32時の鳩時計
狂った世界を救いたい男の話。
何てこった、世界中が狂ってしまった。
事の発端は未知のウィルス。
人々は次々と感染した。
しかも感染力が強いそのウィルスは人間だけではなく、全てを壊してしまった。
奇妙に笑い続ける子ども。
歪んだショッピングモール。
踊り狂うマネキン。
歩き出すぬいぐるみ。
女性の足が生えたカラス。
服を脱ぎ捨て臓器を晒す男性。
車は言葉を喋り、月と太陽はお互いを罵りあった。
もうこの世界でマトモなのは俺しかいなかった。
どうにかしないと、世界を取り戻さないと。
俺は必死に皆を説得したが、誰も俺の言う事なんて聞いちゃくれない。
俺に襲いかかってくる奴らは仕方なく殴り倒した。
血を流して倒れた男の傷口から恐ろしい数の虫が飛び出してきた。
空から音の外れた讃美歌が聴こえる。
世界は狂ってしまったんだ。
返り血を浴びた俺は犬の顔をした警察官に捕まり、問答無用で牢に入れられた。
これから何が起こるのか、俺も他の奴らのように壊れてしまうのか。
此処にはもう敵しかいないのか。
夜の牢は暗く、静かだ。
俺は息を深く吐く。
助けて、助けて、と涙を流す地球の声がした。
大丈夫。世界を救うのは俺だ、俺だけだ。
すると突然、暗闇の中で逆さまに飾られている鳩時計が32時を告げる鐘を鳴らし始めた。
時計の小さな装飾扉から勢いよく飛び出して来た白い鳩が俺に告げる。
「狂っているのはお前だよ。」
「壊れているのはお前だよ。」
バカな事を言い続ける鳩を嗤いながら握り潰し、俺は隠し持っていたコカインを鼻に近付けた。
脳が揺さぶられる。
世界が再びぐにゃりと曲がった。
ほら、やっぱりこの世は狂ってる。
俺は手から滴り落ちる鳩の青い血を啜った。
大丈夫、いつものハンバーグの味がする。
そうだ、俺は正常だ。
まともな人間はこの世でただ一人、俺だけだ。
手の中にいた筈の鳩は、
いつの間にか拳銃に変わっていた。
〈終〉




