見えていらっしゃると言うの……?」
ユリウスもエルフィーネも「そんなバカな」とぼう然としたいた。
セシリアはというと、あまりに大勢の前でプロポーズをされ熱い顔を隠す。そんなセシリアに、グレアムは珍しく口元をわずかに緩めた。
氷の貴公子と呼ばれる彼の、誰も見たことのない表情だった。
「受け入れてもらえて良かった」
グレアムの安堵のにじむ一言に、これまでの寂しさがすべて溶けていくような気がした。
それからセシリアの学園生活はまた一変した。今度は良い意味で。
グレアムは人前でも構わずセシリアの手を取り、休憩時間になれば必ず隣にいるようになった。
氷の貴公子が婚約者にだけは甘い態度を見せることに、学園中が驚きを隠せずにいた。
「グレアム様があんな顔をするなんて」
「セシリア様の前だと、別人みたいですわね」
そんな噂話が聞こえてくるたび、セシリアは少し照れくさくなる。
「グレアム様、皆様に見られています」
「見られて困ることは何もない。むしろ俺が君の婚約者だと知らしめておきたい」
耳が溶けるような甘い声で囁かれると、何も言えなくなってしまう。
窓の外では精霊樹の葉が風にそよぎ、小さな精霊たちがセシリアの周りを嬉しそうに飛び回っていた。
(隠さなくて良いって、こんなにも心が軽やかになるものなのね)
人目を気にせず精霊たちと戯れることが出来るようになり、セシリアはあらゆる柵が取り払われたのを感じていた。
何より傍で飛び回る精霊たちが嬉しそうなのが、セシリアにとっても幸せだった。
*****
やがて季節が巡り、卒業を間近に控えたセシリアとグレアムは、精霊樹の下で並んで座っていた。
小さな精霊たちが、今日も二人の周りを気ままに飛び回っている。
「結局、休学していたエルフィーネ様は退学処分になったそうです。ユリウス殿下は別の学び舎へ移られるとか」
「そうか」
グレアムは短く答えただけだった。もうあの二人に割く感情は残っていないのだろう。それはセシリアも同じだった。
周囲は罰が下ったのだと噂していたけれど、それを聞いてもセシリアは何も感じなかった。怒りも、喜びも何も。
(あの頃は、あんなに苦しかったのに)
振り返ってみれば、遠い出来事のように思える。
今、隣にこうしてグレアムがいてくれることが時々不思議で、たまらなく幸せだ。
「セシリア」
「はい?」
「今度の休みに両家の顔合わせをすると、父から連絡があった。改めて、正式な婚約者として君を紹介したい」
「……はい。喜んで」
微笑んで頷くと、グレアムはそっとセシリアの手を取り、指先に口づけを落とした。
「もう隠れる必要はない。これからは君が精霊と過ごす時間と君自身を、俺が守っていこう」
グレアムのその言葉に、胸に温かなものが広がっていく。
「グレアム様と過ごす時間も大切なので、守ってくださいね?」
顔が熱くなるのを感じながらお願いすると、グレアムはなぜか一瞬固まったあと、手で顔を覆ってしまった。
何かおかしなことを言っただろうか。
「当然だ。……愛してる、セシリア」
「わたしもです、グレアム様」
精霊樹の葉がさわさわと音を立て、まるで二人を祝福するように、たくさんの光の粒がふわふわと舞い降りてくる。
濡れ衣を着せられ、ひとりぼっちだと思っていたあの日々はもう終わった。
これからは隠すことも我慢することもない。
セシリアは隣にいる人の手を、そっと握り返した。




